以下蛇足

虫を殺す


 雨が降る。鉛色の雨が降る。雨は灰。雨が降る日は、世界に色がない。建物も、町も、草も、花も、人も。雨がすべてを洗い流す。色彩を側溝へと注ぎ込む。わたしは口を開いて雨を飲む。この町の毒をたくさん飲んで、呑んで、飲んでやるのだ。アルコールに酔うママみたいに、わたしだって毒を飲んでやるのだ。


「寒くない?」


 雨音が、地面に打ち付けられる。ビニールの傘の上でぼとぼとと音を立てて弾き返す。公園の横で車が通る。種々に変化する雨音を縫って、ララの声がする。ごくりと冷たい毒を飲み込んで、わたしは返事をしようとしたけれど、やっぱりやめてしまった。わたしは飽きもせずに口を開けた。天に向かって、目を閉じる。雨の温度が冷たいが、寒くはなかった。


 ララは採取した虫たちを水溜まりの中に沈めていた。水中で踊る虫たち。平気でいのちを棄てるわたしたち。わたしはあけた口の中で虫が蠢く錯覚に襲われた。口を閉ざすと、鼻に水が入って、プールでもないのに溺れそうになった。思わず目を開くと、雨が目玉に突き刺さる。顔を冷たい雨が流れていく。制服がびしょびしょだ。よかった。アルコールのにおいが染み付いていたから。それより、明日は学校に行けないや。どうしたら、ママにバレずに休めるだろう。


「ララも雨のんだら」

「おれはいいよ」

「虫のきもちがきっとわかるよ」

「分かってるさ。もうじゅうぶん過ぎるほど」


 な に か 言葉のはざまに雨が落ちる。み え る? わたしたちの欠落を埋めるように鉛色の雨が降る。いっそのこと、そうして水にでもなってしまいたい。流れていってしまいたい。行き着く先がどこであれ。


「見えない。わからない。なんにも。」


 わたしたちは失い続けるだろう。ほんとに大切なものが見えるまで。


「ブランコしてくる」

「そう。」


 雨のなかを歩くのは気持ちがいい。靴が濡れるのは厭わしいけれど。泥の上を進んで、ブランコに腰を下ろす。鎖を手に持って、反動をつけ、体を宙に投げ出す。雨がすこしばかり痛かった。

 ブランコの手すりの向こうで、ララが水溜まりを踏んでいる。泥が跳ねる。命が跳ねる。バチがあたる。いいや、分かってる。もう、当たってる。


 わたしたちは、喜んで失い続けるのだろう。たったそれだけのことで、大切なものの輪郭が明瞭になるのならば。それを失いたくないと切に願って初めて人に成れるのならば。


「ひかりを見たい」


 ブランコに揺られながら、だれにも聞かれず口から漏れたつぶやきを、雨音が消した。

 町には液体と化した灰が、延々と降り続けている。




⭐︎


 キャッチコピーの色を変えていたら、無性に書きたくなってしまった。本編とは、関係ありません。

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雨を愛す われもこう @ksun

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