第37話エリアボス

 翌日のこと。昼の12時ちょうど、昨日と同じ冒険者ギルドの会議室に、総勢100名のエリアボス討伐に参加する冒険者が集う。


「よし、全員集まったみたいだし、準備はいいね。それじゃあ気を引き締めて、ボス討伐に向かうよ!」


 冒険者ギルドのギルド長けん、今回のエリアボス討伐の指揮官であるベリトが拳を空高くあげ冒険者を鼓舞すると、一同は心が繋がったように「おおお!」と雄叫びをあげる。


「じゃあ早速ボス前の扉まで転移するよ」


 ベリトがそう言うと、メニューウィンドウからマップを開き、ボス部屋であろう巨大な大扉へとワープする。そして、その後を続くように、次々と冒険者たちが会議室から姿を消し、ボス部屋の前に転移して行く。


 シュンシュンと音を立てながら消えていき、ついに全員が会議室から姿を消すと、ベリトは持っていたボス部屋を開くのに必要な鍵をオブジェクト化させ、巨大な大扉に似つかわしくない小さな鍵穴へ、鍵を挿し込んでいく。


 1つ、また1つと鍵を挿して行く度に、ベリトの手汗が滲む。絶対に負けてはいけない戦い。ここで負ければ、人類は一生このモンスターが跋扈ばっこする世界に閉じ込められてしまう。

 

 不安な気持ちを拭うことはできないが、ここでリーダーのベリトが弱音を吐けば士気に関わることを理解しているため、彼は気丈に振る舞い、絶対に勝てると仲間を鼓舞する。


 最後の鍵穴を埋めると、巨大な大扉は自動で内側に向かって開き、眩い光を放つ。外からでは中の様子を見ることは出来ない。ただただ神々しい光が放たれるのみである。


 つまりは事前情報を得ることは不可能。ちょっとだけ期待していたが、ここまできても得られる情報はなかったか……。リーダーとして、そしてこの人類の代表として、ベリトはここまでやれるだけのことはやってきた。


 負けるはずがない。もう一度強く己に言い聞かせると、扉の中へと足を踏み入れる。眩しく、目を開けるのが困難な光の中に飛び入ると、そこは大きな宮殿のような内装をしていた。


 豪華絢爛。煌びやかで、大理石の地面が上に照らされたシャンデリアの光で輝いている。だが、そんなものよりも真っ先にベリトたち冒険者一行の視界に映ったのは、全長10メートルはあろう巨大な体躯をした、モンスターだった。


 片手には体の半分ほどもあろう巨大なナタのような武器を装備しており、上半身は裸、下半身は腰に革製の布を巻いた、原始人のような格好をしている。


 モンスターの頭上には《Lv10ジャイアント》と書かれていた。ジャイアント。まさしく名前の通りのデカブツだ。その場にいた全員は見たこともない巨躯に気圧され、一歩下がる。


 いや、若干2名を除いて……。


「《ダブルアタックアップ/二重攻撃力増加》《ダブルスピードアップ/二重俊敏性上昇》《ダブルディフェンスアップ/二重防御力増加》《ダブルスタミンアップ/二重体力増加》《聖なる盾》」


 モンスターの大きさに慌てている冒険者の中、そんな支援魔法をかける声が宮殿に響き渡る。かと思えば、冒険者たちの間を縫うようにして、1人の青年がモンスターに向かって勇敢に突撃した。


 ベリトはそんな2人の冒険者に、敬意と尊敬の念を抱く。やはりあの2人だけは格別だ。ベリトが出会ってきた冒険者の中でも、あの2人は別格で優秀だ。そんな期待の眼差しを彼方に向けると、ベリトは彼方の心配などせず、自分のやるべき仕事をする。


 ここで言うベリトの仕事とは、彼方とジャイアントの戦いから敵の行動パターンを読み取り、どう対処するか作戦を考えること。その間彼方には1人で戦ってもらうことになるのだが、彼方なら大丈夫と、ベリトは彼の腕を高く買っているため不安視はしない。


 彼方が腰に下がっている鞘から漆黒の剣を抜くと、思いっきり足元に潜り込み、斬りつける。だが、あまり大したダメージにはならない。ジャイアントの足は分厚い皮膚で覆われており、彼方の攻撃力を持ってしても大したダメージにはならなかったのだ。


 実際に彼方が剣で切った部分は、ちょろっと血が滲み出るだけ。彼方でこれなら、他の冒険者ならきっと皮膚に傷をつけることすら叶わないだろう。


 まずいな……。ベリトは焦り、脳を回転させる。足がダメなら、上半身か? だが、あの巨体であるジャイアントの上半身に、どうやって攻撃しろと言うんだ。近接武器では届かないため、必然的に魔法に頼ることになると思うが……。


 ベリトは今ここにいる冒険者の職業の数を思い出す。


 騎士28。戦士18。魔術師22。僧侶32。それが今いる冒険者の数だ。だいぶ人数に偏りが出ている。


 と言うのも、やはり大多数の人間が生き残ることを優先する編成にするため、攻撃職である戦士や魔術師というのは他よりも数が少ないのだ。


 騎士2、僧侶2なんて編成も珍しくない。幸い、あの相手では一番少ない戦士があまり有効にはならなそうだからよかったけど……。彼方でさえ大したダメージを与えられないのであれば、他の戦士も期待は持てないだろう。


 なので戦士以外のアタッカー職である魔術師に攻撃役を任せたいところだが、22か。人数に不安が残るところだ。100人で挑めるという情報しかなかったため、比較的バランスの良い人数で構成したのだが、こうなることなら魔術師をもっと連れて来るべきであった。


 本当に、今からでも昨日に戻って作戦を練り直したい。ベリトは敵の前情報が何もなかったことを強く恨むが、今更遅い。今ある戦力でどうにかしなくてはいけないのだ。もう少し、何か攻略の糸口が掴めないものか。ベリトは心の中で彼方に謝罪をすると、彼の戦いを見守る。


 そんな期待の眼差しを向けられている彼方は、ジャイアントの巨大な足元を何度も攻撃する。左足の付け根であったり。親指から小指までを斬ってみたり、色々な攻撃を試す。


 その度にジャイアントは、足元を彷徨うろつくネズミを踏み潰すように、何度も足をあげ、彼方に向かって振り下ろす。その間、手に持っている武器を使うことはなく、ただひたすら、地団駄を踏むように何度も地面を踏み潰すのだ。


 だが、そんな大技に当たる彼方ではないことを、ベリトは知っている。敵が足を上げれば退避するし、彼の頭上が大きな影で覆われれば、影のない部分へすぐさま回避する。大きなダメージを与えることはできないが、彼方もダメージを受けることはない。


 このままの調子でいけば、確実に勝てるだろう。だが、この世界がそんなに甘くないことを、ベリトは身を以て知っていた。


 この現状がいつまでも続くとは思えない。だが、ベリトは未だに彼方へ撤退の指示を出せずにいた。まだ攻略の糸口が見えていないからだ。


 このまま彼方が1人でモンスターを倒してくれればいいんだけど、そう上手くはいかないだろう。どうしたらいい? ベリトは彼方とジャイアントの戦いを凝視し、思考をこれでもかと加速させるが、安全にあの化け物を倒す策は思いつけないでいた。


 彼方は簡単にジャイアントの足踏み攻撃を躱しているが、並の冒険者ではあれを躱すのは不可能だろう。かと言って、遠距離魔法攻撃に頼るにはMPが足りなすぎる。ここにいる魔術師22名では、あのモンスターの体力を全て削りきる前に、MPが枯渇してしまうだろう。


 そうなればジリ貧だ。魔法攻撃以外の攻撃手段を見つけなければ、ベリトたち一行は最悪全滅する。そのことを誰よりも早く理解したからこそ、ベリトは彼方の戦いから絶対にヒントを得なくてはいけないのだ。


 彼方の体力も無尽蔵じゃない。この状況がそう長く続くとも思えない。そう思い、ベリトが彼方を不安視し始めた頃、彼方が動きを突然変えた。今まではただ闇雲にジャイアントの足元を攻撃するのみだったのだが、今度は敵の右アキレス腱を執拗に何度も攻撃しだしたのだ。


 一点集中の攻撃。あの行動になんの意味があるのかベリトは理解できずにいたが、数秒後に彼方の考えを理解する。 


 彼方が何度も敵モンスターのアキレス腱を抉るように斬り続けると、だんだんと傷は深くなり、モンスターは「グオオオオオオ」とうるさい雄叫びをあげ足元の彼方を蹴ると同時に、背中から地面にすっ転んだのだ。


 ボガアアン! と床に転んだモンスターの衝撃により、宮殿内はものすごい地響きがして、ガタガタとシャンデリアや冒険者が揺れる。


 すっ転んだモンスターは、バンバンと手で地面を叩き暴れまわるが、彼方はすぐに好機と見るや倒れたモンスターの上半身に飛び乗り、攻撃を開始する。ブヨブヨの皮膚のせいで走りにくそうだが、彼方は問題なさそうに剣を地面である皮膚に突き刺すと、思いっきり顔面の方へ向かって走り出した。先ほどの足元とは違い、今度は勢いよくモンスターの皮膚を引き裂き、彼方の通った後には大量の血しぶきが撒き散らされていた。

 

 モンスターの上半身をズタズタに引き裂いた彼方は、最後にジャイアントの右目に剣を突き立てると、思いっきり引き抜き、モンスターの体から飛び降りるとベリトの元まで下がった。


「どうベリト。攻略の糸口は掴めた?」

 

 彼方がベリトに尋ねると、聞かれたベリトは。


「もちろん。よくやってくれたよ彼方」


 と褒め称え、頭に浮かべた作戦を冒険者各員に伝える。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る