第38話勝機

「それじゃあ簡単に作戦を説明する。みんなも彼方の戦闘を見て気づいたと思うけど、あの巨大なモンスターはアキレス腱を何度も攻撃してやると転んで地面に倒れこむ。きっとそれが、このボスの攻略法なんだ! 

 だからまずは僕たち騎士が囮になるから、その隙に戦士は敵の足元に潜り込み、アキレス腱を攻撃してほしい。魔術師は敵へのデバフを掛けた後、視界を遮るよう顔面に攻撃魔法を放ち、僧侶は味方へのバフや、傷ついたパーティーメンバーの治療をお願い。それじゃあ行くぞ!」


 ガッとベリトが腕を天高く掲げると、他の冒険者も勝てると確信したのか、不安を押し殺すように「うおおおおお」と荒々しくも勇ましい雄叫びをあげる。


「さて、それじゃあ作戦通り、まず騎士の冒険者は僕に続いてデコイスキルを発動させてくれ」


 ベリトに指示を出された騎士の冒険者たちは、彼に続くようモンスターの方へ突撃すると、デコイスキル、それから各々使える自身を守るスキルを発動させる。


「《重力増加》!」


「《プロテクションバリア/保護障壁》!」


 スキルを発動させモンスターの眼下に並ぶ騎士一同は、腰を落とし、装備していた盾を目の前に構える。盾を構え攻撃に備えていると、モンスターはベリトたちに向かって持っていたナタをなぎ払うように振るってきた。


 一撃で全員仕留めようと振るったであろうその攻撃は、スキルで己を強化したベリトたち一行には全く無意味なものであり、ガキイイインと一際大きな音を立てると、ベリトたちは無傷で敵の攻撃を防いだ。


「さあ、今のうちだ!」


 顔だけを後ろに向けて指示を出すと、戦士たちは素早い動きで敵の足元に潜り込み、アキレス腱を何度も攻撃する。数も先ほどより多いため、今度は数秒足らずで地面に倒れこむモンスター。その隙をつくと、ベリトが指示を飛ばすよりも早く、戦士たちはジャイアントの上半身に飛び乗り、攻撃を開始する。


 胸元から腹。腕に顔面と、切れる部位をことごとく斬りつけると、モンスターは膨大な量の血液を上半身から吹き出させながら、己の体に乗っかっている小賢しい冒険者をふるい落とすように、ブルンと体を震わせる。


 その衝撃により、幾人かの冒険者は地面に落とされるが、まだまだ多くの者がジャイアントの上に乗り、攻撃を仕掛けている。彼方があれだけ攻撃を加えたのにほとんど削れなかった敵の体力も、すでに3割ほど削れている。


 勝てる、勝てるぞ! ベリトが歓喜に打ち震えていると、ジャイアントは上半身を起こし、立ち上がる。またさっきの繰り返しだ。だが、これを続けさせてくれれば、誰1人失わずに勝利することが出来る。


 犠牲者を出すことなくこの戦いに勝てれば、人類はまた大きく前進することが出来るんだ! 頼むからこのまま終わってくれ。そんな希望を抱くベリトだが、この世界がそんなに甘くないことを彼は知っている。


 このまま行けば勝てる。そう期待して、何度死にかけたことか……。素直に喜べない現状だが、何も起こらないことを祈りつつ、ベリトは先ほどと同様にヘイトを自分たちに向ける。


 モンスターはグオオオオオと宮殿内にうるさく響き渡るぐらいの声量で叫ぶと、今度は持っているナタを頭上にあげ、振り下ろす。


「避けろ!」


 流石にあれを受けきるのは不可能だと判断したベリトは、咄嗟にそんな指示を出す。指示を出された他の騎士たちは、瞬時にギリギリのところで攻撃を躱す。だが、攻撃がこの一振りで終わるはずもなく、モンスターはドカンドカンと何度も何度もナタを目下にいる騎士たちに振り下ろす。


 流石に振り下ろされる攻撃全てを躱すことは難しく、幾人かの騎士は傷を負ってしまう。だが、致命傷には届かないほどのダメージだ。すぐに仲間の僧侶による回復を受けると、HPは全回復する。


 そしてモンスターが騎士たちに気を取られている間に、戦士たちはまたも同じように敵のアキレス腱を斬りつけ、転ばそうとする。そしてまたも同じように転び、戦士たちから上半身を斬りつけられるモンスター。

 

 順調だ。敵のHPも今ので半分を下回ったし、今のところ負ける要素はどこにもない。だというのに、ベリトはより一層注意深く敵を観察し、状況把握に努める。


 この世界のモンスターはゲームのように単純じゃない。決まった行動パターンもなければ、敵の行動を学習し、冒険者の嫌がる行動をとるようになる。


 この世界のモンスターが真に恐ろしいのは、並外れたステータスの高さではなく、優れた学習能力であることをベリトは理解していた。そのために、ここからが本番であるということも……。


「みんな気をつけろ! ここからが本番だ、気を引き締めていけ!」


 ベリトが仲間を注意すると同時に鼓舞すると、冒険者一同は体に力を入れ、敵の行動を注視する。そして案の定というべきか、立ち上がったモンスターはベリトたち騎士の方には攻撃を加えず、足元をうろつく厄介な戦士に攻撃の矛先を向けた。


 騎士が初めから持ち合わせているヘイトのスキルは、必ず敵の行動を自分に仕向けるというものではない。仕向けやすくするというだけだ。さらには時間経過で効果は薄まる。


 そのため、ジャイアントは騎士に攻撃を仕掛けず、足元の戦士を踏み潰すように何度も地団駄を踏む。この巨体では、足をバタバタと踏み荒らされるだけで厄介だ。


「戦士は一度下がれ! もう一度僕たちがヘイトを稼げるまでしばらく待機だ」


 ベリトが指示を出すと、戦士はすぐにモンスターの足元から距離をとるように散らばる。


 さて、距離をとったがどうしたものか。ヘイトをもう一度稼ぐと言ったが、稼げる保証はどこにもない。最悪、ターゲットが分散してしまったせいで、後方の魔術師や僧侶にも攻撃の矛先が向いてしまうかもしれない。


 最悪のパターンを想定しつつも、ベリトたちは後方の支援組を守るように立ちふさがる。だが、いくら小さき人間が何人立ちはだかったところで、巨大なモンスターの前には無意味に等しい。


 ジャイアントはその巨体を前に進めると、騎士の奥にいる魔術師や僧侶に目を向ける。そしてググッと膝を曲げると、思いっきり飛び上がった。ブンッという大きな音とともに巨体が宙を浮かび、ベリトたちの頭上を影で覆い尽くすと、僧侶や魔術師を踏み潰した。


 まるで人間がアリを踏みつけるかのごとく、何の躊躇も躊躇いもなく、プチっと潰したのだ。


「……は? う、嘘だろ?」

 

 目の前で起こったことが理解できないベリトは、呟くように現実を否定する。だが、ジャイアントの足元から流れ出る大量の血液によって、目の前の攻撃が現実であることを認識する。


 キャアアアアと悲鳴をあげる冒険者たちは、慌てて逃げ惑う。がしかし、慌てて逃げたところで、逃げ場などどこにもない。ジャイアントが拳を振り上げ、近くにいる冒険者に振り下ろすと、またも非力な人間が潰れた。


 これはもう戦いなどと呼べる代物ではない。一方的な虐殺だ。最初っから無理な話なんだ。こんな化け物を相手に、抗えるわけがなかったんだ。ベリトは深く絶望する。だが、諦めるわけにはいかない。


 死んでしまった冒険者たちのためにも、ここで負けるわけにはいかないのだから。冷静に状況を観察し、すぐに指示を飛ばそうとする。だが、目の前で今にも潰されそうになっているパーティーメンバーであるマーシャの姿を見た瞬間、体が勝手に動いていた。


 ジャイアントが逃げようとするマーシャを叩き潰そうと腕を振り上げ、振り下ろそうとするその刹那。ベリトはマーシャの体を突き飛ばし、代わりに潰された。だが、幸いにも騎士職であるベリトは僧侶や魔術師に比べて耐久性に優れていたため、一撃で屠られることはなかった。


 だけども、致命傷なことに変わりはない。口からは血反吐を吐き、HPバーは瀕死の赤ラインを指している。


「ベリト!」


 庇われたマーシャは彼の名前を呼び、すぐさま回復呪文を唱えようとする。だがしかし、またも彼らの頭上を大きな影が覆う。


 もう、ダメだ……。瀕死のベリトは、薄っすらと目を開けながら、自らの死期を悟る。それから最後、どうしてか勢いよく倒れ込んだモンスターの姿を確認した後に、気を失い倒れてしまった。



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