青の血統と満月の瞳 番外:炉のそばで

 雨が細かく降る夜更。

 子どもの、会えぬ父母を思って泣く声が、寂しい城の寂しい窓辺に打ち付ける雨音に混じる。

 女は、炉に火を入れる。その辺りだけがぼうっと温かくなって、柔らかな明かりが暗闇の中に広がった。

 緩慢な動きで女が手を振ると、炉の周りに椅子が落ち着き、女はそれに腰掛けた。それからややあって、炉の前にあった柔らかな毛布がふわりと浮き上がると、温もりを纏って、窓辺にいた子どもの肩を優しく包み込んだ。

 窓辺にいた子どもは、まだぐずぐずと泣きながら、それでも立ち上がって、女のいる炉の側へとやって来た。

「温めた牛乳を飲みますか?」

 女が子どもに尋ねると、子どもは首を頷くように下に傾けた。

 小さな杯に牛乳が注がれ、近くの小卓の上に置かれる。子どもはそれを両手で持って、炉の前に座った。

「寂しさは、どれ程生きようと薄れるものではありません」

 女は静かな声で、子どもに語る。

「生きれば生きるほど、寂しさはつのります。それを感じなくなろうとしたり、慣れようとしたりする必要もありません。けれど、寂しさが過ぎ去るまで、静かに息をすれば良いことを覚えなさい」

 子どもは答えず、両手で包んだ杯を傾けて、牛乳を口にした。温かさが喉を降り、腹内へと広がっていく。涙はもう止まっていたが、目はまだ涙で潤み、鼻はぐずぐずと音を立てている。

 小さな鼻紙が宙を舞い、子どもの鼻を覆う。鼻汁がついた紙は、ふわりと舞って自ら塵箱へと去って行った。

「サフィア様は……どこにもいかないよね」

 子どもの問いに、女は静かに頷いた。

「ええ、私はどこにもいきません」

 子どもは女の服を掴んだ。控えめに、指の先だけで掴む。女は椅子から降りて屈み、子どもの背中に手を回し、ゆっくりと抱きしめた。

 身体の中も外も温かくなり、子どもの気持ちが落ち着いた頃。女は子どもを片腕で抱きしめたまま、ゆっくりと舞う様に手を動かす。

「わ、雪だ!」

 部屋の中に突然舞う雪に、子どもは驚いて目を見張る。その雪は、女の手の動きに合わせて揺れ、やがて渦を作ると、その中から白い花が現れた。

「きれい」

 雪で作られた花は炉の火の熱ですぐに溶けてしまったが、子どもの心には満開に咲き誇って留まった。

 それからというもの、女は言葉こそ少なかったが、しかし子どもが泣けばいつの時も、静かに黙って寄り添った。

 そして翌朝になれば城を出て、よく晴れた朝の空気の中で、風にさざなみ立つ湖の水面をふたりで眺めた。湖の穏やかな様子は寂しさを癒しはしないが、心の平静さを呼び戻すのには十分だった。


    ◆


「あの時は、他にかける言葉があるんじゃないかと思ったんですけどねえ」

 庭先に卓を出して茶器を並べ、午後の日差しの中で男は渋い茶を啜る。

「結局あなたも、不器用な方でしたね」

 女がちいさく笑う。

「寂しいって泣かれると、為す術ないですもんね」

 庭先には銀髪の青年が、少年に魔法を教えていた。

「ジェラルドはもう十五になりましね」

「早いもんすね、子どもの成長って」

「あの子は飲み込みが早いですから、もう少しでここを出ても問題ないでしょう」

 女の言葉に、男は黙り込む。

「どうしました?」

「いや。少し考え事を……。寂しさは消えないというのは、厳しいもんですね」

 女は首肯する。

「ええ、ですが、私たちには先人の知恵があります」

「それを子どもに言います?」男は呆れた声を出す。「それに、その助言で乗り越えられる程、普通は強くないんすよ」

「私も、強くはありません」

 女は静かに首を横に振った。

 いやいやあなたが強くないのなら、一体誰が……と思うも、男は口には出さなかった。この人にも弱いところがあるのを、既に知っていた。

「子どもが寂しいって泣いてこっちを頼ってくれる内に、できることをやるのみですね」

 女は頷き、静かに茶を飲んだ。

「ユージーン、見てくれ! できるようになったぞ!」

 ジェラルドが教えてもらった魔法を見せようと、駆け寄ってくる。

「どれ、見せてみろ」

 空中に綺麗な雪が舞う。その雪が渦を作ると、中から花が現れる。

「すごいな、綺麗だ」

 しかし花は陽光の中で、煌めきを残して、すぐに蒸発してしまう。

「この花、残しておければいいのにな」

「そのための魔法を考えてみたらいいんじゃないか?」

「そうする」

 頷いて、ジェラルドは再び花を作り出す。

 青年はその様子を見ながら、休憩のために椅子に座った。

「とても懐かしい魔法です。覚えていたのですね」

「ええ、忘れません。子どもの頃に見せてもらった、一番お気に入りの魔法ですから」

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刻印の血脈 掌編 瑞田千貴 @i_nishiki

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