第4話 門出
「あの機械人形は好きにしてくれて構わん」
「え?」
その時、僕は国王の御前にいた。
召喚されて、いざ王から放たれた言葉はそれだった。
「諸々の確認で、あの機械人形はお前にしか動かせんと分かったからな」
だからと言って、好きにしていいという結論は疑問だ。
「恐れながら」と、その理由を聞くと、王は灰色の髭を撫でながらしばらく考え、そして向き直った。
「軍隊とはある程度、代替可能な集団だ。だからこそ、多少の損害があっても立て直しが効く。強力な個人の戦力は、簡単に組織を補強できる一方で、その瓦解も早い」
それはあえて僕を兵器として使役しないという意味だった。
ならば、新規戦力の完成まで使うという選択肢もあるはずだが。
将軍は、端から依存するような軍隊ではないと言う。
いや、例の襲撃者の目的がヴァーデだったことを考えれば、そのような危険要素をこの国に置いておくのも避けたいという意味だろうか。
しかし、国王はこの国にいたいのならそうしてくれて構わないと言う一方で、いざ襲撃者が現れたようならば協力はしてくれとも。
それは当然だろうが、彼ら王宮が強く物を言わないのは、ほかでもなく未知数な威力を持つヴァーデを警戒しているのだろう。
僕の答えは、ひとまずレアリス学校を卒業すること。
それまでに再び襲撃があるようなら、その防衛に手を貸し、それ以降は夢見ていた冒険者のように世界中を旅したいと考えている。
旅は気ままにできればよいと考えているが、もし「五行カード」を入手できるなら、ヴァーデの復元もついでに行う。
いずれにせよ、せっかく異世界にやってきたのだから、僕はこの世界のことをもっとよく知りたい。市街地で暴れまわるなんで御免だ。
あの戦闘のことを忘れたい。
視界にはCG補正がかけられていたため、映像そのものはさほどショッキングではなかった。しかし大勢の人間が潰れて死んだことを考えるだけで、動悸が激しくなり、心臓がキリキリと痛む。
こういう時に記憶を改ざんしたい。だが、そんな都合のいい魔法は存在しなかった。
将軍の計らいで表向きは戦闘に巻き込まれたことにしてもらったが、親とアルベリア先輩には本当のことを話した。
両親と彼女にまで嘘をつき続けたら、僕はたぶん耐えられないと思ったからだ。
翌日から、僕は学校に復帰した。
だが、今までの通り授業を楽しむようなことはできず、特に先輩が卒業した年は顕著だった。
それでも一年後、僕が好成績で卒業できたのは、やはりアルベリア先輩が時折様子を見に来てくれたからだった。
あの人とお付き合いできればうれしいな、などと思っていたが、まさかこんなに心の支柱になるとは。
卒業してから少し経った後。僕はいよいよ旅に出る支度を始めた。
そのために、機械人形は必要だった。
あのコックピットでそのまま寝泊りできるので、避けていたヴァーデにも久しぶりに乗り込むこともした。
それで、僕がいよいよ両親に挨拶をしてレオネシアを出ようとしたとき、待ち構えるようにして出てきたアルベリア先輩に呼び止められた。
「ユリウス君は、もう旅に出るのでしょう? だったら、私も同行させてほしい」
「えっ? それは……」
むしろ、彼女が一緒に来てくれるのはうれしい。
それと同じぐらい、様々な方面での不安もある。
僕は、物事を考えたとき、そのメリットとデメリットを考える。というより考えすぎることがある。その結果、踏ん切りがつかないことも多い。
だからこそ僕は、何とかなれの精神で物事を深刻に考えすぎないようにした。
ヴァーデのコックピットには、もう一人乗せるための副座席が存在する。
それに、僕の手を握る先輩の表情は、何か後ろめたいというか、そんな顔をしていた。
「わかりました。僕としても、助け合える旅の仲間がいるのは嬉しいです」
ギャルゲーで言えば、ヒロインとの好感度に関わる重要なセリフ選びだったかもしれない。
僕としても、まだ先輩との距離感をうまく掴むことができず、時折不自然に億劫になってしまう。
「先輩は......。いや、忘れてください」
あの時、あの市場で何をしに来ていたのか?
そのことを聞こうと考えたが、先輩もあの瞬間を目の当たりにしたのだ。僕が思い出したくないと思っている事を他人にさせることはしたくない。
これから両親に旅に出ることを話そうと考えていたが、アルベリア先輩同伴だと別の報告に見えてしまう。
玄関をくぐり、リビングで両親と改めて向き合う。
僕は二人に、いよいよこの国を出るという旨を伝えた。
「いつかこの日が来るだろうと思っていたわ。親が言うのはなんだけど、ちょっと不思議な子だったから」
「そんなことないさ。至って普通だよ」
機械人形を持って出るつもりである。
戻ろうとすればいつでも帰れるという話をして、翌日、僕とアルベリア先輩はレオネシアの門を出る。
朝日と霧が淡い光を生み出し、門のすぐ外に駐機されていたヴァーデに乗り込む。
「先輩は後ろの席にお願いします」
「ここね。わかったわ」
この機体に出会って一年ほど経った。流石に、起動も手慣れる。
もっともグリップを握り込んで、首にケーブルをつなげるだけで済むのだが。
両親と、フレスベルグ家の人たちの見送りに、機械人形の手を振って返す。
そうして朝日を背に、最初の一歩を踏み出した。
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