第36話 今後の不安と会議

 ここは冒険者ギルドの一室である、会議室だ。こんな場所で僕はと言えば、1人弓を手に取り悩ましげな視線をそいつに向けていた。


 この世界には数多にも及ぶ種類の武器がある。僕の装備している剣や、愛花ちゃんの装備しているステッキ。他にも大剣、斧、杖など、現状でも数えきれないほどの武器が存在する。


 がしかし、僕はこの世界の戦闘システムにおいて、一つの疑問をずっと抱いていた。それは、バトルサークルという仕様のせいで、遠距離武器が息をしていないということ。バトルサークルはモンスターを中心に、半径20〜30メートルほどで形成されるのだが、この仕様のせいで遠距離武器はあまり意味をなさない。

 

 遠距離武器の利点として、遠方から安全に攻撃を加えることが出来るということ。逆に欠点として、近距離武器と比べて威力に乏しい点が挙げられる。


 しかし現状のバトルサークルという仕様故に、遠距離武器の利点が全く活かせないのだ。これはおかしい。この世界を創造した魔王が、こんな欠陥仕様を放置するものだろうか。

 

 そもそも、僕はあのバトルサークルという戦闘システム自体、おかしいと思っていたのだ。おかしいというのはつまり、ぬるいということ。

 

 あのバトルサークルがある限り、必ず複数対1という構図になる。あのバトルサークルがある限り、円を形成しているモンスター以外は戦闘に干渉できないからだ。僕はこの仕様が前々から気になっていた。


 この世界をこんな形に変え、多くの人間の命を奪ってきた魔王が、どうしてこんなにも優しいバトルシステムを採用しているのか、甚だ疑問だ。


 そんな疑問を抱いていると、集合時間より多少早く合流した愛花ちゃんが僕を見つけ、声をかけてきた。


「そんなところで何してるの? 弓なんて使わないのに」


「あぁ愛花ちゃん。いや、なに。ちょっと考え事をしてただけだよ」


「ふーん、そう」


 あまり興味のなさそうに言うと、僕の隣で壁にもたれかかる。


「それより、明日はいよいよエリアボス討伐に向かうけど、平気かな……」


「何? 僕の心配してくれてるの?」


「全然違う。彼方以外の人たちが大丈夫かうれいてる」


「どうして僕以外なのさ」

 

 不貞腐れてみると、愛花ちゃんはジト目で僕を見つめる。


「彼方は変なやつだけど、腕だけは確かだから」


 褒められたのかわからない賛辞を愛花ちゃんから受け取ると、僕は「ありがとう」とだけ返す。この世界が支配されてから、3ヶ月の月日が流れた。エリアボスに挑む権利自体は1ヶ月前に済んでいたのだが、冒険者の育成や、貴重な装備品の確保などで、かなりの時間が掛かってしまった。


 本当に待ちに待った日だ。この1ヶ月間、強敵らしい強敵は全て狩り尽くしてしまい、雑魚モンスターを永遠と屠る毎日だった。だが、この作業を繰り返す退屈な毎日がやっと明日、終わりを迎える。


 もうこのエリア1の制圧はほぼ完了した。次なるステージに早くも胸を踊らさせていると、ガチャリと会議室のドアが開き、冒険者ギルドのギルド長であるベリトが入室してきた。


「おはよう諸君。それじゃあ早速、エリアボス討伐に向けた会議を行う」


 ベリトが会議室に入ると、ザワザワガヤガヤと喋り倒していた総勢99名の冒険者が私語を慎み、聞く姿勢に入る。


「さて、では作戦会議を始める。と言っても、どれだけ情報を集めても、ボスの特徴や使用してくる武器など、ボスに関する情報は何一つとして得られなかった。だから作戦らしい作戦を立てることは叶わないんだ」


 ベリトが告げると、周囲はざわつき、不安視する声が上がる。


「そ、そんな状態で挑んで大丈夫なのかよ?  一度適当なやつをボスの部屋に突っ込ませて、様子を見てみたらどうだ?」


 エリアボスに挑むのが怖いのか、そんな提案を冒険者の1人である男がする。しかし悲しいかな、彼はあまり頭が良くないのだろう。ベリトは提案した男を軽く睨むと。


「1人突っ込ませたとして、どうやって情報を持ち帰るんだい?」


 当然のことを口にした。ボスの部屋に入ってすぐに戻って来れると言うならいいだろうが、そうもいかないはずだ。魔王はエリア1の様々な情報をNPCに握らせている。有益な装備品の場所。フィールドボスの特徴。貴重なアイテムの製造方法などなど、我々プレイヤーが有利になるような情報を、いくつも……。


 だが、エリアボスに関する情報だけは、どこからも仕入れることが出来なかった。魔王は初め、未知を既知とする的なことを言っていた。つまりこのエリアボスというのも、その一環なのだろう。


 要は前情報なしの所見で攻略してみせろと、魔王は言っているのだ。なんとも配慮に優れた素晴らしい魔王様だ。まるで僕の理想だ。攻略方法を掴んでしまったら、楽しみが減ってしまう。


 なんてことを考えてるのは、僕ぐらいだろうな。他の冒険者はみな不安げに顔を曇らせる。そんな彼らの曇った表情を取り除かせようと考えたベリトは、口を開き、言葉を紡ぐ。


「だ、大丈夫さ。ここにいるのは現状最強の100人だ。絶対に勝てるはずだ!」


 冒険者を鼓舞するように力強く言い放つベリトの声で、多少は場の空気が明るくなる。さすがはベリトだ。彼の言葉は自然と人を勇気付ける。ここまでの戦力を集めることができたのも、ひとえにベリトの人徳によるものだ。


 ここにいる全員はエリアレベル到達者。つまりはレベル10だ。さらには装備品も現状手に入る最高品のものを装備しているものばかりで構成されており、ほぼほぼ負けることはないだろうと断言できる状態だ。


 むしろ、この戦力で勝てなかったら、多分どんなに時間をおいてもエリアボスには勝てないだろう。限界値の100人という人数を集め、最高質の装備品を装備させ、限界までレベルをあげているのだ。


 明日もし、僕たちがエリアボスに負けでもしたら、人類は詰みだ。絶対に勝たなくちゃいけない。その重圧を感じているのか、やはり幾人かは顔色が優れない様子である。


「さて、ボスの情報は何もないが、流石に無策で特攻するわけにもいかない。事前にある程度の予測を立て、臨機応変に対応できるようにしておくべきだろう。そのため、指揮官である僕が倒れた場合の副指揮官や、細かい命令を下す部隊長などを決めたいと思う」


 ベリトが言うと、やっと作戦会議らしい会議が始まった。会議の内容は、誰が指揮をとるかや、ボスモンスターの予想など、多岐にわたった。正直退屈だ。


 僕は頭を使うより、体を動かす方が得意なのだ。長ったらしい会議など、退屈極まりない。しかもほぼ参加せず、耳を立てているだけの会議など……。


 ポケーと会議の様子を傍観していると、ベリトは突然僕にも話を振ってきた。


「それで彼方くん、君には一番槍をあげて欲しいんだ」


「一番槍?」

 

 いきなりよくわからないことを言われ、疑問符を浮かべる。どう言うことだろうか。眉間にしわを寄せて考えると、ベリトは補足してくれた。


「うん、一番槍。僕はこの中で一番腕が立つのは君だと思ってる。だからそんな君に、様子見がてら攻撃を仕掛けて欲しいんだ。攻撃を加えたらどんな攻撃を仕掛けてくるのか、攻撃の種類や方法など観察したいんだ。どうかな、頼まれてはくれないか?」


 パチンと手の平を合わせて頼み込んでくるベリトだが、もちろん構わない。僕の腕を買ってくれているのはありがたいことだし、彼には色々と世話になったため、その期待には応えたいと思う。


「もちろんいいよ」


 二つ返事で快諾すると、ベリトは「ありがとう!」と感謝を口にする。


「愛花の《聖なる盾》もあるし、もし危なくなったら下がってもらって構わないから」


「わかった。なるべく敵の情報を引き出せるよう、努力するよ」


「あぁ、期待してるよ」


 なんてやり取りを交わすと、新たなる議題が掲げられ、さらに話し合いが発展した。


 会議が始まってから2時間ほどだろうか。ようやく、長ったらしい会議も幕を迎え、冒険者は各々解散した。

 

 解散して、冒険者がそれぞれ会議室から立ち退いて行く中、僕はある1人の女性に視線を向ける。名前は確かローズデッド。今回のエリアボス副指揮官に選ばれた人だ。そして愛花ちゃんの友人でもあるとか。


 愛花ちゃんから話は聞いていたけど、まさかあんなに美人とは。愛花ちゃんとは違ったベクトルで顔がいい。美人系か可愛い系かの違いだな。なんてことを思いながら視線を向けていると、どうしてか彼女と目が合い、カツカツと鉄鎧を纏った格好で近づいてきた。


「お前が三木彼方か。愛花から話は聞いているぞ。なんでも、現状最強の冒険者だとか」


 にわかには信じられないとでも言いたげな目だ。僕だって別に、現状最強なんて思っていない。愛花ちゃんとベリトが大げさすぎるだけだ。


「最強なんて、僕はそんな……。相方の支援魔法が優秀なだけですよ」


 驕らず謙虚に言うと、何故かローズデッドはご機嫌そうに笑みを浮かべ。


「そうか、そうだよな! 愛花が優秀なだけだよな。全部愛花のおかげだよな!」


 バシバシと僕の肩を叩いてきた。なんなんだこの人? 僕が口を挟むことじゃないけど、愛花ちゃんにはきちんとした交友関係を築いて欲しい。


 めんどくさい人に絡まれ、今すぐ逃げ出したい気持ちでいると、愛花ちゃんが近づいてきて、ローズデッドを遠ざけてくれる。


「彼方に何してんの? ローズ」


「おお、愛花。いや、お前の男がどの程度のものか見にきてたんだよ」


 あははと整った顔立ちに反して下品な笑い声をあげるローズデッドの発言に、愛花ちゃんは顔を赤らめ、背中を押す。


「男って……。いいから、彼方から離れて」


「お、おい。なんで押すんだよ。もう少しこの男と話をさせてくれ」


「いいから、話なら私が聞いてあげるから」


 グイグイと愛花ちゃんに背中を押されたローズデッドは、そのまま会議室から出て行ってしまった。ローズって、愛称で呼ぶほど仲がいいのか。普段見れない愛花ちゃんの一面を見れたことを喜ばしく思うと同時に、若干の嫉妬心も感じる。


 まあいいか。明日はボス戦だ。絶対に負けられない戦いであるし、気を引き締めなくてはいけない。パンと頬を叩くと、己に喝を入れ、前を向く。




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