第6話 妖精の迷いの森

 妖精と魔界人とは、古い昔からいろいろな問題を抱えていた。最近では平和主義者が魔界人の中にも浸透してきてはいたが、やはり敵対視する勢力を説得はできなかった。そのため2つの世界の関係はあまり良くなかったのである。

 なかでも、魔界人のガダルは妖精界を特に憎んでいた。

 前回は思わぬ展開となり、妖精界との衝突で死者まで出してしまった。魔界人が一気に人間界を支配しようと企み、人間社会で平和を望む組織を根絶しようとして、平和主義を掲げたリーダーたちを次々に殺していったことが、大きな戦闘の背景だった。妖精界は何度も魔界人と平和の交渉を続けたが聞き入れられずに、魔界人指導者の5人が妖精界の使者によって殺されてしまった。

 魔界人はこの戦いで、一気に戦争反対者が切り替えし、平和主義が大勢を占めるようになっていた。

 ところが、5人の戦死者の中でも、最右翼のダスカルの息子ガダルは、父親が殺されたことを許すことはできずに、今もなお妖精界に恨みを持ち、隙あれば仇を返し勢力を盛り返そうとたくらんでいたのだった。ガダルは父親の仇が、ナルルの父親であったことを突き止めた。ただそのナルルの父親は、その後魔界の毒矢にあたり、息絶えたことが妖精界の情報を分析してわかった。そこでガダルは、その子のナルルを狙った。ナルルは妖精界で、先行き女の首族長になるのではないかとも噂されており、少女のうちに痛い思いをさせて、魔界人に手が出しにくいようにしてしまおうともくろんでいた。マークしていたところ、人間界に入って妖力を失ったことを知り、ここがナルルを叩くチャンスと考えていた。ただ殺したりすれば、妖精界の逆鱗に触れることは確実で、妖精界から総攻撃されるかもしれなかった。さらに、平和主義の魔界人達も批判を強め、魔界が分断してしまう。それは得策ではないので、あくまでもナルルを苦しめて、力をそぎ、魔界人に対する畏怖の念を抱かせることを目標にしていた。そのための、工作員を何人も、ナルルに対して送り込んだのである。

 今回は工作員でもあり娘でもあるストラとルジェアを送り込んだ。ガダルは娘たちに経験を積ませ、つぎのリーダーに育てようと考えていた。

 ストラは、人間の本能は性悪でそれが生きるためにも重要となっているという考えで、その性悪さを否定したら人間界はうまくいかなくなる。戦争や戦いで、競争するからその競争に生き残りを賭けて努力し発展、繁栄するものだと考えていた。父親のナダルの影響が強かった。ただ、平和主義を容認していた。それはそれで尊重すべきという立場だった。

 ルジェアは基本的には平和主義者だったが、父親の気持ちを尊重し葛藤しながらも父親の指示に従っていた。

 ガダルはあくまでも表面的には人間とも妖精とも戦いは避けなければならないと考えていた。魔界の全体の動きは平和主義に傾いており魔界で孤立することは得策ではないと考えていたためだ。あくまでも、隠密の隠れたところで人間界を悪の道に導き、人間を手なずけて、いずれ悪の世界をめざす。そうした方針を娘たちにも伝えていた。あくまでも人間界に知られないようにすること。さらに、魔法によって人間界をムリに変えないことをストラとルジェアに説明してあった。

 ところがストラとルジェアは、持ち出しを禁じられていた最新鋭の魔法の杖を兵器庫から持ち出してしまった。まだ使い方を知らない二人は取扱説明書を少し読んだだけで最新鋭の魔法の杖を実践で使ってしまったのである。使い方を間違えると、制御ができないほどの衝撃波が生じ自然界を狂わせてしまう事を理解していなかったのである。

 ストラとルジェアは、魔法の杖を使って少し自然界に衝撃を与え、ナルルを困らせようとしが実際はことが大きくなってしまい、収拾がつかなくなってしまった。

 ストラとルジェアは魔界人が住む館にいた。ここは人間界の中で、魔界人が寝泊りするために作られた、秘密基地のようなものだった。目白に基地があった。ナルルの住む池袋からはそれほど遠くではなかった。

「姉さん今日は何を食べようか」二人は食事の準備をしていた。スパゲティにすることになった。地下の倉庫にはいろいろな食糧も備蓄されていた。出前を取ることもできたが、ただ基本的には自炊が当たり前になっていた。もちろん洗濯もする。魔法できれいにすることもできたが、人間界では極力魔法は使わないようにすると言った努力義務があった。それは、人間界を破壊しないようにするための方策だった。魔法の濫用は人間界の社会を壊してしまう。今回のように魔法を使ったところが、その波動が大きく、草や花が枯れてしまい、電気のシステムまで破壊してしまう。自然界の法則と魔法とはうまく共存させるが難しい面があるためだ。

 ストラとルジェアは、草花が枯れていく現象をいったんは止めようとした。いろいろな回復魔法を試みた。ところが、魔法の混乱が起こり逆に事態は悪化してしまった。魔法をかければかけるほど、魔法の威力が渦を巻きかえって被害を大きくしてしまい、状況は予想を超えるものになっていった。本来が魔法界の魔法は、破壊や混乱がメインの魔法で、自然を修復したり、死ぬ人を助けると言ったような治癒能力は乏しかった。あくまでも戦闘系の魔法の能力しか授かってなかった。修復などの技術は、妖精界が得意とする魔法だったからだ。魔界人の魔法は暗闇、無の状態から発生したもの。それに対し妖精界の力は、光の力がメインで生命の誕生。つまり破壊から守ったり、治療したり回復させる能力が強いという特色があった。魔界の闇の力、妖精界の光の力の差がそこには厳然とあったのである。

「ルジェア、地下の倉庫に行って、スパゲティに入れる野菜何かないか探してきて。私はスパゲティゆでておくから。あなたは柔らかい方が好きだったよね。お母さん程じゃないけれど、私のスパゲティだって味はいいからね」姉のストラは料理が得意だった。妹のルジェアは食べるのが専門だった。

「わかった。姉さん、美味しいの作ってね。お野菜は何があるかな」妹は地下の倉庫を探した。

「姉さん、キノコとブロッコリー、それとキャベツがあったよ。」

「じゃあ、ニンニクと少し辛み入れて唐辛子入れようか。」

「でもニンニクと唐辛子って、魔界人にとっては毒じゃないの」妹は心配した。

「まあね。でも少し加えても問題ないよ。入れた方が味がずっと良くなるから。心配しないで。人間だって猛毒のフグ食べてるよね。食べ方さえ間違えなければ、美味しく食べれれるから」姉は料理には自信を持っていた。

 スパゲティの出来上がりはとてもおいしかった。妹も姉も大満足した。

 ところが魔法の杖が無くなってることに気づいた。

「ルジェア、魔法の杖を知らない」姉は尋ねた。

「ごめん姉さん。枯れた現象がどんどん進んでて、気になったから仕方ないから、ナルルに修復を頼んだの」

「なんて馬鹿なことをしたの。敵に魔法の杖を渡しちゃたの。どうするのよ。最強の杖は、まだ極秘だというのに、これがわかったら私たちどうしたらいいの。それでなくても、内緒で持ち出したのに。ただじゃ済まなくなる。お父さんも地位が危なくなるよ」

「どうしよう」妹は弱気になった。

「どうするって、取り返すしかないよね。いいわ。ナルルの所に忍び込んで魔法の杖を奪い返そう。」

「どうやって」

「私にいい考えがあるから、任せなよ。早くいかないと、魔法の杖が妖精界に持って行かれて分析されたら、秘密兵器は意味が無くなってしまうわ」姉のストラは杖を今すぐに取り返しに行くと言い出した。

 二人は、食事を早々に切り上げて、ナルルの家に向かった。外はすでに暗くなっていた。だが街路灯がつき各建物の明かりもついて街が明るくなっていた。

「姉さん、街の明かりが前みたいにきれいについてるね。見て。枯れていた草花もみんな元通りに生き返って、花が咲いている。これで私たち、人間界から恨まれなくてすみそうだし、魔界からも追放されなくて済むわ。やっぱりナルルのおかげだよ。妖精の力ってすごいんだね」妹のルジェアは感動して姉ストラに言った。

「確かにナルルって子はすごいわね。一日でここまで修復するなんて、とても魔界人ではこうはできないものね。それはそうだけど、あいつはおじい様の仇なんだよ。」

「仇ってなんなの。おじい様の仇ですって。」

「ルジェアは知らなくていいことよ」ストラはつき離すように言った。

「えっ、それってなぜ、なぜ私は知ってはいけないの」

 昔あった魔界人と妖精人の戦いについての真相は伏せられていた。魔界人が人間を虐殺し、妖精たちが人間を守るために魔界人を殺したという事実は話してはならなかった。魔界人の残虐性が露呈してしまう。しかもその時の首謀者がおじいさんのダスカルだった。戦いが終わった後で、魔界人の裁判でもおじいさんは暴動反逆罪で追及された。死んだためにうやむやになってしまったが、生きていたら投獄されていた。だが、それでもなお、おじいさんの事をストらは尊敬していた。小さいときにおじいさんから可愛がってもらっていたことを覚えていたためだ。妹のルジェアはまだ幼かったためおじいさんのことを全く覚えていなかった。ストラはおじいさんの悪い話しはルジェアには隠し通すつもりでいた。今回も聞かれたが、その話には触れなかった。

「姉さんもお父さんも何か私に隠してるよね。それっておかしいよ」

「いいから、もっと先になれば、知ることになるから。今は余計な事は聞かないで。話したくないのよ」ストラは冷たくあしらった。

 ストラの顔の表情が曇った。よほど話したくない事情でもあるのだろうとルジェアは思い、それ以上の会話は気まずくなり進まなくなった。

 二人は黙って歩いた。人の波が池袋の街に戻ってきていた。街の中にあるテレビジョンでほぼ電力が回復して、枯れた現象が奇跡的に回復し草花が蘇生してきているという事をニュースでやっていた。

「いったいあんなひどい状態をどうやって回復させたのかしら。」ストらが言った。

「そうだね、私たちでもどうにもならなかったのに。どうしたらそんなことができるんだろうね。妖精の力ってやっぱり、魔界人の力よりもずっと大きいという事かしら」ルジェアが言った。

「魔界人の魔法は破壊したりする力だから、それで競えば決して負けないよ」

「でも、妖力の方が強いという人は多い。昔、一人の妖精に魔界人が5人も倒されたという話し、姉さん聞いたことある?ほんとうなんだろうか」ルジェアは噂で聞いたことをストラに話した。

「そんな、いい加減な話し、どこで聞いたの。そんなはずないから信じちゃだめよ」ストラはさらに機嫌が悪くなった。

 そうこうするうちに、ナルルの住む家に着いた。

「ついたけど。姉さん、ナルルをどうするつもりなの、まさか殺す・・・」

「なんてこと言ってるの。殺すなんてことしないよ。ただちょっと眠らせるだけよ。眠ってるすきに、私たちの魔法の杖を奪うのよ。それだけだから。」

「それだけなの。わかった」ルジェアはホッと安心したような声で答えた。

「でも。おかしいね。ナルルとミチルの気配も匂いもしないわね。家の中も静かだしいないのかも知れないね」

「まだ帰ってないんだよ。たぶんまだ修復の作業を頑張っているんじゃないの。姉さんじゃあ帰ろうよ。もういいよ。魔法の杖だって枯れた状況を修復し終えたら、きっと後で返してくれると思う。ナルルはそんなに悪い妖精じゃないよ。いい妖精だと思うよ」ルジェアはもう、ナルルに対していじわるはよそうと言いたかった。ナルルの事を自分たちを助けてくれた恩人とさえ思っていたのである。


 その頃ナルル達は、懸命に草木の枯れを修復していた。何人も仲間が助けてくれたために順調に進んでいた。

「もうちょっとで完了するね」

「もう最後のエリアだね。ここを終わらせると全部完了するね。やったね。」ミチルは喜んで言った。

「ありがとう。皆が手伝ってくれたおかげで、今日中に全部できたわ。これで人間界も元通りに生活ができる。このことは絶対に忘れないよ。なんてお礼を言っていいのか」ナルルは皆に心から感謝した。みんなは懲罰になるのかも知れなかった。でもそんなことよりも友情を取った。妖精は仲間意識が何よりも強かった。友達のためなら犠牲も顧みない。その勇敢で、心の優しいところが妖精界の最大の特徴ともいえるものだった。友達同士での競争もしないし、争う事もしない。譲り合う精神と助け合う精神が旺盛だった。


「後片付けは、私とミチルでするから、皆は妖精界に戻って。早く戻れば懲罰も軽くて済むかもしれない。お願い、バルモ、みんなを守ってあげてね。」

「そんな心配するなよ。ナルル。僕らは大丈夫だよ。なんたって優秀学生で何度も表彰されてるんだよ。少しは学校もみんなも大目に見てくれるはずだよ。それにナルルとミチルの事もすぐにみんな許してくれると思う。できたら・・・一緒に妖精界に帰らないか」アルラはお願いの気持ちで言った。

「ごめんね。私はまだこの人間界でやりたいことがたくさん残ってるの。今は帰ることはできないの」ナルルは断った。

「そうか、ムリには言わない。ナルルの好きなようにしていい。でも、妖精界はナルルを見捨ててはいないという事を知っていてほしいいんだ。心配してる人も多いという事を」アルラはしつこくするのは逆効果にしかならないと思った。

 アルラもヨデフも、仲間全員と一緒に妖精の世界に戻って行った。その方がナルルを尊重してることになり、ナルルを応援していることに繋がると考えた。ナルルはいずれは妖精界の指導者になる人という認識がみんなに伝わっていた。それだけにナルルの言う事をこの場は聞いた方がいいと判断したのだった。

 全部の作業が終わり、ホッとしたナルルとミチルは、勝ち誇ったような充実感を味わった。

「よかったね、ナルル。これは奇跡だね。こんなすごいことがことできるのはあんただけだと思う」ミチルはナルルの功績を讃えた。

「そんなことないよ。みんなのおかげだよ。特にミチルには感謝してる。ありがとう。ミチルがいてくれたから、出来たんだ。本当に助かったよ、ありがとう」ナルルはミチルに深く感謝した。

「お腹もすいたし、帰ろう。帰ったら美味しご飯が食べれるね」ナルルは喜びながら言った。

「今日は何のご飯だろうね。野菜炒めかな。おじさんの料理って全部美味しいよね。おでんも大好き」

「私だって作ってるよ。次はてんぷらにして、おうどんかお蕎麦はどうかしら。」

「やっぱりなんたって手料理がいいよね。心がこもってる感じがする。私も手伝うからね」ミチルも料理を作るのは好きだった。妖力で出すことは簡単だったが、やはり鍋やフライパンで作る料理の方が、美味しいように感じたのである。

 二人は仲の良い姉妹のように見えた。

 二人は仲良く話しながら、人波をかき分けながら家路についた。

「やっぱり人が多いと、活気があっていいよね。みんな不安が解消して元のように明るくなったね。大変たいへんと言いながらも、人間は毎日を楽しんでるように見える。苦労も見方によっては楽しい物なのかもしれないね。ナルルは人間観察も欠かさなかった。

 家に近づいてくると、誰かが家の前で座り込んでいるのが見えた。二人はなんだろうといぶかった。

「誰か倒れてるみたいね」ミチルが言った。駆け寄ってみると、それは魔界人の二人だった。

「どうなってるの。どうしてこんなことに。なにがあったの」その問いに答える力もあまりなかった。かなり衰弱していた。とにかく、青空を呼んで、ふたりを家の中に抱きかかえて入れた。

「こんなことしてるよりも、救急車を呼ばないと、手遅れになる」青空は救急の電話をするために立ち上がった。

「おじさん待ってちょうだい。救急車は呼ばないでほしいの。」ナルルが止めた。

「何言ってるんだ、死んじゃうんじゃないか。」

「でも、呼んではいけないから」とナルルはそれでも救急車は呼ばないで欲しいと青空に頼んだ。

「しっかりして、どうしたの」ナルルが問いかけた。

「ナルルね。私たちどうやらキノコを食べて食中毒になったみたい。それもカエンタケしか考えられない。見分けられなくて食べてしまったようだわ。こんな症状は他に考えられない。だとすると私たちはもう助からない。魔界人に伝えてほしい。その魔法の杖で、花火を上げてちょうだい。それが合図になってるから、引き取りに来てくれるはず。お願い、人間には引き渡さないでほしいの」姉のストラが言った。

「わかったわ、約束するから、安心して」ナルルはミチルに花火を上げてほしいと頼んだ。大きな花火が上がった。澄んだ空にきれいな大輪の花火が舞った。

「お姉ちゃん」妹が意識を取り戻した。

「ありがとう、私もうダメだと思う。手足がしびれていて感覚が無くなってる。お姉ちゃんさよなら」妹が言った。

「ルジェア、ルジェアしっかりして。私こそあんたに迷惑かけてごめんなさいね。こんなことになるって知ってたら、連れてこなかったのに」そこまでいって、ふたりとも再び意識を失った。ゆすっても何してもぐったりしていて、このまま死ぬのではないかとも思えた。顔色はどんどん青白くなり生気を失っていくような気がした。

 二人の体から魂が抜けようとしていくようようにも見えた。

 ナルルは思い出したかのように部屋に戻って、きんちゃく袋を持ってきた。

「それはだめだよ、ナルル。それを使ったらナルルはもう妖精の世界には戻れなくなるよ。使うのは止めなよ」ミチルはナルルが最後の妖精玉と妖精魂を使ってしまわないかどうかと心配した。ナルルが魔界人のために犠牲になる事はない。枯れ現象の尻拭いまでさせられ、へとへとになるまで疲れて、みんなと一緒に蘇生作業に専念してきた。この二人は迷惑かけてばかりで、手伝いもしない。そんな魔界人のためにナルルが自分を犠牲にしようとしている。どこまでお人よしなのかあきれると同時に、ナルルの心の優しさに、妖精の誇りみたいなものを感じた。ミチルは、感動で胸がいっぱいとなった。

 ナルルは巾着袋を開けて、黒い妖精玉を取り出した。残っていたのは2つだった。それを使うと残りはなくなってしまう。それでもナルルはとりだして、ふたりに飲ませた。妹はかすかに反応を見せた。姉の方は全く反応がなかった。手遅れのようにも思えた。ナルルは最後の望みをかけて妖精魂を姉の方に飲ませてみた。すると効果が表れて、みるみる元気を取り戻していった。血の気が戻っていくのがはっきり見えた。

『何とかなるかも』とナルルは期待をかけた。その甲斐あってか、姉の方が意識を取り戻した。

「ありがとう、ナルル。もう私は大丈夫のような気がする。体がまだしびれているけれどその痺れがどんどん収まりつつある。なんてお礼を言っていいか。それと、妹のルジェアはどう。目が覚めてないようだけど」妹をみて心配していた。

「それが、反応がないの・・・まったく。妖精魂はあなたに使ってしまってもうないから、妹さんはなす術がないの。ごめんなさい」ナルルはこれ以上はどうすることもできないことを伝えた。ストラはしびれた体で、妹のそばに寄り添った。

「ルジェア、目を覚まして、お願い」姉は心から祈っていた。とめどなく涙があふれていた。「ごめんね、ごめんね」となんども謝っていた。

 そこに、魔界人の救急隊が到着した。そうそうたる威厳のある救助隊だった。

「大丈夫ですか。どんな具合ですか。分析班はすぐに原因を突き止めてくれ。魔法陣はすぐに薬と魔法の呪文の用意をしてくれ。」隊長らしき人が指図していた。

「姉のストラさんは意識もはっきりしていて大丈夫だと思います。妖精界の薬が効いたようです。でも妹のルジェアさんは、意識が遠のいています。内臓の壊死が始まっているようにも見えます。たくさんの量の毒が体中に回ってるようです。もう手遅れかも知れません・・・」一人が隊長に向かって言った。

 ストラの話しでは。二人は夕食の時にスパゲティを食べた。その時にあやまってカエンタケという毒キノコを入れて食べてしまったようだった。地下の倉庫には毒薬のほか、食糧も別に保管されていたという。カエンタケは調合をすると眠り薬になるため前の工作員たちがなんどか使っていたようだった。そのキノコの菌が飛び、倉庫はジメジメしていたために自生してしまっていたようだった。倉庫では前からキノコが生えているのが何度も目撃されており、妹はそうとは知らずに、スパゲティに入れて、ふたりで食べてしまい食中毒を起こしたという経緯のようだった。ところがカエンタケだけだったら、ここまではひどくならなかった。魔界人には毒とされていたニンニク、唐辛子などをそこに加えてしまったのが、症状を悪化させる原因となった。カエンタケはそれらと混ぜると数倍もの毒素が発生する性質を持っていたのだった。そうとも知らずに妹のルジェアは美味しいからとたくさん食べてしまい、食べた量が多いため体に回り重症となったようだった。食べた量が少なかった姉は一命を取り留めたものの、妹の方は救急隊がどんな薬を調合しても、どんな魔法をかけても症状が回復を見せてこないと嘆いていた。これ以上は手の施しようがないという救助班の診断だった。ただ救いは妖精玉が少し症状を和らげているという事で、場合によると、1週間ほどは生きていられるかもしれないという結果だった。しかし、予断は許されない状況に変わりはなかった。

 そこに今度は妖精界の救助班が到着した。

 ミチルは混乱の中で、小鳥のピーノに妖精界に行って妖精魂をもらってきてもらいたいと頼んでいたのだった。緊急状態と考えたミチルは後先考えないで、とっさにピーノに連絡を取っていた。これがわかると、ミチルが妖精界と連絡を取り合っていたことがナルルにわかってしまうけれども、魔界人を救うためには妖精魂しかないと考えた。気持ちが優しいミチルは、魔界人がこのまま死んでいくのは、いたたまれなかったようだった。妖精界はピーノの話しからタダならぬ異常を察知して、ナルルの身の安全を確保するためにも救助班を出して、魔界人からナルルとミチルを守る必要があると判断した。救助班は特殊チームで構成されており、魔界人の襲撃にもたえられる能力を兼ね備えていた。いつでもナルルを守るために活動ができるように準備されていた特殊な救助班だった。

 魔界人の救助班は、妖精界から来た精鋭部隊を見て一瞬みがまえた。凍りつくような緊張が走った。が、おたがい救助が先決と考えて、冷静に行動した。ただ間違えば、とんでもない戦いが展開されてもおかしくないような緊迫した厳しい状況だった。

 妖精の医療班は、皆が見ている前で、本当は妖精以外は使用できないことになっていた妖精魂をルジェアに飲ませた。心臓の動きは良くなったが意識は戻らなかった。体内に回ったカエンタケの毒素があまりにも強いために、十分な効果を上げることができなかった。ただ、止まりかけていた心臓は、確かな鼓動を繰り返し始めており今すぐに死んでしまうという危機からは脱出できた。

「症状が安定してきています。妖精魂の効果で大きな危機からはどうやら抜け出たようですが、意識が戻らず、予断を許さない状況だと思います」魔界人の医療班も同じような診断を下した。

 そうした救急医療が進められる中に、ガダルが血相を変えて飛んできた。二人の娘の命が危ないと聞きつけて、妻を連れて直接乗り込んできたのである。すごい形相だった。これにはその場の全員が固まってしまった。ガダルは実践面での第一人者であり魔界最高の指揮官だった。実質質的な最高指導者が来るのは異常な状況だつた。事の成り行き次第では、ガダルが怒りだして、一気に大きな戦いが勃発してもおかしくはなかった。ガダルの実力は相当なもので、妖精界までは支配できないまでも、人間界をあっという間に壊滅できるだけの十分な力を持っていた。恐ろしく強い男だった。

 ガダルは娘のストラに寄り添って、事情を聞いていた。周囲は事態の進展を固唾をのんで見守っていた。

 ガダルは、報告も聞いており、現場で娘から事情を聞き、冷静さを取り戻してきた。最悪、姉の方だけでも助かることがはっきりしたことで、少し余裕のようなものも生じたのかも知れなかった。少し表情が和らいだようにも見えた。

「なるるさん、今回は娘がたいへん世話になったね。ありがとう。娘から事情は聞いたよ。ナルルさんあなたは素晴らしい妖精だ。娘の命の恩人でもある。過去の問題は私は忘れようと思う。これからは妖精界を敵視する考えは変えていこうと思っているよ」ガダルの口から、信じられないような、平和主義の意見が飛び出した。これまで最右翼の過激な発言を繰り返していたガダルが、敵視をやめる、つまりは戦いをやめ平和を重視するというという趣旨の言葉が出たのである。この言葉で、居合わせた特殊班の全員が大きな混乱の危機は去ったと感じた。

 ガダルは話しを続けた。

「妹のルジェラは残念で仕方ない。私は娘まで不幸にしてしまった。こんなつもりではなかった。これから魔界に戻って、治療を続けることにするよ。妖精界で貴重とされる妖精玉と妖精魂を使ってくれたそうだね。その効果で死んでもおかしくなかったルジェアが今は生きている。本来なら敵対する魔界人にここまで優しくしていただいて、命まですくってもらうとは。すべてはナルルさんのおかげだ。本当に心から感謝するよ」とガダルはナルルに再度丁寧にお礼を言った。

「ガダルさま。分析班の調べによると、ルジェラさまの助かる方法が見つかったという事です。」

「なんだって、ルジェアを助ける方法があるのか。いったいどうすればいいんだ」

「妖精界にある、花の蜜を飲ませれば助かると見られます。」

「妖精界にあるというのか・・・、花の蜜が。いったいどういったものなんだ」

「それがたいへんな貴重なもので、妖精界の迷いの森に生えている花からだけ採取が可能の蜜のようです。分析班もそれ以上は分からないということです。どうやら、魔界人との戦いでカエンタケの毒矢に打たれた妖精が、死の淵をさまよったことがあったらしく、その際に体の毒を消す方法として、その迷いの森の花の蜜を用いたところ、命が助かったという事です。過去にその蜜で助かった妖精の話しが、妖精の重要書類の中に書かれているようです。見ることはできませんが今回、妖精の世界から今来ている治療班が、そうした過去の治療実績をおしえてくれたそうです。」部下は妖精界の話しを元に話していた。

「ルジェアを救う方法は唯一、迷いの森の中に咲く花の蜜。それを飲ませる以外は助かる道はないというんだな。妖精界の迷いの森にあるというわけか。それをなんとかもらう事はできないものか。かといって我々が、妖精の世界には入ることはできないし、その蜜を手に入れようとしてもムリな話しのようだが」ガダルはがっかりした様な話しぶりだった。

「その蜜を手に入れるためには、まず第一として、最初に首族長のバルモランに承諾をもらわなければなりません。勝手に花の蜜を探すことも、もらう事もそれを最初にしておかないと、大きな問題となります。首族長のバルモランの承認がもらえるかどうかが、前提条件となります。ガダルさまから、妖精界のバルモラン首族長に頼んでみてはどうでしょうか。」

「私が頭を下げて頼めば、バルモランは承諾するだろうか」

「それは分かりませんが。唯一の方法かとも思います」

「もし本当にルジェアを助けることができるのであれば、私は何でもするつもりだ。妖精界に使者を送ろう。すぐに、今来ている妖精の医療班に頼んで手紙を渡し、次に使者を出すことにする。私の娘を助けてほしいから何とか花の蜜を分けてほしいと頼んでみよう。すぐに手配をしてくれ」ガダルは部下に指令を出した。

 緊急を要する内容のため伝令はすぐに妖精界の主族長であるバルモランに届けられた。そして、ほどなくバルモランからの返事が返ってきた。

『娘さんの命を救うただ一つの方法が迷いの森の花の蜜という事は理解しました。しかし、その迷いの森は目で確認が取れないばかりか、広い妖精界を絶えず移動しており、いまどの地点にあるのか所在がハッキリしていません。見つけることが非常に困難な上に、

 しかも、迷いの森が仮に見つかったとしてもそこに入れるものは、心の純粋で清らかな女性であること。さらに、迷いの森は道が険しいと言われ、複雑に入り組んでおりいったん入ることはできても抜け出ることが困難で、体力があってかなり頭もいいものでないと抜け出られずに、永遠にさまよい続けると言われています。そのいくつもの難関を突破して無事に戻ってこれる逸材は今の所、見当たりません。リスクが大きすぎて、死を覚悟で挑戦する勇気のある者もいないというのが実情です。

 そのため、協力したい気持ちは十分にありますが、私たち妖精界としては対応を実際に取る事が出来ません。悲しい知らせで申し訳ありませんが、ナダル様のご意向には今回は沿う事が出来ませんことを、ご返答とさせていただきます。』

 バルモランからの返答は、正論だった。それだけの犠牲を伴うような要望には応えることはできないというのが、至極当たり前の返答だった。ガダルもその事情を真摯に受け止めた。何の未練もなかった。やるだけやってダメなら仕方ない。あきらめるのが当然と判断した。一応、その場でみんなにも手紙の趣旨を説明した。

「よし、引き上げよう。ルジェアを丁寧に魔界まで運んでくれ。あとは運命を待つだけだ」ガダルは妖精界の医療班にもお礼を言って引き上げることにした。

「待ってください」大きな声がした。

「うっん、まだ何か。あっそうか。あとでしっかりしたお礼はするから、待っていてほしい。それなりの物を用意して届けるから」ガダルが言った。

「まだ、あきらめないでください。私が迷いの森に行って、花の蜜を取ってきますから。あきらめないで待っていてください」声の主はナルルだった。

「いやもういいんだ。その気持ちだけでうれしいよ。君の気持ちはすばらしい。勇敢で心優しい。ナルルさんほどの逸材はいない。私も心を打たれた。君は妖精界になくてはならない存在だと思う。危険なかけをして、もし万一帰れなかったら私は妖精界にどれ程謝っても謝りきれない。しかも、犠牲が増えるのでは意味がまったくない。

 ルジェアもそんなことは望まない。勇敢で素晴らしい提案だが、私はそれを受けることはできないよ。ナルルさんはどうか妖精界にあって立派な立場の人になってほしい。そして、世界をいい方向に導いて言ってほしい。それでは失礼するよ」ガダルは言った。

「私は必ず花の蜜を持って帰ってきます。どうか待っていてください」

「ナルルさん、ありがとう。あなたのおかげで助かりました。私の命の恩人です。ナルルさんはもう十分にしてくれました。この感謝は決して忘れませんこれ以上は私も期待はしません。ご自分の立場を守って、活躍なさってください。またきっと会いましょう。あなたは素晴らしい妖精よ。最高の妖精だわ。また会いましょうね」ストラが担架で運ばれながら、笑顔でナルルに言った。

「いいかみんな帰るぞ」ガダルの掛け声で、魔界の時空が開かれ、魔界人は一斉に帰って行った。

 ナルルは妖精の医療班に、妖精魂をもらって飲んだ。たちまちナルルは妖精に戻った。人間界にきた当時よりも一段と成長していた。妖精のみんなはその姿を見て目を見張った。あまりにも美しく、威厳を持っていた。

「やめなよ、ナルル。ナルルは妖精界にとってかけがえのない存在よ。もし帰ってこれなかったらどうするの。皆が悲しむよ。私だってあなたについていきたい。

 ナルルの気持ちは十分に魔界人にも通じてる。これ以上はしなくていいと言ってたし、あとは運命に任せようよ。ナルルにもしものことがあったら、元も子もなくなるわ」ミチルは懸命にナルルが迷いの森に行くことを反対した。

 しかし、ナルルはどんな説得にも応じる姿勢が見られなかった。ナルルは妖精界の時空を開き迷いの森探しに一人で向かっていった。

 ナルルは時空を越えて、公園のベンチの所に出た。ピーノが迎えてくれた。

「お帰り、ナルル。やっと帰ってきてくれたね」ピーノが嬉しそうに言った。

「うん、ただいま。でも私はすぐにこれから迷いの森を探しに行くね。」アルルは時間がないといった風だった。

 そこに母親のアベルとおばあさんのアミノが空を飛んでやってきた。

「ナルル。おかえりなさい。こんなにも立派になって」成長したナルルを見てアミノは大変喜んだ。

「大変だったわね、ナルル。心配してたのよ」母アベルは涙を浮かべた。

「お母さん、妖精のじょうろはお母さんが運んでくれたのよね。」

「いえ、私はただ・・・どうしてわかったの」

「あたりまえでしょ。お母さんの匂いがした。それと黄色のバラは感動したよ」ナルルも涙ぐんでいた。その涙はおばあさんや母親に会えたという喜びとは違っていた。これからさよならするかもしれないという、悲しみの涙だった。

「もう私いくわ。知ってるでしょ。止めたって無駄だってこと」ナルルは涙ぐみながら言った。

「わかってるわよ。あなたならできるはずよ。信じてるわ」おばあさんのアミノが言った。

「私が迷いの森に入ったのは、ずいぶん前よ。その時は、黄色の蝶がたくさん飛んでいてなんだろうと思ってみたら、そこが迷いの森の入り口だったのよ。選ばれた人と判断すると中に入れるけど、ダメな妖精だと見ると火をふくそうよ。その時には逃げて帰ってきなさい。左側は高い山が見えて、反対側にはなだらかな丘と湖が見えたわ。私は、山に向かって進んだの。カラクリがあるので気をつけてね。罠にはまらないように。迷うようにできているのよ。私はおばあさんからそれとなく聞いていたので、帰ってこれたわ。それと、花の蜜は触っては効果が無くなるから。花びらで包んで持ってきなさい。それ以外の入れ物などを持っていくと不純物と勘違いされ、火あぶりになってしまうからか気を付けるのよ。帰りを待ってるわ、ナルル。」アミノは参考になればと過去の経験をナルルに話した。

 ナルルは、母親とおばあさんに別れを告げた。

「おばあさん、お母さんこれまでいろいろありがとう。すごく感謝してる。またお母さんの子供に生まれたい・・・」

「何変なこと言ってるのよ。まるで最後の別れみたいなこと言ったりして、おかしいよナルル。もし迷ったら救助隊出すからね」母親は、一縷の望みを伝えた。

「おかあさん。私知ってるよ。救助はできないってこと。そんな子供じゃないって。覚悟はできてるから、慰めはいらないよ」ナルルは気丈なところを見せた。迷いの森は誰も入ることはできない。しかも、アミノも一度入ってるので二度は入ることができない。救助に向かっても迷いの森は所在も分からない上に、誰も入れようとはしない。さまよえる森だった。

 ナルルはとりあえず非常食として草花を持った。食べると栄養は十分に取れた。妖力で出すこともできるが、迷いの森のなかでは妖力が使えなかったり使っても、妖力が歪んでしまい自分の思い通りにならないと聞いていた。迷いの森の中では自力で困難を乗り切る以外に方法はなかった。ただ、ナルルはこの1か月以上を人間界で妖力が使えない状況でやってきたので、たとえ、妖力が使えなかったとしても、活動には支障はでないと自信を持っていた。

 迷いの森を見つけて帰るまで期間は、どうしても4,5日で帰ってこなくてはならなかった。でないとルジェアは死んでしまう。死んでしまったら花の蜜がたとえあったとしても、手遅れとなってしまうからだ。時間の余裕がないだけに、心は焦っていた。

 この広い妖精の大地を探して、全く手がかりもない迷いの森は見つかるのだろうかと不安が襲ってきた。妖精なので、自由に空は飛べたがただ飛んでいても迷いの森は見えないため、意味はなかった。何か手がかりをつかむ方法はないかとナルルは考えた。仲間を呼んでも仕方ないので、情報があったら欲しいと友人らに発信した。だが、有力な情報は届かなかった。ナルルは当てもない空からの探索を続けた。あっという間に1日は過ぎた。

『予想以上の難関ね。まったく迷いの森のありかがわからない。手がかりすらも全くない。あれだけ大きなこと言って、このまま手ぶらで帰るわけにもいかないし。みんなに合わせる顔がないよ』ナルルは焦った。

 友人からも連絡は途絶えたままだった。空しさが心の中に広がった。2日目もまた何の手がかりすらもなかった。『おばあさんはよく見つけたなぁ。やっぱりあの人は違うなぁ』独り言をつぶやきながら、空から迷いの森を探していた。

 下に降りて地面を歩くことにした。ところが地面を歩くと半日歩いてもあまり進まななかった。飛んでもムリ、歩いても見つけることができなかった。

 歩いているとピーノがやってきた。

「ナルル。クルミリンの森の東から西に向かって蝶のまとまりが移動してたと仲間が言っていたよ」ピーノの情報はありがたかった。ピーノは仲間の鳥に情報を集めるように頼んでいた。無数の鳥が妖精界で探してくれたのである。

「かなり有力な情報だね、さっそく行ってみよう」ナルルは急いで移動した。

「あそこだよ、アルル。蝶の群れがいるよ」ピーノは小さなものまで見逃さなかった。アルルの目では見逃していたかもしれなかった。

 下に降りてみた。確かにおばあさんの言うように、蝶がたくさん舞っていた。怪しい雰囲気がした。「迷いの森さんですか」ナルルは何となく声をかけてみた。

 すると、蝶が空間を作りその奥に森が広がっていた。

「見つけた。迷いの森だよ。ピーノ」ナルルはピーノを探したが、ピーノは遠くで見ていた。どうやら近づくこともできないといった具合だった。

 ナルルは一人で中に入って行った。入るとすぐに沼地に足を取られた。妖力は使ってはならないと聞いていたので、自力で歩いた。ずぶずぶと足がうずまり服は泥だらけとなった。ひどい荒地だった。霧かモヤみたいな不気味な煙が流れていた。視界は悪かった。どこをどう歩いてきたか覚えていない。でも突き進む以外にない。かなり勇気と体力が必要だなとナルルは思った。

 しばらく進むと、大きな川の土手に出た。川を渡るには船が必要だった。仕方ないので妖力で船を出そうとしたが、めがね、フライパン、シャベル何度やっても船は出てこない。しかもそのたびに川幅は広がってる感じがした。「まずい」と感じた。妖力は使えば使うほど自分の首を絞めることになると気付いた。土手を歩くと、変わった靴を発見した。ナルルはその靴を履いてみた。「もしかして」ナルルは、川の中に入って行った。川の表面を自由に歩くことができた。「やっぱり、こうなってたのね」ナルルは簡単に川を渡ることができた。川で服を洗ったところ、泥はきれいに落ちた。しかもすぐに乾いた。草原を進むと、今度は

 大きな森が目の前に広がった。不思議とお腹がすかなかったが、どうも時間が過ぎているような感じがした。とにかく森の中に進んだ。森の中はさまよえるようにできていた。何度も同じところに出て堂々めぐりしていた。

 ナルルは花を出した、食用に用意したものだった。花びらを落として進むと迷わなくなった。森を抜けると大きな山が左に、小高い岡が右に見えた。ナルルは迷わず山に向かった。突然湖が現れた。きれいな湖だった。そのほとりには黄色の蝶が飛んでいた。まるで手招きするかのようにも見えた。ナルルはその蝶の行方を追った。

 ほどなくして、花の集団を見つけた。ピンクの可愛い花だった。「やっと見つけた」ナルルはホッとした。だがなにかおかしかった、匂いがきれいではなかった。もう一度蝶を探すと、ずっと向こうを飛んでいた。ナルルはまた追いかけてみた。すると、その奥には小さな泉があり水がこんこんとあふれ小川となって流れ出していた。澄んだきれいな水だった。一口飲んでみた。今までに味わったこともない心が洗われるような清い味がした。そのわきには黄色の花が咲いていた。清らかな木漏れ日を浴びて、生き生きと花を咲かせていた。「きっとこれだわ」疑う余地はなった。甘いきれいな匂いが辺りにも漂っていた。ナルルは大きめの花弁を集めて、花の蜜を集めた。臭いをかいでいるだけで、生き返るような気持がした。

 それをポケットに入れて、帰りの道を探した。

 とりあえず、来た道を帰ればいいと考えて、足跡を見ながら進んだ。大きな森に入ると足跡を見失ってしまった。しかも下ばかり見て足跡を探していたせいか、方向が分からなくなり、森の途中でどちらにすすむべきか全くからなくなってしまった。不安は高まり、早く帰らないと間に合わないと焦れば焦るほど、どうしたらいいのか迷いはどんどん深まった。

 自分を見失ってはいけないと思った。必ず何か手がかりはあるはず。心を落ち着かせて、良く辺りを観察することにした。妖精の世界では日が昇ったり下りたりはしない。いつも太陽は一定位置にある。ただ、川が基本的に北から南に流れるため、あとは雲の流れや風向きなどを用いて今いる自分の位置がある程度は特定することができた。耳を澄ませると川の音がした。川の所にまで行くと、進むべき方角を割り出すことができた。その方角にナルルは歩き出した。ところが草が膝近くあり、茂った中を進むのはなかなか困難だった。しばらく進むと、足を取られて穴の中に落ちてしまった。

 妖力が使えるならば穴から出ることは簡単だったが、迷いの森で妖力を使うと事態は逆に悪化するため使えない。あくまでも自力で歩く以外になかった。

 ナルルはトンネルの中に入って行った。それ以外に方法はなかった。暗闇の中を進むと、光は全くない完全の暗闇の中に入った。振り返っても、全く光はない。ムダに振り返ると方向が分からなくなるため、先に進む以外になかった。

 先に何があるかわからないので、手探りで進むのだが、10メートル進むのもかなり時間がかかった。これでは、いつになったら出口にたどりつけるかわからない。

 ナルルはごく弱い妖力の波動をだして、その跳ね返りをキャッチすることで洞窟の中の障害物を探ってみた。すると、ほとんど何もない平坦な状態にあることが分かった。となればただ前に進むだけだった。しかし、肝心のどの方向に進むかがわからない。

 ナルルはかすかな風を感じた。風が流れていた。臭いはよどんでいた。風下に向かって進むことにした。

 しばらくすると風が全く止まってしまった。そんなことはないはず。ナルルは先に進むかどうか迷った。しかし、冷静に風の音を拾った。と、横に吹いた風を見つけた。なんとこの風は、一定進むと、90度の方向転換をする風だという軌道を発見した。風の向きは約300メートル進むと右90度に角度を変え、100メートル進むと左90度に方向を変えた。一定の法則でカゼは進んでいたが、とりあえずその風に乗ってナルルも進んでいった。やっぱり思った通りカゼは途中から、進む距離が200メートルで左、200メートルで右と変則の動きを示した。その風向きをとらえてどんどん進むと、前の方向に出口らしい光が見えてきた。

「やっと出られる」とナルルは安堵した。近づいてきたがどうもおかしかった。穴の向こうには平坦な道があり両脇がピンクの花で満たされていた。でも、風がその方向には流れていなかった。カゼ向きはもっと先に進んでいた。

 ナルルは光に誘われて進もうとしたが思いとどまった。そして風の向きに従って進むことにした。

 ほどなく闇の中を進むとまた光の穴が見えてきた。今度は良く見ると穴の外には道が続いていてその両側には、黄色い薔薇の花のようなものがたくさん咲いていた。風はその穴の方向に流れていた。ナルルはそこから外に出た。黄色い薔薇園が広がっていた。

「わーきれい」ナルルの口から思わず感嘆の声が漏れた。

 ずいぶん闇の世界を進んできたナルルは、やっと解放されたという安心感が全身にこみ上げてきた。でも、まだ迷いの森から出たわけではなかった。ほっとするのも早々に、ナルルは再び歩き出した。
















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