第3話 ご飯と魔獣

【ご飯】

「美味しいっ!」

「そうか、美味いか。良かった」

 オレが作った飯を、わらす(子供)が「美味しい」と言って食べてくれるのが、嬉しくて仕方がない。

 自分の手料理を食べてもらえるって、こんなに嬉しかったっけ?

 そういえば、誰かに飯を振る舞うってこと自体、久し振りだわ。

 ましてや、忌々いまいましい「人間」なんかに、飯を食わせることは当然初めてだしな。

 わらすは、おっきな口を開けて、ほっぺたいっぱいに詰め込んで、夢中で食べている。

 小動物みたいで微笑ましくて、ずっと見ていられる。

 食い方は、ヘッタクソだけど。

「あ~もぉ……口の周り、ベッタベタだべや。拭いてやるから、こっち向けや」

「ごめんなしゃ~い」

 汚れまくった口の周りや手を、濡らしたタオルで拭いてやった。

 服も汚れちまったし、着替えさせなきゃ。

 今後は、前掛まえか必須ひっすだな。

 こんな幼いんだし、テーブルマナーなんて知らねぇわな。

 オレが、一から教えてやんねぇと。

 飯を食っているわらすを見ているだけで、なんでこんなに嬉しいんだろう。

「こんなに美味しいの、初めて食べたっ!」

「……初めて?」

 わらすの口から放たれた言葉に、オレはピクリと反応する。

 何か、不穏ふおんな発言を聞いたような。

 わらすは、飯からオレに視線を移し、笑顔で大きくうなづく。

「うん。あのね、ボクね、こんなにあったかくて、美味しいの、初めて食べた」

「お前、今まで、何食って生きてきたのよ?」

「うんとね、えっとね、ゴミ箱からね、食べられそうなの、拾って食べてたの」

「は? なんて?」

「そんでね、なんもなかった時はね、水たまりをいっぱい飲んで、おなかいっぱいにしてたんだよ」

 信じられない言葉に、耳をうたがった。

 こんなこまい(小さい)わらすが、ゴミをあさっていた?

 何も食べられなかった時は、雨水啜あまみずすすってえをしのいでいた?

 想像したら、可哀想すぎて涙が出そうになった。

 そりゃ、餓死寸前がしすんぜんになるわけだ。

 うつむいて黙り込んだオレを、わらすは怒ったと勘違いしたらしい。

 途端とたんに泣き出して、懸命けんめいに謝り始める。

「ごめんなしゃい、ごめんなしゃい! ゴミ食べたらいけないの、知りゃにゃくて! どうしてもおにゃか空いて、食べちゃったのっ!」

「もういいっ!」

 オレはたまらなくなって、わらすを強く抱き締めた。

「もう二度と、ゴミなんて食わなくていい! 水たまりなんて飲まなくていい! あったかくて美味しいもの、オレが腹いっぱい食わしてやるからっ!」

「ほんと?」

「ああ! 約束するっ!」

「やったぁっ!」

 喜ぶ顔が、めんこくて愛しい。

 守りたい、この笑顔。

 そこで突然、わらすがキョトンとして、周りを見回し始めた。

 何かあったのかと思って、問い掛ける。

「ん? どうしたのよ?」

「あのね、色が見えるの」

「色?」

「あのね、ぼくね、ずっと真っ暗なとこにいたから、白と黒しか見えなくなっちゃったの。でもね、今はちゃんと、色が見えるの! また見えるようになって、嬉しいっ!」

 わらすは、嬉しそうに説明してくれた。

 それを聞いて、察した。

 恐らく、捨てられる直前まで、毒親どくおやから虐待ぎゃくたいされていたんだ。

「ずっと真っ暗ところにいた」ってことは、たぶん、暗い場所で監禁かんきんされていた。

 しかも、生まれてからゴミしか食ってなかった。

 自分の子供にゴミ食わすって、どんな親よ。

 今まで一度も、温かくて美味しい親の手料理を食べたことがなかったんだ。

 そんで、栄養失調えいようしっちょうによる「一時的色盲いちじてきしきもう」になっちまったのか。

 なんで、虐待されたのか。

 なんで、捨てられたのか。

 気になり出すと、無性にコイツのことを知りたくなった。

 でも、それを聞くのはこく(厳しくて、思いやりがない)だ。

 前に一度「なんで捨てられたのか」って聞いたら、泣きそうな顔で黙り込んだ。

 そりゃ、自分が捨てられた理由なんて、言いたくねぇべな。

 出来れば、傷付けたくない。

 悲しい顔をさせたくない。

 オレが見たくない。

 コイツの悲しい顔は、オレまで悲しくさせる。

 胸が締め付けられるように、苦しくなる。

 コイツには、笑顔が良く似合う。 

 見てるこっちまで、つられて笑っちまう。

 コイツの笑顔を見ると、胸が温かさで満たされる。

 コイツは、オレに幸せをもたらしてくれる。

 ひとりで暮らしていた時は、笑えなかった。

 毎日ひとりぼっちで、退屈たいくつで、さびしくて。

「どうやって、今日を生きようか」と、いつも考えていた。

 青い空を流れていく雲を、ひたすらながめている時もあった。

 風でざわめく草木の音や、鳥の鳴き声を聞いて過ごす時もあった。

 あとは、たまに「魔女狩まじょがり」とか言って、魔の者の領域りょういき侵入しんにゅうして来る人間達を、ぶっ殺すくらいか。

 殺した後は、むなしさしかなかった。

 オレには、なんにもなかった。

 ただ、生きているだけだった。

 でも今は、コイツがいる。

 コイツは、喜怒哀楽きどあいらくが分かりやすくて、コロコロ表情が変わる。

 舌っ足らずで、言葉をみまくるのが面白い。

 甘えん坊で、すぐ抱っこをねだるし、撫でて欲しがる。

 ずっと見てても、飽きない。

 コイツがいるだけで、笑顔になれる。

 今まで数えきれないほど殺した、同じ「人間」なのに。

 コイツと出会ってから、色あせていた世界が、鮮やかに色付いて光り輝き始めた。

 色を見失っていたのは、オレも同じだった。

 コイツを捨てた親は、とんでもない大バカ野郎だな。


【魔獣】

 わらすを飼い始めて、一週間後。

 木の実や野草を集める為に、わらすと仲良くおててつないで散歩をしていた。

 わらすは、森の中を散策さんさく(目的もなく、ぶらぶら歩くこと)するのが楽しいらしく、歌なんて口ずさんでいる。

魔の者まのもの」は、「音をかなでる」という文化がない。

 楽しげに唄うわらすを見て、改めて「コイツは、人間なんだな」と、思った。

 何かを見つけては、興奮気味に報告してくるのが、めんこい。

「あ、わんわんだ! わんわんがいるっ!」

 わらすが、生い茂ったやぶを指差した。

 藪の側に、ワンコのこっこ(犬の子供)が一匹転がっていた。

 一見すると、ワンコのこっこに見えるけど、コイツの正体は「魔獣まじゅう

 見た感じ、生後三~四週間ってとこか。

 周りに、魔獣の親や兄弟はいない。

 どうやら、はぐれてしまったようだ。

 わらすが嬉しそうに、こっこを拾い上げて、オレに見せてくる。

「わぁ、可愛い、わんわんっ!」

「コイツはワンコじゃなくて、魔獣のこっこよ。お前も、親から捨てられたのか?」

 こっこの鼻を、うりうりと指で突っつくと、キュンキュン鳴いて嫌がる。

 わらすがムッとして、こっこをオレから離す。

「わんわん、イジメちゃ、めっ!」

 幼児に、怒られてしまった。

 怒った顔も、めんこい。

 わらすとこっこが、じゃれているのもめんこい。

 わらすとこっこのセットは、なまらめんこい以外の何物でもねぇだろ。

 もう、反則レベルでめんこい。

 ……わらすを拾ってから、何回「めんこい」って言ったよ、オレ。

 だって、しょうがねぇべや、めんこいもんはめんこいんだから。

 わらすはこっこと遊んだ後、もう一度、オレにこっこを見せてくる。

「ねぇ、このわんわん、拾っちゃダメ?」

 初めてのおねだり。

 こんなん、断れるわけがないだろ。

 いや、でも、ここは心を鬼にして、厳しくしつけねぇと。

「てめぇも拾われた分際ぶんざいで、何言ってんの? 拾って、ちゃんと育てられんの?」

 真面目な顔を作って言い聞かせると、わらすは残念そうな顔をして、しゃがんでこっこを地面に降ろす。

 こっこは懐いてしまったのか、「離れたくない」とばかりに、わらすの足にしっかりとしがみついた。

 わらすは、こっこの頭を撫でながら、優しく言い聞かせる。

「ダメだよ、わんわん、ママのところへお帰り」

「くーんくーん……」

 しかし、こっこはわらすから離れない。

 このやりとりを見て、オレは深々とため息を吐く。

「あのな、オレは『ダメ』なんて、ひとことも言ってねぇべや。『育てられんの?』って、聞いたのよ」

「え? じゃあ、良いの?」

「仕方ねぇな」と力なく笑い、わらすとこっこの頭を優しく撫でる。

だかんな? コイツ以外は、拾ってくんなよ?」

「やったぁ! あぃがとうごじゃいましゅっ!」

 わらすは大喜びで、こっこを抱き寄せた。

「わんわん! これから、よろしくねっ!」

 こっこも嬉しそうに「わんっ」とひと鳴きし、わらすの顔を舐めて、しっぽをブンブン振った。

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