雨を愛す 終



 たまに思うんだ。ぼくたちは、本当に大切なものを知らないで生きているんじゃないかって。そう考えるときぼくはなんにも手につかなくなって、とても恐ろしい感情に支配される。それは体の底がすとん、と音を立てて抜けるような恐怖。下腹のあたりがすうすうするような。


 コンロの使い方も、青い靴の履きかたも、あいさつの仕方も、すべて分かったつもりで生きているけれど、一番大事なものだけを見逃している。目が見えていることを信じて疑わない盲目の子どものぼくたち。きっと神様はそんな僕たちをみおろしながらわらってらっしゃるのだろう。心を凝らせばほんとうはすぐそこにあるのに、ってね。


 思い返すよ。もっとも古い記憶、祝福されて産まれてきた日のことを、世界がなにもかも美しく見えた日々のことを、どこかに温かなものが存在したことを。ねえキキ、ぼくたちが見失っていたものは、きっとそういうものかもね。


 ねえあなた。あなたとぼくらの果てしない闇路に光がありますように。またいつか、生まれ変わった先で出会おうね、そうしたらこうやってお話しをしよう。ねえ、死んだときのことを覚えている?ってね。



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