第11話・前編 ゴルダの魔術
家、橋、城。果てはネックレスに至るまで。
ドワーフの腕っぷしは力強く、その指先は繊細である。
氏族ごとに広く散らばるエルフと違って、ドワーフのほとんどはゴルダ火山の近辺に住まう。
とはいえ、その大体の集落がゴトラロ王国の一部ようなもので、王都はつまるところ都会のようなものである。
半島と本土を隔てるエレアニアの壁は、彼らの先祖が建てたものであると言い伝えられており、かつて黒龍の火からイーデンシアに逃れた人々は、ドワーフが作る大壁を信頼していた。
その信頼性は、現代においても変わりない。
「マグマってあんなに早く流れるのね。まるで雪崩みたいだわ」
「ありゃ、走って逃げるなんて無理ですね」
ゴルダ火山は、今もなお、その腹の中を煮えたぎらせている。
まれに、そこから流れ出たものが、高速の溶岩となって地を走る。
しかし、その圧巻の景色とは裏腹に、ゴトラロの活気は落ちていた。
「工房は、どこも稼働していないようね」
「何があったんでしょうか」
ゴトラロは山にある巨大な洞窟から広がっており、城は山そのものと言っていい。
ゴルダ火山は、この山のさらに奥で鎮座している形となる。
僕は、この陰鬱とした状況は、何があったのかと道行くドワーフの婦人に尋ねた。
ドワーフの女性は髭が生えているという僕の中の認識だったが、実際は低身長の女性といだけ……。ただし露出している腕の筋肉はすさまじい。
「ゴルダの魔法が消えかかっているのさ。若いモンが何人か行ったけど、もう三週間も戻ってなくてねぇ……」
ゴルダ火山については、レアリス学校で学んだことがある。
火山活動を、大規模な重力魔法でコントロールしているらしく、溶岩はゴトラロの工房や様々な設備に利用しているそうだ。
外でマグマが噴き出していたのは異常事態であり、いまだ解決の兆しは見えないということだ。
ところで、ゴルダストーンとは一般にも公開されているもので、それを目当てにやってくる観光客もそれなりにいるそうだ。
だたしゴルダ地方がこのような環境のため旅費は高い。観光客と言っても、それなりの金持ちしか知らないことだ。
城へ続く道は、黒い岩の大きな階段となっている。
その端々には丁寧に彫り込まれたエングレーブがあり、彼らドワーフの芸術的センスが見て取れる。
僕とアルベリア先輩は階段を登りきると、山をくりぬいて作られたドワーフの城にたどり着く。
「ン? あんちゃんたちも、ゴルダストーンを見に来たのかい……」
「ええ、そのつもりです。国宝の警備だってのに衛兵までダウナー状態か……」
まったく閑散としているわけではなく、ある程度の観光客は居た。
その観光客たちの視線の先にあるのがゴルダストーン。
赤い取っ手と、規則的に並んだパンチ穴。そして側面にある達筆の『火』。
「間違いなく、ゴルダストーンは例のカードのようね。でもどうするの?」
「ギルドの時と違って、ツテとかはありませんから、まぁ直談判しか……」
そうしてゴルダストーンが『火のデータカード』であると確信を得た僕たちは、ゴトラロ王に国宝を使わせてもらえまいか、謁見の間へ、直接話に来たのである。
ドワーフの王とはどのような風貌か、少し気になっていたところであったのだが、目の前の玉座に座り込んでいたのは巨漢。
人間と変わらない等身と、二メートルはあるだろう長身をしていた。
(思ってたんと違う……?)
「なるほどぉ、その機械人形とやらの復活のために我が国の宝が要ると? フムン……」
巨漢ではあるが、ドーラ将軍のような威圧感は意外となく、むしろ温和な雰囲気のあるお人だ。特に、ギラギラした笑顔。
その雰囲気に甘えたくはないが、ひとまず頭を下げるしかない。
「ダメ元の、つもりです」
「いや、そうではない。要るというのなら誠意を見せてみろ。お前は機械人形を持っているのだろう?」
何やら上ずった王の声色から、この後の流れが大体わかった気がする。
僕はデルクオ・ル・ゴトラロ王の言う誠意の内容を推察した。
「ゴルダ火山ですか? 魔術のことですね?」
「ほう。察しが良いではないか。式図をここに」
使用人のドワーフが持ってきた分厚い紙の本。
ソレには、最初から最後までゴルダの魔術式がびっしり書き込まれてあった。
「ゴルダの魔術式の書かれた写本にございます」
使用人から、馬鹿げたほど分厚く重い写本を手渡される。一体何ページあるのだろうか。本というより、切り出した石材のようだ。
ゴルダの魔術。それは習得が困難とされる重力の魔法の、その最も大規模なもの。
重力魔法の使い手、メト・ジェイによる最大の重力魔法はゴルダ火山の火口壁面を一周する形で彫り込まれており、数十年に一回は、補修しなければならない。
重力の魔法は、万有引力の理解から始まる。ゆえに、彼らにはまだ難しい。
「ゴルダの魔術は火口入口の左側から始まり一周する。お前にはその写本を使って術式の修繕を頼みたい。無論、対価として国宝を使うことを許す」
「わかりました。やらせていただきます」
しかしこの時の僕は、ヴァーデと一緒に作業すれば、まだ何とかなるだろうと高を括っていた。
あることを失念していると思い出せずに。
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