第2話・前編 戦闘モード
アルベリア先輩に付き添ってもらって家に帰ってから、僕は倒れるように寝込んだ。
しかし、あの荷車のものが頭から離れず、翌日の朝の目覚めは驚くほどすっきりしていた。
この日も学校である。
僕は朝食を取るためにリビングへ向かったが……。
「あらユリウス。おはよう」
母から挨拶され、僕も同じように返す。
「それと、アルベリアさんがいらっしゃってるわよ?」
リビングのテーブルに座っている先輩にも挨拶する。
「おはよう。ヴェルナー君」
「あ、おはようご……。は?」
寝起きの感覚と、あまりに自然な流れだったために納得しかけていたが、なぜ先輩が朝からウチのリビングにいるのだ。
「ちょ、ちょっと待っててください!」
そうだけ言って、慌てて洗面台に籠った。
さすがに寝起きのままアルベリア先輩と対面するわけにはいかないではないか。
幸い寝間着らしい寝間着というより、普段からユニクロのインナーのようなものを着て寝ているので、身だしなみに関しては助かった……。
正直、このユリウス・ヴェルナーの見てくれなら寝起きでも許されそうだが、慌てたのは寝起きが一番前世の感覚が蘇るのだ。
着替えるために階段を駆け上がる。
朝、慌ただしくするのは嫌いだ。
そうすると、一日中慌ててしまうからだ。
「ごめんなさいね。なんだか慌てさせたみたいで……」
「いや、気にしないでください。僕が勝手に慌てただけです」
先輩にまじまじと見られながら朝食を終え、彼女と一緒にいつもの通学路を歩く。
考えが読めない人だ。なぜ突然僕の家に上がってきたのか。
それを彼女に尋ねる。
「私、あんまり人と仲良くするのが苦手なのよ。でも、ヴェルナー君とは抵抗なく話せたから、仲良くなれたらなぁって」
「そうなんですか? そうは見えなかったですが」
これはいわゆる脈ありというやつか?
いや、そんなことを考えるからダメなのだ。
下心を隠せるほど、高性能な精神ではない。
そういえば、こっちに来て思ったことが一つある。
異世界転生って、大抵転生するときに神からチートスキルをもらって、目覚めたら謎のステータス画面を開いて確認するというのがありがちだと思うのだが、僕は闇の中をひたすらもがいていただけに思える。
神とやらに試されているのか?
果たしてチート無しで高校二年生程度が生き延びられるだろうか。
最低限社会人を経験してから転生したかった。
ここに来て、この世界に対する不安がこみ上げてくる。
幸い、明日が楽しみで眠れなくなるほど毎日が充実していることが救いか?
「ヴェルナー君? 大丈夫?」
「え、ええ。寝ぼけてただけです」
どうでもいいことは忘れろ。
今は目の前の先輩を見て落ち着くんだ。
今日お前は、例のアレを見に行くんだろう。
(そうだ。メカ好きとしては、アレがどんなものか気になるじゃないか)
そうして調子を取り戻してきたころ、ようやく視野が広がった気がする。
昨日と違うところがないか辺りを見回すと、"不自然な男"を見つけた。
この国では見ない西の方の人種。辺りを見回す動作、時折確認する街の標識。
レオネシア人はしない仕草。
観光客ならそれでよいが、どうもそのような服装ではない。
レオネシア人になりきろうとしているように見える。
なんでもないならそれでよい。ただ個人的に男の顔は覚えておくことにした。
魔法と戦技の実技を終えて、夕方になったころ。
僕は一度先輩と家まで戻った後。制服のまま軍倉庫方面に向かう。
制服は身分証明代わり。当然、学生証のような身分証明書は存在するが、ここは日本ではない。
これがどこまで認識されるか分からない以上、制服の方がよいだろう。
できれば日が暮れるまでに探し当てたいところだ。
昨日、例の荷車がどこに行ったか聞き込みをし、かなり目立つイベントだったため、情報はすぐに集まった。
アレが運び込まれたのは、レオネシア城直下の巨大倉庫。
レオネシア城は一般でも立ち入ることができるが、地下倉庫は無理だった記憶がある。
変装することも考えたが、王国の管理も、そう甘いものでもない。
作業服を盗めば気づかれるし、何より現場監督の目はごまかせないだろう。
そこで、ある考えが浮かんだ。
城から階段で下るよりも、市場から直接向かったほうが怪しまれる可能性は低いだろう。
だが、そこまでに、朝見た男を再び見た。
(やはりアレを探しているのか? 衛兵に言っておいたほうがいいか?)
それなりに複雑で、かつ道幅広い地下道を進む。
天上も高く、まるで巨人の家に迷い込んだようだ。
こうも天井が高いのは、様々な資材を運搬するにあたって不便しないようにするためらしい。
すると、レオネシア国の紋章をあしらった倉庫入り口にたどり着く。
まるで怪物が口をあけて待ち構えているような威圧感だ。ただの倉庫なのに。
(魔窟か……)
すると、当たり前だが門番の衛兵に止められる。
「おい君。ここは一般の立ち入り禁止だ。引き返したまえ」
奥を見ると、そこにはアレが立っていた。
その視線に衛兵も気づいたのか、呆れたようにため息をつく。
「あぁ。君もあれを見に来た口か? わかっているだろうが入れないぞ」
僕は「そこを何とか……!」と粘る流れを作り、ある考えを試す。
「君。いい加減に――」
「アレ、機械人形ですよね。周辺国が実働を始めたから王国も掘り出したんですよね? 僕ならあれを動かせるかもしれません。胴体を調べましたか? 搭乗口があると思うんですよ」
ほかにも、前世の知識からそれっぽい出まかせを並べる。
すると、衛兵の二人は互いに顔を見合わせた。
「君。少しここで待っていなさい」
衛兵の一人が、倉庫内に小走りで入っていく。
僕は振り返ると、そこには例の男が居た。
何人も作業員が行き来する倉庫前の通路だが、その環境下で普通の服を着ていればかえって目立つ。
そして、こちらの視線に気づいてとっさに顔を伏せた反応がむしろ悪手だ。
「すみません。僕の後ろにいる男、わかります?」
兵士は、体を横に傾けて、僕の背後を確認した。
「ああ。居るな。彼がどうした」
彼がレオネシア人に見えないことと、挙動不審な点を伝える。
男に会話を聞かれている可能性があったので、はっきり「スパイかもしれない」と言うことは避けた。
だが、衛兵は僕の言いたいことを察してくれたらしい。
状況をそれとして受け取ったということは、やはりあの機械人形は王国にとって、特に軍事的な意味で重要と推測される。
(レオネシアも、なんとも分からない拾い物を使う気か?)
拾ったものを使えるからという理由で扱うのは危険だ。
マクロスもそうだっただろう。
というより、自分の心配をするべきだ。
嘘というのは、その場しのぎはできても確実に自分の首を絞めていく。
僕はあの機械人形を前世のゲーム知識だけで考えているが、いくらリアルに見えるゲームでも現実そのものというわけではないし、それを基準に現実を語るなどナンセンスだ。
所謂、現実とゲームの区別がついていないというやつか。
すると、先ほどの衛兵が戻ってくる。が、彼の前にはもう一人、黒い鎧を身に着けた眼帯の男が歩いてきた。
(ドーラ・グスタフ将軍か? 本物を見るのは初めてだが……)
竜を殺したことがあるらしいドーラ将軍だが、あの黒い鎧は、その血に染まったものだという曰くがある。
あまりに突飛な話であるので、誇張だと思っていたが。
対面した時の、この威圧感。確かに竜を殺したと言われても納得してしまいそうだ。
彼は彫刻のように立ち尽くすと、「それで?」と衛兵に尋ねた。
衛兵が先ほど僕が言ったな内容を話すと、ドーラ将軍は「面白い」とだけ言って、身を翻した。
衛兵曰くついてこいと言う意味だそうで、竦む足をとりあえず前に踏み出した。
衛兵の一人が、将軍とのすれ違いざまに、スパイらしき人物の件を話す。
意を決して怪物の口へ飛び込む。
そこには、真っ黒な外観の機械人形が直立していた。
陽光が魔法によって取り入れられる倉庫内だが、微妙な光加減が不気味な陰影を生み、怪物らしい雰囲気を醸し出す。
「やっぱり魔窟か……」
「どうした小僧」
ドーラ将軍からの言葉は一つ一つに重圧を感じる。
プライベートでは絶対に出会いたくない人物だ。
「いえ、なんでも。これ、触れても大丈夫ですか?」
「好きにするが良い」
頭頂高十メートル以上はあるだろう。
全体的に、ラピュタのロボット兵的な印象は全くない。
胴体は、腰に行くにつれてくびれが極端になっていき、胸部はスポーツカーのように突き出ている。
肩は先鋭的で尖っており、そこから垂れ下がっている腕はメカらしく機械的だが細長く、シルエット的には人間の腕に近いだろうか。手首から肘にかけて、ひれのようなパーツがついている。
脚部は意外に長く、全体的に一直線なデザインだが、これも胴や肩部と同じ先鋭的な意匠で統一されている。
ここまで見て、ファイブスター物語のモーターヘッドや、アーマードコア4などのネクストACに似ていると感じる。
知っているロボットでは、ホワイトグリントなどに特に似ている気がした。
しかしここからでは頭部が見えない。
僕は身体強化で機体を駆け上がり、頭部の方を確認する。
ホワイトグリントのようなアーマードコアの頭部デザインは、なんといえばよいか、横並びにある無数の複眼が特徴だ。
しかし、この機械人形には、はっきり「表情」という物が付けられている気がした。
突き出た額と頬から伝って顎を囲うようなパーツは兜のようであり、所謂「顔」に当たるへこみ部分には、人間そのものに見える二つの目が付けられている。
鼻や口のようなデザインはなく、マスクをつけているようだ。
「この顔どっかで見たことあるよな。ドットフェイサーか? ダンボール戦機も懐かしいなぁ」
すると、待ちかねたドーラ将軍から呼ばれる。
「小僧! どうだ!」
「もうしばしお待ちください!」
先ほど、衛兵の反応から、この機械人形がレオネシアの軍事において重要なものであると考察したが、しかしそうだとすると、なぜ僕のような一介の学生を倉庫に入れたのか。それはわからない。
話を目の前の機械人形に戻すが、この機体、おそらくガンダムのように胸部正面にコックピットハッチがない。
見つけられていないだけか、そもそも人が乗れるものではないと、前提を間違えている可能性はもちろんある。
(でも、この胸のサイズは確かにコックピットがありそうなんだよなぁ)
そうでなければ、首下をこれほど重装甲にする理由がない。トップヘビーは必然的にバランスの悪化に繋がる。
無論、エンジンを保護するためというのはあるだろうが。
「なら、リック・ディジェみたいなパターンかな?」
頭が後ろにスライドして、顎があった直下の位置にコックピット入口が見えるというパターンだ。
試しに、魔法で作った光源で首の下を照らす。
するとそこには、ハッチらしいつなぎ目というか、ロービジだが
踏切のバーとかにある、黄色と黒のアレをモノクロにしたような線だ。
F-35のようなステルス戦闘機に塗られている国籍マークのような色合いだ。
「当たりか? あの人たちに任せておいたら、首ごともぎ取ってしまいそうだ」
もしこれがコックピットハッチなら、外側から開けるための手段が存在するはずだ。
そこで僕は、人間大の目線でデザインされた部分を探すことにする。
ボタンにしろレバーにしろ、人間が触れてちょうどいいサイズの部分があれば、おそらく正解だと考えられる。
「人間が操作して、可動部に巻き込まれない位置は……。ここか?」
だが、それは思っていたものとは異なり、装甲に触れると勝手にこちらの手をスキャンし始めたのだ。
その後、予想通りというか、頭が丸ごと後ろにスライドし、その下にコックピット入口が現れた。
「ビンゴ。将軍!見つけました!」
将軍が上ってきたのを確認して、コックピットの位置を指さす。
上から見た印象は、狭い球体状の部屋の中に、一人が座れるチェアがポツンとあるだけだ。
僕のような人間は、これが現物として目の前にあるだけで興奮してしまうが、将軍を含め、この世界の人たちには奇妙に見えるようだ。
「これは……。なんだ? 生贄の祭壇か何かか?」
彼らには、巨人を動かすための生贄を乗せる台に見えるらしい。
いやむしろ、致命的な操縦システムが搭載されているとすれば、本当に生贄になってしまう可能性は十分あるのだ。
何度も言うが、拾い物を勝手に使うべきではない。
「動かせるかやってみます。この線までは頭が動くかもしれないので気を付けてください」
将軍は無言で頷く。
コックピットに降りてみると、そこは球体状の白い壁に囲まれた狭い空間であり、だが奇妙なことに、汚れ一つない。
「とてもきれいだ。新品じゃないか。コンディションで発掘されたのか?」
ひとまず、チェアに腰を下ろす。
尻下のクッションは良好だが、背もたれが使いづらい。
おそらくパイロットスーツと連結するための構造があるらしく、ちょうど真ん中に空いた凹みのせいで、体重を預けづらい。
そして両手に触れるのは、操縦レバーのようなもの。だが、ロックされているのか、まったく動く気配がない。
レバーの周りはバイクのハンドガードのようなものが取り付けられており、その裏側には様々なボタンが存在する。
だが、そのレバーのようなものを握りこんでいると。
エンジンのスタートアップなのか、ネコ科猛獣の甲高い鳴き声というか、F-22のエンジンスタートアップに似た音が鳴り響く。
その音に驚いた作業員たち。驚いて逃げ出す者まで出始める。
さらに、異変に気付いた衛兵たちも続々と集まってきたようだった。
そんな彼らは、将軍がなだめる。
「小僧! どうなっている!」
「巨人が起きたようです。もっとも、これは息をしているだけなので大丈夫ですよ」
多分。
表情のある見た目のせいか、将軍もこの機械人形が突然暴れださないか警戒しているようだった。
そして、コックピットの中では、チェアを取り囲む白い壁がモニターとして点灯し始め、周囲の映像を……。写さない。真っ暗になってしまった。
「あれ? 全天周囲モニターじゃないのか?」
すると、股の間からタブレット大のディスプレイがせり上がる。
そこには、黒い背景に白い文字だけが書かれていた。
だが、その白い文字には見覚えがあった。
懐かしさや郷愁というものが、前世の記憶という形で押し寄せる。
「これは? アルファベット? 英語じゃないか」
間違いなくそうだ。そうすると、機械人形とは地球の産物? ますます訳が分からなくなった。
いや、こんなことで驚いていられない。
落ち着くんだ。簡単な英文なら読める。
お世辞にもネイティブレベルとはいかないが、この程度なら問題ないはずだ。
それを読もうとしたとき、将軍から呼びかけられる。
「小僧。例の男が動いたようだぞ」
「ん。そうですか?」
文には『OSがどこにインストールされているか指定しろ』という旨の内容がある。
それを操作するには、まずA1ボタンを押す必要があるらしいのだが……。
「A1ってどれだよ。これか……?」
光源でボタンらしいボタンをすべて照らし、その中で小さく『A1』と刻印されたボタンを押してみる。
右手側レバーにあったものだ。
「どうだ。動くのか?」
「それはわかりませんが、動くようになるまでに、一歩近づいたって感じですかね」
すると、OSが起動する前段階のプログラムが立ち上がったようだ。
BIOSのようなものだろうか。
その後も、何がどうとか細かい設定をしろと言ってくるが訳が分からないので、自動設定なるものを押し続ける羽目になった。
「よし。これで……。まだ駄目か」
今度はシステムチェックと称して、ファイルデータか何かをチェックし始めた。おそらく整合性の確認のようなものだろう。
しかし、事が起きたのは、そのシステムチェックの最中だった。
突然の地響きによって、倉庫中に衝撃が来たのだ。
ここから立ち去るべきだろうか。しかし確かに、戦場の匂いが迫ってきていた。
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