第5話 妖精界の蘇生じょうろ

 ミチルはナルルが心配で、どうしようもなくなって妖精の世界を飛び出してきたと、これまでの経過を説明した。

「本当によく私の居場所がわかったわね。さすが秀才ミチルだけあるわね。でも私ミチルが来てくれて嬉しいよ。」

「そうよ、私はナルルには叶わないけど、あんたにどこまでも付いていくからね。たまたま見た新聞にあなたの事出てたよ。従業員募集って、あんたの写真が出てたからそれ見てここで働いてるんだってすぐに分かったんだ。」

 スーパーでの研修中に撮った写真が、従業員募集のチラシに使われていた。

「なんにしても会えてよかったわ。ずっとミチルのこと気になってたんだよ。いつか来るんじゃないかと思ってたら、やっぱり。」心強い仲間が来たことで、ナルルはこれからが楽しみになってきた。

「でもミチル、行く当てはないでしょ。だったら、私の住んでいるおじさんの所に来なよ。紹介して、一緒に住めるように頼んでみるから」

「やっぱりナルル、話しが速いわね。お願いします」ということで、ナルルの住む夢花店にさっそく行くことになった。

 途中の町並みは、暗くなっていたので良くは分からなかった。電気が消えたことで各一般家庭は証明が灯らず暗かった。歩道には人気が少なかった。通常なら会社帰りの人であふれている池袋の町並みは、かなりさびしい地方都市のように活気を失ってしまっていた。

「なんか、さびしい街ね。暗いし、へんな匂いがする。草木が死んでしまって空気まで淀んでしまったような。こんなんじゃ体にも毒じゃないの。よくナルルはこんな世の中住んでられるね」ミチルは不思議という感じだった。

「そんなことないよ。今日は異常ね。こんなくさい日は私も初めてよ。なんか変な病気でも空気を飛んで広がってるような気がする。自然が病気に侵されているような気がする。」ナルルは原因不明の匂いと、タダならぬ雰囲気を心配いていた。


 家に着くと、青空はまだ閉店のあと片付けの途中だった。青空は自家発電機を持っていて、店と住まいの照明を賄っていたため。大きな混乱はなかった。

「おじさん、私の友達を連れてきました。ミチルさんです。幼馴染の親友なんです。」ナルルは手伝いしながら、話した。

「そうかい。珍しいね、友達とは。こんばんは」青空はミチルにあいさつした。

「はい、友人のミチルと申します。突然失礼いたします」

 挨拶も簡単に済ませて、ナルルは切り出した。

「ミチルも行く当てがないので、一緒にここに住まわせていただけませんか。生活費は私が払いますので、よろしくお願いします」ナルルは頼んでみた。

「もちろんいいよ、そうしなさい。でも・・・君も住所不定で家もおカネも持ってないという事かな。いや、それでもいいんだけどね。ナルルが紹介する人なら間違いなしだろうから。ただ、ちょっと不思議な感じがしたから。でも二人も娘ができたみたいで、私はうれしいよ。家族が増えたみたいでにぎやかで楽しくなるね」青空は笑いながら、一緒に住むことを快諾した。何らかの事情があるのだろう。深くは詮索しない方がいいと青空は思った。

「あっ、そういえば。ナルルの勤め先のスーパー辺りで、草花枯れの現象が突如発生したとか、今日来たお客さんが言ってたけど、そうなのかい。本当なら恐ろしい話しだね。いきなり花や木が全部枯れてしまうというのは、ただごとじゃないね。それと、原因不明の一部停電が起こってるとさっきラジオのニュースでやってたけど、関係があるのだろうか。家の場合でも、今は自家発電で十分に足りてはいるんだが、ガソリンが切れたら発電機は止まってしまうから、暗闇になってしまう。何日も続くのは困ってしまうよね。お客さんも来ないし。仕入れもストップしてしまうだろうから。不吉だよ。どうしたんだろうね。何か、聞いているかい」青空は困り果てたという表情で、ナルルに訪ねた。

「そうですね。確かにそうしたことが起こってますね。でも原因は分かってないようですよ」ナルルは余計な話しは控えた。

 ナルルはミチルに、妖力で草花の枯れている原因を取り除くことができないか、どうしたらいいのか相談した。おじさんが困っている。いろいろ助けてくれたおじさんの悩みをナルルは取り除いてあげたいと考えていた。

「ミチル、あんたの力で食い止められないかしら?私はもう妖力が全く残ってないからできないの」

「えっ、本当に妖力が全くなくなっちゃったの、ナルル」

「そうなの。もう前から全く使えない。妖力はゼロの状態になってる」ナルルはなすすべがないと言った様子だった。

「そうなんだ。人間界にいると全くなくなっちゃうんだね。私ももう残りがわずか。力が体から抜けていってる。これではどんどん進んでる枯れた現象を元通りにするのはムリね。ただ魔法の杖を奪えれば、それつかって・・何とかなるのかな。杖がない以上はそれも無理よね。誰か妖精界から助っ人を呼ぼうか。アルラかヨデフでも呼んでみようよ。ナルルが頼めば飛んでくると思う」ミチルはどうしようもないと言った様子だった。

 アルラはナルルの親しい男友達だった。彼は大学院の生徒だが、技能も知識も妖力でも優秀な学生で、今からゆくゆくは首族長になる逸材とも言われてもいた。ナルルと結ばれるのではないかとも周囲の皆は見ていた。一方、ヨデフはミチルの彼氏だった。勇敢で知能も抜群だった。ただ、人間不信で『人間にはまじめで優しい人間はいない。信用はできない』という少し偏った考えの持ち主だった。ミチルが人間界に行ってみたいと話したところ、

「人間界なんて行くだけ無駄さ。人間を説得するなんて、時間のむだだよ。人間を善良な性格に変えることはムリだと思う。欲望が制御できないんだよ。いつも、戦って奪い合う繰り返しになるだけさ」と人間の性悪説を唱えていた。ただミチルの事をいつも大切にする、心優しい妖精だった。いずれにせよ、その二人を呼べば枯れた花は元通りどころか、魔界人達を追い払えるのではないかとミチルは考えた。

「それは、だめよ。彼等には関係ないから、頼ることはできないよ。これは私の問題だから。妖精界のみんなに迷惑はかけられない。」ナルルは何とかして自分の力で解決したかった。妖精界を飛び出した身で、自分で招いてしまった問題を、妖精界に負担はかけられないと考えていた。

「ナルルは責任感が強すぎだよ。人間界の問題だよ。どうなるかは人間が決めることだから、そんなに心配したってしょうがないんじゃない。妖精界の口出すことでもないと思うわ。」ミチルは草木が枯れていることを、ナルルが責任を感じる必要はないとの立場だった。

「そうはいっても、おじさんのこと心配なの。おじさんの生活が壊れてしまう。それと、人間界が壊れるのをただ見ているというのはいいのかしら。協力すべき分野があるのじゃないかとも思う。それにいま私は人間として暮しているから、人間界を救えればいいと思ってる。人間界が好きなのね」ナルルは人間としての立場を強調した。

「妖精界のみんなだってあんたの事どれだけ心配しているか。あんたの問題は人間の問題だけじゃない。妖精界の問題と同じだよ。ナルルは素晴らしい妖精だよ。だれもあんたを見放したりしない。捨てたりなんてしないよ。絶対だよ。ナルルが困ってるのを妖精が見過ごすごとは絶対にないよ。ナルルのおじいさんだって・・・。とにかく、みんなあんたの味方だよ。いつだって遠慮しなくていいから、みんなを頼りなよ。ナルルが呼べば、精鋭部隊が押しかけるよ。あんな魔界人なんて一気に蹴散らしてやるから」ミチルは戦闘好きなところが玉にきずだった。

「これは、TVゲームじゃないわ。魔界人だっていい人は多いし、話し合いが大切だと思う。でも今回の相手って面と向かってこないわね。これじゃあ、話し合いもできないし」

「そうよ、あの二人は話し合う気なんてないよ。殺気立ってて、油断するといつ襲ってくるかわからないよ、あいつら。慎重に行くしかないね」ミチルは話し合いでは解決できそうにない、かなり手ごわい相手だと強調した。

「そうかもね。とにかく様子を見ながら、対策考えよう。そういえば、ミチルは妖精玉か妖精魂を持ってきたの?あれば、使わせてもらえる」

「そんなの持ち出し禁止だよ。触ることだって許されない。医学部のヨデフならなんとか妖精玉ぐらいは何とかなるかもね」ミチルはとんでもないという風だった。

「そうだよね。また、明日考えよう」ナルルも今はどうする当てもなった。


 そのころ魔界人の二人は隠れ家に戻ってケンカしていた。

「なんでオネエは、あんな魔法使っちゃたのよ。あれは呪いの魔法じゃないの。」

「そんなに私の事責めないでよ。私はただ、少し人間界を懲らしめようとしただけ。平和すぎるから、危機感がないのよ。人間はもっと生存競争して、戦って、勝ち抜くという淘汰の法則が必要なのよ。もっと戦って、もっと苦しんで、問題をたくさん抱えて、それを克服しようとすることで発展するのだろうと思ってる。だから、人間界に協力してるだけ・・・。お父様も言ってるよ。」姉のストラは父親の考えを正しいと考えていた。

「でもそれは、人間だけ苦しめるっておかしいよ。人間界を混乱させ戦い合わせるのはあまり良くないっていう考えに、今は魔界人の多くがなってるよ」妹のルジェアは、いろんな本を読んで柔軟な考えが必要だと考えていた

「それは、単なる理想主義者の空想よ。人間は苦しみ、戦い、涙を流しながら喜んで進化するものじゃないの」

「それこそ、時代錯誤だよ。人間界も魔界も妖精界も戦ってばかりいたら、いつになっても平和は来ないって、私は思う」

「あんたは平和利用主義に洗脳され過ぎよ」姉は人間の性悪説を信じていた。

「でも姉さん、こんなに大きな問題出してしまって、どうする気なの。良く考えてよ。お父さんだってここまでやれとは言ってないと思うわよ」妹のルジェアはすこし臆病になっていた。

「でもしょうがないでしょ。止まらないのよ。まさか最強の魔法の杖があれほど威力があるとは思ってもいなかった。この魔法の杖は強力すぎるんじゃないかと思う。呪の術はかけると止めることができかくなってしまう・・・こんなの開発すべきじゃないと思うわ」姉のストラも魔法を帰りがけに、何気なくかけてしまったことを、やりすぎてしまったと反省もしていた。

「止めることができないと、私たちだって魔界から叱られるよね」妹は魔界からの懲罰を心配していた。

「そんなこと心配しないで、なんとかなるんじゃないの。相手はナルルよ。あの子なら何とかするよ」姉のストラは、ナルルなら問題をいずれ解決すると考えた。

「そうよね。ナルルだしね。あとミチルって子も相当のやつよね。あいつもかなりすごい奴だったね」あとは、妖精界が何とかしてくれると考えていた。


 朝早く、ミチルは花店の店内をぶらりと見て回った。

 黄色のバラの花が、鉢に刺したものだが、きれいな花を咲かせていた。切り取った枝を刺していたものが、すぐにこんなきれいな花を咲かせるなんて人間界でも不思議なことがあるのね、とミチルは思った。

『そうか、人間はこんな花が好きなんだね。でも、切り花にしてちょん切って少しかわいそうね。狭い家で暮してるから、こうでもしないと花を楽しめないという事ね。しかたないっか』ひとり言をいいながら進むと、倉庫への扉があった。そこを開けると不思議な匂いがした。

『あれこれって、妖精界の匂いに似てるわね、どうなってるのかしら』かすかだが妖精界の匂いがする。懐かしい臭いだった。『最近は妖精は来ていないようね。でも前はいたという事だよね』ミチルは興味深く辺りを見渡した。埃にまみれたじょうろを見かけた。『あれっ、これはもしかして』そのじょうろを持って、ナルルに見せた。

「見て、ナルル。これって妖精界のじょうろじゃない?」

「そうだけど、どうしてこれがあるの。どこにあったの」

「花店の地下の倉庫にあったよ」

「あなた、勝手にはいっちゃダメでしょ。でも良く見つけたわね。じゃあ、ちょっとやってみよう、ミチルできる?」

「できないから持ってきたんでしょ。ナルルならできるよね、何でも天才なんだから」ミチルはナルルを尊敬していた。ナルルにできないことはないと思っていた。

「そうね、じゃあ私が言うからまねしてみて。ミチルの残された妖力を使って蘇らせよう。いいわね。まずは、手の形はこうで、次は妖力の7番の波動を思いっきりあげて、3番の妖力で一気に変化を掛けてみて。仕上げは16番で浄化して・・・」

「できたわ、かんせいーっ」ナルルは喜んだ。ミチルもさすがナルルはすごい妖精だと感動した。妖力の調合は容易ではなかった。妖術を自由自在に使い分けるには相当の熟練と専門的な知識が求められた。

 きれいな蝶のような形をしたじょうろに変わった。

「でも、ナルル。こんなきれいなじょうろ、始めてみたよ。妖精のじょうろはもうちょっと平凡な感じじゃなかったかしら。すごいねこんなものがここにあるなんて。信じられよ」

「そうね、でも花やさんだから、もしかしたら前に人間界に来た人が人間界に置き忘れてそれが縁あってここまで来たのかもしれないわ。それにしても出来過ぎたようないいタイミングね」ナルルは深くは考えても意味がないと思った。それよりも、じょうろの存在の謎を解くよりも実際にどれ程の効果が出るかが重要だと思った。

 これさえあれば、街中の枯れた状況だって、元通りのイキイキした草花に戻すことすらできるかもしれない。じょうろからは霧状の水分が出て辺り一面にかかるようになる。しかも水の補充は必要がない。中に水を注ぎこむことはしないでもいい。妖精の蘇生のじょうろは水が枯れることはないのである。タダ、難点は大きな範囲には撒けないので、ちょっとずつ枯れた草花に水を上げていかないとならない点だった。しかも、ここまで枯れがひどくて広範囲のものはこのじょうろがどこまで通用するか。かといって、妖力で一気に修復するという事も出来ないような気がした。相手が超強力な魔法をつかって招いた現象だけに、たとえ妖力でも一度に解決するというのはできないと思えた。妖精界の枯れ現象でも自然に従って徐々に回復させるのが通常の修復過程だ。たとえ、妖精界の草花が自然治癒力がかなりあると言っても、自然に回復させるのが基本だった。あまり急速に修復させようとすると、草花に負担がかかり、きれいな花を咲かせることができなるという副作用が出てしまう。それに対して、人間界の草花には自然治癒力が殆どないため放って置いたらどんどん感染が拡大して、回復不可能になってしまう。妖精の花のような自浄能力を持ってない。どうしてもじょうろなどで、きちんとフォローしてあげなければならなかった。

「私は仕事があるから、してる時間ががないの。たいへんでもミチルにお願いするわ。もちろん、ゆっくりでいいからやって、お願い」ナルルはミチルに街路の草花の修復作業をしてほしいと頼んだ。

「いいよ、まかせなって。泊めてもらってるお礼もあるから、何とか時間はかかってもするから。私だってナルルのお願いだし、頑張るから」ミチルは勢いでタンカを切ったものの、全部に水を配るのは予想以上に大変な仕事だと思っていた。範囲が広いだけに、簡単にできるはずはなかった。空を自由に飛べるならもっと効率的に水まきができるではないかと考えていた。

 朝食をしてる際に。ナルルはおじさんに話した。倉庫で古いじょうろを見つけたので使わせてほしいと頼んだ。

「そうか、あんな古いじょうろが好きなんだね。処分するのも気が引けてとっておいたけど、なんかの役に立つなら自由に使っていいから。それと、前にも言ったけど、いちいち私に、許可撮る必要はいらないよナルル。私はナルルを自分の子供と同じに考えているんだよ。家の物は何でも構わないから、自由に使っていいからね。好きなように使って、気兼ねなくここで生活して欲しいいんだ。正直先行きはナルルに任せてもいいと考えてる」青空は自分の本心をナルルに伝えた。子供もいない青空にはこの家も土地もこだわる意味がない。ナルルに先行きは全て任せられればと思っていたのである。しかもそうした気持ちがある時に、すぐに言っておいた方がいい方向に行くのではないかと考えていた。時期を逃すと、たとえいいものでも、意味がなくなることも多いからだ。

「おじさん、ありがとう」ナルルは青空を尊敬し、信頼していた。

「だけど、ナルル、夜遅くは気を付けないと。花店もそうだし、地下の倉庫も切れるハサミやナイフがあるので、特に真夜中なんかは歩く時は注意してほしい。怪我したたいへんだからね。気を付けてね、昨夜なんかも・・・暗い中を探したりするのは危ないからね」

「夜中に、そうよね。わかったわおじさん、私時間ないんで、またあとで」もしかしたらと、思い当たることはあったのだが、取りあえずは相槌をしておいた。でも、ゆっくりはなしている余裕もなかった、朝はだれも忙しいものだ。行く予定もあった。そうそうに食事を済ませてナルルはミチルを置いて家を出た。

『そういえばあの古いじょうろは、確か、だいぶ前に近くのホームセンターで980円で買ったものだったなあ。穴が開いていて水漏れもしていて、取っ手もハズれていて使い道がなくて放って置いたものだけど、あれじゃあ使えないんじゃないのか。もっといい物を買ってあげた方がいいな』とふと、青空は気になった。あわてて玄関を出てナルルを探したが、ナルルの姿はもうなかった。

 ふと見るとミチルが花店の中の花を手入れしていた。

「ミチルさん、なんか、店のお手伝いしてもらって申し訳ないね。朝ごはんにしたら」

「そんなことありません。私はいつもお花の世話をしてるんです。妖精は・・・いつも。あとでいただきます」

「そういえば、ナルルに言おうとしたんだけどあのじょうろの件だけど・・・使い道はない、ん、っ。」言いかけて青空は目を見張った。

 ミチルのわきにはじょうろがあった。しかも新しかった。いつ買ってきたのだろうか。そういえば24時間スーパーもあるのでそこまでいって買ってきたのだろうかとも思えた。

「おや、ずいぶんステキなじょうろだね。初めて見たよそんなの。なんてきれいなじょうろだろう。高かったんじゃないの」青空が驚いて言った。

「ええっ!。あのぅ、おじさん・・・、古いじょうろですよ。これがきれいに見えるんですか。このじょうろが?あ、ありがとうございます。私、急いでいます、早くいかないと遅れるので」たぶん青空はお世辞で言ったのだろうとミチルは考えた。古い物でも、磨けばきれいになるものだから。

「そうか、気を付けていっておいで。ご飯はいいの?」

「はああーい、帰ったらいただきます」ミチルはのんびりしていられないと、家を飛び出した。

 青空はふと、黄色のバラの花が目に入った。いつの間に鉢に植えたのだろう。黄色のバラの花は思い出の花だった。妻が大好きな花だった。青空はいつも黄色のバラの花を見ると妻を思い出した。だが、どう過ごしたかとか何があったとかの妻との記憶がほとんど思い出せないでいた。

 小さかった娘は今はどうしているのだろうか。妻は今も元気にどこかで過ごしているのだろうか。青空はその黄色の花をナルルが鉢に刺したものだと思った。でも、指してすぐに花が咲いたように見えた。まるで昨夜にでも刺したかのようだった。青空は不思議な感覚にとらわれた。

『何でよ、なんでみえるんだよ。でも、古臭いじょうろなのに、きれいといってたけど、蝶の形をしたきれいなじょうろには人間は、絶対に見えるはずないはず。少しおかしいよ・・・』ミチルはひとり言をぶつぶつ言いながら、枯れた草花の中心地点に向かった。小学生の列とすれ違った。

「おねあちゃん、おはよう。」

「そんな古びたじょうろ、どうするの。がっさびてるね。そんなの持ってる人いないよ。」子供たちの列はその古びたじょうろを見て笑った。

「それで、枯れた花にでも水上げるつもりなの?もう枯れちゃってるんだよ。いまさら水上げたって無駄だよ」子供はある意味では時に残酷にできているのだろうか。

「もっとかわいいのを買ったらいいいよ。でも取っ手がかわいいね。しっかり持てるから使いやすそう。学校で使ってるより、ましかも。」上級生の女の子が言った。

「学校のじょうろ最低だよ。取っ手が取れそうなんだよ。ガムテープでくっつけてんだよ。カクカクしてるから、お姉ちゃんの今持ってる方がまともだよ」小学生は楽しそうに笑いながらすれちがった。

「おねえちゃんは、変わった格好してるね。」

「ダサいんだけど」一番小さな男のが、ぶっきらぼうに言った。

「ダメだよそんなこと、大人に言ったら。きれいねっていってあげないと」

「ダサいのはダサいよ」小さな子は遠慮がなかった。

 確かに、ミチルもナルルも外見は普通の、というか普通以下のファッションでそれほど美人にも見えなかった。というかそれは人間の目では真実の姿が見えなかっただけだった。人間の目は大気中の異物が混じっているため、光は屈折していた。そのため妖精のきれいな姿が見えない。本当はミチルもナルルもとんでもない美人で、ファッションも抜群だった。妖精の世界では2人は飛び抜けた美しさを誇っていたのである。ところが妖精にも弱点があった。それは、朝日が昇る瞬間に一瞬だが真実の姿が現れてしまう。その瞬間は人間でも妖精の本当の姿が見えることになっていた。それを知っているため、妖精は朝日が昇る瞬間は人間界には出ないようにしていた。本当の姿が浮かびあがってしまうと、妖精であることがわかってしまい、魔界人などから狙われやすくなるためだ。

 世の中の電気が全くなくなってしまう危機だというのに、しかも草花が枯れかかっているというのに、のんびりしてる子供たちだと、ミチルは思った。

『やっぱり人間には見えない・・・。でもなんで、おじさんには見えたのか。なんかあのおじさんおかしいとこがいくつもある。でも、確かに人間だよ。血の匂いが人間してる。じゃあなんでよ?たまたまなのかな。目が悪いというか』ミチルは謎が深まったが、そんなことにこだわってるヒマはない。夜の間に、どんどん枯れ現象が進んでいた。腐ったようなにおいまでしていた。酸素が不足しているような息苦しさも感じられた。急がないとまずいとミチルは焦った。遅くなればなるほど、修復範囲は広くなるからだ。

 妖精界の、蘇生じょうろは人間には見えないことになっていた。人間の網膜には妖精の持つ羽など神髄は映らないようにできていた。妖精だと見ぬかれてしまうのは危険を招くことになる。それは警戒しないといけなかった。ごく平凡な女性と映るからいいのである。また、蘇生じょうろも本当は蝶のようなきれいなじょうろだが、逆に病気や悪質な物質をまくこともできた。使い方次第では強力な兵器としても使えた。だから見えてはならない物だった。また、人間界で見える形で妖力を使っていることが知れれば、人間界を混乱させ、警戒心を抱かせることになってしまう。

 ミチルは被害の中心点を起点として、妖精の蘇生じょうろで水まきを始めた。ほどなく今まで枯れていた草や木が蘇って行った。人間にはその水というか、蒸気のような水滴は見えなかったが、水は風によっても運ばれるため、撒く範囲は意外に広かった。妖精じょうろの効果は目覚ましかった。ただ、枯れた範囲は池袋を越えてどんどん広がっているため、簡単ではなかった。地道な作業が必要だった。

 ナルルは早朝、家を出てから池袋の駅ビルを抜けて、駅の西口へと向かった。途中はこれまで見た光景とは全く違った、別世界のような異常な光景が広がっていた。通常であれば通勤や通学であわただしく行きかう歩道が全く人が見られなかった。駅まで歩いて数人しか見ることができなかった。あまりにも人が少なかった。駅ビルの地下道も人は数人だけ見かけるだけだった。いつもなら、ホームレスが横になっていたりすれ違うのもたいへんなほど混雑している場所も誰もいなかった。池袋を中心に、謎のウイルスが感染拡大している言った案内が地下のスピーカーから流れていた。

「必要のない外出は控え、混雑を避けてください。地下道などの空気がよどみがちな空間はなるべく避けて外気の多い場所などを利用してください・・・」まるで、世の中が毒ガスや未知のウイルスに侵されつつあるような、恐ろしいガイダンスが、スピーカーで何度も繰り返し流されていた。これでは人もいなくなるはずだとナルルは思った。池袋の駅は人の通りがまったく途絶え、静まりかえっていた。

 ナルルは西口の噴水のある広場に出た。人影は全くなかった。数十匹の鳩が水のみにやってきていた。良く見ると鳩の毛が抜けていて、中には体の毛が半分くらい抜けたものまでいた。謎の草木の枯れ現象は動物の生活まで脅かし始めていた。このままでは自然が根底から破壊されてしまうのではないかとも思えた。そうしている間も、息苦しい腐ったような匂いがどこからともなく漂ってきて、あたりは電気がないため薄暗くなっていて、どんよりとした絶望感のようなムードに包まれていた。

『予想していた以上に、厳しいわね。早く元通りにしないと、大変なことになってしまう』ナルルはそう思った。自分が蒔いた種のように、この被害の責任を感じてしまっていた。とりあえず、被害の状況観察はやめて会社に行くことにした。

 ふとみると、劇場のビルの隙間から4、5歳の少女がこちらを見ているのが目に入った。

『どうしてこんな場所に、女の子がいるのだろうか』少女は静かに近寄ってきた。子供とも思えないような落ち着いた歩き方をしながら、まっすぐにナルルに近寄ってきた。

「おねえちゃん、これ」といって、少女が手を差し出した。少女の小さな手の中には、折りたたまれた紙が入っていた。開くと文字が書いてあった。

『公園のトイレの裏に魔法の杖がある。

 魔法の呪いを解くには魔法の杖も使わないと完全には解けない』と書かれていた。

『なぜこんなことを、私に知らせようとするのかしら。なぜ知っているなら自分で解決しないのか。なんで私に託そうとするのか』

 今起こっている草木の枯れ現象や電気が失われた現象は、修復するには原因となった魔法の杖がなくてはならないという内容だった。たしかに、高度な魔法を解くには原因となった杖が必要になるという事は、妖精大学でも習ったことがあった。でもなぜ、この手紙をくれたのだろう。ナルルは不思議に思えた。少女に確かめようとして姿を見つけようとしたが、もう少女の姿はそこにはなかった。

 とりあえずナルルは公園に向かった。公園のトイレの後ろを探したところ、魔法の杖らしきものを発見した。

『手紙の内容は、本当だったのね。という事は魔法を解くことができずに、こちらに任せるという気持ちなのかしら』敵視しいている妖精に魔法の杖を渡すことは通常なら考えられないことだった。魔界のだれかが、自分ではできないため、ナルルに頼ってきたということか。とはいえ、これで今街を襲っている魔法の呪は解くことができるという事が、わかってきた。

「あれっ、青空さんこんなところで何しているんですか」突然、ナルルの後ろから声をかけてきたのは小林ユウヤだった。

「珍しいですねこんな場所で会うとは、僕はこの公園である人を探しているんです」

「そうなんですね。急ぎますので私は失礼します。」ナルルはその場を離れ、早くミチルに会おうと考えていた。ところが、不思議な予感がした。何か、懐かしいような心満たすような匂いに気が付いた。かすかな光も感じた。

「どなたを探しているのですか。昔の恋人でも・・・」ユウヤを女好きといまだに思っているようだった。

「まさか、恋人だなんて。僕は恋人なんていません。ずっと一人なんです。縁がないというか・・・。実は、あるものを拾って、かなり高価な宝石じゃないかと思って、落とし主を探しているんです。警察に届けようともしたんですが、なんか届えてはいけない品物に思えてしまって、持ってましたが、もし今日もだめならば、あきらめて警察に届けようと思っているんです」と言いながら、ユウヤは胸のポケットから布の袋を取り出した。袋を開けて、取り出したのは、金色に輝く妖精魂だった。見てすぐにナルルは自分がこの公園でなくした妖精魂だと分かった。

「あっ、それ私が水道の所でなくしたものです」

「そうだったんですか。青空さんのでしたか。水道の近くの砂に埋もれていたんです。拾っ多時から、これは大切なものだから、必ず探しに来ると思って、僕も何度もこの公園に来ては探し物してる人はいないかどうか、見つけていたんです。1月以上もかかって、元の持ち主が見つかって、この石も喜んでいるでしょうね」ユウヤはナルルに手渡した。

「ありがとう。私もずっと探していたんです。あなたが、大切に持っていてくれたんですね。他人の手に渡らなくてよかった。もし警察に渡されたら今頃は科学捜査に回されて、砕かれて分析されていたかもしれないわ。助かった」

「そんな貴重なものなんですか。青空さんて不思議な人ですね。なんか特別の匂いがします。それと変わった杖ついて、まるで、魔法使いの少女みたいですね」ユウヤは冗談半分で笑いながら言った。

「あっこれね。そうよ、魔法つかっちゃおうかしら。エイッ!」ナルルは軽いジョークのつもりで杖を振った。もちろん、魔法の杖は使ったことはない。簡単な棒状の木を使ってカエルをうさぎに変えるという、初歩の使い方は大学の授業で習ったことがあった。その程度しかやったことはなく、本格的な杖での魔法はしたことがなかった。

 そこにたまたま、小さな虫がいた。その虫たちが一気に数百匹の蝶の群れとなり空中に舞い上がった。辺り一面が蝶の色で黄色に染まった。

「うわっ、まさかこんなことが、ナルルさんは魔法使いみたいですね」ユウヤは驚いてしまった。

「違うよ。不思議だよね。たまたま偶然ね。蝶が飛び立つ時だったのね。でもロマンティックね、きれいね」ナルルは魔法ではなくてたまたまタイミングが合って孵化しただけだと説明した。

「偶然と言っても、すごいですね。マジックみたい。でもきれいですね。僕も蝶は大好きです。春の陽気で一斉に孵化したみたいですね」ユウヤはあまりの美しさに見入っていた。すっかり、ナルルの魔法の事から興味がそれてしまった。

「とにかく、このビー玉は返してもらえて、ありがとう。またね」ナルルは先を急いだ。

 ナルルはユウヤと別れたあと、取りあえず会社に今日はお休みしたいと電話をした。異変のおかげでスーパーには客もほとんど来ないと見込まれたため、休みの届はすぐに受け付けて貰えた。


 急いでミチルを探した。ミチルは、図書館辺りで一生懸命にじょうろで水まきをしていた。緑が蘇っているのですぐに居場所が割り出せた。

「ミチル、ここにいたのね。お疲れさま」

「ナルル、なんかおかしいんだよ。みどりは確かに蘇ってるのに、はながつぼみのままだよ。咲かないんだよ、花が。これっておかしいよね」ミチルは納得がいかない様子だった。

「原因が分かったよ。魔法の杖が必要なんだよ。どうしても魔法の杖を使わないと完全には魔法の呪は解けないという事らしいわ」ナルルは「説明した。

「そうなのね。魔法の波動を完全に取り除くことは、このじょうろだけではできないという事ね。どおりでおかしいと思った。いくら水をあげても埒が明かないから」ミチルもお手上げの状況にあったようだった。

「でも、ナルルが持ってるのは。もしかして魔法の杖なの?まさかでしょう」

「それが、魔界人がどうやら私に譲ってくれたみたいなの」

「そんな馬鹿なことって・・・・あるのかしら」ミチルは驚きと、信じられないと言った様子で言った。

 だが肝心なのは、その魔法の杖を使いこなせるかどうかだった。さっき試しに使ってみた時は、驚く程の威力があった。ナルルは確かな手ごたえを感じていた。妖精の最高の技術と精神力を持ったナルルならではの勘の良さだった。

 ただナルルは妖精のからだをしていたが、本来なら魔法を最大限生かすことはできなかった。それは、魔法は魔界人の体質に合わせてあるからだ。だから、人間が拾っても魔法は使えないことになっていた。

 ナルルが心を込めて、妖精の心を満たして、魔法の杖を振りかざしたところ、蕾はいっせいに開花した。

「ナルル、さすが、すごい。魔法が使えるのね。これでいけるね。私が水をまいて回復させるから、ナルルは魔法のつえを使って花を咲かせてね」二人の共同作業で、修復作業が進められろことになった。

「でもナルルってすごいね。何でもできてしまう。魔界人にでもなれるんじゃない」ミチルはちょっと言い過ぎたと後悔した。

「そういえば、ミチル。妖精魂が出てきたんだよ。これ見て」と言って、ナルルはミチルに妖精魂をみせた。

「すごいんじゃない。それ使って妖精の力を100%出せばあっという間にこんな作業は終わりにできるよ。さっそく使ってみようよ」ミチルは急がせ、催促した。

「でも待って、それはできるけど・・・いま使ってしまうと、あとでどうしても妖精界に帰りたくなった時や、必要になった時に使えなくなってしまう。妖精界に帰ることもできなくなるてしまう」ナルルはいざという時のために備えていた方がいいかとも考えた。妖精魂の効果は3日~5日だった。

「そうだよ、今使いたくないんでしょ、だったら、とっときなよ。いいから納得がいった時に使えばいいじゃん。地道にやるのも、楽しいものよ」ミチルは少し拍子抜けたような気もした。が、これからどんな難題が出るとも限らない。最後の切り札として取っておくのがいいと思えた。すぐに気持ちを入れ替えて、作業を再び開始した。

 ところが修復作業はなかなか進まなかった。範囲が広すぎて、いちいち水をチマチマまいてもそれでは、枯れ現象の進行も進むばかりで満足のいくような効果が表れにくかった。

「やっぱり、こんな時は友達の出番だよな。水臭いよ。いつになっても呼んでくれないなんて、さびしいんだけど」振り返ると、その声のする方向にはアルラとヨデフの二人が笑いながら立っていた。

「何で来たのよ。呼んでないから」ミチルは目が潤んでいた。

「ごめんね、遅くなって。アルラが早まるなって言うから」

「俺のせいにするなよ。自分だって、ミチルが怒るからって怖気づいてたくせして」

 二人は言い訳していた。

「もう、あんたら、最高にいいとこきたから、特別に許してあげるよ」ミチルはさっきまでの疲れ果てた様子は嘘のように、急に元気になった。

 作業は4人になったため急速に進展し始めた。さすがに妖精界の精鋭の切れ者の2人が加わったことは大きかった。あっという間に半分まで修復作業が進んだ。じょうろの威力はミチルとヨデフの力が同時に働き10倍近い能力に上がった。空を飛びながら作業は行われたため広範囲に水がまかれていった。だが、この作業は人間には見えなかった。妖精は姿を隠すこともできたのである。

 ナルルとアルラは魔法の杖を同時並行的に用いた。二人で大きな波動を出して花を咲かせていった。枯れ果てた街並みが、次々と蘇っていった。と同時に、電気も回復を見せていった。これまでくさい臭いで満ちていた空気がすがすがしい空気に入れ替わった。よどんだような空は、もやがとれてきれいに晴れ渡った。街は元のように再び元気を取り戻していった。急速に自然が回復してきていた。街の人々は信じられないと言ったような顔をしながら、外に出始めた。何から何までが嘘のように回復を見せていったのである。

「この調子で行けば、明日いっぱいには修復は完了するんじゃないか。一休みしよう。いずれにしても今日中ではとても終わらないから」ヨデフが言った。

「あきらめないでやろう。人間の人達だってこのままでは不安だよ。早く回復させてあげないと、生活に大きな問題を抱えてしまう。歴史まで変えてしまうよ。」ナルルは何としても、徹夜までしても今日中に完了させる気でいたようだ。

「それはムリだと思う。これはそんな簡単ではない。もしかすれば、枯れ現象が夜に急に進むことも考えられるし、明日でも間に合うとは言い切れない。できればあさってまで作業を続ける気持ちでないと」アルラは慎重な見方をした。

「うわーっ、あさってまでかかってしまうの。こっちがばててしまうんじゃないの。それと、あんたたちの妖力は大丈夫なの。余裕は十分のあるんでしょうね」ミチルが聞いた。

「それが、早く来ようという事で2日前に来ていたんだ。その時にはこんな状況ではなかったから急ぐ必要はないと思って、少し世間を見に行ってきた。ついでに世界を見てこようとなったんだ。まさかこんな事態になってるなんて思ってもいなかったんだ。わかってたら、すぐに昨日来てたのに。」ヨデフは読みが外れたと後悔していた。でも、世界探検を早めに切り上げてよかったと心では思っていた。

「そうだったのね、じゃあ、明日から少しきつくなるわね。だったら、今日はなおのこと徹夜でやらないと。やれるだけやっておかないと。二人とも妖精界に戻るための妖力を残しておかないと大変なことになっちゃう。妖精界から4人もいなくなったら、妖精界はひっくり返したような大騒ぎになるわ。二人とも明日は帰ってちょうだい。あとは私とミチルとで頑張るから」

「ナルル。大丈夫なの、ふたりだけでも」ミチルは心細いと言った表情を見せた。

「仕方ないよ」

「いいから俺たちの心配はするなよ。俺はこの人間界に残ってもいい。最後までやりとおそう。帰る力がなくなったって、後悔はしないよ。俺も人間界でやっていく。その覚悟はできてる。」アルラは覚悟を決めているようだった。

「だめよアルラ、あなたは妖精の世界ではなくてはならない人だから人間界にいてはダメよ。少しは懲罰があっても妖精界に必ず帰ってちょうだい。これは私の問題だから、私一人でも頑張るから」

「そんなこと言わないで。私だってナルルの事見捨てられないよ。仲間じゃないの。たとえどんなことがあったって。私は何があっても、ナルルと一緒にいる。帰らないから」ミチルの気持ちは固まっていた。

「とにかく、ここで愚痴はよそうよ。それより、どうしたらもっと効率を上げられるかだね。それとナルルが言うなら今日は徹夜して、なんとか明日の昼までに作業を終わらせよう。ナルルについてくから。みんな仲間だから、力を合わせよう。」アルラが屹然と言い放った。

「おいおい、おまえら早くも仲間割れしてる場合かよ」

「誰だ」ヨデフは振り返りながら、身構えた。

「誰だは失礼だな、仲間さておいて、自分たちばかりいいかっこして、優越感に浸ってるってことなの。泣けてくるけど、他にだって仲間がいることも忘れるなよ」なんとアルラの仲間が大勢やってきていた。

「おまえらまで、来て。どんな懲罰受けるかわかってるのか。勝手に許可もない癖に人間界にきてしまって。みんな、指導部に睨まれて、出世街道からはずされてしまうんだぞ。わかっているのか。親だって悲しむよ。下手したら今まで取った資格だって剥奪されてしまうよ。問題が大きくなる前に、妖精界に早く帰った方がいい」アルラは皆を説得した。

「何言ってるんだ。お前だってそうだろう。それと、そんな資格なんてどうだっていいよ。仲間の方がずっと大切だよ。ここにいるやつらはそんなヤワじゃないよ。資格なんてまたとればいいさ。仲間は失ったら戻らないから。どっちを取るかなんて天秤にかけるわけないよ。だったら最初からここに来るはずないだろう。なっ、みんな」

「そんな話はどうでもいいから早くやろう。日が暮れるだろう。つまんない話は後だよ」仲間たちはすぐにでも作業を始める考えだった。みんなは妖精の蘇生じょうろを持ってきていた。型は少し古いが、みんなで手分けすれば、かなり時間は短縮できるはず。しかも、妖精のステッキも各自持参してきた。魔法の杖ほど回復力はないものの小さな力でも、みんなで合わせれば、効果は確実に出てくる。そうすればうまくいけば日が暮れる前までに、今日中に修復作業が終わるかもしれなかった。

「みんなありがとう」ナルルは皆に感謝した。

「そんな、水臭いよ、ナルル。妖精は皆で協力して楽しく作業するというのが基本だろう。みんなも気持ちが一緒だから、そんな遠慮はしなくてもいいよ。でないといい世界にはならないから」

 みんなは各自手際よくテキパキと作業を進めた。さすがは、妖精の若手精鋭の仲間たちの行動はそつが全くなかった。




 







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