第34話柏愛花の旅路4

 祠の守護者を3匹倒し、残すところあと1つというところまで進むことが出来た愛花たちは、その最後の祠を守っているアンデットナイトと対峙する。


 Lvは10。全身の骨を覆う皮膚や筋肉なんてものは存在せず、ただ骨のみが身体を構成しており、その骨をドス黒い金属鎧で覆っているなんとも奇妙なモンスターだ。骨だけで見た目は弱そう。だが、今までの祠守護者とは格が違う。


 全身を鎧で包んでいるせいで物理攻撃が通りにくく、魔法に対する高い耐性も持ち合わせている。


「くそ、硬すぎる! なんだあいつは!」


 ローズが文句を言いながら、アンデットナイトを睨みつける。かなりの攻撃を仕掛けているというのに、敵のHPバーはほとんど減っていない。彼女たちは今だに有効な攻撃を仕掛けることが出来ずにいたのだ。


「ちくしょう。あの右手に持ってる大盾が邪魔だ! なんとかなんねーかな」


 戦士のダイスは敵の持っている1メートルはあろう盾を見て、額に手を当て悩む。アンデットナイト自身が硬いこともそうなのだが、何より一番厄介なのは敵の持っている大きな盾なのだ。


 正面からの攻撃はすべてあの盾に防がれる始末であり、前後で挟み撃ちをしようとしても、すぐに右や左に逸れて、攻撃を真正面から受けるように行動するのだ。


 強い上に賢い。一番厄介な敵だ。ただステータスが高いだけの敵など、恐れるに足りないことを、この場にいる全員が理解している。騎士のデコイスキルに一生釣られているような間抜けなど、相手にもならないと。


 だけど、目の前にいるモンスターは違う。デコイスキルには反応を示さず、どう戦えば相手が嫌がるか熟知している。本当にやりにくい相手だと、ローズはギリっと歯を噛み締める。


「おい愛花。お前の魔法でなんとかならねーのか?」


 ローズが後ろでバフを掛けてから、ボーと観戦を決め込んでいた愛花に助言を求めると、彼女はうーんと悩ましげに唸り声をあげてから声を発する。


「一応考えはある。でもそれには連携が必要。出来る?」


 出来る? などと挑発気味に聞かれたローズたちは。


「もちろん!」


 と威勢良く声を発し、4人は愛花から作戦の概要を聞くと頷き、各々指定の位置につく。


 ローズとダイスとエーデルが敵の正面に立ち、その数歩後ろにマリーが待機。愛花は敵が正面のローズたちに警戒している間に、足音を立てないよう背後の方へ回り込む。


 無事に各員戦闘配置につくと、無言で頷き合い、早速作戦を開始する。


「《メガファイアーボール/超火球》!」


 魔術師であるエーデルが、現状最大火力である炎魔法を唱えると、特大の火球が真正面にいるアンデットナイトに襲いかかる。しかし、真正面からの攻撃などアンデットナイトには効かない。


 アンデットナイトは腰を落とし盾を真正面に構えると、飛んでくる超火球を無傷で防ぐ。盾と火球は衝突するが、アンデットナイトの体力は一ミリも減っていない。辺りにはただ、ものすごい熱風と蒸気が舞い上がるのみ。


 だが、愛花はそれを狙っていた。エーデルに炎魔法を打たせたのは、別にアンデットナイトのHPを削るためではない。意識を正面に向けてもらうためだ。蒸気が発生し視界が悪くなると、アンデットナイトは正面にいる敵に警戒し盾を構える。


 しかし、それを好機と見るや、愛花はものすごい速度で沼地を走り出し、アンデットナイトの背後を取り、風魔法を盛大に放つ。盾によるガードのない、綺麗な一撃。だが、これも大したダメージにはならない。


 やはりいくら賢さや魔法攻撃力のステータスが高かろうとも、所詮はFランクの風魔法。愛花の攻撃といえども、大したダメージソースにはならない。


 だけど愛花は、想定通りと言わんばかりに口角をあげて上空を見上げる。愛花の風魔法はアンデットナイトにダメージを与えはしなかったが、しかし空高く吹っ飛ばすことには成功した。

 

 体が骨ばかりで出来ているせいか、鎧を纏っているにも関わらず上空に吹っ飛んだモンスターは、体制の取れないまま宙に吹っ飛ばされ、その隙にローズとダイスが飛び上がりモンスターに攻撃を仕掛ける。


 慌てて自身を守ろうとするアンデットナイト。だが、2人の狙いはアンデットナイト本人ではなく、アンデットナイトの持っている盾にあった。この厄介な盾さえ振り落としてしまえば、あとはどうにでもなる。


 ローズとダイスは息を合わせると「せーの」の掛け声で盾に同時攻撃を仕掛ける。踏み込みも出来ず、体制の悪い空中で盾を攻撃されたアンデットナイトは、手から盾を離し地面に倒れこむ。


「今だ! 全員攻撃をしかけろ!」


 ローズの合図で、全員が一斉に攻撃を仕掛け始める。盾を落としたアンデットナイトは、それでも残っている片方の剣で応戦するが、全ての攻撃を捌くことは出来ず、ジリ貧になり最後は灰となって消え失せた。


「やっと死んだか……。にしても、愛花はすごいぞ。能力だけでなく、頭も回るとは」


 ローズがガシャガシャと愛花の頭を撫で回すと、彼女は照れ臭さそうにしながらも。


「べ、別に大したことない」


 謙遜する。そんな彼女の態度を見ていたローズは、またまた〜と言いながらも褒め称える。


「愛花はすごいんだから、もっと胸を張れ! お前は人より優れてるんだから、謙遜なんてするなするな!」

 

 はははと笑いながらローズが褒めると、愛花は頬を赤くして返す。


「そりゃ、ローズと比べたら優れてる」


「なんだとコイツ〜!」


 いきなり愛花から煽られたローズは、愛花の両頬をつまみ、締め付ける。


「いひゃいいひゃい。離して」


 ローズに頬を締め付けられた愛花は、涙目で訴えながらローズの手を話そうとする。だがしかし、流石に騎士職なことだけはあり、ローズは女性でありながらかなりの筋力ステータスを有しているため、僧侶の愛花では彼女の手を離せなかった。


 愛花の頬が若干赤らんできた事を見ると、ローズは流石にやりすぎたと思ったのかすぐに手を離す。ローズから手を離された愛花は、ジンジンと痛みの走る自分の頬を撫でつつ、彼女を睨みつける。


「酷い。せっかく助けてあげたのに」


 目尻に涙を浮かべて睨まれたローズは、キリッとした整った顔立ちを崩し、少しばかり笑みを携えて謝罪する。


「悪い悪い。あんまり怒らないでくれよ」


 後頭部に手を回しながら謝るローズの姿は、謝罪にふさわしい格好ではなかった。だが、愛花はこの短い時間の中で、ローズという人間はこういうやつなのだと理解したため、それ以上文句を言うことはやめにした。


 愛花の口からそれ以上の小言がない事にホッとしたローズは、灰になったモンスターを見ながら、ふと呟く。


「なぁ愛花。今のモンスターが彼方ってやつと戦ったらどうなったと思う? 流石に1人じゃ無理か? 私たち5人で知恵を絞ってなんとか倒せたもんな」


 ローズがそう言うと、愛花はため息を漏らす。あんだけ彼方のすごさを熱弁したと言うのに、まだわかってなかったのかと。


「多分だけど、彼方だったら30秒もせずに1人で倒してた」


 愛花の言葉を聞いた一同は、流石にないだろうと反論する。


「おいおい愛花、流石に30はないだろ。あの盾はどうすんだよ。戦士1人だったら、まずあの盾を突破できないだろ」


 ローズが聞くと、愛花はやれやれと首を横にふる。


「彼方の前じゃ、あんな盾無意味に等しい。彼方は隠しステータスの俊敏性が異常に高いから、ガードする間もなく攻撃される」


「そ、そんなにか? うちのダイスだって、そこそこ高いぞ?」


「申し訳ないけど、比べ物にならない。そもそも、彼方は狂戦士のスキルを習得してるから、多分あの盾も彼方が攻撃すれば1発で吹っ飛ぶ。だから盾があったところで、彼方相手じゃどうにもならない」


「きょ、狂戦士……? あんなもん取る奴が本当にいんのか? いや、居て、尚且つ生き残ってるからSランクパーティーなのか?」


 彼方の話を聞いたローズ一行は、どんだけヤベー奴なんだと顔に恐怖の感情を覗かせる。そんな彼方の話を後ろで聞いていた僧侶のマリーが、声色を高くして愛花に話しかける。


「にしても愛花ちゃんって、その彼方くんって男の子の話をすると、やけに饒舌じょうぜつになるわね。もしかして好きなの?」


 不意に思いもしない事を言われ、愛花の頬はこれでもかと言うぐらい赤面する。


「な、いや、ちが!」


 愛花が必死に否定しようとすると、ローズも思うところがあったのか追撃をかます。


「あー確かに。愛花って普段は『別に……』みたいな淡白な喋り方のくせに、その彼方ってやつの話になると、急にキャラが変わったように喋り出すよな。なんだよ、もしかして2人でパーティーを組んでるのって、2人だけの空間を邪魔されたくないからか?」


 あははとローズが顔に似合わない下品な笑い声を発すると、愛花は顔を赤らめ。


「ち、違うから。それよりも祠の封印解かなくていいの? 私は先に行ってるから」


 逃げるようにしてスタスタと祠の方へ早歩きをする。そんな彼女の後ろ姿を見たローズたち一行は、初めて愛花の人間らしい一面を見れたことが嬉しくて、つい笑みの孕んだ顔を作ってしまう。



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