裏世界ゲーマー:新たなる人生
晴れ渡った空の下に広がっていた風景は、あまりにも無機質で人工的な古代遺跡群のように見えた。この地上30階建てのマンションは、僕が住んでいた巨大樹に似ていたけど、やっぱり違う。
学校のない土曜日のお昼すぎ、中身の詰まったダンボール箱を運び込んでいるのは、レイカお姉さんの家の物置きとして使われていた部屋だった。
――「もうさ、オウガくん、私と一緒に住んじゃおうよ。このウチに」
レイカお姉さんの勧めで、僕はこの家の一部屋を借りて、居候することになった。
これでようやく、知らないおばさんから理不尽に叱られたり、知らないお姉さんから見下されるような、息の詰まる生活から解放される。この体の元の所有者の『竜鬼』って人は、よくあんな荒んでる家族と暮らして我慢できたと思う。
物置きとして使われていた部屋を片付けてもらうと、ベッドや机や椅子を置いても、まだ寝転がれそうなスペースが空いていた。今までの住んでいた部屋の3倍の広さはありそうだ。
「何か必要な物があったら言ってね。何でも用意するから」
「いやぁ、もう充分ですって」
ノックをして部屋に入ってきたのは、嶺華さんの叔母――桜花さんだ。今まで嶺華さんの母親代わりをしてくれた人らしい。
ピンク色のパーマヘアで、僕と同じ肌の色をしている。
「お食事できたよー」
「はーい」「ありがとうございます」
リビングにある食器棚や、テーブル、3つ置かれた椅子、テレビの配置に至るまで、僕の家のものとほぼ同じだ。違うのはテレビが旧式で、立体投写型ではなく、平面映像なところくらいだろう。
「どう? お口に合うかな?」
「あっ、とっても美味しいです。何の料理かわからないですけど」
「『ハンバーグ』っていう料理だよ」
「あっ、これも『ハンバーグ』なんですね。美味しいですけど、何のお肉を使ってるんだろう?」
「これはギュウヒキ肉だよ。私も手伝ったんだから」
「『ギュウヒキ肉』?」
「牛の肉だよ、覚えてない?」
「いろいろ忘れちゃってるんだねぇ。一つ一つ思い出していけたらいいね」
「あっ、はい……」
一応、桜花おばさんには僕が記憶喪失中だということにしてもらってる。さすがに異世界転移の件は信じてもらえないだろうということで。
僕は部屋に帰るとさっそく〈INTENDO-SWIFT〉の電源を入れて、異世界へと飛び込んだ。
この世界に来て驚いたのは、竜狩をモチーフとしたテレビゲームを遊べることだ。
ボタンを操作するだけで、発光する画面の中の“僕”が、僕の考えたとおりに動いて、画面の中で動き回る竜を倒すことが出来る。
なにしろ、竜はゲーム画面の中に閉じ込められていて、僕の生身の体に向かって襲ってこないし、噛みついてもこない。まるで竜恐怖症なんて無かったかのように、僕は何百体、何千体もの竜を屠っていった。
レイカお姉さんとも一緒にプレイできるのが本当に楽しい。これはもはや、未来の竜狩かもしれない。
「レイカさん、もっとちゃんと避けないと。ダメージくらいすぎてる」
「すっごーい。オウガ君、もう私より全然上手いじゃぁぁん――あっ、もう倒しちゃった」
「前にやってたんで、ちょっとだけ」
「そうなんだー」
学校から帰ってきたらすぐゲーム機のスイッチを入れて、そのまま夜中までプレイする生活を続けてたら、2ヶ月で500時間を超えてしまった。
「あっ、そうだ! 忘れてた! 大会に申し込んでたんだった!」
「『大会』って、何の?」
「ドラゴンキラーの大会にエントリーしてたんだ。あれ、そろそろじゃなかったかなぁ……。あっ! 明日だっ!! どうしよう……。私と一緒に出る?」
「えぇぇ……」
「出ようよ! オウガくん!」
一度は断ってみたものの、レイカさんから強気で押しきられた結果、僕はその大会とやらに出る羽目になってしまった。
† † †
生まれて初めて〈電車〉という乗り物を乗り継ぎ、辿り着いたのは、四角い建物でひしめく〈秋葉原〉という場所。
色鮮やかな看板の乱立する建物群の四方八方から、お祭り騒ぎのような音が溢れている。
日本人の群衆が群がる大都会でレイカお姉さんに手を引かれながら、極彩色やら騒々しさやら人の渦やらに目を回していると、入口に[ドラゴンキラー討伐王 東京会場]という垂れ幕がかかった、天にそびえる灰色の柱のような建物へとやってきた。
「ここだ!」
建物の中はすでに多くの人たちが列をなして並んでいた。
僕たちは受付を済ませて[013]と[014]のゼッケンをもらい、たくさんの椅子と机の並んだ待機エリアで、持ってきたゲーム機のスイッチを入れた。
「オウガくん、今日調子悪くなーい?」
「ははは……。なんか緊張しちゃって……」
「リラックス、リラァァックス」
回避するべきポイントで回避が出来ず、攻撃を仕掛けるべきポイントで攻撃が出来ていない。
この会場にいる皆は、僕より何年間も竜狩をプレイしてきたんだろうな。
数週間前に始めたばかりの僕なんかが、大会で勝てるわけないよね。
「いーい? オウガくん。『練習は試合のように、試合は練習のように』プレイするんだよ」
「はい、わかりました」
そっか。勝てる、勝てない、じゃないんだ。僕は、僕の出来る最大限のことをやればいいんだ。今まで練習してきたことを、そのまま出そう。
『それではこれより、予選試合を行ってまいります――』
ドラキラに出てくるヒーラーのコスチュームを着た司会のお姉さんが、マイクで出場者の名前を呼んでいく。
『――7番モニター、オウガ・アスラペア』
背中に拍手を受けながら、僕たちはそれぞれ。車のシートのような変な椅子に座った。
長机には2つの平面モニターが用意されていて、コントローラーも2人分置かれていた。左のコントローラーを握り、全部のボタンをカチャカチャと試し押ししてみる。うん、自分の使ってたものと変わらない。
右隣のレイカお姉さんに目配せすると、集中力を研ぎ澄ませているような、虚ろな目でモニターを見ていた。
『それでは準備よろしいですかぁ? 討伐、スタートです!』
ゲーム内でも流れる角笛のような音を聞きながら、僕はプレイヤーキャラクターを竜に向かって突進させた。
円形の闘技場フィールドで対峙したのは、赤翼竜〈G級ティラノレウス〉。この竜をより早く倒した8組のペアが、決勝大会に進むことが出来る。
練習でのベストタイムは3分50秒。今日も4分は切っておきたい。
残されていたセーブデータを見て、体を借りている竜鬼さんのプレイヤーネームが、僕と同じogreだったのには驚いた。しかも画面の中のキャラクターも黄色スパイクヘアー、赤眼で耳まで尖っていて、まるであの世界での僕の顔に見えなくもなかった。
『おぉーっと! 早くも3回目のダウゥゥン!! 早いぞ、オウガ・アスラペア! ティラノリオスをガシガシ削っているぅ!』
竜の頭にクリティカル攻撃を当てながら、チラリと見た横の画面のHPバーも100%状態。つまり僕もレイカさんもここまでノーミスでこれてるってこと。
いける。順調な滑り出しだ。このまま最後まで突っ走れれば――
「痛ァッッ!!」
『あぁーっと、ここでアスラがダウゥゥン!! 不覚にも攻撃をくらってしまったぁっ!!』
眼を赤く光らせ、怒り状態になったティラノリオスは、青いポニーテールを振り乱す大剣を握ったダークエルフに、前蹴りから、火炎放射に至るまでの3連コンボを決めていく。AsuraのHPバーが半分以下にまで縮んでいくのが見えた。
もうあと少しでパーフェクトクリアだったのに……。
こうなったら僕がカバーするしかない。レイカさんにヘイトが向かないように、僕が攻撃を当て続けないと。
リスク度外視で竜との間合いを詰める。その顎下にポジショニングすると、縦斬り、横斬り、縦斬りとコンボを繋げ、数歩の横移動で噛みつき攻撃を避けて、また縦斬りをお見舞いする。
ティラノレウスは、怒りながらも僕のことしか見ていない。回転尻尾攻撃も前ローリングで回避して、すかさず溜め攻撃の準備で大剣を肩に担ぐ。3、2、1、ドン。
斬り下ろしの一撃で、竜は横に倒れた。チャンスだ。ここから2人で猛攻を仕掛ければ――
「ちょっと! なんで回復薬飲んでるのっ!?」
「えっ、ごめん! もうHP切れそうだったから」
「もう終わるって、この攻撃で――」
赤翼竜が天を仰いで倒れるムービーが、勝利のファンファーレを奏でながら流れた。
『続いて、第9位の発表です。惜しくも決勝進出を逃してしまったのは、[オウガ・アスラペア]! ゲーム前半は今大会トップのスコアだったんですが、中盤に崩れてしまいましたー。ですが終盤のオウガ選手のプレイは圧巻! 辻プロデューサーも唸ってましたよね?』
『いやぁ、凄かったなぁ。最小限の回避モーションでティラノレウスの間合いに居続ける気迫は、プロプレイヤーにも通じるものがありました』
『はい、それではオウガ選手も一言』
「えっ……ドラキラにも『プロ』っているんですか?」
なぜか会場にいた人たちは大爆笑していて、マイクをもったおじさんは大きく仰け反るリアクションをしていた。
『おるおる! ほら、君の後ろに立ってるの、ドラキラのプロプレイヤーやから!』
帰りの電車に乗ってレイカさんの家に帰るまでの間、ずっとレイカさんは僕に謝っていた。
「あぁー! 私さえちゃんとしてれば絶対決勝行けたのにぃ~。ごめんねぇ、オウガくん。足引っ張っちゃって」
「いえいえ、僕がもっと最初から積極的に仕掛けて、ヘイトを引き付けていれば良かったんです。でも、楽しかったですよ。誘ってくれてありがとうございます」
「私ね、しばらくオウガくんはこの世界にいたらいいと思うんだ」
「えっ?」
「竜鬼は竜鬼で、異世界を楽しんでると思うし、まだしばらくは帰ってこない気がする。それまでオウガくんは、この世界でいっぱいゲームしたらいいじゃん」
「そう……ですか……」
ときどき、レイカさんが優しくしているのが僕なのか、それとも竜鬼さんなのかわからなくなる。
僕が死んじゃったら、レイカさんは、僕と繋がっている竜鬼さんに会えなくなるから、僕を甘やかしてるのかもしれない。
でも、レイカさんからは善意を感じる。
竜鬼さんは、今頃何をしてるのかな? この世界で17歳だったから、小学生になって学校の授業に退屈してるかもしれない。
もしかして、あっちの世界で竜狩やってたりして……いや、まさかね。
「じゃあ、まだしばらくお世話になります――って、ウワッ!」
僕の首にレイカさんが腕を回してきて、僕の頭が柔らかい胸元に押し付けられてしまった。
「もぉ、敬語は使わない! 私のこと本当のお姉ちゃんだと思って、タメ口使ってよ」
「あはは……まぁ、慣れたらそうします」
電車の車窓から流れていく建物群はやっぱり無機質で、古代遺跡にしか見えない。
この世界の寂れた風景は好きになれそうもないけど、好きになれそうな人と、好きになれそうなものは見つかった。
好きなものの一つは牛挽肉のハンバーグ、もう一つは――
「この世界のオウガくんは、私が守るから」
僕はゲームのスイッチを入れて、〈ドラゴンキラーⅤ〉のアイコンをタッチした。
異世界アスリート 犬塊サチ @inukai_sachi
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