第7話 魔界人を助けるための最後の試練

 なぜ、平和で楽しい楽園であるはずの妖精の世界なのに、こうした迷いの森があるのだろうか。ナルルはふしぎに思った。本来これほどの厳しい環境は一部とはいっても妖精の世界にはふさわしくはないとも思えたからだ。妖精の国は誰にでも優しく、誰もが等しく楽しみを享受できるような社会になっていた。それが当たり前の妖精界に意地悪な迷いの森がなぜ必要なのか。あること自体が不思議に思えた。

 だが、あるのは現実で、仕方がないことだった。

 おそらく、この迷いの森は妖精の社会に森全体がどこかの世界から迷い込んだものなのかもしれない。だから、妖精の世界をさまよって定住の地を探し回っているのかもしれないと思った。森全体がすみかを探して、あっちにいったりこっちに来たりと迷ってしまっている。きちんと妖精の世界が受け入れてあげて、定住できる場所を与えるのが筋ではないかと考えた。この森も病んでいる。悩んでいるように思えた。ナルルは何とかこの森のために何かしてあげられないものかと考えた。森のために、小さなことでもしてあげたい。そう考えた。

 ナルルは小さな川に沿って歩いた。きれいな水の流れを見ていると心が和んだ。空気も澄んで、気持ちいい臭いが漂い、安らぎが心を満たしてくれた。ナルルは方向感を考えて歩いているのではなく、自然に、心の赴く方向に向かって歩いていた。抜け出ることを優先しない。自分の心の波長が合った道を進むことが最善だと考えていた。どうせ迷いの森。考えたとしても苦しむだけ。何度も悩んでぐるぐる回り続けるよりも、心のままに心の好む方向に向かって進むのもいいものだという事を知った。

 しばらく景色を楽しみながら進んでいくと、小さなうさぎと遭遇した。まだほんの子供だった。よく見ると、哀しそうな眼をしていた。

「どうかしたの。お母さんはいないの」ナルルが声をかけると、その子ウサギはこっちに来てというお願いをするような目つきでナルルを見て、歩き出した。ナルルもつられるようにその子ウサギの後を追った、子ウサギはスピードを上げて走り出した。

「どこまで行くの。待ってよ」ナルルは駆け足でついていった。

「早すぎるよ、まってよ」追いつくのがやっとだった。

 少しすると、親うさぎがいた。親うさぎは、お腹を空かせていた。元気がなくもうこれ以上は走る元気もないと言った感じがした。ナルルは親うさぎに近づき、ポケットから草を取り出した。お腹がすいたら食べようと持ってきた非常食だった。この先、お腹がすいた時に食べるものがないと困るとわかっていたが、ナルルはその草を親うさぎに与えた。するとなんと親うさぎは元気を取り戻して、子ウサギとともに走り出してどこかに去って行った。

「良かった」ナルルはそう思って、再び来た道をもどり、川沿いの道を再び歩き出した。しばらく進むと今度は子供のリスが悲しそうにしていた。ナルルが近づくと涙目でナルルを見つめた。

「リスさん。どうかしたの。お母さんとはぐれたの」そう言葉をかけると、小さなリスは『こっちだよ』というようにナルルを見て走り出した。ナルルもまた追いかけた。ほどなく親のリスが横たわっているのを見つけた。やはり、お腹が減っていて動けない様子だった。ナルルはポケットを探った。すると花がいくつか出てきた。これも非常食用の食料で、ナルルはこれを失うと、自分はもしかすると後で何も食べるものが無くなり餓死して死んでしまうかもと、一瞬ためらった。でも、リスは今すぐに食べ物を与えてあげないと死ぬかもしれないと思い、全部、親リスに食べさせた。もう何も残っていなかった。親リスは元気になって、子供のリスとともにどこかに走り去っていった。

 ナルルはまた来た道を戻り、再び川沿いに歩き始めた。もうポケットの中の食糧は空っぽだった。でもナルルは気にしなかった。

 しばらく進むと、今度はおばあさんが道端で座り込んでいた。

「おばあさん大丈夫ですか」ナルルは優しく声をかけた。おばあさんは息が荒く、なにかの重い病気のようだった。

「苦しいですか。しっかりしてください」ナルルはおばあさんを介抱した。それでも良くはならなかった。むしろどんどんひどくなり、横になった。息が苦しそうになってきた。このままにしておいたら死んでしまう恐れも出てきた。

「どうしたらいいんだろう。」ナルルは魔法も使えないのでどうしようもなかった。でも何とか助けてあげる方法はないかと思案した。ナルルはポケットから、花の包みを取り出した。

「もうこれしかない」ためらっても仕方ないと考えて、花の蜜を半分に分けて、おばあさんに飲ませた。おばあさんはミルミル元気になっていった。

「良かった、効果があったみたいね。」ナルルは喜んだ。

「お前はなんて心が優しい子なんだい。自分の心配よりも他人の心配している。これほど優しい娘に会ったことはないよ。気に入ったよ。」とおばあさんは言った。

「あそこに小屋が見えるだろう。あの小屋はこの迷いの森の出口になっている。そこから出ておゆき。妖精の世界がお前を待っている。お前は妖精の優しさと寛大さを世界中に広めていくために、この迷いの森にいてはならない人物だよ」そう言っておばあさんは、

「ありがとう。早く行きなさい」とナルルの背中を押した。

 ナルルは、その小屋のドアを開けて、中に入った。もうそこは妖精の世界だった。広々とした草原に、一面に黄色の花が咲き乱れ、黄色の蝶がたくさん飛び舞っていた。緑の草原と大地に美しいコントラストで感動を与えた。ナルルは迷いの森を無事に切り抜けたという成功を祝福されたような気持になった。厳しい森の試練に耐えて、目的を達成したという充実感が込み上げてきた。

 でもゆっくり感激してもいられなかった。

「急がないと」ルジェアの命が危ない。時間の余裕はない。ナルルはすぐに行動を開始した。妖力を使って時空を切り裂き、人間社会に戻ることにした。

 人間界に戻ると、ミチルが首を長くして待っていた。

「大変だったね、ナルル。でもまた一段と成長したね。あんたがどんどん変わっていく気がする。すごく頼もしい存在に見えてくるんだ。」ミチルは感じたことをそのまま言葉に出していった。

「ありがとう。ミチルだって人間界にきて見聞を広げてる。すごく成長してるのがわかるよ」ナルルはミチルに感謝していた。こうして自由に行動ができるのもミチルがいての行動だった。

 ナルルがいないあいだ、ミチルはオーケーストアでナルルの抜けた分としてアルバイトを買って出た。少しでもナルルに負担をかけてたくないという親友としての配慮だった。頼まれたわけでもないが、そうすることが義務のようにかんがえて、会社にナルルの補充としてのアルバイトを申し出た。会社はすぐに替わりでいいから手伝ってほしいと頼んできた。簡単な面接がありすぐに採用された。

 ナルルは人間界が気になって時々、様子をうかがっていたが、うまくミチルがやってくれているので安心して任せていたのだった。

「ミチル、本当にありがとうね」ナルルはミチルに感謝した。

「それはそうと、魔界人は呼べるのかしら。あちらから連絡はあったの?」

「それが・・・。とにかく急ごう、行ってみよう。これで呼べばいいよ」ミチルはそういうと、魔法の杖を取り出して、大きな花火を上げた。大空にきれいな花火があがった。パラパラと光が瞬いた。

「きれいね。心が洗われるような光だわ。でも、最後の消える瞬間が物悲しいって何かを暗示してるみたいで、ちょっとね・・・」

「そう、う、だね・・・」ミチルは何か言いたげだった。

 すぐに魔界からの迎えがやってきた。

「お待ちしてました、ナルルさま。どうぞこちらに」魔界人はゆったりしたゴンドラ風の時空移動船にナルルとミチルを乗せて、時空感を移動した。

 始めて魔界を目にした。

「うわー、魔界って、きれいね。想像してたのはよほど暗くて陰湿・・・だと思ってたけど。すごくいいところね」ミチルは目を見張った。ナルルも初めて見る世界に感動した。

 大きなレンガ造りのお城があった。大きな川がちかくに流れ、岩がごつごつとした平野に美しい花や草が生い茂っていた。

 少しはなれたところには、いくつもの集落があり、童話で出てくるようなとがった屋根や丸い形の屋根が雲の間からたくさん見えた。川の上流には巨大な滝がそびえたっていた。魔界人の生活を支える重要な水の源に違いないと思えた。

 魔界では風車も多く見られた。各家庭は風車を利用して電気を起こしていた。その風車は縦でも横でも自由自在に動き、効率よく電気を生産する仕組みとなっていた。

 川の下流には大きな水車がいくつもあって、水が汲み上げられ畑や田んぼに水が流されていた。水車からは電気も作られていて、街路灯などの明かりに利用されていた。手作りで野菜や穀物が作られる仕組みは人間界も、魔界も妖精界も共通して似ていると思えた。魔法や妖力で作り出す食糧は少しありがたみが薄かった。自然の川の水で育つ野菜には自然の心がたっぷり含まれている。水をひいて各集落は野菜作りや花壇で草花を育ててそれぞれが生活を楽しんでいる風だった。妖精の世界と似ていて、自然を存分に工夫して利用していると思えた。

 道路も整備されていた。魔法で空を飛ぶことは簡単だが、歩いた方が体力の維持にまた健康にもいいという考えのように思えた。

 ナルルとミチルはお城の中に入って行った。城の中では、大勢の魔界人が出迎えてくれた。ナルル達が来るという事で歓迎の態勢を取っていてくれたようだった。紅いじゅうたんが長く伸びていた。その先に治療部屋があって、そこに行くと、周囲からはすすり泣く声が聞こえてきた。『どうしたのだろう』その啜り泣きは、心なしかナルルの胸に突き刺さった。

 治療の部屋に入っていくと、

 ガダルはじめ魔界人の幹部の指導者たちが一斉に立ち上がって、ナルルとミチルに敬意を払ってくれた。まるで最高権力者でも到着したように、みんなが揃って歓迎してくれた。でもすこし大げさで、物々しい重厚な雰囲気には照れくさくなった。

「よく来てくれたね、ナルルさん、そしてミチルさん。君を魔界は大歓迎します。こうして妖精の君たちと平和的に合える事を、私が代表として感謝したい。ようこそいらっしゃい」ガダルは丁重な歓迎の言葉をかけてくれた。

「ルジェアに会っていってもらいたい」とナルルに頼んだ。

「もちろんです」ナルルは明るくこたえた。が、ガダルの表情の反応は固く、暗かった。

「ナルル、あなたなら、無事に迷いの森から帰ってこれると信じていたわ。毎日、願っていたの、あなたが無事に帰ってきてくれることを。私も父も母も心配していたわ」話の主は姉のストラだった。。ナルルを見て思わずストラは感激して涙を流した。彼女の母親が横で娘をかばうようにしながら、挨拶した。

「あなたが無事に帰ってこれて、これで娘も安心してあの世に行けます」涙の母親から意外な発言が飛び出した。

「えっ、亡くなったという事ですか。間に合わなかったという事ですか・・・」ナルルは愕然として、全身から力が抜けていくような気持になった。次の言葉が出てこなかった。

「さっ、くよくよしても仕方ない。過ぎたことだよ。ルジェアとひと目だけでもあって行ってください」ガダルはナルルとミチルをベッドに誘導した。

 ベッドにはルジェアがまるで生きているかのような表情で横たわっていた。

「なんてきれいなの。まるで生きたお人形様のようね」ミチルは思わず口走った。

「すごくきれい」ナルルはやりきれない気持ちでいっぱいになった。

「いつ亡くなったのですか」ミチルが尋ねた。

「3時間ほどたつだろうか。最後まできれいな表情でなくなったよ。どんなにナルルさんをあの子は慕っていたのか。最後に口にしたのは、『ナルル』という言葉だった。私たち親兄弟よりも、あなたをとても信頼していたようだった。あの子の部屋には、あなたの写真が、いつの間に撮っていたのかいくつも見つかった。ナルルさんをあの子は尊敬していたようだ。私は後悔しているんだ。自分の気持ちだけで先走ってしまった。でもこれからはルジェアの気持を尊重していこうと思っている。妖精界と仲良く暮らす考えだよ」ガダルは幹部の人たちの前ではっきりと口に出した。そこにいた人たちも皆、同調しうなづいた。

「良かったねナルル、あなたの夢が遂に叶ったね。あなたのあきらめない心が実を結んだんだね。やっぱり行動は正しかったという事ね。奇跡みたいだけど、本当に夢がかなったんだね」ミチルはナルルの先見の明はすごいと感じた。


「でも・・・ルジェアは。助からなかったよ」がっかりした小さな声を漏らした。

 ナルルはルジェアの傍らに立って、ポケットから、迷いの森で採取してきた花の蜜を取り出した。

「もうこれしかあなたにしてあげられないわね」ナルルはそう言って、迷いの森から集めてきた花の蜜をルジェアの唇を少し開いて、注ぎ込んだ。死んだルジェアは飲み込むことはできないがジワリとのどの奥に染み込んでいった。

 もしかしたらという望みは捨ててはいなかった。でもやっぱり効果はなかった。ルジェアは冷たくなったままだった。

『もうこれ以上はどうしようもない』

 ナルルはお別れのキスをルジェアの頬にした。

 ルジェアはナルルを信じて、渡してはいけないはずの秘密の魔法の杖をゆだねてくれた。それで東京の街に降りかかった枯れの現象を回復させてほしいと望みを託してくれた。その信頼関係が嬉しくて友情が芽生えたのだった。ナルルは信頼してくれたルジェアの気持ちに心が動かされ、ルジェアの信頼にこたえるために、自分の危険を顧みずに迷いの森に飛び込んで花の蜜を集めてきたのだった。到着するのがもうちょっと早ければルジェアの命を救う事が出来たのに。期待に応えられなかった悔しさと、死なせてしまったという絶望とが複雑にナルルの心で絡みあっていた。

「自分を責めないでナルル」姉のストラがいたたまれなくなって、後ろから声をかけた。ナルルの傷ついた心を少しでも癒してあげたいと素直に思った。ナルルは相当のショックを受けているに違いなかった。そしてルジェアの死を、自分のせいだと責め悲嘆に暮れてしまってはいけないと考えた。

 ナルルはストラの思いやりが救いのように思えた。ストラの暖かさに触れて、感情が込み上げてきた。今までにない大粒の涙がナルルの目からあふれるように頬を伝って流れた。きれいな泉から流れ出るような清らかな水滴だった。まるで愛とはこんなものというような心のこもった涙だった。ナルルの心そのものを表わした愛ある涙が頬を伝い、流れ、そしてルジェアの頬にその滴は落ちて、破裂するように広がり、ルジェアの口にも霧のように注がれていった。

 突然、辺りに稲妻のような光が放たれた。予想もしない出来事だった。金色に輝くその光の正体は妖精の魂から出る光の渦と見られた。特別の妖精だけが、特別の時だけに出す光。金色に染まった光は浮遊しながら集まりそしてゆっくりルジェアの胸に吸い込まれていった。

 とそのとき、ルジェアの指がかすかにピクリと動いたような気がした。みんなは息をのんで、何事が起ったのかと驚いた。彼女の指はまた動いた。今度は前よりも動きが大きくなった。金色の光は妖精界の神髄と言われるもので、昔から奇跡を起こすと信じられていた。その伝説が今目の前で現実のものとなった。

「本当に金色の光ってあったんだ」ミチルは信じられないという思いだった。

 ルジェアは目を覚ました。皆が驚く見ている前で、目をさまし体をベッドでゆっくり起こした。奇跡の瞬間に、誰もがいきをのんで、信じられないといった表情を見せた。

「こ、こっ、こんなことがおこるとは」ガダルは震えるような声を出して叫んだ。

 一度死んでしまった魔法人を生き返らせることはどんな魔法人でもできなかった。今回のように体中をカエンタケの猛毒がむしばみ、内臓を壊死させてしまった以上は復活させようとしても、誰にもできないことだった。魔法の限界を超えた能力だったことは明らかだった。その場に居合わせた皆が、妖力のすごさを見せつけられる思いがした。

「なんてすごいんだ」ガダルは驚嘆の声を上げた。

「ルジェアーっ」姉のストラが大声で叫び、駆け寄って、ルジェアを強く抱きしめた。母親もすぐにルジェアの手を取って涙ながらに喜んだ。

「こんなこと、こんなこと。」ストラは言葉にならない言葉で感動して、涙で顔はボロボロになっていた。

「私がいけなかったの、私があなたを・・・もう危険なことはさせないからね」ストラはルジェアにこころから謝っていた。

「姉さん、わたしどうかしてたの・・・。みんな・・・どうしたというの」当の本人は何が自分に起こっていたのかはわからなかった。キョトンとするばかりだった。

 そこにいた全員が思わず拍手した。もう言葉で説明はできない。拍手でルジェアの生還を祝い、喜びを伝えた。

 ナルルが奇跡でルジェアを生き返らせたという話しは、瞬く間に魔界人の間に広まっていった。街の至る所に設置された波動スピーカーもルジェアが生き返ったことを報道した。3,4時間前には、亡くなったという話しがあったばかりだった。今度は生き返ったという事で、2度びっくりしていた。

 お城にむかって多くの魔界人が、事実を確かめようとやってきた。それぞれ、勢いよく飛んでくるので集まるのもあっという間だった。大勢の群衆が集まったことから、最高指導者のガダルは皆に説明しなければならなくなった。

 集まった全員には祝いのケーキが送られた。魔法で出したもので配達も一斉に素早く行われた。次にワインのようなものが全員に配られた。

 ガダルは皆の前で、妖精のナルルが、娘のルジェアの命を甦らせたこと、さらに姉のストラも助けられたこと、また、妖精界とこれからは争うのではなく協力関係を強め仲良く暮らしていくという魔界の方針転換を重みをもって、みんなに伝えた。

 そこに集まった大多数が賛同の拍手をガダルに送った。みんなもそう願っていたのだという事が、手に取るようにはっきりと伝わってきた。

 ナルルが挨拶した。みんなはナルルの美しさに息をのんだ。

 その時ナルルは輝いていた。まるで王女様のようなキラキラした光を放っていた。金色に輝く宝石のように美しい妖精だと皆は思った。話している内容よりも、ざわめきと、拍手の渦に囲まれた。

 あまりのうるささで、ナルルが挨拶した言葉は何言ったのかが、はっきりとは聴き取れなかった。

「ただ、皆さまよろしくお願いします」程度の挨拶だったようにも聞こえた。

 一晩あげての祝賀会となった。お城には山ほどの花が届けられた。妖精は花が好きで、切り取ったものでも、地面に刺して、再び育てることができると知られており、気兼ねなくみんなは花を贈った。

 これだけの魔界人が妖精に好意的ならば、この機会に。妖精界の首族長まで呼んではどうかという声が組織の幹部からも出た。

「おそらくナルルもミチルもいる事だろうから、首族長のバルモランも来ないという返事はできないのではないか。できれば、平和の条約を今すぐにでも結ぼう。このチャンスを逃してはならない」とガダルは部下に指示して、招待の伝令を使者に渡した。

 瞬時に妖精界に伝わった。妖精界では、ナルルと、ミチルとが魔界に入ったという事で、緊張が走っていた。特殊チームまで準備していた。伝令を見て、族長からは

「罠ではないのか」

「いやこれは好機だ、逃してはならない」

「慎重に条約文を交わしてから、招待には応じるべきだ」

「まずは、ナルルとミチルを取り戻してから、招待に応じるべきだ。でないともし二人が拉致でもされれば大変なことになる」

 様々な声が出て、紛糾した。

 首族長のバルモランは決断した。

「いつまでもいがみ合っても仕方ない。この機会にチャンスにかけてみよう。ナルルとミチルとが歓迎されている。まさか、そこで大きな騒動は起こらないはず。せっかくナルルとミチルが命を張って行動しているのに、我々が心配していてもどうにもならない。そんな弱気では和平はいつになっても来ないし、妖精界のみんなからも信望を失ってしまう。私が言って直接話しを通してこよう。もしも私に何かあっても、皆がいれば安泰だ。ここは私一人で魔界に行ってこよう。それが首族長の務めだと思う」バルモランはもしものことまで考えて、慎重に決断した。

 バルモランは魔界の招待の時空間移動船に乗り込んだ。娘のアベルが同行した。アベルはナルルが心配でじっと待ってはいられないと、バルモランに同行すると強行に出た。もとより、アベルは言い出したら止まらない性格だった。ナルルと似た性格だった。仕方ないので、バルモランはアベルを連れていくことにした。

 その話は、魔界にいち早く伝わった。

 まさか、バルモラン自らが来るとはガダルも思っていなかった。しかもアベルまで来るとなると、もし万一事故でも発生したら大変だという事で、市民による城でのパーティは即刻中止された。同時に、物々しい警備が敷かれた。

 魔界人の中には未だに、妖精界に敵意を持つ者もいた。万一、テロのような行動が起こったら、この話し合いは一気に決裂して、それどころか、場合によってはこれまでにない大戦争に発展するかもしれなかった。

「何としても、妖精界との話し合いは成功させなければならない。娘の生還祝いも大切だが、この妖精界との対話はもっと重要となる。みんなも協力してほしい」とガダルは幹部の人々に丁寧に説明した。みんなも同じ意見だった。


 魔界に入った妖精の首族長バルモランとその娘アベルは大きな城に案内された。妖精が魔界に招待されたというのは初めてだった。バルモランとアベルは警戒しながらも、この機会に魔界人達と妖精界が仲良くなれるという社会の実現を待ち望んでおり、うまく話しあいが進むことを期待していた。それとナルルとミチルの身の安全を早く確認したいと考えていた。

 そのころ、ナルルとミチルはストラの案内でお城のなかを見て回っていた。ストラは精いっぱい2人に命を助けてもらったお礼がしたいと考えていた。城の中には大きな噴水があり花の庭園が広がっていた。

「魔界の人も花は好きなんだね」ミチルが聞いた。

「そうよ。昔は殺伐としていたらしい。大きな岩ばかり庭園にはおかれていたり、武闘の練習場などが置かれて、魔法を競ったり、武人の戦いが毎日行われたりして、血を流す事も多かったと聞いてる。誰が一番強いとか競っていたの。でも、次第にみんな意味がないように感じるようになって、そうした練習場は花が咲き誇る庭園にドンドン入れ替わって行ったと聞いている。ムダな戦いはしたくないという魔界人が多くなったわけね。それで今は、血を流すような競技場はお城の中には全くなくなってしまったわ。今は魔界人も戦いよりも、家庭を守ろうとする人が多くなってるの。だから、今回、妖精界との平和の条約がうまくいくことを私も願ってる」ストラは、庭園を紹介しながらも、ナルル達と仲良くしたいという意思を強調した。

 庭園の中は、警戒はほとんどなかった。城の城壁などに警戒は集中しており、中に入れない以上は問題は発生しないと手薄になっていた。見る角度によっては無防備にも見えた。

 そうした中で、突然クーデターが発生したようだった。城壁の方で爆弾のようなものが破裂した。大きな爆発音が響いてきた。

「なにごとだ」

「反乱軍が、攻撃してきたようだ」

「警戒を固めるんだ」

 物々しい動きになってきた。ナルルとミチルはすぐに安全確保のためだからといい、地下の倉庫に一時的に隠れていてほしいと警備隊員から要請があった。

 地下の倉庫に入ると頑丈な部屋に通された。ドアを通る時に激しい波動を感じた。

「これなんだろう。頭が痛くなった。」ミチルが言った。ナルルも息苦しい感じがした。不安がよぎった。

 中に入ると大きなカギがかけられた。

「何するのよ。私たちをとじこめるつもりなの」ミチルが大きな声を上げた。

「もうお前たちはここから出ることはできない」怖そうな大男が言った。

「ふざけないでよ。私たちはお客様なのよ。なんてことするの、仲間が黙ってないわよ。それとこんな牢屋なんて私たちには効かないよ。エイッ、やーッ」ミチルは妖力を使った。ところがうまく妖力が反応しない。フライパンが出たり、手袋が出たり全く期待したような妖力ができないそればかりか、使えば使うほど頭が痛くなってきた。

「ミチル待って、妖力は使ってはダメよ。使うと事態はどんどん悪くなっていくから」ナルルがミチルの行動をいさめた。

「よくわかったな。ここは妖力を妨害する波動の部屋だ。お前たちは人質になったんだ。ここで、おとなしくしてるんだ。何が平和だ、俺たちは平和に反対だ。今回の和平の動きはぶっ壊してやる。おまえら妖精が、俺の爺さんガルディアンを殺したんだ。俺はその息子のソウディアンだ。絶対に許さない。この平和会談をぶち壊して、おまえら2人も死ぬ苦しみを味わわせてやるからな。お前らの力はこの中で衰弱するだろうから、衰弱したら料理してやる。今は危なくて手が出せないから、少しだけこの部屋で苦しんでな。あとで楽にしてやるから」ソウディアンは冷酷な男だった。目的達成のためには何でもやる非道な男だった。

 部下たちに、もっと爆弾を投下して会談を中止させろと命令していた。

 そこに一人の老婆が現れた。

「なんだこのババアが。おい、このババアを痛めつけて、花壇にでもぶん投げてこい。」ソウディアンは部下に命じた。

 ところがそのおばあさんはとんでもなく強かった。10人の兵士は一瞬で倒されてしまった。魔法が全て封じられてしまい、魔界人達は何もできず、老婆に触れる事すらもできずに倒されてしまったのである。

 ソウディアンは応援を呼んだが、かかって行っても、魔法は全てはねのけられ、全員が一撃で倒されてしまった。強すぎた。あまりの強さにソウディアンはたじろいでしまった。

「もうやめろ。こいつはただ者じゃない。犠牲者が増えるばかりだ。何者だ、どうして我々の邪魔をするんだ」老婆に向かっていった。

「おとなしくあきらめるんだ。ここで退却すれば、今回は許してやろう。もしこれ以上続けるのであれば容赦はしない。本当の力を見せつけて、全員を倒すことになる。無意味な戦いはするんじゃない。昔の恨みをいつまでも引きずるんじゃない。」その老婆が言った。

「こんな強い奴が…俺の何倍も強い奴がいたなんて。この魔界では俺より強い奴はいなかったはず。信じられない」ソウディアンはどうするか迷った。

「おかしら、この女はもしかして、暗黒の女王では。強すぎます」部下の一人が言った。

「まさか。あの暗黒の女王が・・・。みんな、全員ひけ。直ちに攻撃をやめて各自撤退せよ」

「おかしら」

「ぐずぐずするな、すぐに、撤退するんだ。このままでは全滅してしまう」ソウディアンは再度、全員退却の指示を出した。仲間もソウディアンもあわてて退却していった。城の周囲でもピタリと攻撃が止まり静まり返った。ソウディアンの部隊は総勢で300人ぐらいいたが全員があっという間に退散してしまった。

 とんでもなく強いおばあさんの登場だった。しかもものの10分ほどで300人近くの魔界人の武人たちを蹴散らしてしまった。

 ナルルとミチルは無事に倉庫から抜け出ることができた。

「おばあさんありがとう。助けてもらって感謝いたします」ナルルは丁寧にお礼を言った。

「いいんだよ。悪い予感がして。戻ってきて正解だったよ。私の事は皆には内緒にしておいておくれ。私はなるべく口出しはしないことにしている。一人自由にさまよえる生活を送っているのさ。権力も、財力も関心はない。自由にそして自然に囲まれてのんびりさすらう。あの人の消えた姿を追って。ナルルお前はその人の性格に似ている。友情を大切に、愛する気持ちを忘れない、その誠意と熱意に私は心が打たれた。それで今回はしゃしゃり出てしまった。

 がんばって生きていきなさい」老婆はそう言って、闇に消えていった。

「いったい何言ってたの。いきなり来て、あっという間にいなくなった。理解できないよ。ねっ、ナルル。ナルルってばぁ」ミチルはどんどん歩くナルルに追いすがりながらもなんだったんだろうかと、不思議がっていた。

 ナルルの顔には、わかっているという納得した表情が出ていた。

 何事もなかったように。貴賓室では宴会が始まっていた。

「ナルルとミチルここだよ。いいところに来た。さっきまで不穏な動きが城の外であったが、どうやらすぐに退散したようだ。単なる嫌がらせだったようだ。

 おまえたちが無事で何よりだ。」おじいさん、妖精の首族長バルモランは上機嫌だった。

「よかったわ、ふたりとも。無事な姿が確認できて、私もホッとしたわ。いまガダルさまから二人の活躍はききましたよ。素晴らしい活躍だったわね。それに魔界人と平和条約が整ったわよ。すごいことしましたね。二人のおかげよ」母アベルは満面の笑顔で喜んだ。

「お母さん、でも・・・全部見ていたくせして」ナルルは母親に甘えるそぶりを見せた。やはりまだ、ナルルには少女の面影が残っていた。


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恋ときままな妖精 @edagawa31sizu

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