第2話 愛されたかった子供

 成り行なりゆきで「人間」のわらす(子供)を拾っちまった。

 わらすは、何も持っていなかった。

 金も、力も、愛も、親も、名前も、殺意も。

 人間なのに、人間から捨てられた人間。

 どうして、捨てられたのか。

 聞いても、わらすは黙って首を横に振るだけ。

 知らないのか。

 言いたくないのか。

 聞くと泣きそうな顔をするから、それ以上聞けなかった。

 抱き寄せて頭を撫でると、嬉しそうに胸にり寄ってくる。

 こんなに、幼いんだ。

 まだまだ、親に甘えたい年頃よね。

 本来ならば、親の愛を無条件で与えられるはずの小さな命。

 親に捨てられ、愛にえた可哀想でめんこい(可愛い)わらす。

 なんで捨てられたかなんて、もうどうでもいいわ。

 今からコイツは、オレのものだ。

 オレが、全力で愛してやる。

 あとになって「やっぱ、返して」っつったって、絶対返してやらねぇからな。

 飼うからには、名前付けてやんねぇと。

 いや、それより先に、水浴びだな。

 髪ボサボサだし、全身真っ黒に汚れてるし、服もボロボロだし。

 しばらく洗ってねぇワンコみてぇな……動物臭い。

 いつから、水浴びしてねぇんだ。

 名前もねぇ捨て子だし、年単位ねんたんいで洗ってないかも。

 幸い、今日は水浴びしたら気持ち良さそうな陽気だし。

 ちょうど、オレん家の近くに川もある。

「なぁ、水浴びするか?」

「え? あ……うん……」

 声を掛けると、わらすは困り顔になって、ぎこちなく返事をした。

 なんだ? 水は苦手か?

 ひょっとして、カナヅチとか?

 気になって聞いてみる。

「もしかして、泳げねぇの?」

「うん」

「そっか。でも、大丈夫。浅いとこで、ばっぱい(赤ちゃん言葉で『汚い』)体を洗うだけだからな」

「あ」

 わらすは、自分の体をあちこち触った後、汚れた両手を見た。

 今にも泣き出しそうな顔で、両手をきつく握りしめる。

「ぼく、汚い……」

「そんな顔、すんなや。汚れたら、洗やぁ良いだけよ。ほら、脱げ」

「……うん」

 わらすの悲しそうな顔を見たくなくて、背を向けて脱ぎ出す。

 脱いだ服はひとつにまとめて、適当にその辺の木に引っかけておいた。

 わらすの服は、即燃えるゴミだな。

 あとで適当に、服を見繕みつくろってやるか。

 振り向くと、わらすも脱ぎ終わっていた。

「――……っ!」

 あまりにも細すぎる体に、絶句ぜっくした。

 は? 何よこれ。

 全然、わらすの体付きじゃねぇじゃん。

 生きている方が不思議なぐらい、ほとんど肉がない。

 オレが拾わなかったら、確実に死んでた。

 異常なほどせた体が不憫ふびんすぎて、泣きたくなった。

 観察していたら、わらすがめっちゃ居心地悪そうに困惑している。

 そら、自分の裸を穴が開きそうなぐらい見られたら、気まずくなるわな。

「えっと、あの……そんなに見ないで……」

「ご、ごめん。ジロジロ見ちまって。じゃあ、キレイキレイしような」

「はい」

 わらすのこまい(小さい)頭を撫でて、謝った。

 水に怯えるわらすを抱き上げて、川に入る。

 抱っこしたまま下半身だけ水に浸かり、わらすの体に少しずつ水を掛けて、体を洗ってやる。

 真似するように、わらすも自分の体を手でこすって洗い出す。

 わらすの汚れが落ちて、水が黒くにごっていく。

 濁った水を見て、わらすが申し訳なさそうに謝る。

「ごめんなしゃい……」

「なんで、謝んのよ?」

「だって、ボクのせいで、水が汚れちゃったんだもん」

 ああ、なんだ、そんなことを気にしていたのか。

 けなげな子で、ますますいとしくなる。

「こんくらい、大したことねぇから、気にすんなや」

「でも……」

「ほら、見ろや。お前、こんなに白かったんだな」

「あ、ほんとだ」

 浅黒いと思っていた肌は全部汚れで、元の肌色は白かった。

 洗ってやったら、ずいぶんと可愛くなった。

 ガリガリだから、貧相なのは変わんねぇけど。

 髪が伸び放題だから、切ってやらなきゃな。

 みったくないぼろきれは捨てて、オレのTシャツを着せてやった。

 大きすぎてワンピースみたいになってるけど、むしろ可愛いから良し。

 パンツもサイズが合わなかったから、ヒモで結んでおいた。

 さてと、次は飯だな。

 飯の準備に、取り掛かるとするか。

 ……いや、待てよ?

 人間って、何食うの?

 何食わしたら、死なないの?

 魔の者まのものと、同じもの食っても死なない?

 人間が何を食うかなんて、今まで興味なかったから、全然知らねぇんだけど。

「人間を殺す毒」だったら、種類も致死量も詳しく知ってんだけど。

 せっかく拾ったんだから、死なせたくない。

 いっぱい美味いもん食わして、笑顔にしてやりたい。

 コイツは、何が好きなんだろ?

 何か、コイツが食えそうなもん、あったかな?

 台所には、真っ赤にじゅくした「ヤマモモの実」が、ザルにひと盛り。

 あ、そうそう、これがあった。

「小腹が空いたら食おう」と思って、今朝収穫けさしゅうかくしといたヤツ。

 ヤマモモってのは、ヤマモモ科ヤマモモ属の常緑樹じょうりょくじゅ(一年中、緑の葉っぱがついている木)。

 六月下旬から七月中旬頃に、暗赤色あんせきしょく(黒っぽい赤)の果実を結ぶ。

 実の見た目は、こんまい(ちっちゃい)粒を集めて、2㎝ぐらいに丸めた感じ。

 生食出来る野生の木の実で、甘酸っぱくて美味い。

 そのまま食っても、砂糖漬けやジャムにしても、料理に使っても美味い。

「これは、食べられそうか?」

「うん、食べれりゅ」

 わらすの前にしゃがんで、ヤマモモの実を見せると、匂いをいでにっこりと笑った。

 どうやら、人間もヤマモモの実を食えるらしい。

 いや、そもそも、幼いわらすに食えるかどうかの判別出来るのか?

 ちょっとだけ食わしてみて、様子を見よう。

 でも、そのまま食わしても平気か?

 え死に寸前だったなら、胃は空っぽのはず。

 いきなり固形物こけいぶつ食わしたら、胃がビックリするかも。

「よし、ちょっと待ってろよ」

「うん」

 まずは、ヤマモモの実を水に付けて、細かいゴミを洗い流す。

 ザルで水気を切ったら、ボールに移し替えてつぶしまくる。

 うわ……赤黒くてなんかグロい。

 これ、大丈夫かな?

 ザルでしたら、ワインレッドのヤマモモジュースが出来た。

 変なもんは入れてないし、これでいけるか?

 いでみても、ヤマモモの甘酸あまずっぱい匂いしかしない。

 出来上がったヤマモモジュースを、カップに移し替える。

 わらすの前にしゃがみ、内心ハラハラドキドキしながら、カップを手渡す。

「ほい。これ、飲んでみ? ヤバそうだったら、ムリして飲まなくていいから」

「あぃがとぉ」

 わらすは素直に、カップを受け取ってくれた。

 もし、体に合わなくて、死んだらどうしよう……。

 わらすをじっと見つめていると、わらすもこちらを伺うようにじっと見つめ返してくる。

 大丈夫かな?

 人間って、そんなに柔(やわ)じゃないし、殺そうと思ってもなかなか死なないし。

 いや、でも、毒飲んだら、簡単に死ぬわ。

 頼む、どうか、死なないでくれ。

 祈りながら見つめていると、わらすが恐る恐るといった感じで、カップに口を付けた。

 すると、わらすがにっこりと笑った。

「美味しいれしゅっ!」

「良かったぁ~……」

 死ななくて。

 安堵あんど(気掛かりなことがなくなって、安心する)して、緊張で詰めていた息を大きく吐き出した。

 こんなに緊張したのは、久し振りかもしれない。

 美味しくて興奮しているのか、わらすがカップをこちらに差し出してくる。

「美味しいから、お兄しゃんも、飲んでくだしぁ!」

 つたな言葉遣ことばづかいが、なまらめんこい。

 思わず、プッとき出してしまった。

「『くだしぁ』って何よ、『くだしぁ』って。したっけ(じゃあ)、ひとくちもらうな?」

「はい、どうぞ」

 ありがたくひとくち飲むと、いつもより美味い気がした。

 不思議だ、コイツがいるだけで、なんだかめっちゃ嬉しくて、いつものヤマモモの実がなまら美味い。

「お、本当に美味しいな」

「でしょ~?」

 にっこり笑い掛けると、わらすもにぱぁ~と笑い返してくれる。

 これだけのことなのに、楽しくて仕方がない。

 カップをわらすに返して、頭を撫でてやる。

「あとは、お前が全部飲んでいいぞ」

「これ全部、飲んで良いの?」

「お前の為に作ったんだから、お前のに決まってんべや」

「ぼくの?」

「そう。これ全部、お前の」

 そう言ってやると、わらすは、オレの顔とカップを見比べた後、ボロボロと大粒の涙を流して泣き出した。

 初めて見るわらすの涙に、オレは取り乱して抱き上げる。

「え? え? お、おい……なしたの(どうしたの)……?」

「あぃがとぉ……笑ってくれて、美味しいのくれて、撫でてくれて、たくさんくれて、あったかいのいっぱいで、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて……」

 わらすは、たどたどしく言いながら、わんわん声を上げて泣いた。

 そうか……この子はきっと、親から愛されたことがなかったんだ。

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