第4話
輝希と岩本さんが付き合い始めて二週間が経過した。時の流れというものは恐ろしく、二人が恋人同士だという事実に、疑問を持たなくなっていた。時折二人が廊下で肩を並べて話している様子を見かけることもあり、周りも「またあいつらか」と日常の風景と化した。岩本さんも私に絡んでくることはなくなり、朝は「おはよう」と挨拶すら交わすようになった。そんなある日。
黒板側のドアから教室に入ると、真っ先に岩本さんと目が合った。この二週間は不気味なくらいニッコリと柔らかい笑みを浮かべて「おはよう」なんて言っていたのに、目が合った途端、何かに怯えるような目をして肩をビクッと揺らし、顔を私から背けた。それは私に対して後ろめたいことがあるかのような動作で、でも一瞬だったし気のせいかなと思った。
しかし、教室内ですれ違う時も、廊下ですれ違う時も、なぜだか私を避けているようで、頑なに接触してこない。いや、関わってくれない方が私としてはいいのだけれど、こうも急に態度を変えられるとこっちも困惑してしまう。するとこんな噂が耳に入ってきた。
「木下輝希と岩本愛佳、別れたらしいよ」
なんと。別れたなら私に対する岩本さんの反応はおかしい。付き合う前に散々嫌がらせをしてきた人だ。別れたならそれ以上の嫌がらせをしてくるのではないだろうか。
私は家に帰ってから、輝希がリビングで一人になる時を見計らって、本人に直接聞いた。
「なんで岩本さんと別れたの?」
ソファに寝転がってスマホゲームに興じていた輝希は、声だけで返事をする。
「性格の不一致?」
なんで疑問形なんだ。私はさらに問い詰める。
「そもそも輝希は本当に岩本さんのこと好きだったの? そんな素振りひとつも見せなかったじゃん」
すると輝希はスマホをポケットに仕舞って起き上がった。
「お前こそ岩本に嫌がらせされてる素振り、ひとつも見せなかったじゃんか」
「えっ……」
完全に不意打ちだった。防御率ゼロの無防備な身体でモンスターからの攻撃を喰らったみたいに息が詰まる。闘ったことないけど、これから闘わないといけないことだけは分かった。
「俺、知ってた。岩本が中学の時から俺を好きで、さらには妹の咲希に嫌がらせしてることも」
輝希の眼光は鋭かった。「もう誤魔化せないぞ」と目で訴えてくる。私は目の逸らし方が分からず、うんともすんとも言わないで、ただ輝希の目を見ていた。
「そういうの許せないんだよな。恋愛に咲希関係ないじゃん。だから、地獄に落としてやろうと思って」
え。なにやら物騒な話になってきた。眉をひそめるが、輝希は表情を変えないまま続ける。
「俺のこと好きなら恋人になるフリをして近付こうと思って、体育館裏に呼び出して告白した。そりゃ好きな奴から告白されたら二つ返事でOK出すよな。最初のうちは恋人気分を味わわせといて、一気に奈落の底へ落としてやった」
微かにほくそ笑むので、私の背中に冷や汗が伝った。クーラーの設定温度は二十六度なはずなのに、私のところだけ十八度くらいに設定されているかのように寒い。私は自然と「なにしたの?」と聞いていた。
「別に過激なことはしてない。上履き隠したり、教科書破ったり? 咲希がやられてたことをそのままやった。最後は正体明かして『これ以上咲希に近付いたらどうなるか分かってるな?』って壁ドンした」
開いた口が塞がらなかった。俺いいことしたでしょ? とでも言いたげな澄まし顔で私を見ている。いやいやいやいや。普通に怖い。え、つまりは、私の為に好きでもない人に告白して彼氏のフリをし、油断したところで私がやられたことをやり返したってこと? 岩本さんからしたら、ずっと片想いしてた人から告白されて恋人同士になって、幸せ絶頂! ってところにミサイルをぶち込まれたみたいなもん? でもそれは自分がやってきたことだから、自業自得といえば簡単だけど、気の毒といえば気の毒だ。
「三人同じ高校に入ったらやるって決めてたことだから、俺的には夢が叶ってハッピーかな」
「……輝希、私のこと好きすぎない?」
私の代わりに復讐するために同じ高校を選んだなんて、そんな理由普通ある?
すると輝希は不服そうに顔をしかめた。
「は? 好きとか嫌いとかじゃなくて、兄妹だからだろ。しかも双子で、片割れだし」
「いやいや、二卵性だから片割れではないよ?」
「うるせぇな。別にどっちでもいいだろ」
輝希は徐に立ち上がってキッチンへ向かった。冷凍庫を開けて何かを物色している。
私には分からない。例えば立場が逆だった場合、私は輝希のように復讐をしようなどと企てただろうか。いや、いくら双子だからってそこまでしないと思う。輝希は私を片割れだと言った。血を分け合っているという点では、確かに片割れかもしれない。そんな私が傷つけられると輝希も痛いのだろう。やられたらやり返す兄だ。ちょっと理解できないけど。
「ん」
「ぎゃっ!」
頬になにやら冷たいものを当てられた。潰れたカエルみたいな声が出る。見るとアイスだった。
「たまにはガリガリ君以外も食べれば?」
輝希が口にぶら下げていたのは、コーヒー味のパピコだった。私の手にも同じものがあり、どうやら片方をくれたらしい。私はシャリシャリ系が好きなので、文句はない。指を引っ掻けてパカ、と開ける。上蓋に残った方をチューチュー吸い上げて、ふと違和感を覚えた。パピコにではない。輝希にだ。
奴が片割れのパピコを「ん」と素直にくれるはずがない。当の本人は背中を向けてリビングから出て行こうとしている。ちょっと待てこら。
急いで冷蔵庫の中を確認した。うわ、やっぱり!
「ちょっと輝希! 私のプリン食べたな!?」
「あぁ、美味かったよ。それ、お礼のパピコ」
「はぁ? ふざけないでよ。楽しみにしてたプリンだったのに! 返せ」
「知るか。名前書いとけ。っていうか、本来なら咲希が俺に差し出すもんじゃね? 礼は言われても文句言われる筋合いないけど」
「うるさい、それとこれとは話が別なの!」
ギャーギャー言い合いながら、私は思った。双子だけど、輝希とは一生分かり合えない、と。
END.
カタワレツインズ 小池 宮音 @otobuki
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