第1話 出会い

 森全体にめぐらせた結界に、人間の反応あった。

 魔の者まのもの縄張なわばりに、人間が踏み込みやがった。

 たまに、森へ侵入してくる人間どもがいる。

魔女狩まじょがり」だか何だか知らねぇが、勝手に入って来んじゃねぇよ。

 てめぇらから、うちらを拒絶しやがったくせに、何様なにさまのつもりだ。

 人間様は、そんなにお偉いんですかぁ?

 ふざけやがって、ぶっ殺してやる。

 楽には、死なせてやらねぇから覚悟しろ。

 魔の物の領域に足を踏み入れたことを、死ぬ程後悔ほどこうかいさせてやる。

 魔女の赤いローブを身にまとい、仮面を着けた。

 これが「森の魔女」と、呼ばれる所以ゆえん(理由)。

 あらかじめ言っておくが、オレは男だ。

 便宜上べんぎじょう(そうした方が、都合が良い事情)、「魔女」ってことにしている。

 ちなみに仮面は、オレのお手製。

 ハメ込まれた赤い魔石ませきが、能力を増幅ぞうふくさせてくれるのよ。

 結界の反応があった場所へ、確認に行ってみると。

 そこにいたのは、人間の「こまいわらす(小さな子供)」だった。

 なんか、めっちゃ貧相ひんそう(見るからに貧乏臭びんぼうくさい)だな。

 みったくない(見た目が良くない、哀れな様子の)ぼろきれを着ていて、くついていなかった。

 全身汚れていて、せていた。

 なんだ、乞食こじきの迷子かよ、驚かしやがって。

 おおかた、親とはぐれて、歩き回っているうちに、森に迷い込んだんだべ。

 いくら相手が人間でも、こんなちっぽけな命をうばうほど、オレはゲスじゃねぇのよ。

 こういう時は、ちゃっちゃと(さっさと)お引き取り願うに限る。

 オレは、木のかげから姿を現すと、魔女っぽい口調で語り掛ける。

「人間の子よ、ここはお前がいるべきところではない。お前の場所へ帰るが良い」

「……まじょ……」

 わらすは、怯えた顔でオレを見上げて、か細い声で言った。

 こんな幼いわらすでも、魔女のことは知ってんのか。

 すっかりおびえ切ってて、これ以上怖がらせるのも可哀想かわいそうだ。

 その場に落ちてたぼっこ(棒きれ)を拾い、帰り道を指し示す。

「あっちへ向かって歩いて行け、人間の街へ戻れる。もう二度と、戻って来るな」

 それだけ教えると、用済みとばかりにローブをひるがえして、素早く姿を消した。

 別れた後、しばらく様子を伺って、わらすが背を向けて歩き出すのを見届けてから、仮面とローブを脱いだ。

 もう二度と、会うこともねぇべ。

 ――と、思っていた時期が、僕にもありました。

 偶然ぐうぜんだったのか、必然ひつぜんだったのか。

 もしかすると、「運命」だったのかもな。

「ついでだから、寄ってくべ」っつって、いつもは行かない泉へ向かった。

 なんでか、自然と足が、泉へ向いてたのよね。

 綺麗きれいな水がき出る、小さな泉が見えてくると。

 泉のすぐ側に、おっつい(大きい)ゴミが落ちていた。

「人間が、ゴミを不法投棄ふほうとうきしやがったのか、死ねや」と、思いきや。

 良く見れば、うつ伏せに倒れたわらすだった。

 あれ? コイツ、なんでこんなとこにいんのよ?

 教えてやった道と、全然違うとこ来てんじゃねぇか。

 ひょっとして、方向音痴?

 だから、迷子になんだよ。

 あんまし、人間とは関わりたくねぇんだけど。

 ここで野垂のたれ死なれちゃ、良心りょうしんが痛む(罪の意識が、重く心にし掛かる)。

 仕方ねぇ、助けてやるか。

「おい、起きろや」

 チョンチョンと指でわらすの頭を、ちょす(触る)が反応がない。

「おいってば」

 今度は、背に手を当ててゆすってみたが、これも反応なし。

 仰向あおむけにして、ほおに触れてみたら、柔らかさはまるでなく、皮と骨だけ。

 わらすにしては、やけに体温が低い。

 いくら動かしても、目を開かない。

 なんだ、ホントに野垂れ死んだのか。

 せっかく見逃みのがしてやったのに、なんで死んでんのよ。

 さっきまで、生きてたじゃねぇか。

 自分の足で立ってたし、話しもした。

 別れて、たったの数十分だぞ。

 なのに、もう死んだの……。

 こんな、こまい(小さい)のに。

 そうか……、無力だから、死んだのか。

 もしかしたら、貧しさゆえに捨てられた子かもしれない。

 死ぬと分かっていれば、もう少し優しくしてやれば良かった。

 せめて、末期の水まつごのみずきに苦しまず、安らかにあの世へ行けるように、死者の口に水を含ませる儀式ぎしき)ぐらいはしてやろう。

 手で水をすくって、わらすの口に水をしたたらせた。

 すると、こまい唇が震えて、オレの人差し指にちゅーちゅー吸い付いた。

「お?」

 赤ちゃんみてぇに吸われて、こちょばい(くすぐったい)。

 生き返った……いや、オレが死んだと勘違かんちがいしただけだわ。

 どうやら、よほどのどが渇いているらしい。

 すぐ目の前に水があるのに、辿たどり着く前に行き倒れたのか。

 マヌケなヤツ。

「分かった分かった、やるから」

 こまい体を抱っこして、水を与える。

 大量に飲ませるとむせるから、ちょっとずつ。

「もっともっと」とばかりに、すがってくる(=頼りとするものに寄りかかる)。

 なんか、めんこく(可愛く)見えてきた。

 何度も繰り返し水を与えたら、ずっと閉じていたまぶたが震えて、目が開かれた。

 その美しい目にせられ、思わず息を呑んだ。

 無性むしょうに頭を撫でたくなって、おそる恐るでてみる。

 すると、人懐っこい猫のように、もっと撫でろとばかりに頭を擦り寄せてくる。

 何これ、なまらめんこい(とても可愛い)。

 気が付くと、オレはデレデレの笑顔になっていて、頭を撫で続けていた。

 なんとなく、話してみたくなって、口を開く。

「お前、なして(どうして)、こんなとこにいるのよ? お父さんとお母さんは?」

 自然と、優しい声色で話し掛けている自分に驚いた。

 わらすは悲しそうな顔になって、オレを見つめて答える。

「パパとママ、おうち」

「そっか、おうちにいんのか。場所は、どこだ?」

「捨てられちゃったから、おうち帰れないの」

 迷子じゃなくて、捨て子だったのか。

 だから、こんなにみったくないのか。

 こんなにめんこいわらすなのに、なんで投げ(捨て)んのよ。

「そっか、捨て子か。お前、名前は?」

 わらすは、唇をぎゅっと閉じて、首を横に振った。

 は? まさか、こいつの親は名前すら、付けてやってねぇのか?

 名前ってのは、個人を特定する大事なもんじゃねぇの?

 愛する我が子に名前を付けるのは、親の権利であり、義務だろうが。

 こんなこまいわらすを、ゴミクズのように投げるような、ろくでもねぇ毒親どくおやだから、名前も付けなかったんだべ。

 これだから、人間は……。

「したっけ(だったら)、オレが拾ってやるよ」

「え?」

 わらすの目が、驚きに大きく見開かれる。

 そりゃ、見ず知らずの男に、突然「拾ってやる」なんて言われりゃ、驚くわな。

 捨て犬や捨て猫じゃ、あるまいに。

 でも、欲しいと思ったんだ。

 なまらめんこいわらすを、オレのものにしたい。

 可哀想なわらすを、めいっぱい愛してやりたい。

 そう、強く思ったんだ。

 オレは、出来る限り優しく笑い掛ける。

「捨てられたんなら、拾ったオレのもんだべや。お前は、オレに拾われるのは嫌か? 嫌なら、拾わねぇけど」

「嫌じゃないでしゅ! 拾ってくだしゃいっ!」

 わらすはこんまい手で、オレの服をぎゅっと掴んで、全身で訴えてきた。

 嫌じゃないと言ってくれて、オレは胸がほっこりと温かくなった。

 わらすの頭をよしよしと撫でて、こまくて軽い体を抱き上げる。

「よし。今からお前は、オレのもんだ」

「はい!」

 わらすは嬉しそうに笑って、良い子の返事をした。

 ああ、なんてめんこい子なんだ。

 名前は……あとで考えればいいか。

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