第9話 魔女の正体

【魔獣の探知能力】

「わんわん、くしゅぐったいよ~っ!」

 いつものように、大好きな青い目の顔をペロペロしていた時のことだ。

 どこからか「何か」を感じた。

 目に見えない、何か分からない不思議な力。

「わぅん?」

 一度、気になり出すと、そればかり気になって仕方がない。

 なんなのか、正体を知りたい。

 青い目の腕から、体をひねって飛び降り……着地失敗。

 おなかを強く打った、痛いっ!

「きゃんっ!」

「わんわんっ! 大丈夫っ?」

「くぅ~んくぅ~ん……っ」

 ゴロゴロと転がって、痛みにもがく。

 青い目がしゃがんで、ジンジンと痛む、おなかを撫でてくれる。

「よしよし、痛いの痛いの、飛んで行け~っ」

 青い目はこういう時、いつも同じ言葉を唱える。

 なんだか分からないけど、温かい手が気持ち好くて、ちょっと痛みが和らぐ。

 いやいや、痛がっている場合じゃない。

 さっきから感じている「何か」を、突き止めるんだ。

 跳ねるように起き上がり、「何か」に向かって突進する。

「わんっ!」

「何? どしたの?」

 青い目も、後ろからついて来る。

「何か」を見つけたら、青い目に見せてやるんだ。

 そんで「良く見つけたねっ!」って、褒めてもらうんだ。

 いくつも積まれた物を前足で掻き分け、「何か」を探す。

 物がどんどん崩れていくのが、穴掘りみたいで楽しい。

「もぉおおお~っ、わんわん! 散らかしちゃ、ダメでしょっ!」

 青い目が怒ってるけど、今は、探すのに夢中なんだ。

 見つけるまで、諦めないぞ。

 しばらく掘り続けると、ようやく目当ての物を見つけた。

「わんっ!」

 見つけた! これだっ!

 でも、なんだこれ?

 白い板に、大きな穴がふたつ開いている。

 その穴をふさぐように、透き通った赤い石がハメ込まれている。

 その赤い石から、何かの強い力を感じる。

 嗅いでみると、赤い目のにおいがする。

 ってことは、赤い目の物かな?

 青い目は、赤い目が好きだから、これも好きなはず。

 青い目の喜ぶ顔が見たい。

 白い板をくわえて、引っ張り出す。

 見た目よりも重くないから、簡単に取り出せた。

 咥えたまま、青い目の元へ戻る。

 青い目が不思議そうに、首を傾げる。

「何それ? 何見つけたの?」

 しっぽを振り振りしながら、咥えたものを青い目に差し出す。

 青い目はそれを受け取って、ハッとする。

「これ……魔女の……?」 

 見る見るうちに、青い目の顔が引きつり、青白くなっていく。

 青い目の体が、小刻みに震えている。

 あれ? なんかおかしい。

 もしかして、ヤバいもん見つけた?

 突然、慌てた様子で赤い目がやって来て、青い目からそれを取り上げた。

 赤い目は怒りの表情で、こちらをにらんでくる。

「わんこ、てめぇ……せっかく隠しといたのに、よくも見つけやがったな……」

「きゃぅんっ!」

 すごむ(おどす)低い声と、今まで感じたことのない殺気。

 ヤバい……これはマズい。

 めっちゃ怒ってる。

 こんな恐ろしい顔、初めて見た。

 どうやら、見つけてはいけないものを、見つけてしまったようだ。

 恐怖のあまり、後ろの足の間にしっぽを巻き込み、青い目の足にしがみつく。

「きゅ~んきゅ~ん……」

 ごめんなさい、すみません、どうか許して下さい……。


【魔女の正体】

「人間」にとって魔女は邪悪な存在であり、「魔の者」は「人間」の敵。

魔女狩まじょがり」と、しょうして襲ってきた人間どもは、全員ぶっ殺してやった。

 殺さなければ、殺されていた。

 オレの手は、多くの「人間」の血でけがれている。

 でも、フェリックスには、オレが魔女だとは知られたくなかった。

 今でも、人間を心底憎悪しんそこぞうおしている。

 同じ人間でも、フェリックスだけは愛している。

 ダブルスタンダード(Double standard=それはそれ、これはこれという矛盾むじゅん)も、いいところだ。

 何より、最愛の我が子に嫌われたくなかった。

 だから、魔女の仮面は隠しておいたのに。

 まさか、わんこに見つけられるとは。

 こっこ(子供)だと思って、めてたわ。

 わんこの嗅覚きゅうかくか、それとも魔の者の探知能力たんちのうりょくか。

 どちらにせよ、後の祭り(あとのまつり=今さら、取り返しがつかない)。

 フェリックスは、初めて会った時と同じ、おびえ切った表情をしている。

 また、この顔を見ることになろうとは。

「お兄しゃんが、魔女……?」

「そうだ、オレが魔女だ」

 ああ、終わった。

 知られたからには、今まで通りにはいかない。

 フェリックスに、嫌われた。

 その事実じじつに、胸が張り裂けそうだ。

 こんな幼いわらす(子供)が、これからどうやって、ひとりで生きていくのか。

 出会った頃のように、栄養失調えいようしっちょう野垂のたにするかもしれない。

 だったらいっそのこと、オレの手で殺してやるべきか。

 苦しまないように、一瞬で息のを止めてやる。

 絶望に打ちひしがれながら、仮面を着ける。

 フェリックスの死を、直視ちょくししたくなかったから。

 短い間だったけど、お前と過ごした日々は充実じゅうじつしていた。

 お前がいてくれるだけで、幸せだった。

 ありがとう、さようなら。

 今まで散々、人間を殺してきたというのに、手がふるえる。

 最期さいごに、フェリックスのこまい(小さい)頭を撫でてやる。

 すると、驚いたことに、フェリックスはニッコリと笑った。

「お兄しゃんが魔女でも、ボクは大好きだよ」

「……え」

 きょを突かれた(きょをつかれた=まるで予想しなかったことが起こった)。

 今、オレは、お前を殺そうとしていたのに……。

「オレが、怖くねぇの?」

「うんとね……そのおめんは怖いの。でも、お兄しゃんは怖くないよ。だって、お兄しゃんは、とっても良い人だもん」

「オレは、良い人なんかじゃ……」

 そっか、仮面におびえていたのか。

 見る者に恐怖を覚えさせる為に、わざと怖く作ったんだし。

 仮面を外すと、フェリックスは嬉しそうに、オレの足にしがみついてくる。

「怖がっちゃって、ごめんなさい! ボク、お兄しゃんが大好きでしゅっ!」

「あ~もぉ~っ、可愛いなぁ、お前~! オレもフェリックスが、大好きだよっ!」

 愛おしくなって抱き上げると、フェリックスはきゃっきゃと喜んだ。

 フェリックスは、可愛いしぐさで、一生懸命語いっしょうけんめいかたり出す。

「あのね、お兄しゃんはね、抱っこしてくれて、撫でてくれて、美味しいものくれて、名前付けてくれて、いっぱい優しくしてくれるから、大好きっ!」

「それは、お前が良い子で、可愛いからよ」

 頭を撫でてやると、フェリックスが気持ち良さそうに目を細める。

「ぼく、もっと良い子になりましゅ」

「お前はもう充分すぎるぐらい、良い子ちゃんだべや」

 これ以上、良い子になる必要はねぇべ。

 逆に、もっとワガママでも良いのに。

 これも、毒親どくおや洗脳せんのうに違いない。

 きっと、良い子になることを、強要されたんだ。

 フェリックスは、愛されたい一心いっしん

「ぼくなんか」と、卑下ひげ(自分は他より劣っていると、低く見る)する。

 どれだけ、屈服くっぷく(力に恐れ、従う)させられていたのか。

 早く、毒親の洗脳をいてやりたい。

 大人の目に怯えながら、必要以上に良い子にならなくていい。

 もっと自分らしく、素直になって良いんだよ、フェリックス。


【良い子】

「森に住む魔女は、邪悪」

「その姿を見た者は、殺されてしまう」

「だから、森へ近付いてはならない」

 街の人々は、みんなそう言っていた。

 ママが読んでくれた絵本にも、魔女の絵が描いてあった。

 絵本の魔女は、真っ赤なローブを着ていて、怖いおめんを着けていた。

 初めて魔女と会った時、絵本と同じ格好でスゴく怖かった。

「ボクも、殺されちゃうんだ」って、思った。

 でも、魔女はボクを殺さなかった。

 街へ戻る道も、教えてくれた。

 みんなの話や絵本とは、全然違った。

「無能力の子」のボクを、拾ってくれた。

 ボクなんかに優しくしてくれる、とっても良い人だった。

 わんわんが、魔女のおめんを見つけた時は、スゴくビックリした。

 大好きなお兄さんが、魔女だったなんて。

 おめんを取り上げたお兄さんは、怒っていた。

 ボクが「無能力の子」と知った後のパパとママと、同じ顔だった。

 怖くて怖くて「ごめんなさい」って、謝ろうと思った。

 でもすぐに、お兄さんの顔が、泣きそうなとっても悲しそうな顔に変わった。

 ボクが怖がったから、嫌いになったと思ったんだ。

 そうだよね、誰だって嫌わられたら悲しいもんね。

 お兄さんは「邪悪な魔女」って、みんなから嫌われている。

 ボクも「無能力の子」って、みんなから嫌われている。

 ボクとお兄さんは、同じ。

 魔女を怖がったことが、スゴく悪いことに思えた。

 だって、お兄さんは、とっても優しい良い人なんだもん。

 街のみんなは、昔話を信じてて、本当のことを知らない。

 ボクだけが、魔女はとっても優しいって知っている。

 だったら、ボクはお兄さんを嫌わない。

 これからも、大好きだからね。

 もっと良い子になるから、お兄さんもボクを嫌わないで。

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