第3話
ある夜。リビングのソファでガリガリ君を食べながらお笑い番組を見ていると、冷蔵庫を開けて麦茶を取り出す輝希に話し掛けられた。
「俺、岩本と付き合うことになったから」
シャク、と噛んだアイスの咀嚼を忘れて口の中で徐々に溶けていく。え、今なんて言った? 誰と付き合うだって?
輝希の言葉が脳内変換されるのに時間を要した。
「岩本、さん?」
「そう。咲希と同じクラスの岩本
「え、なんで? 岩本さんのこと、好きだったの?」
「んー、まぁ、可愛いし、良いかなって」
「岩本さんから告白されたの?」
「あー、されそうになったから俺から言ったかな」
コップに麦茶が注がれる。意味が分からなさすぎて聞きたいことは山ほど湧いてくるのに、それらが口から出てくることはなかった。多分、これを、絶句と言うのだろう。
「輝希。お風呂空いたよ」
湯上りの母が輝希に声を掛けた。輝希は麦茶を飲み干して「ん」と頷くと、「じゃ、ま、そういうことだから」と私に言ってリビングから出て行った。
「なに、どうしたの……って、ちょっと咲希、垂れてる」
母が慌ててティッシュを持ってきてくれたが、私は太ももに落ちたアイスの雫よりも輝希の発言に気を取られて固まってしまった。母が「しょうがないな」と拭き取る。
どういうことだ。告白されそうになったから自分から言った? あいつは前から岩本さんのことを気にしていたっていうのか。嘘でしょ。輝希は知らないのだろうか。私が岩本さんから理不尽な嫌がらせを受けていたということを。というか、二人に接点があったか? 少なくとも私は二人が話してるところを見たことがない。それなのにお互い気になっていたというのか。
「ちょっと咲希。食べないならお母さんにちょうだい」
「え、あ、食べる食べる」
慌てて口に入れて、頭がキーンとなる。額に手を当てながらアイスの棒を見るが、何も書かれていなかった。
***
翌日。岩本さんの机の周りには女子たちが群がっていた。
「愛佳おめでとー!」
「やっと実ったんだね!」
「彼氏とか羨ましぃ!」
当の本人は澄まし顔で「まぁね。長年片想いを続けてきた甲斐があったわ」と、短いショートボブの髪をシャンプーのCM如くサッとなびかせる。
結局私はモヤモヤしたまま朝を迎えた。正直あんまり眠れていない。輝希とも会話を交わさないままお互いの部活動の朝練に出たので、詳しい話は聞けていなかった。双子なのに何を考えているのかサッパリ分からない。
「…………」
あまりにも岩本さんを凝視しすぎたのか、目が合った。げ、睨まれる……と思ったが、彼女は立ち上がってこちらにやって来た。え、なに、怖いんですけど。
「おはよう、木下さん」
「お、おはよ……」
「輝希君から聞いた?」
「あ、うん、付き合うことになったって……」
「そうなの。今までごめんね。これからもよろしく」
岩本さんは一方的にそう言って自席に戻っていった。私はキツネにつままれた気分だった。
あの岩本さんが謝ったぞ。『よろしく』なんて微塵も思っちゃいないんだろうけど、今まで見たことのないほど穏やかな笑みで、逆に何か企んでるんじゃないかと勘繰ってしまう。
……いや、でも、もう私に意地悪なことをしないということか。それならそれでいいか。色々腑に落ちないことはあるけれど、平穏な高校生活が送れるのならこの上ない幸福だ。輝希も好きな人と結ばれたのなら幸せだろう。もうこれ以上詮索するのはやめよう。
「咲希、おはよ」
軽く頭を振ると、友人が登校してきた。「おはよ」と挨拶を返し、「昨日のお笑い番組見た?」と話題を振られたので、二人のことは頭から追い出した。
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