その日は夜から体調が悪かった。

 気持ち悪くて、トイレで吸ってしまう。


 早退しようと思ったのだが、桜史郎さんの機嫌が悪かったので、仕方なく、放課後まで一緒にいた。

 ファミレスのメニューを開きながら、彼女はつぶやく。



「なんか最近、マンネリ化してきてるよねー」


「……なにが?」


「言わなくてもわかるじゃん。アレだよ、アレ。朝の触合い」



 ぼくは「はぁ……」とため息をつく。

 近頃の桜史郎さんはそればかりだ。



「……なにそのかんじ? 言いたいことがあるなら言ったら? 男っていつもそうだよねー。なにかあればすぐに黙り込んで逃げようとする」


「……言いたくないだけだから。もう帰っていい?」


「は? また家に来るんじゃないの? 帰るってなに?」


「……体調が悪いんだよ」


「でた。男特有の体調悪いアピール。うざー。ま、別にいいけど。じゃあ、お金貸して? アンタの家、結構裕福なんでしょ。おねがい」


「……え、なんで? 絶対いやだよ!」


「風俗いきたいの。しょうがないじゃん、女だから溜まるのよ」


「最低だよ、それは。貸さない! 貸すくらい別れるよ!」


「は? 男の分際で私に逆らうのかよ。いいから黙って私の言うこと聞けよ!!」



 お水を掛けられる。

 ビチョビチョになった顔をハンカチを拭きながら、ぼくはトイレに逃げ込んだ。

 


「うっ……うう」



 涙がでてきた。なんでこんなことになっているんだ。

 ぼくはただ、桜史郎さんと健全なお付き合いをしたいだけだったのに。



『──ほらね、言ったとおりでしょ。だから後悔するって忠告したのに』



 鏡の前でぼくを見ている誰かがいた。

 泥沼 凶子だ、泥沼 凶子がぼくをみている。



『女なんて所詮そういうモン。男とヤリたいだけ。オマエのことを人としてなんか見てないよ。アイツらはね、アイツらは、棒を見たら穴に挿れたいだけ』



 泥沼がぼくを見ている。

 泥沼が、鏡の中から、ぼくをみている。



                   ※※※


 妊娠していることに気づいたのはそれからすぐだった。

 思えばずっと体調が悪かったのはそのせいだったのかもしれない。

 ピルを準備しているって言ってたのに、あの人はずーっと嘘をついていた。


「……もうダメだ。別れよう」


 泥沼の言うとおりだった。

 アイツは最低な女だ。

 完全に、ぼくの女を見る目を養えてなかった。

 あんなやつに終体験を捧げてしまったのを、今でも後悔している。



「話ってなに?」


「単刀直入に言うけど、ぼく妊娠しているんだ」


「あっそ。昇したら?」


「……労わってはくれないんだな」


「別れたいって言いたいでしょ。じゃあ、別れよう。いいよー。私だって責任負いたくないし」


「……ふざけんなよ、クソが。最低だな、お前」


「は? なにが。勝手に妊娠したのはあなたじゃない。私はちゃんとピルを準備していたし。確率がゼロじゃないのはわかっていたこと。それなのに、身体を重ねあなたに責任があるんじゃない?」


「……なんなんだよ。なんで、そんな酷いことが言えるんだよ。ぼくのことを好きじゃなかったのか?」



 いうと、桜史郎はぼくを嗤った。



「好きなわけないじゃんw ステータス。アンタと付き合ってたらさ、たくさんの男とヤレるんだもん。モテるの。男って、モテる女が好きじゃない。アンタって顔よくて、身体がエロいだけで、中身とか全然魅力ないし〜。もう飽きたらリリースさせて〜。本気になられたら困るからさ」



 ぼくは悔しい気持ちを必死で抑えて、唇を噛みながら、帰り支度の準備を整えた。

 親に相談して、弁護士を雇ってやる。

 絶対に責任をとらせてやる。

 男をバカにしやがって、ふざけんなよ。



「あ、そうそう。アンタの友達の瑞希くんだっけ? あの子さ、かっこいいよねー」



 席を立つ、ぼくにそう言ってくる桜史郎。

 彼女はスマホを開き、一枚の写真を見せながら、ぼくを嗤っていた。



「しちゃった、2P。あいつアンタへの復讐のためにあたしを抱いた。でも、本気になられるとウザかったから、動画に収めて襲われたって脅迫してる。ま、お金なら心配しないで〜。あなたの大切なお友達の瑞希くんが、私の代わりに支払ってくれるからさw」



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