第8話 跳ねる猟犬 畑の巨人

 ふと、右手に持つバトルライフルの残弾が気になった。

 

 武器を見える位置にまで持ち上げると、その側面左側に、残弾数などのウェポンコンディションがホログラムのように表示された。

 

 50ラウンドマガジンと、チャンバー内を含めたプラス1発。

 しかし、前回の戦闘で消費したので、現在は15発がマガジン内に残っている。


(120mmが五十発でこのサイズって、中はどうなっているんだ?)


 一応、予備に四つのマガジンがあるので、同じような相手が現れても、まだ何とかなるだろう。あとはビームバリアーの性能次第か。


「ところで、座り心地は大丈夫ですか? 僕のは固定具があってちょっと座りにくいんですよ」


「大丈夫よ。勉強机の椅子とは雲泥の差なんだから、これを私の部屋に持っていきたいぐらいよ」


「そんなに……?」


 今気づいたが、機体の腕は任意で表示と非表示を切り替えられるようである。

 映像は装甲そのものがセンサーとなっているために、死角が存在しない仕組みだが、だからこそ機体の一部を非表示にすることも可能である。


 ただ、まったく見えないというのも困りものなので、水色のシルエット枠線だけ表示しておくことにした。


「コンソールはタッチパネルにもなっていて、武器の操作は手元のグリップでもできるのか」


 機体はイメージに従って動いてくれるが、それはそれとそして、自分の体の感覚もある。

 二枚重ねの感覚は少々混乱するが、こっちの方が頭痛がしないので楽なのだ。


 PCゲームでいうところのウィンドウモード的な状態だろうか。


 サディナから目的地までは、密度の高い森を迂回する必要があった。

 森を突っ切るのは、さすがの機械人形でも神経を使いそうだと考えた。

 依頼は、それなりに長く張り出されていたそうだ。

 そりゃ、こんな僻地へ馬車と徒歩で行くにはあまりにも面倒だ。


 昼過ぎに出発して、到着したのは夕暮れ時。

 進行上の空には二つの月が見える。

 だが、よく見るともう一つ。

 拡大表示にすると、輪っかのようなものが浮かんでいる。


「あれは何です?」


「あれもお月様だって占星術師さんの特別講義で聞いたことあるわ」


「そうなんですかね」


 どうにも、そうは見えない。

 何か人工物のような……。


 ヴァーデの目はいいが、なにぶん大気で霞んでしまい、遠方はぼやけてしまう。

 

 とりあえず気にしないことにして、僕はもう少し歩みを進める。


「きょ、巨人!? 野良犬の次は巨人かい。せっかくいい土を見つけたってのに......」


 畑が見えてきたと同時に、農作業をしていた老人がこちらを見て持っていた桑を投げ出す。


≪すみません。驚かせてしまって。ギルドの者です≫


首の根元から頭を出すと、老人はしばらく唖然としていた。



「ああ、はいはい。機械人形ね。最近道が足跡でガタガタになっとって、困っとるのよ」


「僕は、道は避けて歩いてますよ」


 ほかにも機械人形が稼働し始めているのだろう。

 この世界の人たちがどれぐらいこれを理解して動かせているのかわからないが。

 

 先輩は、畑の周辺を見て回る。

 柵にとどまらず、大掛かりなバリケードまで設置しているにも関わらず『バウンドヴルフ』という魔物はそれを飛び越えてきてしまうらしい。


 時に、魔物というのは大型の危険な生物全般を指す。特に魔法が使える生物という意味ではなく、強大な生き物へ畏敬の念と共に、そう呼んでいるだけだ。


 そして、バウンドヴルフとは、もともと猟犬として飼育されていた大型のオオカミのような魔物で、何らかの理由で野に放たれたものが野生化して繁殖したものとなる。


 人間とコミュニケーションが取れるよう品種改良されたバウンドヴルフは、その知恵で人間を翻弄する。

 この対策も搔い潜られるのは、そのせいだろう。


「じゃあどうするね」


「ヴァーデは色を変えられるのよね? なら、夜の闇に紛れて待ち伏せするのはどう?」


「色を変えさせてくれるといいんですけど」


 夜行性のバウンドヴルフが動き出す前に、もろもろの準備をする。

 まずはバリケードの一部撤去。

 頭のいい彼らは、バリケードの配置が以前と違うことに警戒し足踏みするはずだ。


 畑のすぐ近くには雑木林になっていて、オオカミたちはあそこからやってくるらしい。


「しかし、怪我はないんですか?」


「それは大丈夫じゃよ。奴らは畑を荒らすだけ」


「バウンドブルフは肉食性だけど、こうやって草食獣の餌を掘り出して誘き寄せることがあるらしいのよ」


「なかなか狡猾ですけど、草食獣は警戒しないんですかね」



 ひとまず、ヴァーデは何度か説得してようやく色を変えさせてくれた。


「この草と同じ色にできないか?」


 すると、機体全体が緑色に変色する。


「ごめん。全部同じ色じゃなくて、この草の風景を映してほしいんだ」


 次は言った通りに映してくれたが、明暗が足りず、イラストの下書きのような模様になってしまう。


「うーん、もうちょいかな。柄の拡大率を実写と同等にして」


 その後も何度か修正を入れて、風景そのままに見える模様を調整した。


 しかし、光学的に動物からどう見えるかは別の話で、人間には聞こえない異音がしている可能性も高い。

 光学迷彩などは、基本的に人間と相手機のコンピューターを騙すために調整されているはずだ。

 であるなら、人間とは目の構造が少しばかり違うであろう魔物や動物に通用するかは分からない。


 ヴァーデは、正直に言って、前世のお絵描きAIよりも素直でいい。

 昔、Googleで調べたらことだが、ニューラルネットワークAIというものは、物事を感覚的に解釈できるらしいということを、見た記憶がある。知らんけど。

 少なくともヴァーデはそうだろう。


 周囲の風景と明暗を調節することで、完成度の高い擬態を実現している。

 システム自体は、主に、駐機中のカムフラージュを目的としたものだろう。機動兵器ならば、ダズル迷彩のような、向いている方向や輪郭を誤魔化すパターンの方が効果的ではないだろうか。

 それは後で試してみよう。


「僕と彼女はしばらく仮眠をとりますから、あなたは家から出ないほうがいいです」


「報酬分は働いてくれよ」


「期待しててください」


 僕と先輩は、機体に乗り込んで、しばらく寝ることにした。

 エコノミークラス症候群が心配だったが、システムには長時間の搭乗を考慮してか対策機能が搭載されていた。


 ヴァーデはシステムの復旧自体は迅速に行ってくれる。

 最も、最適な調整とはいかないが、復旧後も調整を続けるように命令すると、だんだん精度が上がっていく。


「ユリウス君は慣れているわよね。人と話すの」


「そんなつもりはありませんよ」


 前世はバイト程度だったが、対応のやり方を知らないわけじゃない。

 つまり、人と話すのが億劫ではないという話だ。


 少し昔も思ったが、せめて社会人を経験してから転生したかった。

 いや、むしろ固定概念が少ないほうが異世界の感覚に順応しやすいのだろうか。

 仮にそうでないとしても、そう思ったほうが楽ではある。


 軽く仮眠をとると、そろそろバウンドヴルフが動き出すだろうというタイミングで起こされる。


「う、う~ん……? 来たか? 暗いな。CG調整」


 月らしい衛星が二つあるせいで、この異世界の夜は明るめ。

 とはいっても人工的な明かりが全くない夜はとても暗く、モニター表示を明るくしなければ何も見えないだろう。


 影も同じように明るくしたため、目の前の視界に影は存在しない。

 違和感はあったが、CGでゲームを作る画面がこんな感じだと思えば、そこまで変ではない。


「ユリウス君。音量センサーが……」


「どうやら来たらしいですね」


 電源をサブに切り替えて、稼働を視界と小窓モニターのみにする。

 最低限異音を抑えるためだ。


 最低限の電力で動かしているため、カメラの精細度もあまり高くない。


 雑木林から姿を現した五匹の獣は、目前にするバリケードの変化を警戒し、立ち往生して畑に踏み入ろうとしない。


 顎がナイフのようにとがっていて、全身は鎧を着こんでいるかのような風貌だ。

 鼻先から尻まで軽く二メートルはあるだろう。


 すると、一匹が闇の奥から現れた巨大な手に捕まれ、握りつぶされる。


「まずは一匹」


 そのままほかの個体もつかもうとすると、高く跳躍する動きで躱しはじめた。


「バウンドってそういう意味か」


 しかし、羽などを持たないバウンドヴルフは空中で方向転換などはできない。

 飛び跳ねた軌道をよく見て、あとは叩き潰すなりすればよい。


「まともに活動している人に申し訳ないですね」


「いいのよ。持ったなら、使わない手はないんだから」


「そりゃあそうです」


 そうして、分が悪いと逃げ始めるオオカミたちも、逃さず処理した。

 巣まで排除した方がいいだろうか。

 しかし依頼にあったのは、この五匹であり、それ以外の狩猟は生態系保存のためにギルドが許さない。


「この体格の猛獣とは生身で戦いたくないですね」


 騒動が収まったのを察知して家から出てきた老人はあっという間の出来事に「こりゃたまげた」と言って頭を搔いた


≪こういうものです。機械人形ってのは≫


「なるほどな。道理で勇ましく見えるわけだ。ほれ、報酬はここで支払う」


 どこで報酬を支払うかは依頼主次第だ。今回は現場に依頼主が居るので、直接報酬を受け取れる。

 あとは、呼び寄せた伝書鳩に依頼完了を意味する書類を飛ばせば問題ない。


「この仕事量でこんなにもらえるなら旅の資金には困りませんね」


「言ったでしょう?」


「そりゃあそうですが、先輩はなんで僕と一緒に?」


 彼女は少し考えてから、改めて僕の目を見る。


「姉がいるのよ。でも、どこへ行ったのかわからない」


「お姉さんですか。それを探しに?」


「ええ。知っている情報屋に調べさせたら、どうやら……。いえ、これはもう少し後に話させてほしい」


 フレスベルグ家のことは何もわからない。彼女が強く言い切ったことから察して、僕から執拗に聞くこともやめておくべきだろう。

 ともかく、今そのことを気にしても仕方ない。


 僕たちは、次の五行カードを探すため、今晩は仕留めたバウンドヴルフを晩飯にした。



―――

あとがき


※バトルライフルの口径を30mmから120mmに変更しています

2023/02/05

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