ヴェルヌスの首:エカテリーナの来訪

「サフィア様、ご来客です」

 陽光差し込む南向きの廊下で、下男がサフィアに告げる。

「どなたですか」

「ティタシアのエカテリーナ様です。応接間にてお待ちです」

「ありがとう。すぐに参ります」

 ティタシアのエカテリーナが、何の用だろう。ティタシアの刻印の魔術師たちとは、かつてその国で暮らしていたパベル・ステパネクが主に連絡係となっている。それなのに、彼を通さず、しかもティタシアに住む刻印の魔術師たちの長であるカーン・シンの妻エカテリーナが直接訪ねてくるとは。

 サフィアは近場にあった扉の行先を、直接応接間へと繋げた。

「お久しぶりです、エカテリーナ様」

「サフィア様、先触れもなしにお伺いして申し訳ございません。大事なお話ですの」

 真剣な面持ちで、エカテリーナが言う。

「どのような、御用事でしょうか」

 サフィアはソファに腰掛けながら、慎重に返した。エカテリーナが来るほどのことだ、ことが外交問題ならば、その内容によってはアイリーンの王宮にどうにかして接触を図る必要がでるかもしれない。大ごとでなければ良いが。

 サフィアは緊張してエカテリーナの言葉を待った。彼女は一呼吸おいて、口を開いた。

「ヴェルヌス様に、首をお返しいたします」

「首を、ですか」

「ええ、そうです」

 外交問題ではないことに安堵しつつも、エカテリーナの提案にサフィアは驚いた。

「ヴェルヌス様と私が行ったことを、サマル様はお許しになったのですか」

「サフィア様は何も罪など……。サマル様は年に数度、ヴェルヌス様の首を落としたことを気に病まれて、塞ぎ込まれるのです。わたくしたちも見ているのが辛く、夫の提案で首を返したらどうかと。それでサマル様のお心が晴れればと」

「……ティタシアの皆様は、どのようにお考えですか」

「わたくしは夫に賛成です」

 当時ティタシア軍にいたのは、サマル、カーン、エカテリーナ、パベル、アンナだ。そのうちパベルとアンナは、今はアイリーン国にいる。つまり、カーンとエカテリーナが決めたのなら、それがティタシア勢の総意だ。

「皆様がお決めになったことに、私は従います」

「ありがとうございます、サフィア様」

 礼を言われることではないのに。サファイアは内心でそう思ったが、心底安堵した表情のエカテリーナに、サマルがどれほどひどい状態だったのかが察せられた。

「ヴェルヌス様にお伝えしてまいります」

「その必要はありませんわ。もうご存知のはずです。これまでずっと、耳はティタシアにあったのですから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る