第10話 燃える世界
海底は静かな所だった。
海中探索のための球体の空間がゆっくりと移動している。その周りを、二つの光の玉がゆらゆらと揺れながら辺りを照らしている。
「ここにも何もないのです」
ティアはため息をつくが、すぐに鼻歌を歌いながら、また別の方角へ球体を移動させる。
海の中は、空と同じようにあまり変化のない世界だった。
海中は深さによって濃度が違うのかなと感じるぐらいで、まれに空気の粒たちが下から浮かび上がっていくのを見れるぐらい。
生きものや植物などがいないかとじっくりと探したが、小さなものでさえ見つからない。
海底は場所によって深さや、砂や岩など違いがあるが、同じく生きものの存在は確認できなかった。
しかし、大きな発見もあった。
大地の魔力を強く感じられたのだ。
どっしりとした落ち着いた雰囲気のある魔力だ。
密度が濃い魔力に触れることによって分かることもある。
空の舞い上がった砂や埃は、大地の魔力をまとっていたのだなと、今なら分かる。
この魔力があれば、大地は自分で作れるかもしれない。
そんなことを考えたためか、代わり映えのない海中探索も、ティアは気楽にできていたのであった。
海中では方角が分からなくなる。
気の向くままに進んでいるが、同じ場所付近を通っていたりして効率はよくないと思う。
「今はこれでいいのです。そのうち何か良い方法が思いつくのです」
ティアは一人つぶやいて、先を進んだ。
気分転換で海から出た時は、また夜になっていた。
慣れた手つきで水の塊を作り、そこに腰を下ろす。
まん丸の月が遠くに見える。
ティアは、いくつか強く輝いている星を覚えていた。
時間によって見える場所が違う。
観察を続けたら星の位置から方角が分かるかもしれない。
それ以外にも、いくつか方法を思いつく。
いずれ全て試すとして、一番効率が良さそうなのはどれかと考える。
ふと、遠くの海が赤くなっているのが視界に入った。
ティアは思わず、その場所を二度見する。
すぐに目を凝らしてみた。
「あれ! 燃える世界なのです!」
前に見つけた燃える場所と同じかどうかは分からない。
しかし、新しい情報を得られる可能性がある。
ティアは満面の笑顔を作るのであった。
さっそく、ティアは翼を広げて、燃える世界へ向かって飛び立つ。
機嫌がいいのもあって全速力だ。
「ひゃっほー!」
調子に乗って、アクロバティックな飛び方もしてしまう。
かなり距離はあったはずだが、数千カウントほどで、燃える世界はもうすぐのところまで来れた。
ティアは自分の飛ぶ速さに満足をして、得意気な顔をする。
「さぁ、燃える世界は何があるのです?」
燃える世界に近づくと、煙がもくもくと上がっているのが見えた。
どうやら、煙の向こう側が赤く光っている。
この距離で見える大きさから、燃える世界はそれほど広い範囲はないようだ。
煙の向こうの赤い光が強く光る。
煙の上部から赤く光るドロドロとした塊が空を飛ぶのが見える。
少しだけ遅れて、何が爆発するような音が聞こえてきた。
「もう少し近づいてみるのです」
燃える世界を回り込むようにティアは飛んだ。
煙の近くまで来ると、暑くなってきた。
煙に当たらない程度の距離で、斜め上空から燃える世界を観察する。
時折、ドロドロとした火の塊が海から吹き出している。
あのドロドロとした火の塊が海に触れると煙が出るようだ。
吹き出すタイミングはバラバラで、勢い良く空に飛び出すこともある。
ティアのいる場所まで飛んでくることはないため、あまり緊張感はない。
それに、風に流れて鼻にツンとくる匂いもするため、あまり近づきたくはない。
しばらく観察を続けていたティア。
魔力を探ると、毛色の違う魔力の存在に気づく。
元気で直情的な、暴れん坊のような印象を受ける魔力だ。
「これは火の魔力なのです?」
さっそく辺りの火の魔力を操ってみる。
ティアは、人差し指を立てて指先に魔力を集めてみた。
指先からボッと音を立てて、火が現れる。
「おぉ! キレイなのです!」
ゆらゆらと揺れる小さな火。
火は熱いという、なぜか知っていた本能のような感覚。
火の魔力を操るにしても、少し苦手意識を持ってしまい、細かい操作は難しかった。
ティアは難しい顔をして、火の魔力を操作して小さな炎の竜巻を作る。
「あちっ!」
指先が熱くなり、とっさに指を振り火を消した。
ティアは指先にふぅふぅと息を吹きかける。
火の熱さへの対応を考えないといけない。
とりあえずと、ティアの身体に纏っている魔力バリアを調節したら、それだけで火の熱さを耐えられるようになった。
満面の笑顔になるティア。
第一印象の方法で、なんとか対応できてしまうことが嬉しい。
何も知らない状態からの成功体験がティアに大きな自信を持たせていく。
さらに、火に触れる部位だけ魔力濃度を高めるなど、魔力の効率化などを思いつくが試すのは後にすることにした。
後で試すことを覚えておくのは大変かもしれない。
なにせアイデアが次から次に生まれてるのだ。
記録を残せる方法が必要になってきた。
さて、燃える世界に意識を向ける。
しばらく観察していたが、海底からドロドロとした火の塊が吹き出しているようだ。
上空からでは、新しい現象は確認できなかったが、なぜ煙が出るのか、匂いがするのか、どこから火の塊が現れるのかと、いくつかの謎が生まれていた。
海底からの探索もしてみようかなと考えていた時、また太陽が昇ってきた。
観察と考えごとをしていると、時間の進みが早い。
ティアは、少し体の疲れを感じる。
「のんびりいくのです」
水の塊に横になり、燃える世界から少し離れる。
目をつぶると、とても気持ちいい。
「眠るっていうのは、こういうことだったのです?」
意識の状態で、思考を滞らせ眠る感覚とはちょっと違う。
身体の機能を整えるための休息。
眠るだけで身体を回復させてしまう自己再生能力。
自分の身体にも、たくさんの謎がある。
研究対象が増えるたびに嬉しくなる。
目を閉じながら、口角が上がっている。
ティアは幸せそうな顔で、しばしの休息を取るのであった。
◇ ◇ ◇
太陽の光が眩しい。
空には、真っ白な雲が気持ちよさそうに流れている。
空にふわふわと浮かぶ半透明の水の塊の上に、青く長い髪の小さな人が寝ている。
よだれを垂らし、幸せそうな寝顔だ。
寝返りをうち側臥位になると、背中には輝く翼がついている。
地鳴りのような音が聞こえ始めた。
突然、大きな爆発音が轟く。
「な、なんなのです!?」
ティアは音に反応して飛び起きた。
空から大きなドロドロとした燃える塊が降ってきている。
百個はありそうだ。
そのうちの大きな燃える塊が、ティアのいる場所を襲う。
ティアは翼を広げて、すぐに飛び立つ。
一瞬あとに、ティアのいた場所を燃える塊が通り過ぎていく。
ティアの寝ていた水の塊は、じゅわっと音を立てて飲み込まれて消えてしまった。
そのまま、大きな炎の塊は海に落下して、勢い良く水しぶきと水蒸気が上がる。
大迫力だ。
「危なかったのです」
ふと上を見上げると、次々と炎の塊が飛んできている。
「わっ!」
ティアは驚きながらも、炎の塊を翼で飛んで避けていく。
すると、ティアのいる場所を影が覆った。
器用に避けていたティアが上を見上げると、とびきり大きな炎の塊がこちらに向かってくる。
「う、嘘なのです!」
大きすぎて、飛んで回避するには間に合いそうもない。
ティアは思考を加速し、一瞬の間に対応を考えた。
火に強そうなのは水の魔力、水をぶつけて炎の塊を破壊する。もしくは、水の魔力で防御する。
魔力バリアの出力を高めて耐えるのもいいかも。
風の魔力で炎の塊の軌道をそらす。
火と大地の魔力は、まだ未知数な力で使い方が分からない。
とびきり大きな炎の塊が目前に迫っている。
ティアは不敵に笑った。
「全部、試せばいいのです」
炎の塊の熱気により、付近の温度が上がっている。
轟音とともに迫りくる、巨体な炎の塊。
小さなティアは、それに相対し体勢を整えるのであった。
ほしをすくうもの malder @malder
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