第8話 歴史の改竄

 今日は、情報共有じょうほうきょうゆう報告会ほうこくかい

 あぶらギッシュなオッサン達が、会議室に集まっている。

 ご丁寧ていねいにも、ひとり一部ずつ資料が配られて、担当の役員が資料を読み上げるだけ。

 わざわざ、集まる必要あるのかね。

 読むだけなら、執務室しつむしつに置いといてくれれば、き時間に勝手に読むよ。

 こんなご時世じせいだしさ、WEB会議でも良いんじゃない?

 書類だって、プリントアウトせずに、メールで送れば良いのにさ。

 そうすれば、会議室を貸し切る金も、印刷代も時間も、節約出来せつやくできるのにね。

 頭のお堅いオッサン達は、なんで集まりたがるのかねぇ。

 直接会って、仲良しこよしでキャッキャウフフしたいって、お年頃でもないでしょ?

 え? もしかして、いい年こいたオッサン同士で、キャッキャウフフしたいの?

 正直、ドン引きなんだけど。

 俺は、ハゲ散らかった脂ギッシュなオッサン達と、話すことなんて何もない。

 こんな時間があったら、フェリックスを愛でてる方が、よっぽど有意義ゆういぎだもん。

 人間って、ホント理解出来ない生き物だわ。

 無駄に長い報告会と会議が終わると、執務室へ戻って雑務処理ざつむしょり

 人間を滅ぼすとはいえ、仕事はちゃんとこなす。

 国王を直接補佐ちょくせつほさする立場だから、真面目にやらないと信用問題しんようもんだいかかわる。

 ここまでのぼり詰めた努力を、わや(ダメ)にしたくはないからね。

 仕事が終わり、庁舎ちょうしゃを出る頃には、すっかり夕暮れ。

 ふ~……やれやれ。

 今日も、良く働いたぜ。

 り固まった肩をほぐす為、両手を上に上げて、軽く伸びのストレッチ。

 さぁて、ここからがお楽しみの時間。

 フェリックスへのお土産を、たくさん買って帰ろう。

 何をあげたら、フェリックスは喜ぶかな。

 あの子、無欲だからなぁ。

『あのね、ボクね、お兄しゃん達とわんわんがいれば、何もいらにゃいよ』

 フェリックスの言葉を思い出す度に、顔の筋肉がゆるんでしまう。

 普通、あのくらいの子供って、全然言うこと聞かないんだよ。

 お菓子売り場やオモチャ売り場で、ビービーギャン泣きしている幼児を良く見える。

 フェリックスも良く泣くけど、声を出さずに静かに泣くんだ。

 しかも、ワガママひとつ言わない。

 良い子ちゃんすぎて、ちょっと怖いんだよね。

 アーロンが「親が育児放棄いくじほうきした」って言ってたから、そのせいかも。

 きっと、フェリックスは心に大きな闇を抱えている。

 甘えたさんなのも、愛情にえているから。

 これからは、ありったけの愛で、うんと愛して幸せにしてやりたい。

 フェリックスの為なら、なんでも惜しまず買い与えよう。

 まずは、服かな。

 今は、アーロンのTシャツを着てるんだよね。

 アーロンは、「わらすなんざ、すぐ大きくなんべ」とか言うけど。

 今しか着られない可愛い服を着せたいのが、親心ってもんじゃん。

 って言うか、俺が可愛い服を着せたいっ!

 子供服売り場で、フェリックスの服を選ぶ。

 子供服って可愛いから、どれも欲しくなっちゃう。

 フェリックスは、可愛いからなんでも似合いそう。

 着ぐるみパジャマは、絶対欲しい。

 気付けば、買い物カゴがいっぱいになっていた。

 そういえば、フェリックスって、何歳なのかな。

 体の大きさから考えると、三歳児ぐらいか?

 いや……でも、子供らしくないガリガリの体型なんだよね。

 虐待ぎゃくたいされてたせいで、発育不良を起こしてるかもしれない。

 四歳か、それ以上の可能性もある。

 服を選んでいると、オバサンの店員がにこやかに声を掛けてくる。

「何か、お探しですか?」

「ええ、まぁ。の……」

 作り笑いで応えると、店員の顔がピシリと固まった。

「お、お客様……今、なんと……?」

「え? 何が?」

 俺は分からずに、聞き返した。

 店員から笑顔が消え、小声でヒソヒソと言う。

「今、何か名前のようなものを、おっしゃいませんでした?」

「名前のようなものって、?」

「……ちょっと、こちらへ」

 やけに神妙な顔つきで、店の奥へ連れて行かれた。

 オッサンの店長が現れて、椅子に座るようにうながされて、素直に座った。

 俺が「フェリックス」にまつわる(関係や縁がある)話を知らないと見るや、店長が重々しい口調で、話し始めた。


 かつて、この街には、「フェリックス」という名前の男の子がいた。

 フェリックスは、人間でありながら「奇跡きせきの力」を持っていなかった。

「無能力の子」と呼ばれるようになり、きらわれた存在となった。

 同時に、「フェリックス」は忌み言葉いみことば(口に出してはいけない言葉)となった。

 同じ名前を持つ人間は、改名したそうだ。

 ある日突然、「無能力の子」がいなくなった。

 噂によると、森にむ邪悪な魔女が「無能力の子」を喰らったらしい。

 街の人々は「魔女が無能力の子を喰ってくれて、清々せいせいした」と、大喜びした。

 そして、「無能力の子なんて、元から存在しなかった」ことにしたのだという。


 その話を聞いて、怒りに震えた。

 なんだよそれ。

 フェリックスは、何も悪くないじゃん。

「奇跡の力」を持っていなかっただけで忌み嫌うなんて、意味が分からない。

 それに、アーロンが人間なんか喰うワケねぇだろ。

 あんなに可愛い子供が死んだことを喜ぶなんて、正気じゃない。

 フェリックスは今も生きているのに、なかったことにするな。

 また「歴史の改竄かいざん(自分に都合良く、書き換える)」かよ。

 現在と過去と未来は、ひとつにつながっている。

 歴史を、には出来ない。

 なんで人間は、自分達にとって不都合ふつごうな歴史をにすんの?

 やっぱり、傲慢ごうまんな人間は滅ぼすべきだ。


「人間」が忌み嫌う「無能力の子」と、うちのフェリックスが同一人物とは限らない。

 偶然ぐうぜん、同じ名前ってだけかもしんねぇじゃん。

 だって、うちのフェリックスは、つい最近、俺が名付けた。

 俺が、名付け親なんだからなっ!

 確かに、フェリックスが「奇跡の力」を使っているところを、見たことはない。

 名前を聞いた時、黙って首を横に振った。

「フェリックス」は忌み言葉になったから、口に出すことが出来なかったんだ。

「魔女に食べられた」って噂も、真っ赤なウソ。

「森で落ちていたのを、拾った」と、魔女本人が証言しょうげんしている。

 街の人間全員で、フェリックスを街から追放したんだ。

 う~む……ここまで合致がっちしていれば、ほぼ確定かくていだな。

 フェリックスは、人間達が忌み嫌う「無能力の子」なんだ。

「奇跡の力」を持ってないんなら「ヒト」じゃん。

「人間」は、ヒトの遺伝子いでんしに、魔の者の遺伝子を組み込んで作り出された生き物。

 恐らく、フェリックスは魔の者の遺伝情報いでんしじょうほうだけが、欠損けっそん(物の一部が欠けてなくなる)している。

 なんらかの因子いんしにより、かつて失われた「ヒト」の遺伝上いでんじょう形質けいしつを取り戻した。

 遺伝子突然変異個体いでんしとつぜんへんいこたい(突然、遺伝子が変化してしまう現象)。

 恐らく、フェリックスは先祖返せんぞがえりした「ヒト」なんだ。

 もしくは、偉大なる作曲家「フェリックス・ブロック」の生まれ変わり。

 だって、あんなに素晴らしい歌を唄えるんだもん。

 きっと、そうに違いない。

 心から尊敬していた、あの天才作曲家に再び会えるなんて!

 しかも、めっちゃ可愛い幼児から育てられるなんて、最高の喜びだっ!

 将来は「フェリックス・ブロック」を、凌駕りょうが(他を越えて、それ以上になる)させたい。

 そうと分かれば、俺がフェリックス・ブロックの音楽を教えてやろう。

 才能教育さいのうきょういく(優れた才能を持つ子に特別な教育を受けさせる)は、早い方が良い。

絶対音感ぜったいおんかん(音が正確に分かる能力)」は、幼児のうちにしか身に付かない。

 よし! さっそく、オモチャのピアノを買ってこようっ!

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