第4話 外の世界


「ルソン、城を出るわよ!!」

 

 セナは乱れた息を整え、己の護衛であり幼なじみでもあるルソンにそう声をかける。しかし、ルソンは唐突なセナのそう言った言葉に思わず聞き返す。


「は? え……? 姫さま、聞き間違えだったら申し訳ないんですけど、今、城を出るって言いました?」

「私と共に来て欲しいの。城の外に出なければならない理由は、後でちゃんと話すわ」


 セナと長い付き合いであるルソンはセナの意図はわからなかったが、セナが走ってそう伝えに来たということは、少なからずそう思うきっかけである何かがあったのだろうと察することができる。


「随分といきなりですね。まあ、姫さまのことだから、何かそれ相応の理由があるんでしょうけど」


 流石はセナと長い付き合いをしているだけはある。幼なじみと専属護衛という二つの関係をセナと持つルソンは対応が早い。


「ええ、そうね」

「で? いつ出るんですか?」


 ルソンの問い掛けにセナは今の自分の気持ちを声に乗せて伝える。


「今からよ」

「なるほど。決めたらすぐ行動に移す。姫さまらしいですね。俺は、姫さま。貴方の専属護衛ですから、貴方が望むのなら、何処へでも着いて行きますよ」


 春の日差しがルソンの黒髪を照らし、時折、吹く穏やかな風がルソンの黒髪を揺らす。ルソンにとってセナは大切な主でもあり、幼なじみでもある。だからこそ、セナが自分のことを必要としてくれる限り、答え続けたい。そう強く思っているルソンがセナの思いに答えないことはこの先もきっとない。


「ありがとう。ルソン」


 セナは精一杯の気持ちを込めて、そう礼を述べ、目に前に立つルソンに強い気持ちが現れている瞳を向けた。

 そして、そんな二人がその場から去り行くのと同時にチュン、チュンと小鳥の鳴き声が遠ざかる二人の背中を見送り届けた。



 翌日の朝。


「セナとルソンが行方不明だと……!?」

 

 男の通った声が驚きという気持ちを声に滲ませて、広い大部屋(玉座の間)に響き渡る。男は驚きのあまり、赤と白の色の組み合わせで施された王だけが座ることを許されている席から勢いよく立ち上がる。

 玉座の間である部屋は、数ヶ所にある窓から差し込む日の光で明るさが保たれていた。


「はい。昨日(春祭り)の朝から昼までは居たらしいんですけど、その後、二人のことを見た者は居ないみたいです」


 立ち尽くしたままの王の前に立つ明るめの茶髪の男は冷静かつ淡々と王に報告する。


「なるほど。そうか……引き続き捜索を頼む」


 王であるソレザの補佐であり専属護衛である"アルビス"からの報告を聞き終えたソレザは物静かな声で返答し、再び玉座の席に腰を下ろす。


「承知致しました」


 ソレザの側近であるアルビスがそう返答し、王の間から出て行く背中を見送った後、自分にしか聞こえない声でソレザはそっと呟く。

「私がこの手で殺した奴の娘。申し訳ないが、約束は守れそうにないな」



 麗かな昼過ぎ。木々の隙間から差し込む光が、歩みを進めるセナとルソンの姿を照らしていた。時折、心地良い風が吹き、2人の髪を揺らす。鳥のさえずりとセナとルソンの足音がリズム良くその場に響いていた。

 セナは先に前を歩いている己の護衛であり、幼なじみであるルソンの背を見つめながら、これまでの出来事を振り返る。


 春祭りであり私の誕生日であった。あの日。私は自分の幼なじみだと名乗るシウォンという青年に出会った。全く記憶にないその人物は私に過去の出来事をを話し。現国王であり、私の父親であるルク王が本人とは異なる人物だということが彼の口から告げられた。

 そして、彼からの言葉を半分、信じることにした私は、ルソンと共に城を一度離れることに決めた訳であるのだが……


「城を出てから大分、経つけれど、天気が良い日が続いているわね」


 私とルソンは城を出た日の夜に最初の行き先を決めた。今、向かっているのは、ルソンの故郷でもあるフィルラ村だ。

 運が良いのか、城を出てから一度も雨が降ることなく、晴れの日が続いていた。


「そうですね。まあ、そのおかげで外で野宿出来てる訳ですけど」

「そうね。天気が良かったおかげで、色々、困ることもなくて本当に良かったわ」

「ですね。あー、そういえば、姫さまと一緒に故郷に行くのは、何だかんだいって初めてですね」

「確かに。言われてみればそうね」


 セナはルソンの故郷であるフィルラ村に行ってみたいと前々から思ってはいたのだが、ルソンに対して直接、言葉で伝えるということをセナは今まで一度もしなかった。

 毎年、冬になると故郷へ帰省していたルソン。

そんなルソンから故郷であるフィルラ村の話しを聞くのは、年の始めであるルソンが故郷から帰ってきた時だけだった。


「あー、あの、着いたら色々、聞かれると思いますけど、あんまり気にしないで下さいね」

 

 色々とは何だろう?と少しばかり気になったセナだったがその思いを言葉にせず返事を返すことにする。


「ええ、わかったわ」


 ✽

 

 その日の夜。セナとルソンは城を出てからの夜と同じように外で野宿をする為、火を起こし他愛のない会話をし始める。


「今日は、いつもより涼しいわね」

「そうですね。あの、姫さま。この先、何があっても命をかけて、俺が貴方を守ります。だから、あんまり気を詰めないで下さいね」


 ルソンの唐突すぎるその言葉に、セナは少し驚くが、ふと表情を和らげ、ルソンに対して問いかけた。


「どうしてわかったの……?」

「どうしてって……? それぐらい分かりますよ。俺が何年、姫さまの専属護衛やっていると思っているんですか」


 長年、セナの側で護衛として幼なじみとして見守り続けてきたルソンには、セナが城から出てから何か思い悩んでいるような気がしてならなかった。ルソンに見抜かれていたことを知ったセナは静かに口を開いた。


「そうね。思い悩んでいることは少なからずあるわ。だけど、言う程の事じゃないと思っていたから、今まで言わなかっただけよ。それにしてもルソン。貴方、思っているより私のこと良く見ているのね」


 きっと長年、自分の側に居たルソンだったからこそ、セナの思い悩む気持ちに気付けたのだろう。時折、吹く夜風でゆらゆらと揺れる目の前にある焚いた火がセナとルソンの瞳に映り、揺らめく火が2人の影を静かに照らす。


「そりゃ、見ますよ。一応、専属護衛として、姫さまを守るのが、俺の仕事ですけど。幼なじみとして姫さまを見守るのも俺の仕事というより、役目に入りますからね」

「ふふ、そうね」



 翌日。夜が明けた朝の冷たい空気をルソンとセナは肌で感じながら朝食を済ませ、出発の準備をし始める。そして、お互いが出発の準備が出来たことを確認し合いルソンはセナに言葉を投げかけた。


「じゃあ、そろそろ行きますか」

「ええ、」


 ルソンにそう言われ、セナは強く頷き先に歩き始めたルソンの最中を追うようにセナも歩みを進め始めた。

 何処までも続いているように感じられる森の中を歩きながら、セナはルソンの背に向かって話しかける。


「ねえ、ルソン。私、思うの。あの時、私が城を出るという選択をしていなかったら、外の世界がこんなにも美しいんだって感じることもなかったと。あの時、城を出ることを選択した私の決断が正しかったのか、正直言うとわからないけれど、後悔はしていないのよ」

「そうですか。なら、良かったです」


 先に前を歩くルソンがどんな表情をしているのか、セナにはわからなかったが、いつもと変わらないルソンの声がセナにはいつもより優しく聞こえた気がした。

 その後もセナとルソンは他愛のない会話をしながら、時折、休憩を取り。目的の場所であるフィルラ村へと辿り着く為、歩き続けた。


「姫さま。ちょっと止まって下さい。俺達、以外に誰かいます」


 ルソンの険しい顔つきと警戒心を交えた声にセナもルソンと同じく足を止める。


「ええ、そうみたいね。人の足音が近くに聞こえたわ」


 自分達以外の人間が他にいる。

 セナとルソンは徐々に足音が近付いて来る方向に視線を向けた。


「そこにいるんだろ? 隠れていないで出てきたらどうだ?」


 ルソンの通った声が心地良く吹いた風によって木々が揺れる音と混ざり合いその場に響き渡る。


「声をかけようとしたんだが、タイミングを失ってな。つけている感じになってしまった。すまない」

「いや、それは大丈夫だが、声をかけようとしていたって?」

「ああ、普段、この森であまり人を見掛けないから、少し気になってな」


 男はこの森をいつも通るらしく、普段は人気がないのに、今日に限って自分以外にも人がいることに気付き気になってつけてきたらしい。


「なるほど……」

「ああ。ん? そちらのお嬢さんは、連れかい?」


 男はルソンの斜め後ろに立っているセナに気付き目を向ける。


「ああ、そうだが」


 セナは一歩前に出てルソンの右隣に立ち男の顔を見て挨拶する。


「どうも、こんにちは」


 セナの軽めの挨拶に男の顔は何故か驚きへと変わっていき。そんな男の表情の変化にルソンとセナは何に対して驚いたのだろうと少しばかり気になったが、男の次の言葉にセナとルソンは困惑することになる。


「その髪、その瞳、まさかセナ姫!?」


 自分の正体がバレてしまったことに、焦りよりも諦めが先にきたセナは素直に認めて頷いた。


「ええ、そうよ」

「あー、やっぱり髪と瞳だけで、姫さまだって、バレちゃいますよね……」


 珍しい空色の髪と瞳をしているセナは自分の正体が他者にわからぬよう、人目がつく場所では、普段から羽織っている白いマントに付いている白いフードを頭に被っているのだが、今はルソンと2人という状況だった為、被らなくても大丈夫だろうと油断していた。

 バレてしまったことは、もう仕方ないで済ませることにしたが、まだ、一応、警戒を保ったままにしとこうとセナとルソンは互いに思っていた。そして何かあった時のことも視野に入れすぐ行動出来るようにする。


「しかし、何故、こんな所にセナ姫様が居られるのですか?」


 誰しも疑問に思うであろうことを男は聞いてくる。セナは何と返答するべきか、ほんの一瞬考えたが、すぐには思いつかなかった。そんなセナの代わりに左隣に立っていたルソンが答える。


「あんまり、詳しくは言えないが、訳ありってことだ」

「なるほど。もしかして、城で起こる良くない出来事を先に誰かから聞いていた。貴方はそれを知った上で、一度、城から出るという決断をし、行動を起こしたのですか?」


 男はそう言い鋭い視線をセナに向ける。セナは男の言葉に戸惑いを隠しきれずまともな返事を返すことが出来なかった。


「え……?」


 セナは自分の口から言ってもいないのに、まるで見ていたかのように知っているかのように言うこの男が普通の人間ではない何かを持っていることを悟る。


「城で起こる良くない出来事?」


 ルソンはこの男が何を言いたいのかわからず、セナの代わりに聞き返した。


「ああ、そうか。護衛にはまだ伝えていないのですね」


 男は何かを察してセナとルソンを交互に見る。吸い込まれそうな男の緑色の瞳がセナの空色の瞳と混じり合い空気が張り詰める。


「ええ、一つ、聞いてもいいかしら……?」

「はい。何でしょう?」

「何故、私の今に至るまでのこれまでの経緯を知っているかのように貴方は私に言ったの?」


 セナが男に感じた疑問を目の前にいる男に対して真っ向にぶつけると男は少し驚いた顔をし口を開く。


「貴方も私も同じ天命の力を持っておられるようでしたから。遠回しに伝えてもわかるだろうと思ったのですが、どうやらまだ自分自身の持つ力に自覚がないようだ」

「力……? どういうこと……?」


 男が言っていることが理解出来ず、セナは眉間に皺を寄せた。


「私は最初からわかっていました。セナ姫様、貴方とこの場所で会うことも、貴方と私が出会うべくして出会ったその理由も」

「申し訳ないんだが、さっきから何を言っているか、俺はちょっと理解ができないんだが……」


 セナの隣にいたルソンは理解が追い付かずにいたらしい。それもそうだろう。自分自身でさえもこの男が言うことでわからないことが多いのだから。

 男は話し始める。

 天命の力が、王国神話に登場する初代国王であるラダ王が持っていた力であること。そして、天命の盾と呼ばれていた不思議な力を持ち合わせていた者達が守り手であったこと。そして、セナが天命の力を持つ者であること。

 男がそう話し終えるとセナの隣に立っていたルソンはそっと口を開き呟く。


「姫さまが、その力を持つ者って言っていましたけど、どうしてわかったんですか? その力を姫さまが持っているという根拠は何かあるんですか?」


 ルソンの言う通りだ。自分が天命の力という力を持っていることなど本当かどうかもわからない。人から聞かされた確証的な物がない不確かな話を信じようとする程、セナの心は甘くなかった。


「昔、私はそこそこ名の知れた神官でした。神のお告げが聞けるから、わかるのです」


 ヴォラスの言葉だけでセナは自分に天命の力があるということを信じるということはしたくない思い己の気持ちを伝えることにする。


「貴方が言っていることが本当なのかは、正直、また信じられないけど、これから先の旅路の中で、私にその力があると自覚するようなことがあれば、その時は貴方が言っていたことが本当だったと思うことにするわ。それと、貴方、名前は何て言うの?」


 ヴォラスはセナの思いを聞き終え、セナの言葉で自分がまだセナに名前を名乗っていないことに気付き慌てた声で謝罪する。


「あっ...!? 大変、申し訳ありません。名乗るのを忘れておりました。私の名前はヴォラスと言います。また、何処かでお会いできましたら、その時はもっと色々なことをお話ししましょう」

 ヴォラスはそう言い残し、ルソンとセナに背を向けてその場から立ち去って行った。セナとルソンはそんなヴォラスの後ろ姿を見送りまた歩き始めた。

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