第9話・前編 盾とテントとビーム砲
歩行の際に生じるパイロットをミンチにしてしまうような強烈な振動は、シートのショックアブソーバーによって電車の振動程度まで抑えられている。
先鋭的で、刃物を重ねて並べたようにも見えるヴァーデの鋭利なシルエット。
その鋭利な先端部は特殊な放熱板であるらしく、時折、非表示になっているボディから排熱のために生じる熱の揺らぎが見える。
機体は連続して動かしてると、突然挙動が鈍くなることがある。
おそらく排熱がうまくいっていないのだと考えられるが、果たしてどのように設定すればいいのか。
ひとまずヴァーデに相談するが、「機能しているので良し」と言わんばかりの反応をされて終わる。
昨日まで晴天だった天気は、今は薄暗く雲に覆われている。
前世では偏頭痛持ちだった僕は、この灰色の空を目にしてしまうと痛みを覚えてしまっていた。カーテンをめくって曇り空だった日には、先んじて頭痛薬を飲むことも多かった。
幸い、ユリウス・ヴェルナーの体では、そんなことはない。
後部座席で寝てしまっていた先輩を乗せて、僕はひとまず西へ向かっていた。
この異世界、地図でいう「イーデンシア半島」に、レオネシアやその他の国がある。
そして異世界人たちは、まだイーデンシア半島から出られたことはない。
イーデンシアの西では、小国ないしそれ以下同士の紛争が絶えない。
その後、急激に増大した軍事力は複数の軍閥の乱立を生み、内戦と虐殺が始まる。
機械人形は兵器として、小国が大国を斃すに十分な威力を発揮する。
しかし、レオネシア国王の語るように、強力な個人の戦力は、組織のすみやかな瓦解を招く可能性がある。
これまで貧弱だった複数の組織ないし国家は、機械人形を動かせたものから急速に力をつけ始め、だが実際に大国の一つが甚大な被害を被ったとき、彼らは「貧者の人形遊び」とは嗤っていられなくなった。
それで、ヴァーデがまだ十全に戦える状態ではないときに、西の危険地帯に出向く理由だが、古代兵器採掘の現場がいくつもあるはずだ。
そうしたときに、その採掘作業へ便乗してしまうのが効率的だと考えたのだ。
古代研究所の人たちもいるだろうが、採掘に人生をかける勢いは避けたい。
すると、後部座席で寝ていたアルベリア先輩が目を覚ます。
「おはようユリウス君。ずっと運転させっぱなしで、なんだか申し訳ないわ」
「もともとも一人旅のつもりだったんです。気にしなくていいですよ」
「ところで、今は西に向かっているのよね」
僕は彼女に、漁夫の利計画のことを話す。
現地勢力が攻撃してきたらどうしようかとアルベリア先輩に相談してみると、彼女は「やっちゃえばいいのよ」とバッサリ言い切った。
「そ、それでいいんですか?」
「いいんじゃない? 向こうが生きるために攻撃してくるのだというなら、こっちも同じことを言ってやればいいのよ」
(先輩って結構、容赦ないんだよな……)
陰鬱とした曇り空の下をしばらく進むと、道に彫り込まれた荷車の車輪痕が次第に多くなっていく。
道のすぐ横には川が通っている。
「この付近に何かあるみたいです。川が赤い……。野戦病院的なものが、あるのかもしれませんね」
先ほどの雨でぬかるんだ道を踏まないようにしつつ、機体パフォーマンスを確認しながら、バトルライフルのチャンバーチェックを行った。
すると正面から何か拡声器的な音質の声が響き渡る。
≪そこの機械人形! 何をしに来た! これ以上寄るなら撃つぞ!≫
声はするが、姿が見えない。
何かのカムフラージュ。それかスピーカーを置いているのか。
いずれにせよ、向こうからこちらの姿が見えているらしい。
「やめてくれ。通りすがりだ」
≪なら運転席から顔を出して見せろ!≫
「ヴァーデ、周辺索敵を行え。光学補正値をプラス7.5だ」
僕はすぐに、コンソールをいくつか触って、コックピットを開く。
ヴァーデは、レーザーエイミングモジュールによる照射を受けていると全天周囲モニター上で警告を出している。
(レーザーの発射位置を逆探しておけ)
警告には、ついでにコックピットを開放するなとも。
「わかった。なら、レーザー照射をやめてくれないか」
しばらくの沈黙の後、レーザーは停止した。
その間に、ヴァーデも相手の大まかな予測位置をモニターに示した。
おそらく、草をかぶせて擬態しているようであった。
しかし、レーザーを止めろと言って止まったということは、扱い方は知っているのだろうか。
「今出る。撃たないでくれよ」
いざコックピットから出ると、その瞬間狙撃されるのだろうかと覚悟したが、そんなことはなかった。
≪フゥン……。ついでに、弾倉と薬室の砲弾も抜いておけよ≫
一応認められたのだろうか。僕は進んでいいか?と聞くと、彼は行くといいとだけ言う。
≪この先には野外病院がある。あまり騒ぎ立てないでくれよ≫
もう少し機体の足を動かすと、整地された場所にいくつものテントがたてられていた。
中世的、いわゆる十三から十四世紀ぐらいの戦場を想定していたが、ここは第一次世界大戦期に近いテイストだろうか。
この世界は、見てくれこそ中世ヨーロッパのようだが、その価値観や文化形態などは、それなりに現代的なところがある。
だと思えば、剣や魔法が出てくるので一概にそうとは言えないが。
指向性収音でテントに聞き耳立てると「斬らないでくれ!」という叫び声が聞こえる。
おそらく、けが人が腕や脚をのこぎりで切断されていることだろう。
そのまま通り過ぎようとしたが、正面からやってきた輸送隊のような一団と、血のついた大量のシーツを運ぶ看護師が不意に接触してしまい、その汚れた布が草原に傾れ込む。
「ご、ご婦人! これは失敬!」
「いえ、こちらも不注意でしたから」
≪僕も手伝いますよ≫
「ん、機械人形か? 民間の」
民間。確かにそうだが、ハイエンド兵器と考えられるヴァーデをただ民間のと言うには、どうにも引っかかる。
巨人の手で掴んだシーツは、そのまま川まで持って行って突っ込む。
「旅人か? この先は戦場が近い。巻き込まれたくなければ、引き返した方がいい」
≪すぐそこなんですか?≫
会話しながら、血のシミが取れたシーツから水を切り、先ほどの看護師に渡す。
排気口らしいものはあるが、これを送風機のようにして使う方法がわからないため、残念ながら、完全に乾燥させることはできない。
助かりました、と一礼され、看護師はその後も忙しなく動き回る。
僕は輸送隊の荷物に目を向けると、そこには、機械人形用のライフル型武器と、小さなシールドにも見える鋭い楕円型のものが見える。
≪そうだ。一つだけお尋ねしたことがありまして、こんなものを見たことありませんか?≫
ホログラムで五行カードのシルエットを表示させる。
輸送隊の人たちならば、何か知っているかもしれない。
「あー、なんか見たことある気がする。お前知ってる?」
「アレじゃないか? ドワーフ王国の国宝のやつ。“ゴルダストーン”」
輸送隊の人たちが答えたことを、アルベリア先輩が整理した。
「ゴルダといえばゴルダ火山......。ドワーフ王国はゴトラロね」
「ではもう少し北東ですね」
輸送隊には感謝を述べて、出発を見送ろうとした時だった。
「ユリウス君? 何かいる......」
「何かって、あれは......」
ヴァーデが五百メートル先に捕捉した機械人形らしき三つの影。
三機とも同型機で、しかしそのサイズは四十メートル近い。
≪向こうに機械人形が見えます。三つ≫
「何だって!? デカいやつか!?」
≪そうです。四十メートル≫
「まずいぞ......」
その直後だった。軽装歩兵が一人、野戦病院に走ってきて「敵の機械人形が来るぞ!」と叫んだのだ。
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