第11話

  高層マンションのようにそびえ立つ石造りの塔。洗濯物が干してるのは居住用で、看板が貼り付けられているのが商業用。そのあいだをビル風のような突風が吹き抜け、修道服を着ているステフ、ベラさん、ルースさんは、頭巾が飛ばされないよう抑えて歩く。体をすっぽりと覆う修道服が、水で濡れたみたいに張り付いて、普段は隠されている彼女らのボディラインがくっきりとする。


「久しぶりに見ると凄いですね。いっそ凶悪というか、暴力的というか」ルースさんがステフの胸じろじろ見て言う。

「おやめください」ステフが苦笑いをし、腕で胸を隠す。


 俺は彼女たちのボディラインから視線をさっと逸らす。いつのまにか高い塔は姿を消し、なだらかにのぼる草原が見えた。曲がりくねった道が一本走っている。ワインディングロードと呼ばれる、ウヴァル領の有名な結婚式場だ。新郎はある儀式をしながら波線のような道を進み、その先の屋外チャペルで待つ新婦を迎えに行くのだ。


「ワインディングロードなんて、誰が見たいと言い出したんですか? それより私は買い物に行きたいのですが」


 さっぱりした性格なのか、ルースさんは興味なさそうに言う。


 その一方で、オルベージュさんが急にそわそわとし、オレインさんとベラさんがニヤニヤし始める。ベジョータさんは相変わらずの仏頂面だ。ステフはにっこりしている。


「なんですか、みんなして」なんだか周りの態度がおかしいことに気づいたのか、ルースさんが眉間にしわを寄せた。

 

 そして次の瞬間である。オルベージュさんがルースさんの前に跪き、懐から指輪を取り出した。


「――っ!?」声にならない悲鳴をあげ、ルースさんが一歩後ずさる。


 一瞬の静けさののち、オルベージュさんは声を張り上げた。


「ルース・エデュアルド司教! 僕と結婚してください!」

「は、はあ!?」顔を真っ赤ではなく、真っ青にして、ルースさんが素っ頓狂な声をあげた。

「正気ですかオルベージュ!? 昨晩激しくしすぎましたか!? あなたまだ十九歳でしょう!? 未来ある身でなにを血迷ったことを! 冷静になってください! とても私なんかが結婚できるわけはありません! あなたの両親になんと言われるか!」


 大声でまくし立てられ、格好良くプロポーズしたはずのオルベージュさんは途端に慌て出す。


「ご、ごめんなさい! 飛ばしすぎました。もちろん今すぐいうわけではなくてですね、いつかルースさんが大司教になって、それであれば両親も納得すると思うんです。ですからこれは婚約指輪ということで」

「大司教って……第五の印の発現率を知っていますか? 神聖魔術師の一パーセントにも満たないんですよ?」


 大司教になるには、第五の印の発現が条件になる。発現率はルースさんが言った通りで、しかも印が発現する条件は、第一から第七まで含め、全てが謎に包まれている。要するに、運次第なのだ。


「それに運良く発現したとしても、犯罪歴のある私が大司教の称号をもらえるかどうか……ですから、私はとうに終わった身で」

「そんなことありません!」オルベージュさんが勢いよく立ち上がる。「できます。ルースさんならできる。もちろん僕も手伝います。ルースさんに第五の印が発現するころには、僕は教会に口利きができるような騎士になってみせます。互いを成長させ合う、人生を助けあうパートナーだと周囲に証明するんです」


 昨晩、ベラさんから聞いた話だが、エデュアルド姉妹といえば一部では有名な犯罪姉妹で、依頼主から金を受け取り拷問屋のようなことをやっていたらしい。オロバス領の懲役で罪を償ったとはいえ、犯罪歴そのものは消せない。対してオルベージュさんは、護衛騎士としては駆け出しだが、まだ十九歳というこれからいくらでも出世できる身。実家から縁を切られているルースさんとは違い、しっかりとした家柄も持っている。愛よりなにより、対等な関係であることが重要視されるこの世界の結婚で、その溝はあまりにも大きい。


 年上であるルースさんは、オルベージュさんの肩をつかみ、諭すように言う。


「オロバス領を離れた騎士は口をそろえてこう言います。あそこにいた俺は正気じゃなかった。あなたはまだそれを引きずっているに過ぎません。私は愛人で充分です」

「僕との結婚は嫌ですか?」

「そういうわけじゃなくて……ああもう、これだから若い男は……」

「まあそう言うなよ。近頃じゃ自由結婚も流行ってんだろ?」


 オレインさんが口を出すと、ルースさんはそれをぎろりと睨みつけ、あんなものは夢見る弱者の発想です、と切り捨てる。


「マイナス百点男は黙ってなさい」


 ベラさんが杖で小突き、オレインは肩をすくめて酒を飲み始めた。


「話を戻します。いいですかオルベージュ。あなたにはもっとふさわしいパートナーが」

「ああもううるさいなあ! 僕にはあなたしかいないって言ってるんですよ!」


 オルベージュさんが叫び、無理矢理指輪を握らせる。


「――ッ!? なにを生意気に吠えてるんですか!」


 ルースさんが握らされた指輪を投げ捨てる。さっきまで男らしい表情をしていたオルベージュさんは、途端に情けない表情になり、草原の中に転がった指輪を四つん這いで探し始めた。


「私としたことが、躾がなっていなかったようですね」


 ルースさんは言いながら靴を脱ぎ、素足になったかと思うと、オルベージュさんの頭を踏みつける。


「今晩から痛いの解禁しましょうか? 久々なのでやり過ぎるかもですが、いくらでも治せるので安心してください」

「いやっ、僕はあんまり痛いのは好きじゃ――んぎいいいい!?」

「そういう割にはイイ声で鳴くじゃないですか」


 オルベージュさんの背中を杖でぐりぐりとえぐり、ルースさんが恍惚の笑みを浮かべる。


「なんであんなのが結婚できるのかしら?」隣でベラさんが感情の死んだ顔でつぶやいた。まだまだお若く見えるベラさんだが、二十八歳らしい。結婚相手、絶賛募集中だそうだ。

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四代目異世界ハーレム主人公クニツ・ライナ @sato-613

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