第39話英雄の誕生
このエリアボス討伐における指揮官であるベリトが、たった今瀕死の重傷を負った。他にも、およそ20人ほどにも及ぶ魔術師や僧侶の人たちが殺された。まさに絶対絶命。
ピンチだ。この状況をピンチと呼ばずして、なんと呼ぶ? 誰もが焦燥し、混乱している。僕の近くでは、ベリトが倒れた際の副指揮官として任命されたローズデッドが、大声で退避するよう指示を出している。
だけども、誰も彼女の言葉に耳を傾けない。傾ける余裕がないのだ。あぁ、まずい、このままじゃ全滅だ。指揮系統が崩壊した今、協力してモンスターに立ち向かうことが出来ないためだ。
こんな状態であれを倒せって、そりゃ、無理な話だ。冷静になってもう一度場を整えないと、有効にダメージを与えることすら叶わないだろう。ダメだ、死んじゃう。みんな殺されるんだ。
だというのに、どうして僕の心はこんなにも高揚しているのだろうか。心臓の音がうるさい。周りの喧騒が煩わしい。
極限状態の最中、誰もが絶望し、混乱しているなか、僕だけは1人、興奮していた。端的に言えば、ワクワクしているということ。この状況こそが、まさしく僕の望んでいたものなのかもしれない。
今回の戦いはベリトが指揮をとり、100人が一致団結して安全に戦うというもの。だから僕もそれに則り、勝手な行動は慎んでいた。だけど指揮官のベリトは気を失い、戦える状態じゃない。
他の冒険者も多くの仲間が死んだことにより、混乱している。なら、もう自分勝手に戦っていいはず。
ふぅ————。肺から全ての空気を排出すると、思いっきり吸い込み脳みそをクリアにさせる。それから。
「《狂喜乱舞》」
スキルを発動させる。僕が小声でスキルを発動させると、近くにいたローズデッドが。
「お前、何をするつもりだ」
なんて問いかけをしてくるものだから、その問いには答えず1度剣を鞘に収め腰を落とすと。
「ローズデッドさん、もし僕が死んだら、愛花ちゃんに『ごめん』って伝えといてください」
遺言じみた言葉を残し、思いっきり地面を蹴り上げモンスターの顔面に飛び込んだ。狂喜乱舞や、愛花ちゃんからもらったバフの恩恵で、今の僕は常人ならざる動きが出来る。
ひとっ飛びでモンスターの顔面に着地すると同時、鞘から抜いた剣をジャイアントの頰にぶっ刺し、よろめかせる。
だけども、致命傷にはまだ程遠い。剣を抜くと同時に後方にバク転をしながら下がると、すぐにまた、今度は胸元めがけて地面を蹴り上げ突っ込む。
地面を抉り、ものすごい速度で心臓を突き刺す。さらに刺さった剣にぶら下がると、剣は一直線で真下に下がり、モンスターの皮膚を切り裂く。ブシャアアと血しぶきが吹き出し、僕の全身を血で濡らす。
だいぶ痛かったのか、またも叫び声をあげたモンスターは、眼下にいる僕めがけて持っていたナタを振り下ろす。だけども遅い! 振り上げから振り下ろしまで、時間が掛かりすぎだ。
すぐに腰を落とし右方向へダッシュすると、攻撃を躱す。トタタタと素早く足を動かし右へ走り去ると、円を描くように進行方向をモンスターに向け、ナタから奴の腕に飛び乗ってやる。
そしてナタを支えている親指の付け根に剣を差し込むと、
またも血しぶきをあげ、悲痛の叫びをあげるモンスター。この圧倒的強者を追い詰めている感じが、僕にたまらない高揚感を与えてくれる。
あぁ、いい響きだ。モンスターの叫び声が、僕の耳にはさながら歌姫の美声に聞こえる。もっと聞かせてほしい。もっと楽しませてほしい。
口角が無意識に上がってしまう。でも仕方がない。こんなにも楽しいのだから。モンスターを楽しみながら痛ぶっていると、次はナタを振り払うようにして攻撃してきた。ジャンプで躱すにしても、溜める時間がない。
ならッ! こちらも敵の攻撃に合わせて剣を振るうと、僕の剣と敵のナタが衝突し、火花を散らす。なんて重い一撃だ。愛花ちゃんのバフと、狂喜乱舞による身体強化を受けているのに互角とは。
腰を落とし、前傾姿勢で剣を押す。全身から汗を吹き出し、額に青筋を立てながら押し返そうとするが、流石にきつい。徐々に僕の体が押され始めた。ズズ、ズズと少しずづ押されながら打開策を考えるが、特に浮かばない。
なら、このまま踏ん張るしかない。力でしか解決できないのなら、力で解決するしかない。物事の本質というのは、複雑なものでも紐解けば単純なものだ。
より一層全身の筋肉全てを使い押し返そうと試みる。だけども、そのせいで視野が狭まってしまい、敵の蹴り上げ攻撃に気づくことができなかった。僕が敵のナタと押し合いをしている最中、モンスターは持っていたナタを突然振り上げたのだ。
全力を加えていたのにいきなり力の行き場を失った僕は、そのまま倒れるように体制を崩す。かと思えば、地面に倒れこむことなく、襲いかかってきた敵の蹴り上げ攻撃をまともにくらい、壁に張り付いた。
ものすごい衝撃。痛みを通り越して、何も感じない。そういえば、聖なる盾の効果時間は過ぎてたっけ。あれ、意外と使い勝手悪いんだよな。1人にしか掛けられないし。僕はいいけど、愛花ちゃんに万が一のことがあったら守れないじゃないか。
僕? 僕は平気だよ。自慢じゃないけど、この世界ではかなり強い部類に入るから。ベリトや愛花ちゃんは最強とか大袈裟に言ってるけど、流石にどこかしらには僕以上に強い人がいると思う。
そういえばベリト、まだ生きてるかな。愛花ちゃんはまあ、あんな攻撃を躱せないはずないし、生きてると思うけど。あー、ここでもし僕が死んだら、愛花ちゃんは悲しんでくれるかな。悲しんでほしいな。
こんな状況下だというのに、僕の脳内にはいまだに焦りや不安などの感情は浮かばない。むしろ全く逆の感情が、僕の心中を支配している。
本当に、つくづく楽しませてくれる世界だ。やっぱり生物とはこうでなくちゃいけないんだ。死が間近にあるからこそ、生を実感することができる。死のない世界なんて、死んでいるのと何ら変わらない。
この世界こそが、正しい世界なのだ!
四肢の欠損や骨折の概念がないこの世界では、怪我をしたことによる身体機能の低下はない。極論、どんなに攻撃を受けようとも、我慢さえすれば動き回ることが可能なのだ。
壁に張り付いた状態で壁を思いっきり蹴り上げると、そのままモンスターの顔面に飛びつき、目ん玉を抉る。痛快だ。僕たちをこんな目に合わせた奴が、今は無様に叫んでいるのだから。
それから何度も攻撃した。瀕死の重傷を愛花ちゃんがすぐに直してくれたため、躊躇せず敵の懐に飛び込むことができた。
爪先から頭上まで、
「はぁ……はぁ……。た、倒した……?」
度重なる痛みや疲労によって、目の前で起こっている事象を正しく認識できない。死んだのか、こいつは?
ぼーとした頭で考えていると、周りから歓声が聞こえてきた。きっとおそらく、僕に向けられたものだろう。目立つのはあまり好きではないのだが、悪くない気分だ。
勝利の余韻に浸ろうと顔を上げようとするが、体がフラついた。よろめく体を剣で支えていると、突然。
「彼方」
名前を呼ばれ、顔をあげる。すると、愛花ちゃんが安堵したような表情で立っており、僕に近づくと。
「かっこよかったよ」
そんな、涙が出るほど嬉しい言葉を掛けてくれた。あぁ、勝ったのか。ハッキリと理解すると、戦勝を記念して、腕を天高く掲げてみる。するとまた、先ほどよりも大きな歓声が宮殿に響き渡った。
エデンワールド〜退屈を紛らわせるために戦っていたら、勝手に英雄視されていた件〜 ラリックマ @nabemu
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