第42話 影を掻き消す光の剣
「──始めます」
マレナの純白の法衣がはためき、魔法陣が眩い光を放ち始める。輝きの内側で魔力の奔流が渦巻き、中央の聖剣へと注がれていく。
リガルド教国の指導者にして、もっとも優れた聖魔使いであるマレナによる神聖魔法の行使だった。光輝を纏うマレナの姿はまさしく聖女と見紛うほどの荘厳さを持っていた。
「本当にいいんだな、桜」
儀式の最中、怜司が桜に問いかける。女剣士の表情には迷いがあった。
「言っておくが、俺は悠司を殺す気でやる。くれはと十兵衛を殺して、蒼麻をあんな目に遭わせたあいつを許すことはできない」
「……お前の怒りは分かっているさ」
「ならいい」
二人の問答が終わると同時に光が収束していく。魔力の燐光が散ると同時に魔法陣から輝きが消失。
儀式が終わり、マレナが膝から崩れ落ちた。
「マレナ様!」
怜司が慌てて駆け寄り身体を抱きかかえる。
「ご心配なく……儀式は、無事に成功しました……流石に、ちょっと疲れました、ね」
マレナの額から汗が流れ落ちる。法衣の下も全身が汗で濡れているのが分かるほどの疲労状態だった。
「桜、外の付き人たちを呼んできてくれ。蒼麻は回復魔法を」
「分かった」
「マレナ様、大丈夫?」
怜司の指示で桜が出口へと疾走。蒼麻がマレナに杖を向けて魔法を発動させる。竜が抱えた宝玉が淡く光り輝き、少しずつマレナの息が落ち着いていく。
門番をしていた槍兵たちが桜と共に戻ってきてマレナを抱えた。
「猊下、ご無事ですか?」
「ええ、命に別状はありません……それよりレイジ様、聖剣を」
「分かりました」
台座に置かれた聖剣を怜司が手に取る。外観に一切の変化はなかったが、持った怜司にだけは凄まじい魔力が込められていることが感じ取れた。
「まさか、これほどとは」
「リガルド教国、全ての国民の願いを束ねました……リヴァイアサン……あの悪魔を討ってほしいという、願いが魔力として、込められています」
従者の肩を借りながらマレナが語る。彼女が行った儀式は国民の祈り──リヴァイアサンの消滅を願う心の声を神聖魔法によって集めて束ね、オリカルクムの剣に注ぎ込む、というものだった。
膨大な魔力を剣に集中させるためには、剣がそれだけの魔力に耐えられる金属で鋳造されている必要がある。そんな金属はオリクルカムしか存在しなかった。
しかしオリクルカムはザガン山脈の奥底でしか入手できず、加工できるのは人間嫌いの精霊たちだけ。入手するのも精霊の協力を取り付けるのも容易ではない。
難易度があまりに高い上に、儀式によって本当にリヴァイアサンを倒せるほどの力となるのかも不明。そもそもリヴァイアサンの脅威を認識してもいない他国は、リガルド教国の提案に一切乗らなかった。
結局のところ、儀式に協力可能な人間は怜司たちしかいなかった。
だが裏を返せば、悠司への対抗手段を持っていなかった怜司たちにとっては、渡りに船だった。
「ソーマ様、もうだいぶ平気になってきました。ありがとうございます」
「いいよ。こっちも助かったしね」
蒼麻の回復魔法により体力の戻ったマレナは従者の支えから離れてひとりで立ち上がった。
怜司の元へと歩み寄り、聖剣の様子を窺う。
「いかがですか」
「これならば、あるいは」
「そうですか。申し訳ありません。あなたがたに押し付ける形になってしまって」
マレナが悲しげに目を伏せる。彼女はリヴァイアサンへの対抗策を怜司に授けることはできても、戦うことはできない。本来なら世界の脅威に対して全ての国で一丸となるべきところを、たった三人に対処を任せることとなったのが、マレナには悔しかった。
その上、どれほどの脅威なのか、正確に知ることもできていなかった。知っているのは怜司たち三人だけだ。十分な魔力を注いだつもりでも、本当に十分なのか理解できるのは怜司たちだけだった。
「……いいえ、構いません。俺たちには俺たちで、奴らを滅ぼさなくてはならない理由があるのです」
怜司の手が聖剣を強く握りしめる。脳裏にはあの一夜が鮮明に思い起こされていた。自分が無力だったために、大切な仲間たちを失ってしまった。後悔が心にのしかかり怒りが今でも胸で燃えている。
怜司の様子を見ていた蒼麻が肩に手を置いて微笑みかける。
「そんなにひとりで気負わないで。僕たちもいるから、さ」
「でも」
「でもは言いっこなし。そう言ったでしょ?」
蒼麻を庇えなかった怜司の負い目を蒼麻自身が否定する。ふ、と怜司の気が軽くなって彼も小さな笑みを浮かべた。
「そうだな。分かったよ」
「それよりマレナ様、汗だくだしお風呂入ったら?」
「それもそうですね……良ければお三方もご一緒に」
蒼麻の提案にマレナが首肯。違和感に怜司が首を傾げた。
「……ん? 俺もですか?」
「はい。指導者のためにあつらえられたお風呂は広くておすすめなので、ぜひ」
「え、それって一緒に入るってことですか?」
「はい」
何か不思議なことでも、とでも言いたげな表情のマレナに怜司は困惑していた。
「…………念の為、申し上げておきたいのですが、俺は女性ではなく男なのですが」
「ええ、知っていますよ」
「マレナ様と一緒に、というのは問題なのでは……お付きの方も、ほら」
怜司がマレナの従者を指さす。が、従者も首を傾げていた。
「猊下が良いと仰るのなら、私どもは別に」
「え」
「私はレイジ様なら一緒でも構いません、よ?」
マレナの頬が少し赤くなっている。一方で蒼麻は口を尖らせていた。
「まぁた怜司が浮気してるー。マルグリス王国のレフィ様だってそうだったし、邪竜討伐のときもセレネと仲良くなるしさー」
「いや、別に浮気じゃないって!」
「そうですよソーマ様。私は別に側室や愛人で構いませんから」
「そういう問題でもありませんよマレナ様!!」
怜司と蒼麻、マレナがぎゃあぎゃあとやり合ってるのを、桜は退屈そうに眺めていた。
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