第1話・後編 早すぎる埋葬 新たな人生
教室に入ると、そこは大学の講義室のような構造を取っており、一番前の巨大な黒板から、教室の奥に行くにつれて床が高くなっていく。
その席にはすでに何人かの新高等部生が座って友達と談笑している。
席に指定もなく。僕は適当なところへ座る。
僕には彼らのような友達はいない。
いや、誰とでも話すし、所謂「ペアを組め」と言われたらあぶれることはない。
ただ彼らとは感性が違えることがあり、友達と言えるほど親密になれた人間はいないのだ。
つまりぼっちというわけでは……。いや、この訂正は否定しよう。僕はぼっちに違いないだろう。
で、今日は授業というソレではなく、授業内容の説明などが大半を占めた。
特有の、昼までには帰れるヤツだ。
だが前世の学校とは違い、今の僕は毎日の授業を楽しみにしている。
今日は今後の授業内容と年間スケジュールの説明だけだったが、個人的に学校内を見て回ることにした。
初~中等部までとは使える設備が異なり、特に剣技の修練場が見たかった。
教室を出て北方面の通路へ向かい、高等部の教室がある四階から連絡橋を歩いて別棟に移動し、そこからさらに北にあるのが修練場。
今日は授業がないにも関わらず、修練場からは賑やかな声が聞こえる。おそらく先輩たちだ。
修練場に踏み入ると、そこでは中央のグラウンドを囲って大勢の先輩方が模擬試合を観戦しているようだった。
模擬剣を構えて男子と対面するもう一人。
濃紺にも見える長い黒髪をポニーテールにしてまとめており、決して足を止めない速剣で攻め手を欠かない。
舞うように剣を振るうと、それに合わせてなびく髪に思わず見とれていた。
『アルベリア・フレスベルグ』
それが、あの美しい先輩の名だ。
二人の模擬試合が終わった後、アルベリア先輩は「次は?」と声を張り上げたため、思わず、僕が、と右手を挙げてしまった。
「あら? 一年生ね?」
女性であるが体格はそれなりに立派で、そのライトブルーの鋭い目つきと真剣な表情が、彼女を武一辺倒の女傑のように思わせる。
修練場の階段を上がろうとすると、先輩の一人から呼び止められる。
「一年生。武器はどうする」
彼の後ろには様々なサイズの片手剣から、槍、斧、槌に至るまで、様々な模造武具が立てかけられていた。
「ロングソードを。二本ください」
「おっ、新一年は二刀流か?」
投げ渡された二本のロングソード。一方は右手に握り、もう一方は腰に差す。
「そう、思うでしょう?」
「ほう? 期待して見てるよ」
砂が敷き詰められた修練場。観客席、正確にはそうでないが、そこからごく短い階段を上って中央に佇むアルベリア先輩と対面する。
思わず彼女の挑戦者となったわけだが、実を言うと模擬でも剣を握って刃を交えたことは一度もない。
つまり完全な行き当たりばったりである。
「あなた。一年生というけれど、剣で戦ったことは?」
「ありません。これが初めてです」
先輩方は誰も笑わない。むしろ皆、そのくらいの気概を持ってもらわねば、という表情でこちらを見守る。少し怖いぐらいだ。
「ユリウス・ヴェルナー。魔法剣士科です。よろしくお願いします」
「アルベリア・フレスベルグ。同じく魔法剣士科二年よ。よろしくね」
「はじめっ!」という掛け声と同時に、アルベリア先輩は『身体強化魔法』を用いて一気に詰めてくる。
なろう異世界ファンタジーでありがちな身体強化魔法がリアルに使われると、返って現実感が沸かない。
そう、僕自身、自分で作った身体強化魔法の式を彫り込んだガントレットを左腕に装備している。
作ったといっても、自分の体に最適なレベルで調整したもの。という意味だ。
魔法自体、よくわからないが使えるのでヨシ!というスタンスで普及している。
身体強化にも様々な効能が存在し、例えば感覚を強化して動体視力を極限まで高めたり、単に身体能力を向上させたり。
だが、すさまじい性能を発揮する体を操るには神経系も強化する必要がある。
つまり、戦闘で使えるレベルにするには、結局全体を強化して、それを維持できる魔力量が必要らしい。
最先端の魔法学でもほとんど解明されていないことが多く、説明しようとすると、そこからは僕の拙い考察になるだろう。
戻ってアルベリア先輩だが、逆に攻めの姿勢を潰してはどうだろうか。
当然彼女も防戦にならないように立ち回るわけだが、攻撃スタイルであるということは、防御が苦手な可能性がある。
(ユリウス・ヴェルナーといったわね……。二本目は帯刀したままだけど、あれは何かしら……)
ということで、剣が当たっても死なないことを良いことに、僕は先輩がしっかり踏み込む前に力押しで剣を振った。
するとバランスを崩しそうになる彼女はとっさに防御の構えに移ろうとする。
僕は先輩が態勢を整える前に、彼女が先ほど行っていた猛攻を見よう見まねで再現する。
(即興のようだけど、速い!)
一通り攻撃を続ける。
しかしこのままでは埒が明かない。むしろ先輩の速度を上回るために無理をしているので、早々に魔力切れを起こすだろう。
それは彼女にも気づかれているようで、あからさまに防戦を取るようになった。
だが、こちらの攻撃を裁くのに余裕があるわけではない。
そのことは、彼女の目線が、僕の剣に集中していて一切離れないことからも察することができる。
僕が先輩相手に行ってきたことは、常に思い付きだ。
つまりこれからのことも、特に実証はない。
僕は右手の剣を、振りかぶったと同時に投げ捨てる。
先輩は脅威となる剣を注目し続ける。
だからこそ、次の一手への対応が一瞬遅れるのだ。
満を持して二本目の剣を握る。
まだ引き抜かない。
そして、まるで居合切りのような姿勢を取った。
(何か来る! いや、これも見せかけ!?)
警戒して飛びのくアルベリア先輩。
人間は翼や、まして推進装置など持たない。
つまり、強化した脚力で飛びあがると、その間ただ落下するしかなく、大きな隙をさらす。
これは、冷静に考えれば当たり前のことであり、ゆえに、人の身で飛ぶという動作は慎まれるべきである。
僕は、見せかけの姿勢のまま、飛びのく先輩にさらに肉薄する。
そうしてありったけの魔力を強化に注ぎ込み、ただ剣を振り回した。
剣の切っ先は優に音速を超え、ソニックブームの衝撃波が周囲を吹き飛ばした。
やりたかったのは、正確にはこれじゃない……。
高速で剣を振り回して、自分の周囲を剣圧が走るアレがやりたかったのだ。
刀身は断熱圧縮熱で焼失してしまう。
想像よりはるかに高い威力と、なにより爆音。
模擬試合を見ていた先輩たちは、柵を乗り越えてこちらに駆け寄る。
「お、おい……。ダイジョブかよ一年。おい。先生を呼んできてくれ」
「いや、僕はいいですから、アルベリア先輩のほうを…… うッ……!」
遅れてやってきた痛みで、右手が軽い火傷を負っていると気づく。
右袖は魔防耐によって焼失だけは避けられたらしい。
「私の方こそ大丈夫よ。ヴェルナー君。無茶なことはしちゃだめでしょう? 何より自分が危険なんだから……」
アルベリア先輩は、もっと厳しい人だと第一印象で思い込んでいたが、思いのほか柔らかい口調で話してくれる。
その雰囲気は、なんと言えばいいか。母性と現すのが端的である。
「ヴェルナー君。家まで付き添うわ。家はどこ?」
「いや、一人で大丈夫で—」
すると先輩は、その顔をこちらへぐっと近づける。
今まで意識していなかったが、先輩の胸部装甲はかなりの重厚感があり、体にあたって初めて意識してしまった。
「駄目よ。あなた、さっきの技にだいぶ魔力をつぎ込んだでしょう? その状態で歩いていたら、いつか倒れるわよ?」
その状況からいち早く抜け出したくて、不可抗力的に「お願いします」と言ってしまうのだった。
***
「家はこっちです」
先輩に支えられて、散々歩いた帰路を行く。
必要ないと言っても、アルベリア先輩は僕の腕をつかんで離さない。
右手の火傷は応急処置がなされ、魔法と一緒に編み込まれた包帯がまかれている。
「あら? こっちは私の帰り道と同じね。家が近いのかしら」
「フレスベルグ……。あ。あの大きなお屋敷の?」
毎回、家を出るたびに目に入る巨大な屋敷。
どうやらそれが先輩宅であるようで、ずっと近くにいたのだと、奇妙なめぐりあいを感じた。
先輩に付き添われて周囲の目を気にしながら城下街の大通りを歩いていたところ。
「ほら! どいたどいた!」
「すまんが道をあけてくれ!」
野太い男たちの張り上げる声が聞こえる。
すると、正面の人ごみをかき分けて、かなり巨大な荷車が何かを載せて坂を上がってくる。
体は小さいが、かなりの筋肉があり、それでいて立派な髭を蓄えた男たちはドワーフ族。
ドワーフたちは皆、オーバーオールに金づちなどの道具を差していて、ジャラジャラと工具の音が鳴る。
「まったく、何かしら。あんなに大きなものをレオネシアに入れようだなんて……」
前から後ろまで、ざっと十メートル以上はあろう巨大な荷車。
大量の構造維持魔法が施されているようで、荷車に刻まれた模様はずっと光っている。
だが、その荷車が載せている「荷物」。
緑色のシートがかけられていて詳細は分からない。
少々鋭利に見えるが、布団をかぶっている人間のようなシルエットが浮かんでいる。
去年の、まだ雪が降っていた頃。
傭兵から聞いた話を、ふいに思い出す。
「機械、人形……?」
荷車は、灰色の四足の草食恐竜のような、前世でいう牛のようにメジャーな動物、グラーサを使って牽引している。
しかしその数は十頭はいるだろうか。
異様な光景に、通りの活気は静まり返り、どよめきばかりが聞こえてくる。
馬鹿な商人が無理をしているのではない。レオネシアの憲兵が荷車を警護、誘導している様を見れば、むしろ王国がそうさせたと推察できる。
荷車がある程度進み、その最後部がようやく見える。
そこには、シートの端を持ち上げて見える何かの黒い物体。
(あれは足裏だ……。そう、ロボットの足裏だ。間違いなく……。行く先は、軍倉庫か?)
その瞬間、右手の痛みは吹っ飛び、魔力切れの倦怠感も忘れる。
今、僕の思考は「あれを追わなければ」というものに染まっていた。
とはいえ、やはり一人で歩けるものでもなく、今はアルベリア先輩に支えられて家に帰る他なかった。
***
その日の夜。
レオネシアより少し離れたところにある平原に、青い炎を噴き出して、爆音とともに地表を高速で移動する三つのソレがあった。
三体のソレは、色は違えどほどんど同じ形状をしており、どれも、新品のようにきれいだった。
ソレは確かに人型の体をなしている。
だが、プロポーションは人間とは程遠い。
極端に例えて、スポーツカーのように前後へ突き出た胴体。
表情などない、無機質で小さな頭。
胴の両脇から伸びる細い腕。腕の先には人間と同じく五本指の手がある。手には突撃銃型の武器がその右手に握られており、左腕には盾のようなもの。
だが、武器と思われる物はまばらである。
そして、その上半身を支える骨太な脚。
色や細部の形状を除き、その要素までは共通していた。
≪目標は、間違いなくレオネシアに?≫
≪ああ。斥候の情報と、荷車の痕跡を合算した。それに『
― エネルギー 残り30パーセント ―
三体はある程度移動すると、先頭を行く一体が他を止めた。
≪ここからはレオネシア軍の警邏巡回領域だ。ブーストモードをオフ。歩行で近づくぞ≫
― システム スキャンモード ―
会話に、”不明な言語”による巨人の機械音声が度々混じる。
それと同時に、無機質な頭部が少しばかり形を変えた。
十メートルはある三体の鉄の巨人は、先ほどとは打って変わって、ノソノソと歩き始める。
そして、それぞれ手に持つ武器を確認するかのような動きを見せた。
≪警邏とバッタリしたら、どうする≫
≪踏みつぶせ。ただしその場合、プランBに移行する≫
≪了解。周辺索敵≫
三体の巨人は、重厚な足音だけを鈍く響かせて、夜の闇へ潜るように消えていった。
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