第3話 目覚めた日は
目が覚めると、知らない天井があった。
背中にふかふかの何かが広く当たっている。ベッドに寝そべっているのだろう。
ぼんやりした視界がクリアになると、次第にあの戦闘の感覚を思い出し始める。
(あんなことは忘れたい)
異世界には行きたかったさ。だが、今はもう、すでに元の世界に帰りたいとすら思っている。
この世界にはかわいい女の子もいっぱいるが、それ以上に先の見えない不安が立ちはだかっているのだ。
首を動かせるようになって、辺りを見回す。
白服の女性が、僕の動きに気づいたのか、やっていた作業を中断して、僕の傍へ駆け寄ってくる。
右腕には王宮の看護師を意味する腕章が取り付けられており、僕は戦闘のあと気絶して、ここで寝ていたようだ。
看護師の話では、ここで三日寝ていたらしい。
満足に歩けるようになるまでさらに二日を要し、僕はそのあと、王国軍によって召喚され、あの機械人形について、その機構を説明するよう求められた。
戦闘のことは将軍が弁明してくれたため、特に御咎めなし。
だからと言って忘れられるような出来事ではない。
それはそうとして、レオネシアを襲撃した機械人形は僕が破壊した二機を含めて三機存在したらしく、残りの一機は将軍の戦略が刺さり、撤退させたという。
彼は、今の地位を預かる前に、例の戦争へ派遣された経験があるのだという。だとすれば、機械人形を歩兵で撃退できたことも、納得できる。
「では、この操縦席へは、このようなレバーを探せばいいと?」
「僕も勘でしたから。でも、人間が触れて違和感のないデザインのものを探すといいと思います」
機械人形の説明と言っても、結局すべて憶測だ。
後から確信したが、この機体はプログラムが完成していない。
最低限動かせるだけのシステムしか搭載していなかったのだ。
彼らへの説明を一通り終えると、僕はコックピットの調査を個人的に行った。
あの時はプレッシャーもあって、落ち着いて観察することができなかったからだ。
コックピットの座席は、斜め後ろから伸びるアームに接続されて、空中へ持ち上げられているような体を取っている。
そして、そのアームと座席のつなぎ目は、機体稼働時には浮き上がるようになっているはずだが、そのプログラムが作動してないので、戦闘中、僕は身体強化で踏ん張るしかなかったという状況だった。
これは、所謂リニアシートというやつで、ロボットの激しい動きからパイロットへ過度なGを与えないようにする機構だろう。
そんなシートの下に、何かが落ちている。
「なんだこれ。パンチカード?」
取っ手付きの、厚みがあるカード。そこには、丸い穴が規則的に開けられていて、その穴と穴を銅色の線が繋いでいる。スマートフォンの下に、さらに持ち手を付けたような大きさだ。
丁寧なことに、カード本体に差し込めと言わんばかりの矢印が付けられている。
どこかに差すのだと考え、座席やモニター璧をくまなく探す。
すると、座席の裏のパネルを外したところに、何やらちょうどいいサイズの穴が五つあり、それが植物の断面の種のように、輪を形作っている。。
機体の電源は投入されているので、試しにその一つへカードを差し込んでみた。
だが、反応なし。
「まぁ、そうだよな」
しかし、座席正面のディスプレイに、同じ穴が一つ空いている。
五つの穴は、その縁が色で塗り分けられており、例えば輪の一番上の穴は茶色だ。
ディスプレイのものにはそれがない。
僕は、そこにカードを差し込む。
すると、システムは何かのデータを取り込み、その中の音声データを再生し始めた。
僕はハッチを閉じ、そのノイズでざらついた音声に集中する。
一応、深く座席に座り込んで、あのケーブルを首につないだ。
― チュウイ。コノオンセイハ、シヨウシャノ、ゲンゴヤニ、アクセスシマス ―
ピーという音の後に、音声が再生され始める。
音声からは、何度か爆発音が聞こえる。
『彼女』の声が聞こえたのは、その後である。
≪記録2184……。最終記録。これを聞いているということは、ヴァーデを起動できたのね。まずはおめでとう≫
女性の声。
聞いたことがあるだろうか? それは分からない。
≪感が鋭いならば、この機体が、内外ともに未完成であると感じたでしょう。その感性は正解よ≫
そう、この機体は、外装も欠けているところが散見される。
≪その椅子の背もたれより少し後ろ、座席右側面のパネルを開くと、このデータカードを差し込める穴が五つある。機体のプログラムは対応する五つのデータカードに保存して管理していたの≫
女性は、それぞれのカードのことを「木 火 土 金 水」という。
どこかで聞いたことがある気がする。確か五行思想の属性ではなかったか。
≪そして、ヴァーデの対となる機体。もしそれが、悪意をもって行使されたならば、止められるのはこの機体だけ≫
再び爆発音が鳴る。
≪この音声と機体は後世に託す。もし、あなたが自分の目的を果たすためにこの機体を万全にしたいなら、五つのカードを探しなさい≫
≪音声が終わると、この機体にインストールしたAIシステムが起動するよう設定されている。彼女があなたの役に立つと願っているわ。では、レア・マトゥイ技術試験大佐。最終記録終了≫
言った通り、再生終了と同時に何かプログラムが作動した。
そういえば、彼女は英語を話していたが、なぜがすんなり理解できた。
言語野にアクセスとはそういう意味なのか?
『ニューラル・ネットワークシステム。オンライン。おはようございます。メインシステム、パイロットデータの認証を開始』
これが、そのAIらしい。
ただ、音声ではなくコンソール・ディスプレイでのテキストだった。
『国籍データ、および所属に基づくIFFコードを確認できません。運用と作戦行動に当たっては、その設定を義務付けられており、現在のコンディションでは連邦軍刑法に抵触する可能性があります』
定型文か何かだろうと思って無視した。
どうせ、彼ら機械人形の国許などとっくの昔に無くなっているだろう。
でなければ、こいつも地面の下に埋められることはなかっただろう。
『パイロット。設定をお願いします』
「え? 僕?」
『あなたしか居ません』
対話型インターフェイス。おしゃべりAI。
うーん。これは予想以上にめんどくさそうだぞ。
「国籍も、
『いいえ。設定をお願いします。適切なパイロットではないと判断された場合、報告を開始します』
と、言われても、知らんものは知らんと言うしかない。
最も、このAIには規範がすべてのようだが。
『それでは、報告を開始します……。データベースへのアクセスができません。データリンクを復旧してください』
「はぁ……。レア・マトゥイ技術試験大佐からの命令により、部隊配備前の機動試験を行うため、しばらく諸元入力は避ける」
という出まかせを言ってみる。
『では、大佐の召喚をお願いします』
(めんどくさすぎる。でも、このままでは機体をロックされそうだ……)
この際、現状を事細かに説明して、納得してもらうしかないのか?
僕は、この機体が土から掘り起こされたこと。
そして、埋められてから一万年が経過したという嘘をつく。
『機体装甲表面に、長期保管用ナノマシンの痕跡を確認。状態から、搭乗者の発言の通り、一万年ほどが経過したと判断。緊急プロトコルに則り、特例を許可します』
嘘から出た実は、常に自分の首を絞める結果となる。
だから、あまり嘘はつきたくないが、現状で他に手がないように思える。
「レア・マトゥイのことは、この音声データで知った。君を騙すつもりはなかったが、機体を動かせなくなるのも困るからね」
『いかなる状況下であっても、適正がないと判断された場合には、搭乗者の操縦権限をはく奪する可能性を留意してください』
危険運転をするような輩に免許は持たせられない。つまりそういうことだろう。
今後、これに乗り続けるならば、こいつと付き合わなければいけないのか?そう思うと気が滅入ってきた。
「君のことは、なんと呼べばいい」
『本モデルは、第七世代型ST『VERDE』の専用オペレーションシステム構想の一環として開発、搭載されたニューラル・ネットワークAIとなります。
よって「ヴァーデ」で問題ありません』
その後、僕は国王からの呼び出しによって、レオネシア城へ向かうことになった。
―――
※本文内容を修正・変更しました。2023/01/27
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