第6話 名前のない子供

【うちの子攻防戦】

 キースが、うちの子に一目惚ひとめぼれしたらしい。

 まぁ、当然よね。

 だって、うちの子、めっちゃ可愛いもん。

 だからって「欲しい」って言われても、やるもんか。

 コイツは、オレのもんだ。

 いくらおがたおされようが、泣いて頼まれようが、この子は絶対手放てばなさない。

「くれ」「やらん」と、絶対に負けられない戦い(口喧嘩くちげんか)の結果。

 ついに、キースが負けを認めた。

 しかし、この男は、とことん諦めが悪い。

 しょぼくれてたかと思うと、突然開き直って、力強く宣言せんげんする。

「よし、決めた! 俺、ここに住むわっ! そしたら、飼ったも同然っ!」

「は? てめぇ、何勝手に決めてんのよ」

「だって、アーロンがくれないんだもん! 俺が来るしかないじゃんっ!」

「てめぇは人間の街に、自分の家があんだろうが」

「そうだけどぉ……」

 キースは、またしょぼーんと肩を落とした。

 キースは「人間」として、人間の街に住んでいる。

 住民登録じゅうみんとうろくして、就職しゅうしょくまでしている。

 それも「国王特別顧問こくおうとくべつこもん」だそうだ。

 国王の側近そっきんで、非常勤ひじょうきん(決まった時間だけ働く短時間労働)の国家公務員こっかこうむいん

 国王に直接意見ちょくせついけんを言い、情報提供じょうほうていきょう助言じょげんおこなう。

 早い話が、国王の相談役。

 実質じっしつ、国の頭脳ブレーン

 キースの口車くちぐるまに乗せられた(上手くだまされた)国王が、国を動かす。

 政治経済せいじけいざいを狂わせて、着実ちゃくじつ破滅はめつの道へと歩ませる。

 よくもまぁ、そこまでのぼめられたもんよね。

 それだけ「人間をほろぼす」ってことに、恐るべき執念しゅうねんを燃やしている。

 実はキースの一族は、頭が良い。

 先祖代々せんぞだいだい真実しんじつ歴史れきし」を語りぐ一族だそうだ。

 だから、「人間」の本性ほんしょうを良く知っている。

 何をして、何を、何を失ったか。

 どのようにして、「人間」に都合の良い世界を作り上げてきたか。

 どれだけ醜悪しゅうあく(心・性格・態度などが、卑劣ひれつ不愉快ふゆかい)か。

 どれだけ狡猾こうかつ(悪知恵が働く・ズル賢い)か。

 どれだけ身勝手みがって(自分の都合・利益だけを考えて行動する)か。

 歴史を捏造ねつぞう(ウソを事実であるかのように作り上げる)したか。

 自分達にとって、不都合ふつごう歴史的証拠れきしてきしょうこは「」にした。

「真実の歴史」を知る魔の者は、排除はいじょした。

 知れば知る程、強いいきどおりをきんない(めっちゃ腹が立つのを抑えられない)。

「真実の歴史」を知っているから、政治力せいじりょくにもけている(優れている)。

 だから、キースは人間の政治を裏から操っている。

 人間の歴史に残らないように、表舞台おもてぶたいには立たない。

 政治が動けば、多くの人間達が動く。

 一国いっこくの王が無能むのうなら、暴動ぼうどうが起こる。

 悪政あくせい(悪い政治)に不満を持った人間同士で、いがみ合う。

 実際に、暴君ぼうくん(非常に乱暴で国や民を苦しめる、国家を統治する最高地位にある人)により、世界中で戦争が起きている。

 キースは、おろかな人間どものあらそいを、面白おかしく楽しんでやがる。

 マジで、正真正銘しょうしんしょうめいのクソ野郎だわ。

「森の邪悪じゃあくな魔女」と呼ばれるオレよりも、よっぽど邪悪じゃねぇか。

 やり方が、回りくどい?

 そりゃそうよ。

 だって、わざと、回りくどくしささってんだから。

 直接「人間」を殺した方が、早いに決まっている。

 それじゃ、すぐに滅ぼせちゃうじゃん。

「魔の者」の人間へのうらつらみは、そう簡単にはらせない。

 真綿まわたで首をめるように、じわじわ苦しめないと気が済まない。

 おろかな「人間」どもが、苦しみあがきながら、滅びるのが見たい。

「人間」をおとしいれる(だまして、苦しめる)為なら、なんでもやる。 

 目的を果たす為なら、どんな努力もいとわない(イヤがらない)。

 コイツは、そういうヤツなんだよ。


「お名前は、なんていうのかな?」

 キースは、小動物を愛でるようなデレデレの笑顔で、うちの子の前にかがんだ。

 途端に、うちの子は笑顔を失くして、黙って首を横に振る。

 キースはキョトンとして、うちの子の顔をうかがう。

「あれ~? どうしたの? お名前、言えないのかな?」

「あ~……そいつ、名前ねぇのよ」

 すっかり忘れてた。

 そういやオレ、名前付けてなかったわ。

「お前」で、今まで何の支障ししょうもなかったから。

「なんで?」

「ソイツの親、名前も付けずに、育児放棄いくじほうきして、捨てたらしいんだわ」

「はぁっ? なんだよ、それっ?」

 オレの話を聞くなり、キースは烈火れっかのごとく怒り狂った。

 キースは暗い顔をしているうちの子を抱き寄せて、よしよしと撫でる。

「こんな可愛いもの、なんで捨てられんだよっ? 信じらんねぇっ!」

「だべな。人間の親、マジカスゴミ」

「人間、許すまじ! ホント最低だぜ、人間ってやつはよっ!」

 オレとキースは、人間を散々罵さんざんののしった(口汚く、悪口を言う)。

 気が付いたら、うちの子がうつむいて静かに泣いていた。

 わんこも「くぅんくぅん」と鳴いて、うちの子をなぐさめるように涙をめている。

 ハッとして、口を閉ざす。

 しまった。

 いくら毒親どくおやでも、子供にとって親は絶対的存在ぜったいてきそんざい(何がどう変わっても、絶対に揺るがない存在)。

 虐待されている子供は、

 いくら虐待されても、親を心から信じている。

「愛されないのは、自分が悪いから」と、自分を責める。

 どんな毒親であろうとも、子供は親を求める。

 捨てられたくないと、愛されたいと、親にすがる。

 虐待されても、子供は親をかばうもの。

 親をけなされたら、悔しいし悲しいだろう。

 幼い心を傷付けて、泣かせてしまった罪悪感は、ハンパない。

 うちらは慌てて、愛しい子を慰める。

「うわぁ~っ、ごめんごめんっ!」

「ごめん、うちらが悪かったっ!」

 うちの子が泣き止むまで、なだめ続けた。


【歌の翼を持つ天使】

 いつまでも名無しのまんまじゃ可哀想ってことで、名前を考えることにした。

 とはいったものの、どんな名前が良いんだろ?

 本人の特徴とか、好きな物とか、呼びやすさとか?

 アーロンが幼児を抱き寄せて、よしよしと撫でている。

 幼児もようやく落ち着いたらしく、アーロンに甘えている。

 魔獣は眠いのか、幼児の腕の中で、うとうとしている。

 微笑ましくて、こちらまでほっこりする。

 アーロンが、幼児に優しく語り掛ける。

「お前、どんな名前が良いの?」

「お兄しゃんが付けてくれるなら、ボク、なんでも良いよ」

「そういうこと言ってると、『ぼろぞう』とか付けちゃうぞ」

「お兄しゃんが良いなら、それが良いでしゅ」

 幼児は、へにゃりと力なく笑った。

 なんつう、良い子なんだ。

 けなげすぎて、泣けてくるぜ。

 こんなに大人しい幼児は、初めて見た。

 なんかこの子、幼児らしくないんだよね。

 街で見掛けた人間の子供は、もっと可愛げがなかったぞ。

 わがままばっか言って、だだこねてんの、何度も見た。

 ふたりの話を聞いて、俺は呆れ果てて深々とため息を吐く。

「『ぼろぞう』なんて、クソダサい名前は、俺がイヤだ」

「なんでよ? 本人は、良いっつってんぞ? 『ぼろぞうきん』略して『ぼろぞう』」

「お前らのネーミングセンスには、ガッカリだよ。俺がもっと良いの、考えちゃる」

 こんな可愛い子を「ぼろぞう」なんて、呼びたくねぇわ。

 もっと似合う名前を付けてやりたい。

 かがんで、幼児と視線を合わせて問う。

「お前さ、なんか、好きなもんとかねぇの?」

「好きなもの? えっとね、パパとママが大好きなの」

 幼児は少し考えた後、はかない(溶けて消えてしまいそうな)笑みを見せた。

 コイツ、まだそんなこと言えるのっ?

 捨てられたのに。

 もう二度と、両親から愛されることはないのに。

 今でも両親が自分を愛してくれると、信じ続けているんだ。

 なんて、可哀想で可愛い子。

「パパとママの次に、好きなのは?」

「次? うんとね、えっとねぇ……お兄しゃんとわんわんが好き」

「他に好きなものはないの? 好きな色とか、好きな歌とか」

「お歌を歌うのが、好きです」

 それを聞いて、テンションが爆上がりした。

「マジで? 俺も、歌好きなんだよね。歌ってみてくれる?」

「じゃあ、えっと……」

 幼児は、はにかみながら、口を大きく開いた。

 びやかに、高らかに歌い始めた。

 透き通った柔らかい歌声が響き渡り、心を癒してくれる。

 歌詞は、物語調になっていて、メッセージ性のある内容。

 歌う幼児は、とても穏やかな笑顔を浮かべている。

 久し振りに、全身に鳥肌が立つぐらい感動した。

 たましいふるえて、ブワッと涙があふれた。

 なんだこれ! 最高じゃんっ!

 これはまさに、俺が求めていた「ヒト」の音楽。

 ヒトが絶滅ぜつめつした今、二度と聴けないと、あきらめていた音楽。

 歌の翼を持つ天使が、俺の前に舞い降りた。 

 歌い終えると、恥ずかしそうに顔を赤くして、アーロンの胸にうずめた。

 ヤバいっ、マジで可愛い! 可愛いがすぎるっ! めっちゃ欲しいっ!

「やっぱ、この子、ちょうだいっ!」

「やらんっつってんべやっ!」

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