第35話柏愛花の旅路final
祠は毒の沼地の四方に配置されており、最後の封印を愛花が解くと、沼地の中心地に描かれていた魔法陣がパリンと大きな音を立てて消え去った。
「さて、では皆気を引き締めろ」
ローズが戦いの前にパーティーメンバーを鼓舞すると、一同はそれぞれ拳をぐっと突き出し。
「おお!」と掛け声をあげる。
これで全員の身は引き締まった。あとはこのフィールドボスを倒すのみ。愛花はこのメンツなら大丈夫だろうと思い込む。短い間だったが、彼女たちの能力は大方把握した。個人が極めて強い能力を持ち合わせているわけではないが、それを補うだけの連携がある。
もしこの4人と彼方が戦ったのなら、もしかしていい勝負が出来るかもしれないと思うほどに、愛花はローズたちの腕を信用していた。
沼地中央にある魔法陣が解かれると、地面がモコモコと盛り上がり、地中から巨大な骨しかないドラゴンが姿を現した。
全長は5メートルほど。かなりでかい。だけど大きいモンスターというのは、動きが鈍いもの。慎重に対処すれば、そこまで苦戦する相手ではないはず。
《Lv10ドラゴンゾンビ》は。
「グオオオオ!!!」
と脳を揺さぶるほどの咆哮をあげると、ローズたちの方に向き直り、またも吠える。
「うるさいぞこの骨が! おい愛花。バトルサークルは出現したぞ。早く支援魔法をくれ」
「わかった」
愛花がローズとダイスに攻撃バフを。全体に防御バフを撒くと、早速リーダーのローズが我先にと攻撃を仕掛けた。
愛花のバフのおかげでかなり常人の領域を逸脱した動きを見せるローズだが、ドラゴンゾンビの前足攻撃により、軽く吹っ飛ばされる。
「くそ! デカすぎてやりにくい」
すぐに体制を立て直し、自身に攻撃を寄せ付けるローズ。確かにドラゴンゾンビの攻撃力は凄まじいものだが、騎士職であるローズは大したダメージを受けていない。
そのことに愛花はホッと一安心しつつも、この後どうするべきか考える。ローズならばあの攻撃をまともに食らっても大丈夫だろうが、愛花や他の後衛職の人間が食らえばひとたまりもないだろう。
そのことにローズも気づいたのか、彼女は大声で《デコイ/攻撃集中》スキルを発動させる。
だがそんなスキルも虚しく、ドラゴンゾンビがまたも大地を揺るがすほどの雄叫びをあげると、口元から大きな火の玉が膨れ上がり、後ろにいるエーデルの方へと放たれた。
「避けろ!」
ローズが咄嗟に大声で指示を出すが、もうすでに火の玉は発射されてしまっている。魔術師であるエーデルの俊敏性では、この豪速球を避けることは叶わない。
あんなものを食らえば、タダでは済まない。燃え盛る豪速球の火球がエーデルを襲い、そして直撃——。
「《聖なる盾》!」
あと1秒で当たるというところで、愛花は僧侶スキルの最終奥義を発動させる。この魔法は、僧侶スキルを90ポイント振ることにより入手でき、その効果はどんな攻撃からもノーダメージで守りきるというもの。
このスキルを掛けられた味方は、例えどんなに強大な一撃を貰おうとも、無傷で攻撃を防ぐことができるのだ。しかし有能なスキルゆえに、長いリキャストタイムとMPを使ってしまうため、下手に乱発は出来ない。オマケに効果時間もかなり短いため、あまり使い勝手はよろしくない。
だけど愛花は、ローズが後衛の事を気にして思うように戦えないのではないのかと懸念し、嘘をつく。
「後ろは任せて!」
大声で自信たっぷりに言ってやると、ローズははにかみ、ドラゴンゾンビに向き直る。
「よし、私がいつも通り注意を引く。お前たちは全力で攻撃を叩き込め!」
ローズが大雑把に指示を出すと、指示を出されたダイスとエーデルがコクリと頷き、ありったけの攻撃特技や呪文を放つ。
「《煉獄斬り》!」
「《メガファイアーボール/超火球》!」
炎属性を纏った剣戟がドラゴンゾンビの脳天をかち割り、特大の炎玉が顔面に直撃した。叫び声をあげるモンスター。だいぶ効いているのだろう。その証拠に、今の攻撃で敵のHPが3分の1ほど削れた。
「よしみんな。今のを後2度繰り返せば勝てるぞ。気を引き締めていけ!」
ローズが「うおおおお!」と雄叫びを発しながらジャンプすると、ドラゴンゾンビの顔面に向かって斧を叩き込む。流石に弱点ではない上に、騎士であるためそこまでのダメージにはならないが、それでもモンスターは軽くひるむ。
ローズが生んだ刹那の隙。それを見逃すパーティーメンバーではない。もう一度先ほどと同じように攻撃を打ち込むと、敵のHPを大きく削る。またも叫ぶモンスター。この調子なら、勝てる。
そう誰もが思い込んだ瞬間、ドラゴンゾンビの体が様々な光色に包まれた。あの演出。誰もが見覚えのある、支援魔法の掛かった合図だ。自らを強化したドラゴンゾンビは、その大きな前足で眼前にいるローズを払い倒す。
先ほどと同じような攻撃。だが、威力が桁違いだ。すぐに盾でガードするローズだったが、思いっきり吹っ飛ばされ、鎧の隙間から血がにじみ出ている。
「っ……」
言葉には出さないが、かなりの深手を負っている様子のローズ。先ほどまで満タンだったHPバーが、今は半分以下の黄色表示になっている。絶体絶命という四字熟語がふさわしい現状。誰もが絶望し、ローズの生を諦めてしまうこの場において、だがしかし、1人の少女は勇敢にもモンスターに攻撃を加える。
「《ファイアーボール/火球》」
透き通るような声で呪文を唱えた愛花の手から、火の玉が射出されドラゴンゾンビの顔面に直撃する。
「エーデル、魔法防御のデバフをお願い。ダイスはローズを安全な場所まで避難させて、マリーはローズの治癒をお願い」
愛花はそう告げると、自身に魔法攻撃力増加のバフを二重掛けする。それから。
「任せてほしい」
ただそれだけの言葉を残すと、地面を思いっきり蹴り上げ、ドラゴンゾンビの方へ突進する。ドラゴンゾンビは愛花が走ってくる姿を捉えるや、すぐに前足を振り下ろし、踏みつぶそうとする。
だが、瞬時に愛花は風魔法を放ち懐へ潜り込み、最大火力でを真下から顔面に向けて放つ。
「《ディカプレットファイアーボール/十重火球》!」
愛花は手の平を真上にいるドラゴンゾンビに向けると、10発の火球を放つ。本来なら僧侶職であり、最低ランクであるはずのファイアーボールなど、10発放たれようがたかが知れている。
だが、愛花の賢さによるステータスの高さや、自身にかけたバフの倍率の高さにより、途轍もないダメージを叩き出し、見事ドラゴンゾンビを
MPはギリギリ。下手すればペチャンコに潰されていたかも知れない。だけど、爽快ではあった。何よりも愛花は、自分の力でローズたちを守ることが出来たことに、興奮を覚えていた。
この気持ちか。なんだか初めて、彼方の気持ちに共感できた気がする。ふぅと一息整え、純白のローブを翻すと、仲間たちのいる場所へと
「ローズ、怪我は大丈夫?」
地面で座り込んでいるローズに手を差し伸べると、彼女は差し出された手を取り、立ち上がるとお礼をする。
「ありがとな、愛花。お前のおかげで勝てたよ」
素直に礼を言うと、愛花は照れ臭そうにしつつ、驕ることなく答える。
「別に私1人の力じゃない。みんなで協力したから勝てた」
愛花が言うと、ローズたち一行は脱力し、勝利を祝う。
「そうだな。それじゃあ戦利品を開けるか」
ローズが先ほどドラゴンゾンビが灰に消えた場所に目を向けると、そこには赤色の宝箱が出現していた。フィールドボスを倒すと、必ずどれかの職業に適した装備品が手に入る。しかも現時点で、ほぼ最強なことが確約されている。
最前線で戦う人間からしたら、このお宝は喉から手が出るほど欲しいものだろう。ローズは我慢できんと言わんばかりに全力で宝箱を開けると、中にはエメラルド色の宝石がついたネックレスが入っていた。
「えーとなになに。装備時味方への支援魔法の効果アップ。常時MP自動回復。かー僧侶のアクセかよ。騎士のはなさそうだし、ハズレだな」
ローズはガクリと肩を落とすと、愛花にほれといいネックレスを渡す。しかし、いきなりネックレスを渡された愛花は困惑し、受け取りを拒否する。
「な、なんで渡してくるの? ローズたちが倒したんだから、マリーにあげるのが筋」
「いや、確かにそうかも知れないけど。でもこの効果だと、マリーがつけるより、愛花がつけたほうが良さげじゃん。なあ、いいだろマリー?」
「私は全然いいよ。今回の戦いじゃあんまり役に立ててないし、愛花ちゃんに貰ってほしいな」
2人に言われると、愛花は渋々ながらネックレスを受け取る。詳しい倍率や量が書かれていないためどれほど強いのか分からないが、愛花の持っているアクセサリーよりかは確実に強い。
こんないいものを一方的に受け取っていいものだろうかと、罪悪感に苛まれた愛花は、すぐにメニューウィンドウを起動し、余っていた有能装備を片っ端からオブジェクト化させ、ローズたちに渡す。
「お返しにこれ、貰ってほしい」
それぞれに合った愛花の渡せる最良の装備を渡そうとするが、ローズは焦って受け取りを拒否する。
「こ、こんないいものもらえねえよ。別にお返しはいらねえって」
「そう言うわけにもいかない。一方的に施されるのはあまり好きじゃない」
「施しって……。まあいいや、そう言うなら貰うよ。ほら、みんなも遠慮せずに貰っとけ」
ローズに言われ、愛花から装備品を受け取る一同は、その強さに歓喜する。
「ま、愛花ちゃん。こんなにいいの貰ってもいいの? あとで返せって言わない?」
「言わない。今の私には無用の
愛花がそう言うと、ローズ以外の面々は涙目で感謝しながら装備品を受け取った。長いようで短かった愛花の旅。最初はなんとなく天気がいいというだけの理由で外に出てみたが、悪くない時間だったなと物思いに耽りつつ、愛花はローズたち一行に別れを告げる。
「それじゃあ、今日は楽しかった」
「ま、愛花ちゃん〜」
「愛花さん、いつでも会いに来てね」
「俺たちはお前を歓迎するぞ!」
泣きながら愛花との別れを悲しむパーティーメンバーを見て、ローズは若干引き気味に正論を放つ。
「おい、何も
ローズのそんな正論に対し、仲間たちは冷めた目で見つめる。
「今はそう言うことじゃないんだけどな〜」
「空気を読んでください」
「ローズ、そう言うとこだぞ」
3人から小言を言われ、納得しかねるローズ。そんな楽しげなやり取りを見た愛花は、口元に笑みを浮かべると。
「それじゃあ、また今度」
最後まで淡白な物言いで別れを告げると、スタートへ転移してしまった。残された面々はと言えば、愛花の立っていた場所を見つめ、また会いたいなどと愛花談義に花を咲かせていた。
——————
スタートに戻った愛花は、いつもの光景が目に移ると安心感を抱くとともに、どっと疲れを感じる。だけど嫌な疲労じゃない。清々しい疲労だ。彼方以外に初めて友人と呼べるような人間ができたことに高揚感を抱きつつ、軽いステップで街を見渡していると、見知った顔が視界に映る。
「あ、愛花ちゃん。探したよ。メッセ飛ばしても全然反応くれないで、どこほっつき歩いてたの?」
思いびとの少年に声をかけられると、愛花は軽い深呼吸をして。
「ちょっと、外を散歩してた」
軽い冗談を吐く。しかし彼方は、愛花が胸元に装着しているネックレスを発見すると、興味深げに目線を向ける。
「何そのネックレス。愛花ちゃん持ってなかったよね? どこで手に入れたのさ?」
彼方が愛花の持っているネックレスについて質問するが、彼女は少し考えた後。
「内緒」
一言そう言うと、グイッと背筋を伸ばし、今日の出来事を胸にしまった。
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