第9話 海の中



 星空に、光の尾を引きながら流星が落ちていく。



「流れ星! 願い事をするのです!」



 目を輝かせるティアは、水の塊に横たわり星空を見上げていた。



「誰かに会いたいのです!」



 言い終わると、流れ星はすぐに消えてしまった。



「今なら、たくさんお願いできちゃうのです」



 ティアは、思わず声を出して笑ってしまう。


 永い暗闇での時を経て、ティアは一瞬の間に様々な思考ができる。


 

「流れ星に願いごと? これはいつの記憶なのです?」



 経験したこともないのに、なぜか知っている言葉たち。


 この謎も、今はいつの日か解けるのかもしれないと楽観的に考えることができた。


 今のティアは、幸せな気持ちが続いている。


 耳鳴りは、時間が経つと自然に治ってしまった。


 空を覆っていた雲も、ほとんど消えてしまった。


 少なくとも、見渡す限りの空には見当たらない。


 薄い雲はところどころに浮かんでいるが、この雲たちは新しく生まれた雲たちだ。


 通常の世界には、空には雲ができるのかもしれない。


 この現象も、そのうちに調べることにする。


 穏やかな風が、ティアの頬をなでていく。


 雲が晴れたことによってかは分からないが、気温が上がりずいぶんと暖かくなった。


 それに、雲が晴れてから空気の質が変わった気がする。


 空気が美味しくなったというか、呼吸がしやすくなったというか、身体の調子が上がっている。


 鼻歌を出るほど、ティアはごきげんだ。


 半透明の水の塊を操り、すいすいと空を進んでいく。


 疲労感を調べる意識に意識を向けると、意識を増やしたりはしていないのに少し数値が減っていた。


 魔力を使うと減るのかなと予測を立てる。


 意識を失うとまずいので、これからはもう少し気にかけることにする。


 謎が謎を呼ぶ。


 好奇心に胸を膨らまして、ティアは空を進んでいく。



◇ ◇ ◇



 一番大きく見える星。


 月。


 丸く輝く光は優しく、模様が見える。


 月は移動しているようだ。


 いつの間にかに上天にあった月は、かなり横へ移動していた。


 月とは逆の方角の空が、明るくなってきている。


 とりあえず、明るい方角へ向かおう。


 

 空が明るみ始めてからは、また感動的な光景が続いた。


 海の果てから太陽が顔を出したのだ。


 もちろん、ティアは太陽の美しさも充分に堪能した。


 空は一気に明るくなり、海を輝かせる。


 太陽のおかげで、視界も抜群に良くなった。


 見渡す限りの海。


 

「海ばかりなのです」



 ここは海だけの星なのかもしれない。


 生き物がいるとしたら海の中かもしれない。


 ティアはそんな予測をする。


 

「よし! 海の中を冒険してみるのです」



 海面まで降りてきたティア。


 最初に見たときよりはかなり穏やかな海。


 緩やかに波立つ程度だ。


 まずは、海の中で安全に動けるようにしなくてはならない。


 海の中では呼吸ができなかった、これは風の魔力でなんとかなりそうだ。


 お手頃サイズの水の珠を作る。


 息を大きく吸い込み、海にぴょんと飛び込む。


 水の珠もティアに続いて海の中へ。


 海の中は穏やかそうに見えていたが、少し潜るとやはり海流の力はすごい。


 まともに動けそうにもない。


 泳ぐのはどうだろう。


 海面に戻り息継ぎをしながら、平泳ぎのような動きで泳いでみた。


 効率はともかく、楽しい。


 背泳ぎも試してみる。


 これも楽しい。


 ティアは、満足するまで遊ぶことにした。


 おかげで、海に浮かぶコツを掴んだ。


 海に、仰向けの大の字でぷかぷかと浮かぶティア。



「平和なのです」



 目を閉じながら呟く。


 満足したティアは、海の探索準備を再開する。


 また水の塊を作り、それに乗る。


 風の魔力で空気を生み出すのはできるが、呼吸に合う空気にするのは難しかった。


 何度も試してみた。


 空気を作る過程で、すごい発見をした。


 空気を冷たくしたり、温めたりを試していた時。


 冷たい空気を温めると水が生まれたのだ。


 しかも、飲める水だ。


 もちろん、ティアは満足するまで水の味を楽しんだ。


 ふと、氷の世界で飲んだ雨の水を思い出す。



「あの時もこんな現象が起こっていたのです?」



 この世界で起こる現象は、ある程度は魔力で再現できるような気がしたのであった。

 

 

 試行錯誤を繰り返し、呼吸できる空気を作ることができたのは、太陽が真上に上った頃だった。



「あれ? 太陽も移動しているのです」



 また不思議な既視感がある。


 まるで太陽や星がこうやって移動することは、昔から知っていたような感覚を覚えたのであった。


 結局、空気は水と風の魔力を混合して、小さな雷を発生させ水を分解することで作ることができた。


 これも、ティアの高速の思考がとても役に立ったのであった。


 空気の割合が分からずに、何度か意識が飛びそうになったり、喉が焼けたりしたが、ティアの身体はすぐに回復してしまった。


 ティアは、頑丈な身体にも感謝をしたのであった。



 呼吸はできる空気は作れたが、海の中でどうやって使おうか。


 一つ問題をクリアすると、別の問題が出てくる。


 移動速度の問題もある。


 いくつか思いついた方法を試してみて、水の球体の中に空気を満たす方法がうまくいきそうだ。


 ティアは身体の周りに、自分がすっぽりと入り少し動ける程度の透明の風船のような球体、そんな魔力空間を作り出した。


 ティアは透明の膜の強度も調節して、一緒内側に空気を生み出す魔力の珠も作る。


 これで、球体の空間自体を移動させれば、そこそこの速度も出せそうだ。


 これで海の中を探索できるはずだ。



「よし! 行ってみよー!」



 ティアは球体の魔力空間を操り、海の中へ飛び込む。

 

 勢い良く飛び込むと、海流に流され球体はくるくると回転してしまった。


 

「わぁ! 目が回るのです!」



 球体の中でくるくると回転するティア。


 すぐに、魔力を操り球体の空間を安定させ体勢を立ち直す。


 

「ふっ。 想定内なのです」

 


 一人で強がるティア。


 頭を振り、乱れた長く青い髪を整える。


 球体の中の空間から見た海の中は、太陽の光で少し遠くが見えるほどになっていた。


 深度が深い場所は相変わらず暗いようで、潜るとほとんど視界はないだろう。


 

「明かりがほしいのです」



 海の中を照らす光。


 これも魔力で作るしかなさそうだ。


 とりあえず、海面に近い場所を移動しながら、魔力をいじることにした。


 見える範囲には何もない。


 腹に響いてくる低音の海流の音が聞こえるだけであった。


 何も見当たらないことで、少しがっかりしてしまったが、しばらくは海中探索を続けてみる。


 魔力でいくつか明かりを作ってみた。


 魔力自体を発光させて光る玉を作るのは、簡単だった。


 さらに、水の魔力で作った多角形の各平面をレンズのような構造にして、光の玉を囲ってみた。


 かなり光度の高い明かりを作り出せた。


 なぜか思いついてしまう、どこか既視感のあるアイデアたち。


 首を傾げながらティアは、海中探検を続けるのであった。



「何か見つからないかな?」



 ティアは答えのない疑問より、この世界への好奇心で心は弾んでいる。


 ティアの入った球体と、その周りを光の玉が二つが浮かび海中を照らしている。


 ティアはまだ見ぬ何かを探して、海の中に消えていくのであった。



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