嘘に触れる

帆尊歩

第1話 嘘に触れる

「詠美は結婚とか考えてないの」と私は親友の詠美に言う。

「いやー考えていない、と言うことはないけれど、こればかりは相手がいないとね。そういう亜衣美はどうなのよ。あんたほど男っ気のない子も珍しいね」

「男なんて、がさつで、馬鹿で、汚くて、何も考えていないくせに、偉そうに振る舞って、力で何でも解決出来ると思っている」

「なに。そんな男としか、付き合ってこなかったってこと?」

「違うよ、あたしは詠美が一番好きなの」と言って詠美に抱きついた。

「あたしもー」と言って詠美もあたしを強く抱きしめてくれた。

ちょっと、キュンとした。

詠美が今すぐに結婚とかは考えていない事に、あたしはちょっとホッとした。

詠美とは中学から一緒で、さすがに大学は学力の差があったので、違う大学になったけど、いつも一緒だった。

詠美はあたしの入る大学にレベルを落として、一緒の大学に行こうと言ってくれたけど、あたしがそれはだめだと言った。

あたしのために、詠美の可能性をそぐことはあたしにとって最も辛いことだったから。

詠美が嬉しければあたしも嬉しい。

詠美が悲しければあたしも悲しい。

詠美が辛ければあたしも辛い。

詠美と遊びに行くときは、よく手を繋いだし、何かと言えばハグをした。

さすがにキスをすることはなかったけれど、そのたびにあたしの胸は張り裂けそうなくらいトキメイた。

高校の時に、お互いの家に泊まりに行って、同じ布団で寝るとき、足が触れただけであたしの心臓は止まりそうになり、詠美とは反対の方を向いていなかったら、絶対にあたしの顔が赤くなっている事に気付かれていた。

そういう感情が、ただ詠美が親友だったから、と言う感情以上の物だという事は薄々感づいていたけれど、あたしはそれを必死で押し殺していた。

初めのうちは認めたくなかった。

お互いに素敵な彼を見つけて、それぞれの結婚式に行って、おバカな所業を暴露し合って、会場を盛り上げて、スピーチをするんだ。

(素敵な旦那さんが見つかって良かったね。仕合わせになるんだよ)そう言って泣きながら

(おめでとう)って言うんだ。

だから。

あたしが詠美に恋愛感情なんて、あるはずがない。

持ってはいけない。


大学に入るころ、もうそれは自分を偽ることも出来なくなっていった。

だからこそ詠美の、同じ大学に行こうという申し出を断ったのかもしれない。

でも大学が違って、頻繁に会うことが出来なくなったら、余計に詠美のことが頭から離れなくなった。

詠美に会いたい。

今何をしているんだろう。

おいしい物を食べたら、詠美にも食べさせてあげたい。

面白い物や綺麗な景色を見たら、詠美にも見せてあげたいと思う。

もうあたしは、認めざるをえなくなっていた。

あたしは、詠美の事を


愛している。


これは親友としてとか、人間としてではない。

恋愛感情として。

恋人として。


愛している。



「ひさしぶり亜衣美」と詠美はあたしに言う。

今日は久しぶりに二人で遊ぶ日だ。

「久しぶりね」

「最近はどうよ」

「ぼちぼちでんなー」

「関西人か」と詠美は突っ込むジャスチャーをする。


「亜衣美、男は見つかった?」

「全然よ。詠美は」

「あたしも全然よ、どうしてこの世の中にはイイ男がいないのかな」

「ほんとよね」イイ男がいない、というくだりは、きっとあたしと詠美では随分意味が違う。

「亜衣美、まずは?」

「おなか空いた」とあたしは言う

「じゃあまずはご飯」と言って詠美はあたしと手をつないだ。

あたしの胸は高鳴る。

もうあたしの詠美を愛する気持ちは抑えきれなくなっていた。

でもあたしが、

詠美、愛している。

と言った瞬間、全ての関係が終わるかもしれない。

こうやって休みの日に会ってご飯を食べて、くだらないことを言い合って、買い物をして、お茶をする。

そんな関係すら失うかもしれない。

それが恐い。

なら、あたしが我慢すればいいだけ。

たったそれだけで、この関係を続けることが出来る。

この関係が、壊れるなら。

詠美とのキスもいらない。

詠美の吐息もいらない。

詠美のぬくもりもいらない。


いらない?


「ねえ、詠美」

「何」

「あたし、詠美の事。愛している」


言葉が止まった。

時も止まった。

すべが止まった。

そしてそれがどれくらい止まっていたのか、あたしも、詠美も分からなかった。

それが嘘ではないことは詠美には伝わった。

そしてその意味も。


どれくらいたったのだろう。

「あたしも・・・・・、亜衣美のこと。愛しているよ」嬉しかったけれどそれは嘘だと分かった。

詠美の嘘に触れた瞬間だった。

嘘だけどそこに覚悟はあった。

きっと詠美は全てを受け入れる覚悟で、嘘をついた。

でも、それは嘘だ。

あたしは酷く後悔をした。

詠美に嘘をつかせてしまった。

その嘘は詠美の優しさだった。

あたしは自分が我慢すればいいだけだったのに、大好きな詠美に嘘をつかせてしまった。

一番愛している人に、優しいけど辛い嘘をつかせてしまった。


「ごめん。嘘だよ」それも嘘だという事を詠美も分かっていた。

詠美もあたしの嘘に触れた瞬間だった。

またしても時が止まった。

その時間は本当に長かった。


これで詠美との関係の全てが終わったとしても、詠美はあたしにとって生涯親友だよ。

もう二度と詠美に逢えなくなったとしても。

あたしの中では詠美はあたしの恋人ではなく、親友だよ。


             終わり

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嘘に触れる 帆尊歩 @hosonayumu

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