第2話・後編 戦闘モード
その時、各倉庫へつながる迷路のようなトンネルへ、機械人形のエンジンスタートアップ音が鳴り響いた。
「なに!? もう動かしたのか!? あのガキ、何をしたんだ」
ユリウスが何度も目撃した、スパイ疑惑のある男。
男はまさしくそうである。彼はレオネシアに依頼で潜入した傭兵の類に過ぎない。
男は来た道を引き返す。
彼らが引き受けた依頼とは、無論、レオネシアに運び込まれた例の機械人形である。
依頼人は不明であるが、ただ報酬ばかりが高額であった。
トンネルから市場に出ると、そこでは彼の仲間が待っていた。
「どうした。何があった」
「目標が動いた。プランCだ」
すると彼の仲間は表情を険しくする。
「プランCだと? 発掘したばかりの機械人形をもう動かしたのか? レオネシアもどんな魔法を使ったんだか」
「合図を出す。すぐにここを離れるぞ」
男はポケットから取り出したメダルに触れる。すると、青白い光が模様となって浮き上がる。
その模様とは、遠方にある、同じ式のメダルを光らせるだけという単純なものだが、彼らのような人種にとっては信号として多用されるものである。
レオネシアの城壁より少し離れた森の中。
そこでは、盾を構えた灰色の機械人形が身をひそめていた。
スポーツカーのような形状をした胴体の中には一人が入れるコックピットが存在し、
すると、天井に吊り下げていたメダルが光始める。
「ん? 来たか? ……。 プランCか。わかっているよな。後悔するなよ」
― システム 戦闘モード ―
英語による機械音声が流れた後、機操士は右手側のコントロールスティックを操作し、機械人形が左肩に搭載している折りたたまれたキャノン砲を展開。
左ひざを立て、まっすぐ前に伸びた砲身を右手で支える。
コンソールには、キャノン砲のシルエットが現在選択している武装で点灯しており、装填された弾頭タイプには『CPRB』と表示されている。
機操士は、メダルに触れて発光信号にて仲間に合図を送る。
「巻き込まれる奴も、恨まないでくれよ。これも明日生きるためだ」
そして、スティックの引き金を引き切った。
砲身から放たれた砲弾は、まっすぐ城門へ飛ぶ。
砲弾は城門に着弾する手前、その側面カバーを花弁のよう四方へ広げ、そこから青白い電流のようなものが瞬く。
その光は、多くの人が往来する城門のすぐ上空で広がり、次の瞬間、電流を帯びた弾頭は巨大で激しい爆発に変わる。
それは一瞬の出来事であり、多くの人は、その閃光を認知する間もなく蒸発。城門は崩壊し、がれきの山と化した。
機械人形は立ち上がると、崩れた城門へ向かった。
***
なんの地鳴りか分からないが、あたりが騒然としている。
その後、倉庫へやってきた兵士が一人、声を張り上げる。
「機械人形による攻撃」「城門が吹き飛ばされた」
そういう話が瞬く間に広がっていき、次第に張り上げられる声は「敵襲」というものに変わる。
「小僧。私は隊を率いて機械人形を迎え撃つ。その間にこれを動かせ」
ドーラ将軍は、そうだけ言って機械人形の胴から飛び降りた。
「確証はできませんよ!」
もともと、動かせるなどとは出任せで言ったに過ぎない。
たまたまここまでうまく行けたに過ぎず、さらに、これが正常に動作しているとも限らない。
正面のコンソールディスプレイを確認するが、まだファイルチェックは終わらない。
無論、周囲のモニターと思われる壁は暗いままだ。
昔、傭兵から聞いた話だが、そもそも、発掘された機械人形は、大抵動かせるようになるまでに三年はかかるというらしい。
もし『敵』が、この機械人形を狙っているとして、僕がたまたま動かしてしまったから、彼らを急かしたということは考えられる。
「逃げるべきか? とどまるべきなのか?」
分からない。
圧倒的な兵器と、その威力が持つ抑止力は絶えず侵略者に対する壁になる。
王国がそのつもりでこれを運び込んだのなら、レオネシアは侵略者の脅威にさらされている可能性がある。
つまり、この兵器を失うことは、将来的に住む家を失うことにつながるかもしれない。
おとなしく明け渡せば、余計な犠牲は出ずに済むと思う。
目先の犠牲と、将来的な犠牲。
どちらを取って、どちらを捨てる?
僕にそのような決断はできないと思う。
だが最小の被害で敵を無力化して見せる。そして、この機械人形を守護神とするのだ。
ここから逃げないと決めた僕には、その権利と義務があるはずだ。
「き、機械人形だ!」
兵士の叫ぶ声が、トンネル内で無数に反響する。
そのあと、金属音交じりの重い足音が、次第にこちらへ近づいてきていると振動で理解した。
≪よし目標だ。破壊に取り掛かる≫
『バンッ』という何かが発射されたような音が聞こえ、その瞬間、爆音と熱気がコックピットを襲う。
しかし、本格的に蒸し焼きにされる前にハッチが自動的に閉じた。
「クソ!耳が! まだかかるのか!」
身体強化を事前に施していたおかげで、何とか耳が死ぬことは避けられた。
しかし、このままでは文字通りなすすべがない。
すると、ようやくファイルチェックが完了し、球形の壁がモニターとして周囲の風景を写した。
コンソールディスプレイには『GENERATION7 STrider』そして、その下には、大きく『V.E.R.D.E』とかかれている。
「ヴァーデ? こいつの名前か?」
いざ動かそうとすると、うなじ辺りに何かが張り付く。
スライムのおもちゃみたいな、ひんやりとした物だ。
その奇妙な感触に思わず変な声を出してしまう。
「なんだこれ……」
首に触れると、やはりスライム的なぷにぷにとした感触のものが首に張り付いており、そこからケーブルのようなものがシートと繋がっている。
なんでもいいから、と動かそうとした瞬間。まるで意識が体から吸い出される感覚に見舞われた。
ホワイトアウトした視界が戻ると、僕は体を動かす。
だが動いた手は、乗っている機械人形の手だった。
そう、この視界は、機体の目線だ。
「どうなってんだ!?」
慌てるな。
これはいわゆる神経接続、つまりブレイン・マシン・インターフェイスというやつに違いない。
元の体の感覚が全くないことに不安を感じるが、今はなんとでもなれの精神でやるしかない。
だが、動かした感覚と、実際の挙動にラグがある。というか、ユーザーインターフェイスの類が軒並みエラー表示となっている。
もしかすると、最低限のプログラムしか存在していないのではないか。そう考えるとしっくりくる。
≪畜生。傷一つ付いてないじゃないか≫
敵はさらに、右手のマシンガンのようなもので攻撃しようとする。
だが下を見れば、まだ逃げられていない作業員が多く残っている。
右足、左足とはっきりイメージしながら、機械の体を必死に動かす。
「人がいるだろ! 見えないのかァ!!」
武器はない。ガンダムのようにビームサーベルが装備されているわけではない。
ロボットが武器をなくしたら、後は駄目元で殴るしかない。
しかし、マニピュレーターとは常に精密機械である。
そのようなもので殴ろうものなら、最悪こちらの拳がつぶれて終わるだけという可能性もある。だが、今は奴の攻撃手段を奪わなければならない。
(蹴るのは駄目だ。足元に誰がいるか分からない!)
手刀の体を取って、それを叩きつけるように相手の機体へぶつける。
しかし、敵もとっさに盾を構えたところを見れば、いよいよ抵抗の手段をなくしたと覚悟した。
しかし。
≪た、盾が……! 手刀で!?≫
手刀はむしろ、盾ごと敵機の左腕を切り落とした。
なおも抵抗する敵。無力化だけできればよいと考えていたが、なおも攻撃を続行するならば、ここで殺すしかない。出なければ、周りに必要以上の被害を出してしまう。
マシンガンを左手で掴んで銃口を上に逸らしたら、パワーで押し込んで跪かせる。
鎧とはすべての部位をカバーできるものではない。可動部は開けておく必要がある。
それはロボットでも同じらしく、前方から見れば装甲が全身を覆っているが、上から見ると隙間が散見される。同高度前方からの攻撃を想定しているのだ。
おそらくコックピットは胴体。それを潰すならば、首から手刀を突き立てるしかない。
相手がザクなら人間じゃない。まさか本当にそう意識せざるを得なくなるとは、誰が想像しただろうか。
そして、殺すと明確に意識すると、機体は驚くほど従順に駆動した。
金属がひしゃげる音と共に右手が深々と突き刺さり、敵は動きを止める。
爆発するかと身構えたが、それは起こらなかった。
ふと、自分が殺したのだとわかると、この突き刺さる右手を引き抜く勇気が失われそうになる。
「こいつが持っているマシンガンが使えるかもしれない」
そう考えて、落ちている機械人形用のマシンガンをつかもうとするが。
「駄目だ、持てない! サイズが小さい、規格が違うのか……!」
ほかにも敵が居るだろうと考えて武器を踏みつぶし、足元に人がいないか慎重に確認しつつ市場の方向に行く。
が、広場に出た瞬間。トンネル入り口上で待ち伏せしていた敵に飛び乗られる。
突然の加重で転倒し、機体は敵の下敷きになっていて動かせなくなってしまう。
すると、接触回線というアレだろうか。
敵に触れたことで、向こうのパイロットの声が聞こえる。
≪カスペルをやったのか!? お前は逃がさんぞ!≫
「知るかッ! 貴様たちの都合でッ!」
のしかかる敵を右足に引っ掛け、そのまま自分の頭の方向へ蹴り飛ばす。
≪パ、パワーが違いすぎる!≫
だが、市場にいた人たちは一斉に出口へ殺到した結果、そこで人だかりができている。
機械人形を蹴り飛ばした先は、そこだった。
「しまっ――」
人々は悲鳴すら上げることなく、鉄塊と瓦礫の下敷きになる。
コラテラルダメージでは済まされないミスをしてしまったことは、戦闘なのだから仕方ないとか、おぼつかない操縦ではコントロールなどできないとか、そんな言い訳を重ねれば重ねるほど、目の前の静寂が心臓を締め付ける。そして巨人の視点を得て忘れていた体の感覚を思い出した。
ただ荒くなる息を落ち着かせることしかできず、頭の中で何かを考えることすらできなかった。
そして、ふと視界に一人の見知った女性を捉える。
「アルベリア先輩!? なんでこんなところに!」
僕が機械人形を探しているところを見て追いかけてきた? それともただ買い物に来ただけ?
すると、投げ飛ばした敵が動き出す。
≪これは、血か? クソッ! なんてこった……!≫
投げ飛ばしたときに、武器を持っていた右腕を引きちぎった。
だが奴は左手の盾を捨てて、落ちているマシンガンを拾おうとする。
まだ抵抗するつもりか。
武器を持った腕を落としたのに。
それで諦めろという意思表示だ。
それでもまだ抵抗しようというのなら。
「そんな奴は捕虜に取ろうとすることもッ!」
動き出す前に、手刀はコックピットを貫く。
逃げないと決めたからには、この戦闘の責任は自分にあるだろう。
だが、そのようなものを到底背負えるものでもなかった。
次の瞬間、視界は白くまばゆいノイズに覆われ、とてつもない頭痛と吐き気の中、意識を失ったのだ……。
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