マフラーを巻いたひよこ

八咫鑑

マフラーを巻いたひよこ

「俺は保温機生まれ、マフラー育ち、寒そうなやつはだいたい友だち、グースもダックも大したこたねぇYO」

「やめろよ下手ラッパー。強がってるようにしか聞こえないぜ?」

 そう言って俺を非難するのは赤。赤いマフラーを巻いているから“赤”。

「うるせぇなぁ、まだ作りかけなんだよ」

 そう返す俺は青。青いマフラーを巻いているから“青”だ。

「俺たち陸鳥でマフラー種なんだから、これくらい言っておかねぇと周りから舐められるだけだぜ?」

「舐められたからってなんだってんだよ。もっとマフラー種に誇りを持てよ」

「そういう問題じゃないって。はぁ、せめてネックウォーマー種ならなぁ」

 首が長い鳥であれば、マフラー種であっても多少の地位はある。長い首を温かく保つのにマフラーは最適だからだ。しかしひよこなどの首が短い鳥にとっては、マフラー種であることはたいした自慢にはならない。ネックウォーマー種の方がほどけず、手軽で、嵩張かさばりにくいという点で優れている。

「僕はマフラーが好きだよ」

 赤は遠くの一点を凝視しながらそう言った。俺は赤の目線を辿った。その先に居たのはダウンジャケット種のグース。防寒鳥の中でも最上位に君臨する種族だ。俺たちのようなくらいの低い、丘の上で身を寄せ合う防寒鳥達を尻目に、触っただけで凍り付きそうな水温の湖を優雅に行き来している。

「……すまねぇけど、俺にはそうは思えねぇよ」

 赤がクルッと首を回して俺を見た。

「僕が思うに、一番最強なのはマフラーさ。マフラーを分けっこして温かさを共有するのは凄技だよ? 他の防寒種には真似できない。それに誰よりも心の温かさを持ってるからね」

「それこそ強がってるようにしか聞こえないぜ?」

 俺は仕返しとばかりに赤を笑った。赤はハハッと小さく乾いた笑いを返した。俺はもう少し赤が笑い返してくれるものだとばかり思っていたから少し気まずさを感じ、無言で赤に身を寄せた。赤も無言でもう一歩俺に近づいた。

 俺たちは他の防寒鳥達と同じように身を寄せあい、お互いの体温で温め合った。それが一年を通して寒い寒いこの土地で生き延びるための唯一の方法だった。



 防寒鳥の起源はそんなに古くない。せいぜい二百年前といったところだ。俺たちが住んでいる野原は、ほんの少しの間訪れる夏を除いてほぼ一年中冬だ。水鳥のように綿毛ダウンを持たないひよこ俺たちのような陸鳥は、そんな過酷な環境で生き抜いていくために防寒具を身につけるという習性を得た。

 昔は草を編み込んだりなんだりしていたらしいが、今では人間からの貰い物なんかもあって、皆マフラーや手袋といった防寒具をつけ、この寒さをしのいでいるんだ。


 そんな歪な習性によって生まれた自然界の掟が、より温かいやつが上位である、という上下関係。

 俺たちマフラー種は残念ながら下の方。だから、いつかマフラー種を辞めて最上位に君臨するのが俺の目標だ。ダウンジャケット種でもニット帽種でも、なんでもいい。化学繊維でぬくぬくの防寒具を手に入れていつか、ファッションで防寒具を身に着けて絶対的地位を手にした、あの水鳥たちの上を行ってやるのだ。


 そのためにも……。



「おい青! 君またそんなに傷だらけに。今日は誰に勝負を挑んできたのさ」

「……手袋種のアナホリフクロウ。六回ぶたれた」

「あいつら足が速いから辞めとけって言ったのに。ほら、手当てするし寒いでしょ? さっさとこっち来て」

「……」

 俺は無言で赤の近くに寄った。一度手に入れた防寒具を更新するには、他の防寒鳥ぼうかんちょうから奪い取るしかない。それはこの地では日常茶飯事に行われている。俺は今日も負けてしまってまたマフラー、ただそれだけの話だ。

「ねぇ青、もう他の防寒鳥と勝負するの辞めない? いつか死んじゃうよ」

「何言ってんだよ赤。他の防寒鳥から防寒具奪ってもっと温かくならないと、俺たちいつまでも惨めな陸鳥マフラー種だぜ? それに、今より寒い日が来たら俺たち簡単に凍死しちゃうよ」

「防寒具だけが全てじゃないよ、この世界は」

 赤の言葉に、俺はカチンときた。

「何甘いこと言ってんだよ赤。防寒具が全てだろ、この世界じゃ! 俺たちは水鳥みたいに温かな羽毛を持ってない。防寒具をつけないと一晩もたずに死んじまう。食事もメスも、温かいやつ程良いモノを得られる。温かいやつだけが生き残る。それがこの世界の摂理だろ? この世界で温かさを与えてくれる防寒具以外に、何が大事だってんだよ!」

「……僕らだけじゃなくて、皆が温かい世界になればいいなって。それだけだよ。大事なことは」

 それ以上、赤は何も言わなかった。俺の傷の手当てを済ませ、そのままどこかへ行ってしまった。

 俺は吹きつける風をなんだか寒く感じ、マフラーを巻き直した。



 その夜、俺たちの住む地域は近年稀に見る大寒波に襲われた。

 外では吹雪が轟々と音を立て、あのダウンジャケット種のグースまでもが温かな巣穴の奥に引きこもっていた。俺と赤は樹の根元に空いた小さな窪みで身を寄せ合い、なんとかこの夜を凌ごうとしていた。俺達はまだ仲直りが出来ていなかったが、ひよこの孤児みなしご二羽が生きていくにはこうするしかない。

「赤、大丈夫か!」

「……いまんとこ!」

 声を張り上げなければ、隣同士だというのに会話も出来なかった。それくらい吹雪の勢いは激しく、窪みの中にも容赦なく入りこんできていた。

「おい青、寝るなよ!」

 赤の言葉に俺はハッと目を覚ました。いけない、眠りかけていた。

「ったく危ないな。ほら、こっちちょっと余裕あるから! そんかわりもっとこっち近寄って!」

 赤が自分のマフラーを広げて俺も一緒くたに巻いてくれたらしい。一瞬視界に赤色のマフラーが横切った後、心なしか寒さが軽減された気がする。俺は赤に言われるがまま、今以上にギュッと身体を赤に押し付けた。

「ありがとうな! 危うく冷凍チキンになるところだったぜ!」

「ハッ、笑えねぇよ!」

 しばらくして徐に赤がこう切り出してきた。

「そうだ、あのラップ聞かせてよ! てか今夜中に完成させてさ、明日の朝披露してくれよ。僕ここで静かに聞いてるからさ」

「はぁ? 今かよ!」

 恐らく俺が寝ないよう気を遣ってくれたのだろう。そう言う赤は聞いてるだけで眠くならないのか、と返そうかとも思ったが、これだけの付き合いにもなると「お前の下手クソラップが耳障りで寝るどころじゃねえ」と応酬される未来は見え過ぎている。

「俺は保温機生まれ……いや、保育器の方がいいか。俺は保育器生まれ、マフラー育ち、寒そな……や、生まれると言うより俺たちは『孵る』だよな……」

 俺は赤に聞こえるようわざと声を張り、ラップの改良と作成を続けた。




 夜が明けた。


 吹雪は収まり、ぼっこり積もった雪の間から淡いクリーム色をした朝日が差し込んでいる。

 俺は一晩中なんとか独り言を続け、一度も寝落ちしないままラップを完成させた。

「うぅ、喉やっちまいそうだ。おはよう、赤」

 俺は赤を見て、ブルブルと体を震わせて自分の身体についた雪を落とした。震える足を何とか奮い立たせ、仁王立ちした。

「俺は保育器孵り、マフラー育ち、寒そうなやつはだいたい友だち、グースもダックも大したこたねぇ、ひよこの方、方が……HOTなんだぜ。のはっ……クソ……野原も、池もしんしん、冷えてる。でも、俺たちにゃ、俺たちにゃマフラーがある、赤と……ウッ、クッ、赤と青、二人で、二人で力を合わせ、生き抜き目指すぜ鳥類のいただき!」



 酷い。なんとも酷い出来だ。ラッパーとしての素質はないかもしれない。でも、ラップの出来なんてこの酷い事態の一ミリにも満たない。現実はもっと酷い。俺はくちばしのわなわなとした震えを押さえることが出来なかった。鼻孔の奥がツンとして、視界がボヤけた。

「防寒具が全てじゃないなら、何だってんだよ!」

 俺は勢いよく立ち上がった。その拍子に赤いマフラーが地面に落ちた。

 昨夜、赤は俺を一緒くたにしてマフラーを巻き直したんじゃない。自分のマフラーで俺を巻いたんだ。俺を温めるために。


 ——マフラーを分けっこして温かさを共有するのは凄技だよ?


「これは分けっこじゃねぇよ、バカ」

 赤の身体から綺麗に雪を払い、丁寧にマフラーを巻き直してやった。赤はピクリとも動かない。身体は銅像の様に硬く、氷の様に冷たかった。

「せっかく『二人で鳥類の頂目指す』って言葉入れたのに。俺は一人でどうすりゃいいんだ?」

 その問いかけに、答えが返ってくることはない。


 一歩二歩と歩いて窪みの外に出た。ところどころで目を覚ました防寒鳥たちが、もそもそと日向ひなたに移動している。朝日を浴びて温まろうとしているらしい。日当たりのいい場所に防寒鳥が複数匹集まり、幾つかの大きな羽毛の塊を形成していた。


 ——皆が温かい世界になればいいなって。それだけだよ。大事なことは。


「そこにお前はいないのかよ、赤」

 落ち葉や木の枝を拾ってきて、窪みの入口を完全にふさいだ。青いマフラーを首元の高い位置でキュッとしめ、目の周りを丁寧に拭う。

「じゃあな。ありがとう」

 俺は日当たりのいい場所まで移動して、羽毛の塊に混ざった。



 ~*~*~*~*~*~



 防寒鳥がいるなら防寒リスや防寒鼠がいる、と考えるかもしれない。でも実のところ、そんな都合のいいことはない。

 グースやダックの羽毛は、人間が使う羽毛布団やジャケットの中素材として使われている。鳥が防寒具を貰えているのは、そこでお互いに「暖」を与えあう関係性、ギブ&テイクが成立しているから、ということも大きい。


「さ、ここに入りな」

「ありがとうございます!」

「いいんだよ。ほらリスくん、君もこっち来なよ」

「え、でも……すごく言いにくいんですけど、他の防寒鳥に笑われてるみたいですよ? いいんですか?」


 防寒具は羽毛を持つ種族に与えられた特権。それを鼻にかけて他の小動物を見下す防寒鳥は多い。


「いいんだよ、あんなやつら気にしなくて。マフラー種は唯一、自分の温かさを他人に分けてやれる種族だからな。可哀想に、あいつらにはその凄さが分からないのさ。もうすぐ吹雪になる。今の俺たちにとっちゃ笑われないことよりも、皆で温まってこの夜を乗り越えることの方が大事だろ?」

「……分かりました、ありがとうございます鶏さん!」

 俺は自分のためのひと巻きを残してマフラーをほどき、一緒に穴に入っていたリスや鼠にその青い一端を分け与えた。


 でも別に、それを防寒鳥だけで享受しなくたって、皆に分け与えたっていいじゃないか。


「あの、私も入れて頂いてもいいでしょうか?」

 声がした方を見ると、細身の兎が前足を胸の前に揃え、鼻をヒクつかせていた。

「おう勿論! まだここに空きがあるからほら……そうそう、いい感じに入れたな。皆よく聞いてくれ。俺がまだヒヨッコだったころ、もっと寒い冬の夜を過ごしたことがあったんだけどな……」


 そういうことだろ? 赤。

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