第3話 揺れる想い

 いつもより、倍の人で賑わいを増す王都の両道に旅商人や旅芸人達が品や芸を披露する光景を横目にリヴィアは口を開く。


「私も先程、シウォン様の姿を見かけて。声をかけたら先に城に帰っていると言っていましたので、多分、今頃は城に戻っていると思いますよ。あと、手にりんご飴を持っていたので、ちゃんと買えたみたいですね」

「そうなのね……よかった」

 

 シウォンには、何も危害な加わっていないことを知りセナはほっと胸を撫で下ろす。



「人として最低です。どうして、逃げて来てしまったのでしょう……」


 一足、早く城に戻って来たシウォンは、城の中を俯きがちに歩きながら沈んだ声でそう呟く。


「あれ? シウォン様! セナ姫さまと一緒に王都に行っていたんじゃなかったのですか?」


 聞き慣れた声が前方から、シウォンの耳に届く。シウォンは声の主が誰なのかを確認する為、そっと顔を上げた。

 案の定、前方から歩み寄って来たのは、セナの幼なじみであり、専属護衛でもあるルソンだった。


「私だけ先に帰って来てしまいまして…… あっ! それと、これ、手土産です。セナの代わりにお渡ししますね」


 シウォンは手に持っていたルソンに渡す予定だった手土産であるりんご飴をそっとルソンに手渡す。


「あ、りんご飴。ありがとうございます。それより、セナ姫様は、まだ王都におられるのですか?」

「はい……多分」


 セナを助けることさえ出来ず、逃げるように城に帰って来てしまったシウォンは罪悪感に押し潰されそうになりながらも、ルソンとの会話を続ける。


「あっ、!! あと、セナが来年の春祭りの日は3人で王都に行って屋台とか見て回りたいって言っていました。私も来年はルソンとセナの3人で一緒に行きたいです」

「そうですね。俺も来年は2人と一緒に行くつもりでおりますよ」



「作戦通りにいかなかったのか。この役立たずが……!!」


 男の怒声が遠くから聞こえる人々の賑やかさに混じり路地に響き渡る。先程、イリスに殺された男の死体を男は苛立たしげに乱暴に蹴り飛ばす。


「仕方ない。また、次の機会を狙うか」


 男はそう呟き、路地を後にした。



「うっ……」


 リヴィアとイリスと共に歩いていたセナは、唐突に頭を押さえてしゃがみ込む。そんなセナを見て、イリスとリヴィアは足を止め、セナの様子を伺うように声をかける。


「どうしましたが……?大丈夫ですか……?セナ姫様」

「セナ姫様……!?」


 心配そうな二人の顔がセナの空色の瞳に映る。セナはそんな二人に対して落ち着いた声で返答した。


「大丈夫よ……! 少し頭痛がしただけだから」


 これ以上、2人を心配をさせない為に、言った言葉であったが、イリスとリヴィアは、セナの本心をすぐに汲み取り、気遣いの言葉を投げ掛けてくる。


「無理は良くないです。城まで私がおぶります」

「で……でも……」

「セナ姫様。ここは遠慮なく甘えてください」


 二人のそれぞれの温かい言葉に、セナは甘えさせてもらうことにした。


「そうね、そうさせてもらうわ」


 セナをおぶったイリスはリヴィアと共に、また歩き出す。


「イリス、顔に今の気持ちがダダ漏れよ」

 セナをおぶったイリスの顔が、何処か嬉しそうに見えたリヴィアは思わずそう呟いた。

「えっ……? 本当ですか? 嬉しさを隠し切れなくて……」


 (本当、わかりやすいんだから)

 

 リヴィアは心の中でそう思い苦笑しながらも話を続ける。


「本当よ。あー、何か少しイラッとするのは、何故かしらね。ねえ、イリス。疲れたらわたしが代わりに姫さまをおぶってもいいのよ」


 リヴィアは今の自分の気持ちを言葉に乗せて、隙あらばセナをおぶることを代わりたいという意志をイリスに示した。


「いや、大丈夫ですよ。変わる必要はないです」


 どうやら、イリスはリヴィアにセナをおぶるという役割を譲る気はさらさらないらしい。リヴィアは自分が予想していた通りの返答に苦笑せずにはいられず声に乗せ表す。


「あら、そう。可愛げがないわね」


 そんなイリスとリヴィアの会話が終わったの同時にセナの眠そうな声がイリスの背中越しに聞こえる。


「イリス、私、ちょっと眠くなってきちゃった……」

「城に着くまで寝てても大丈夫ですよ」

「ありがとう。イリス……」


 イリスに対しての礼の言葉を最後にセナは深い眠りへとついた。


「寝ちゃったわね」

「そうですね」

 

 イリスとリヴィアは互いに微笑み。また互いの他愛のない会話を始めたのであった。



 その日の夜。セナは高熱を出した。私は辛そうに寝込むセナの側で手を握ってあげることだけしかできなかった。


「怖くてセナを助けることができないまま逃げ出してしまいました。私は最低です……」


 部屋のドアの隙間から夜のひんやりとした空気が入り込み、シウォンの肌と心の両方を冷たくしていく。自分の臆病さがセナを危険から守るという選択を取ることを出来なくした。

 そんな何とも情けない事実にシウォンは自分に対しての怒りと不甲斐なさで胸が張り裂けそうな程、熱くなる。

 セナの事よりも自分のことを守る為に逃げた。その事実がシウォンの頭から消えることはきっとない。何ともいえない気持ちでシウォンは握っていたセナの手をそっと離し、その場から立ち上がり、部屋を後にした。



 次の日。シウォンは早く起き、身支度を整え、セナが居るであろう部屋へと急いだ。朝の穏やかな空気と小鳥のさえずりがシウォンの耳に心地良く届く。しかし、そんなシウォンの頭の中には、セナのことでいっぱいだった。


「セナっ……!! 元気になったのですか?」


 シウォンは勢いよく部屋のドアを開け、息を乱しながら、セナと共に部屋の中にいたイリスにそう問い掛ける。


「元気にはなったんですが……」


 イリスはそう言い何故か顔を伏せる。シウォンはセナが元気になったということを知り、安堵したがセナの一言でシウォンの心はまた掻き乱される。


「えっと……貴方は……誰……?」

「え……?」

「記憶喪失だそうです…… 一部の記憶を失くしてしまっていると見ていただいたお医者様が言っておりました」

「一部の記憶……」

 

 セナは私のことだけを忘れてしまった。私以外の者のことは幸い覚えていましたが...

 そして、その日から私はセナと距離を取るようになっていったんです。



 - 現在 -

 シウォンの口から過去の出来事を聞き終えたセナは重々しげに口を開く。


「それが、本当だったとしても、何故、今になって私の前に姿を現したの?」


 セナにとっての大きな疑問は、何故、今になって幼なじみと名乗るシウォンというこの男が自分の前に現れたのかということだった。

 何か他にもあるんじゃないか。そう思いながら、セナはシウォンの黄緑色の瞳を見据えた。シウォンはそんなセナの瞳から目を逸らさず話し始める。


「それは……私は、貴方に真実を伝えに来たのです。貴方からしたら、知らない方がいいことかもしれませんが……私は貴方にお伝えしたい」 

「真実……?」


 シウォンが何を自分に伝えたいのかわからずにいたセナはシウォンの口から出た真実を伝えにきたという言葉に反応する。


「貴方の本当の父親であり、現国王であるルク王は、もう亡くなっているんです。今の王である彼は貴方の父親の名前を借りて名乗っている偽の王です。彼の本当の名はソレザ。貴方の本当の父親であり原告王であったルク王の弟です。そして、彼は貴方の本当の父親を殺した張本人です」


 自分の父親であり現国王であるルク王は自分の本当の父親ではない偽の王。そう言ったシウォンの言葉にセナはそんなことあるはずない。何をデタラメなことを言っているんだろうか?この人は。そう思わずにはいられないぐらいセナはシウォンが伝えてくれた真実である事を疑った。


「え……? 何を言っているの?」


 いきなりそんなことを伝えられても幼なじみだと名乗るシウォンのことを覚えていないセナにとってはシウォンが言う言葉そのものの信用度はゼロに等しくて。


「信じるか、信じないかは貴方に任せます。けれど、もし少しでも信じて下さるのなら、城から一度、離れた方が安全です。近い内にまた良くない事が起こる。そんな気がするんです。そして、セナ姫、これを」


 例え、自分が話した本当のことをセナが信じられなかったとして、シウォン自身が望んでいる通りの選択をセナがしなかったとしても、シウォンは受け入れる覚悟でいた。選ぶのも信じるのも自分ではないセナである。それでも何もしないまま失うのは絶対に嫌だ。そんな思いを抱きながら今日、ここまで来たのである。

 シウォンは羽織っている白いマントフードの中に手を入れ、何かを取り出した。シウォンの手には、半分に折られ黄色ばんだ古めの分厚い紙本が握られていた。そんな紙本は白い紐で縛り付けられており、シウォンはセナの手に優しくその紙本を渡す。


「これは……?」


 シウォンに手渡された2つの物をセナが見るとシウォンは口を開きセナに告げる。


「これは貴方が、城から離れることを決断した時に役に立つ物です」

「役立つ物……?」


 セナが目の前に立つシウォンと名乗った青年に問い掛ければ、シウォンは頷く。


「セナ、真実は貴方が見つけ出して下さい。例え、私のことを忘れてしまったままでも、私が貴方のことを大切に思う気持ちは変わりません。セナ、久しぶりに貴方と会うことが出来て良かったです。さようなら」


 セナはシウォンがこの場から立ち去るまで、声を発することはなかった。シウォンの遠ざかって行く足音と背中を見送りながら、セナはそっと呟く。


「真実は私が見つけ出すことね…… それはどういう意味が含まれているのかしら?」

 

 セナの声は心地良く吹いた春の風と共に消えていく。

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