ヴェルヌスの首:アーサーとマーカス②
一通の手紙が、マーカス宛に届いた。
白い鳥の足に括り付けられた、短い手紙だ。
「マーカス、お前に手紙が来てるぞ」
長旅の鳥に餌をやりつつ、定位置のソファで寝転びながら新聞を読んでいるマーカスの顔の上にアーサーは手紙を落とす。
「うわ、なんだよ」
払い除けるように手紙を手にし、マーカスは中身を読んだ。
「なあ、ティタシアからの鳥だろ、この子。手紙、何だって?」
アーサーが問いかけるも、返事がない
「マーカス?」
彼は手紙を手にしたまま、固まっていた。
覗き込むと短く『ヴェルヌスに首を返すことになった』と書かれていた。
ヴェルヌスは当時、アイリーン国の筆頭魔術師だったという。終戦直後に行方不明になり、その後アイリーン国の北に魔術師の村を興した際に、ティタシア国から合流したパベルとアンナが身体だけ持ってきた。その当時は若造だったマーカスなんかでは護れるような人ではなかったのだが、サフィアの親代わりであり、己の師でもあったヴェルヌスの首が落とされてしまったこと、その時のサフィアの嘆きようを、いまでもマーカスは悔いているのだ。
これらは、マーカスから直接聞いたわけではない。人伝に聞いた話だ。だが、彼が夜中に魘されているのを何度も見て来た。
「マーカス、アイリーンに行ってこいよ」
アーサーの言葉に、マーカスは顔を上げる。
「仕事のことは気にするな。久々に会ってきたらどうだ」
なんなら、戻ってこなくてもいい。お前がずっと、アイリーンに戻りたがっているのは知っている。護れなかった主君からの命令、そして俺が『青の血統』だから、俺と一緒にリーラにいる。そうでなければお前は、リーラになどいない。俺が今、足かせになっているなら、俺がマーカスを手放せばいい。背中を押してやればいい……。
アーサーは目の端が潤んでくるのを感じ、外方を向いた。気づかれないように、静かに深く息をする。自分は、マーカスの一番にはなれない、永遠に。わかっていることを、改めて思い知らされて、苦しくなる。
「アーサー……?」
マーカスが起き上がった気配がした。アーサーは逃げるように扉へと向かう。
「昼飯、買ってくる」
扉を閉めた途端、耐えきれずに駆け出していた。
道行く人々が、アーサーを振り返る。
ああ、髪に魔法をかけ忘れていた。この国じゃ、銀髪は目立つ。けれど、走りながら魔法をかける心の余裕もない。
どうしてこんなに、気持ちがざわめくのだろう。
マーカスの一番にはなれない。初めからわかっていることじゃないか。生きていた時間の長さも違うし、時代も違うんだから。俺なんかが、サフィア様の代わりになんて、なれるわけがない。
駆けて、駆けて、アーサーは丘の上まで登ってきていた。リーラ国いちの湊町が見渡せる見晴らしのいい丘は、初夏の草木の色が眩い。爽やかな風が吹いて、アーサーは己の頬の冷たさに気がつく。袖で涙を拭った。
荒い息を整えようと丘に腰を下ろし、眼下の港町を望む。
帆を広げ海原へと進み行く船と、入れ違いに入港する別の船。船から人々が荷を下ろし、馬車に積み込み、貨物がどこかへ運ばれていく。市場では新鮮な魚はもちろん、海外から仕入れた珍しい品が並べられ、それを目当てに遠くから旅行者や商人が集まってくる。名物料理の店が立ち並ぶ繁華街ではしゃぐ観光客に、地元の人間が呼び込みをしている。賑やかな街の景色。
活気あるこの街で、快活な魔法使いの傭兵たちを鍛える仕事を、アーサーは楽しんでいた。アイリーン国を出て、リーラ国へ来て良かったと心から思っている。マーカスが一緒に来てくれて……。
アイリーン国から出る時に、護衛としてつけられたマーカス・アルバという男のことを、アーサーははじめ鬱陶しく思った。
「サフィア様、お言葉ですが、私に伴は必要ありません。自分の身は、自分で守れます。私には力がある、だからこそリーラでの任務を与えてくださったのでしょう、違いますか」
アイリーン国の王としての仕事を終え、次代に引き継いだ。アイリーン国の王アーサー・メティス・アイリーンではなく、ただのアーサーとして自由に生きていこうとしている時に従者か、と内心苛立っていた。
「あなたを見縊っているわけではないのです。マーカスは、以前、少しではありますがリーラで暮らしたことのある者です。必ずや助けになります」
聖女とまで呼ばれ国民から崇められているかつてのアイリーン国王女は、その儚げな見た目に反して意志が強いようで、結局アーサーはマーカスとともにリーラ国へと渡った。
「アーサー様、よろしくお願いいたします」
決して背の低いわけではないアーサーでも見上げる程に長身の男は、見かけ通りの低い声で挨拶をした。救国の戦士で、王女の騎士だという、そんな傑物をつけられるほどに頼りないのと思われているのかと思うと、アーサーは更に苛立った。
当時リーラ国魔法兵団の指導教官をしていたスカーレットから仕事を教わりつつ、アーサーはマーカスと同じ家で暮らした。
サフィアの言った通り、確かにマーカスは役に立った。生活の細々としたことで、さりげなく手を貸してアーサーを助けた。結局、新しい生活の大変さの中で苛立ちも消えて、アーサーは素直にマーカスに頼るようになっていた。
「マーカス、これはどのようにすれば……」
「ああ、それでしたら、ここをこのようにすれば宜しいかと」
仕事中、いつのもようにアーサーがマーカスに教えを乞うていると、
「マーカスはともかく、アーサーはいつまで経っても、アイリーンらしさが抜けないね」
スカーレットがそう言って、アーサーをからかった。
「アイリーンらしさ、ですか」
「あはは、そういうところだよ」
「はあ……」
アーサーには皆目見当もつかない。
「髪の色を変えても無駄。言葉使いで上流階級出身だってバレるよ。いまは私が居るからいいけど、兵たちからかなり警戒されてる。お貴族様なんかに、指導されたくないって」
「私はそんなに、貴族っぽいのでしょうか」
「だからね、そういう言い方。リーラの平民はしないんだってば」
しかし、生まれてこの方、他の喋り方などしたことがない。
「リーラだと、どのような言葉遣いをするのが正解なのですか」
「そうだねえ。マーカス、やってみてよ」
スカーレットに指されマーカスは戸惑いながらも口を開いた。
「こっちだと、どんなふうに喋れりゃあいいんだ?」
「そうそう、そんな感じ。アーサーにできるかな?」
スカーレットがにやにやと笑う。自分だってそのような話し方はしないではないか、とアーサーは不満を抱きつつも、マーカスの真似をしてみる。
「ええと……。こっちだと、どのように喋ればいいのだ?」
「なんか若干、王様って感じだけど。まあ、さっきよりはマシかな。威厳のある感じで、いいんじゃない。実際、王様だったんでしょ?」
「ええ、まあ」
「なら、どうしてそんな畏まった喋り方をしてるわけ?」
「王の仕事をしていた時と、話し方は変わりませんが」
そう答えると、スカーレットは目を丸くした。
「それでよくナメられなかったね」
「アーサー様は、謙虚で思いやりのある主君だと、皆に尊敬されていたよ」
マーカスが答える。城で彼を見たことはなかったが、どこかでアーサーの評判を聞いたのだろうか。
「それってほんとに王様に対する評価? あ、頼りない指導者ほど支えなきゃ、ってなる感じ?」
「いや、そうではなく……」
「そうじゃなくても、ここでは変えなくちゃ。郷に入っては郷に従え、だよ」
スカーレットは何かを思いついたらしく、益々顔をにやつかせた。
「いまのふたりは、あまりにも『貴族と従者』然としてる。アーサー、君は王様だったからわかってるよね、リーラがどんな国か」
アーサーは、こくりと頷いた。外交をする上で、他国の歴史を知っておくのは当然だ。リーラ国は過去に、無能な王と王妃をギロチン刑に処している。
「この国じゃ、育ちの良さは許容されても貴族であることがバレたら目の敵にされるし、下手すると死ぬよ」
その言葉に、アーサーはギョッとした。処刑があったのはそれなりに昔のことだったはずだが、今もまだ彼らの革命は終わっていないようだ。
「変えるべきところは喋り方だけじゃないけど、わかりやすいところから取り組もうか。マーカスはアーサーに砕けた態度で接すること。アーサーはマーカスから学ぶこと。いいね」
せっかくの第二の人生だ、命を失いたくはない。アーサーは了承し、マーカスも頷いた。
順応は、マーカスの方が早かった。
「アーサー、昼飯、ここに置いとくぞ」
書類仕事に没頭して食事を忘れていたアーサーの机に、マーカスが包みを置く。
「ありがとうございます」
「ん?」
「あ、ありがとう」
マーカスは口の端をニッと上げて笑うと、訓練のために再び戸外へ出て行った。
包みの中身は、近所の飯屋で売っているトマトサンドだった。ベーコンサンドが有名な店だが、アーサーは野菜がしっかり入ったトマトサンドの方を好んでいた。マーカスがそれを覚えていて、自分のために買って来た。ただそれだけのことがどうしようもなく嬉しい自分に、アーサーは気づいた。
王子として生まれた。親の後を継いで王になった。周りが察して、場や物を整えるのは常だった。謙虚と感謝の気持ちを忘れずに持ちなさいと育てられたが、ひとに仕えられることを当然のこととして受け止めていた。ありがたいとは思えども、嬉しいと感じたことはなかった。
アーサーは自分の中に湧いた新しい感情に、驚き、困惑した。そして、これまでの自分がどんなに薄情な人間だったのか、思い知った。
「マーカス」
仕事の後、帰り支度をしているマーカスに、アーサーは声をかけた。
「なんだ?」
「今日の夕飯、私が作ろうと思うんだが」
「口調」
向こう席から、スカーレットの指摘が飛んでくる。
「俺が材料を買って帰るから、待っていてくれ」
「オレも一緒に行く。ふたりで作ろう」
マーカスはそう言って、アーサーの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「早く支度して来いよ」
マーカスは荷物を手に、事務室を出て行った。
「口調、いい感じになって来たんじゃない」スカーレットが書類を纏めながら立ち上がる。「あれ、熱でもあるの?」
「……たぶん」
アーサーは乱れた髪を、撫でつけた。マーカスの手の感触を、追認するように。
結局その晩は、アーサーよりもマーカスの方が張り切ってしまい、大量の食材と酒を買い込み酒宴になった。
アーサーが作った料理を平らげると、マーカスは機嫌よさげに鼻歌を歌いながら、クラッカーにチーズを乗せていく。
「本当にうまかった。どこで料理を覚えたんだ?」
お酒が入っていることもあり、マーカスは普段以上に気安い口調で言う。
「隠居老人のふりをしている間に」
「ああ、退位した後、田舎に引っ込んでたんだったな。病人のふりをしながら料理を作るのは、大変だったんじゃないか」
「そうでもなかったよ。手伝いに来てくれていたのは、北の村の人たちだったし」
北の村というのは、アイリーン国で刻印の魔術師たちが隠れ住んでいる山奥の里のことだ。
「なるほどな。それにしても、久しぶりにアイリーンの料理を食べたなあ」
「喜んでもらえてよかったよ」
マーカスが、どの料理も美味しいと言って平らげるので、アーサーも気分が良かった。誰かに何かをしてもらい、そのお返しをする。そのことの心地よさを、ワインと共に味わった。
「どの料理がよかった? また作るよ」
「うーん、どれも旨かったが、強いていうなら……」
料理のこと、仕事のこと、リーラ国での暮らしのこと。話し込んでいるうちに世も更けて、気づけばアーサーはテーブルに突っ伏して眠ってしまっていた。
酒で痛む頭を押さえつつ、水を飲む。積み重なった食器に、床に転がる空き瓶。明日が休日だからって、羽目を外しすぎたな、と反省する。
マーカスはソファで空き瓶を抱えて眠っていた。羽織るものもなく、肌寒いのか、眉間にシワが寄っている。
アーサーはその辺りにあったブランケットを掴むと、マーカスにかけてやろうとソファーの近くまで寄った。マーカスはアーサーよりもずっと年上だが、彼の寝顔に子どもに対するような愛おしさと、それに加えて胸を焦がすような熱を感じた。アーサーは小さな声で呪文を唱えてブランケットを温めてから、マーカスにかけてやった。
アーサーにも子どもはいた。確かに愛していた。しかし、ブランケットをかけてやったことはない。子どもと会う時間は限られていて、世話は乳母がするものだった。アーサー自身もそのように育った。王族の親子というのは、そういうものだ。それを今になって、後悔している。もっと共に過ごせば良かったと。
マーカスが、アーサーの心を少しずつ変えている。リーラに来てから生活を共にする中で、徐々にマーカスがアーサーにとって特別になって来ていた。
アーサーが自室で眠ろうと立ち去ろうとした時、マーカスが呻き声を上げた。
「サフィア様……、お守りできず、申し訳……ございません……」
サフィア……かつてアイリーンの王女だった女性。大戦の後で水晶に捕らえられてしまったらしいが、いまは魔術師村の長をしている。
「ああ、あの時は大変だったらしいね」
当時のことについて尋ねると、スカーレットはそう言った。
「らしい?」
「私は大戦の時からリーラ軍だったからね、アイリーンでのことは伝聞だよ」
大戦があったのは百二十年も前だ。スカーレットは若く見えるが、長命な刻印の魔法使いなので、外見の年齢と実際の年齢が一致していない。
「どのような様子だったのか、教えていただけますか」
「あまり本人の了承なく言いたくはないけど」そう前置きしつつ、「彼、だいぶ、荒れたらしいよ」と教えてくれた。
「そう、ですか」
詳しい様子はスカーレットも知らないだろうから、深掘りするのは諦めた。
「マーカスは彼女の騎士だったからね。水晶にされちゃったこと、かなり辛かったみたい」
「……百二十年経っても、まだ辛いものなのでしょうか」
「そうだと思う。割と最近のことだし」
「最近……」
長命の魔術師の時間感覚に、アーサーは少し呆れた。スカーレットはもう四百年以上生きている。
百二十年経っても、褪せぬ後悔。
マーカスに自分がしてやれることはないのか。少しでも気持ちを軽くしれやれないだろうか。
そう思い、共に生活し、八十年の時間が経った。
最近ではマーカスが魘されることもほとんどなく、もう平気なのかと思っていた。だが先日新聞を渡された時に見せた険しい表情から、マーカスの心ではまだ過去がくびきとなっていることを思い知らされた。
百二十年経っても癒えなかったものが、八十年でどうにかなるわけがないのだ。アーサーは自嘲し、丘に上体を横たえた。
白い雲は風に流されたやすく形を変性させるが、ひとの心は雲のようには柔軟ではない。それはマーカスを癒したいと願った自分の心も同じことだ。いまでも頑固に、彼を救いたいと思い続けている。
いや、この心はすでに執着へと形を変えてしまった。ヴェルヌスに首が返される。これは、いい機会じゃないか。マーカスの憂いも減るし、アーサーはマーカスから距離をとって己を見つめ直せる。執着を手放せる。
気持ちを切り替えるために、伸びをした。
「……昼飯、買わないとな」
「昼飯ならここにあるぞ」
急に降って湧いたマーカスの声に、アーサーは驚いて声を上げた。
「マーカス、なんでここに」
「昼飯買いに行くって出て行ったかと思ったらなかなか帰って来ないし、店に行ったら来てないって言うし」
マーカスはアーサーの隣に腰を下ろす。
「アイリーンに行かないか、あんたも一緒に」
「え?」
驚いて、マーカスを見る。
「だから、あんたも一緒に行くんだよ」
「いや、俺が行く必要はないだろ」
ヴェルヌスとかいうやつのことは、見たこともない。北の村にだって、行ったことはない。サフィアともアイリーン国を出発する前に、会ったきりだ。行く理由がない。
マーカスは包みをアーサーに渡すと、は自分の包みを開けて、ベーコンサンドを食べ始めた。
アーサーは受け取った包の中を見た。トマトサンドが入っている。代替わりした今でも、野菜がたっぷり入っていて、美味しい秘伝のソースがかかっている。
「あんたがさっき部屋を出て行った時、オレはずいぶん甘えてたんだなってようやく気づいたんだ」
話の要領が見えず、アーサーは顔をしかめる。
「ずっと心配かけてた。俺が時々魘されてたこと、気づいてただろ」
「……八十年も居るんだ、気付かないわけないだろ」
「だよなあ。オレ、あんたに心配かけてたことに、本当にさっき気づいたんだ。これまでずっと気にかけてもらってたのに」
「はは、なんのことだか」
「まじないを、かけてくれてただろ。」
「気休めだ」
「あれのおかげて、魘されなくなった」
「時間が解決したんだ」
「アーサー!」
目線を逸らすアーサーの肩を、マーカスが掴んでそちらを向かせる。
マーカスの真剣な目線を受けて、アーサーは耐えきれず、振り払った。
「……ひとりで行け。期待させないでくれ」
「期待?」
「お前が俺とリーラに居るのは、命令だからだってわかってる。それに、俺が青の血脈だから。でももう、お守りは必要ない。いい機会だから、村に帰れよ」
「なら、期待してくれ。オレがここに居るのは、オレの意思だ」
「なんでだよ、お前の主人はサフィア様だろ」
「辞めようと思う」
「どうして」
「オレを、あんたのものにしてくれないか」
マーカスは宣誓する騎士のように。アーサーの手を取る。
「サフィア様のことは確かに大事だ、守れなかった咎を償わなければならないとも思っている。お側に戻らなくてはと思いながら、ここに残った。オレはオレのわがままな気持ちを優先したんだ。あんたと仕事をするのが心地良くて、楽しくて、もっと一緒にいたかったから」
アーサーは、自分の顔が真っ赤になっていることに気がついた。これはまるで、婚約の誓いのようじゃないか。
「オレと一緒に、許してもらいに行ってくれないか。これからも、ここであんたと仕事がしたい」
「そ、その仕事を放って行くわけには行かないだろ!」
「それは、仕事がどうにかなれば一緒に行ってくれるってことか?」
アーサーは自分が墓穴を掘ったことに気がついた。
「仕事はサリヴァンに任せればいい。長い間真面目に働いてきたんだ、ふたり揃って休暇をとっても構わないだろ」
どうしてこんなことになっているんだ。これは、自分に都合の良い夢なのか。アーサーは頭がいっぱいでどうにもならず、両の目から大粒の涙が溢れてきた。
「ア、アーサー……?」
急に泣き始めたアーサーに困惑したマーカスが、顔を覗き込んでくる。不安そうに眉を下げるマーカスの表情が、昔飼っていた犬に少し似ていた。
「……行く。行くよ、一緒に行く」
アーサーが頷くと、マーカスはアーサーの手に口付けをして、それからきつく抱きしめた。
「し、仕事仲間としてなんだよな?」
我に帰って、アーサーはマーカスを振り払おうとして身をよじった。
「仕事仲間と、それから伴侶として、一緒にいてくれ」
アーサーは抵抗するのをやめて、大人しくマーカスの腕に抱かれた。体温が、じわりと体に広がっていく。
「いいのか?」
少し不安そうな声でマーカスが言う。
「言ってることとやってることが合致してないぞ」
「嬉しいよ」
マーカスの低い声が、響いてくる。
これが夢ならば覚めてくれるなと、アーサーは目を閉じないように、遠くの景色を見つめ続けた。
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