第10話 ゴルダ地方
≪それで情勢はどうなっている≫
一人の男が口を開く。
その声色は電子的で荒いノイズがかかっており、どのような人物か、それは口調から察するしかない。
何より、この会合は誰一人対面していないのだ。
彼らはモニター上で集まっており、それぞれのエンブレムと名前だけが表示されているばかりだ。
少しの静寂の後、ナンバー4のロベール・プレヴァンがその報告を、ただ淡々と行う。
≪ナオハルマは消滅。リンカールおよびリヴサノジは予定と異なり内戦状態。こちらはライネスとケヴィンが殲滅した≫
五人ばかりの集会だが、一人が組織に戻っておらず、もう一人は集会に参加していない。
機械人形が始めて使われた最初の戦争で、最も戦果を挙げた二十五人であると言われる。
そのすべてではないが、彼らの幾人かがとある目的のために動いており、リーダー格が時折こうして集会を行う。
≪だが少なくとも、当初の想定よりは順調に進んでいると言える≫
≪それに。マトゥイも戻ってくるといった。であれば、そろそろプランを本格化しようと考えている≫
すると、五人のうちの一人、ナンバー3のエルメリアという女が疑問を呈す。
≪ではヴィルヘルム・ライル。もしマトゥイの懸念が実現したとすると、そちらはどうする≫
ナンバー2のヴィルヘルムは少し考え、その後考えを話し出した。
≪もし懸念にあるような人物が現れた場合、そちらは、我々の方に引き入れたいと考えている≫
≪我々としてはそうだろうが、結局そいつ次第か。それともう一つ。例の機械人形はどこへ行った≫
それに関しては、半島の動きを監視しているロベールが答える。
≪あれの行方は、レオネシアが持って行ったっきり不明だ。傭兵が三人で襲撃したが、その時点で返り討ちにあっている。その後は、動かしていた
≪ならば、そのランナーのことを探る。何も知らないなら放置でいいが、もしその人物が機体を十全なものにしようとしているならば、それこそ我々にとって最大の障害になるからな≫
***
「気温。上がってきましたね。狭い半島だってのに、こうも環境が変わるのか」
「岩が転がっているから、つまずかないようにね?」
狭い地域に森と砂漠と銀世界が隣接しているのは、奇妙ではあるがオープンワールドゲームにありがちな光景ではある。
ゴルダ火山の付近はドワーフという人種が多く住む地域だ。
辺りは黒い大地と岩ばかりが転がっていて、草木はあまり目にしなくなった。
動物も爬虫類のような生き物が多く、空は翼竜を多く見る。
腰にマウントしているビームライフル。
おとといの野戦病院での戦いの後、輸送隊の人らが運んでいた装備は譲ってもらった。
ビーム兵器ということで、エネルギーがあれば無限に撃てるかと期待していたが、残念ながら残弾式である。
結局、弾丸の補充をどうするか、わからないままである。
幸い、機体の方はナノマシンが勝手に修復してくれるので、関節駆動部等の消耗は気にしなくていい。
坂を上っていこうとすると、不意に衝撃が襲う。
AIトレーニングのために、歩行補正値などの設定をヴァーデに任せている。
つまりいま、足を滑らせたということだ。
「しっかりしてくれ。おとといの勢いはどうしたんだよ」
すねたのか、ヴァーデの出力が少し低下した。
ところで、アルベリア先輩が機体を動かしてみたいというので、試しにコックピットに座らせてみた。
彼女も、何か役に立ちたいと言っていることで、足手まといになっていないか気にしているようだ。そんなことはないと言っても、当人からしてみれば気にしてしまうのは仕方のないことだろう。
しかし操縦に関しては、僕の生体データで認識しなければできないらしく、例外は設定できなかった。
イカれた奴が登録したらどうするつもりだったのだと、古代人に問い詰めたい。
(先輩用の機械人形を探すか? でも、この人をアレに乗せて戦わせたくはない)
好きな女性を戦場に出して死なせるような、シャア・アズナブルのようなことはしたくない。
あぜ道に沿って進んでいると、谷の手前で立ち往生している車列を見た。
どうやら、橋が落ちてしまっていて、進めなくなってしまっているようだ。
「う、うわ! 機械人形か!?」
馬車の持ち主らしい男が驚く。
≪野盗じゃないです≫
商人たちはみな最大の脅威となる機械人形を警戒する。
道端で馬車に出会うといつもこの反応をされる。
大抵、手を振っておけば警戒も解ける。
≪橋、落ちちゃったんですね≫
「盗賊も機械人形を手にできるんだ。大火力の魔法がなくても簡単に橋を落とせるようになる」
そうやって立ち往生しているときにやってきたのだから、仕方ないことだ。
こういう時のために機体を活用したい。
戦闘兵器だろうが、単純なものは応用が利く。
≪向こうに渡るんですよね? 何とか運ぼうと思います≫
「しかしねぇ。両手を広げたって橋にはならんだろう」
≪持って飛び越えるんですよ≫
「は!? 何言ってんの!?」
いきなり本番というわけにはいかない。
バトルライフルを水平に持って、平坦な側面の上に適当な倒木を乗せる。
ジャンプのあと着地して、倒木が暴れないか確かめるつもりである。
「一仕事するぞ。マニピュレーターロック。光学観測と接地付近から基づく観測データで地質を算出。そのデータを使ってシミュレート」
倒木に極力衝撃を与えないようにする。
腕をショックアブソーバーとして機能させるのだ。
何千、何万というシミュレートが一瞬で完了し、ヴァーデがいざ動き出した。
この動作も、ヴァーデによるもので、僕は万が一に備えて待機している。
おとといぐらい、パイロットを振り回してくれれば頼りになるのだが。
それなりの衝撃が来るかもしれないと、一応踏ん張る姿勢を取ったが、機体は糸につられているかのように飛び上がった。
着地でも、丸太は揺れることがなかった。
「商品を壊すなよ!」
次は本番だが、これもヴァーデに任せるつもりだ。
いざ本番に任せないと、信用を失いそうな気がする。
馬車は、右手でつまむようにして持ち上げる。
木造のそれを握りつぶさないよう、繊細に動かしていく。
十分に持ち上げると、次は左手で下側を支え、丸太で試した場所と同じ地点から飛ぶ。
試しと同じようにふんわり着地し、中身の宝石類が揺れることはなかった。
「やるじゃないかヴァーデ」
すると、少しエンジン音が上ずった気がした。
あまり出力を上げられても困る。
五往復程度で馬車と牽引の草食獣を運び切り、最後は男を手に乗せて向こう側へ飛んだ。
「ひえぇ!」
と言いながらうずくまる男だったが、ヴァーデは完ぺきに仕事をこなした。
このAIは、褒めるとあからさまに喜ぶ。
「このジャンプは覚えておけよ。また使うかもしれないからな」
一息ついた男は「機械人形のあんちゃん、助かったぜ」と一礼し、シグアセーヌという国で店を開いているから、機会があったら寄ってくれとも。
やはり人徳を得るために、人助けはするものだと実感する。
(チート能力はもらえなかったけど、お前がいてよかったと心底思うよ)
―――
あとがき
古代のレポート
『ロイヤル・アーセナル FRB-120』
ヴァーデが右腕に装備するロイヤル・アーセナル社製バトルライフル。
精度と威力が高い水準でまとまった名銃。
機動兵器用ライフルに共通してみられるジャマダハル的な形状、つまりストックがない独特な形をしている。
ショートストローク方式を用い、基本は電子制御で動作されるが、電子系統が破損した場合に備えて、完全な機械動作も可能である。
また、ショートストロークピストン前方に錘があり、撃発時、この錘が前方方向に動くことで作用反作用の法則を用いた反動軽減機構(BARS)が搭載されている。
大口径を用いた中〜遠距離用のバトルライフルは、高い精度と同社製照準器に加え最適なFCSを装備することで、ロックオンからの素早い偏差射撃演算が可能となっており、激しい機動戦において他の追随を許さない命中精度を誇る。
120mmフルサイズ弾の着弾衝撃により、相手機の機動を鈍らせる効果も期待される。
重量がそれなりにあるため、様々な武装を装備する中量二脚機にとっては、取捨選択において悩ましい武装でもあった。
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