第41話 光の道を歩む者たち

 ──リガルド教国。広大な平地を国土とする宗教国家。

 古代より独自の魔法体系を持つこの国は、優秀な魔法使いの出身地として長年、その名を知られていた。


 国の代名詞であるリガルド神聖魔法は、習得難易度が高い上に古代からの慣わしにより、年間あたりに習得させる人数を著しく制限していた。扱うことのできる魔法使いは、聖魔使いという二つ名で呼ばれるほどに貴重な存在で、その勇名を他国に轟かせていた。


 しかし、リガルド教国は決して裕福な国ではなかった。

 他国と交易可能な産業が少なく、領土の大半が平野であるため石炭や鉱石といった資源にも乏しい。国策として行えるのはせいぜい農業が限界。


 教国は漏洩を防ぐために、他国の人間が神聖魔法を習得することを厳しく禁じている。そのせいで、習得を希望する魔法使いを呼んで産業とすることも不可能だった。


 聖魔使いこそ強力な人材だったものの、軍に占める割合は神聖魔法を扱えない通常の魔法使いの方が遥かに多い。軍事力という部分においてさえ、リガルド教国は他国に対して優位性を持っていないのが現実だ。


 結果として、魔法については優れているものの、その他には何もない閉鎖的で古びた弱小国。それが他国におけるリガルド教国への評価だった。


 怜司たちが訪れたのは、閉ざされた魔法国家。

 リヴァイアサン──あの恐ろしい怪物に対抗する手段があると聞いて、彼らはリガルド教国の首都に足を踏み入れていた。


 首都中央の大聖堂へとつながる大通りを、鎧姿の異世界人が歩む。合金製の頑強な装備、腰には一振りの剣。かつては柔和さしかなかった青年の顔貌は精悍な剣士のものへと変わっていた。


 彼の背後に魔法使いの女が続く。紺色のローブに身を包み、手には精霊の森の樹から作られた杖。先端に彫られた竜が宝玉を抱え込んでいる。陽気な笑顔ばかり浮かべていた表情には、今は冷徹ささえうかがえる。


 魔法使いの隣には和装の女剣士。彼女だけはかつてと変わり映えしない姿だったが、帯に差した刀が無骨なものから装飾付きの逸品へと変わっていた。


 数ヶ月間に及ぶ旅路の果てに、二人の異世界人は完全にこの世界の住民と化していた。人や魔物、怪物たちと戦う力、精神力を身につけるに至っていた。


「彼女たちの言っていたことは本当だと思うか?」

「分からん。現状、他の国は有効な手段を持っていないし、危機感もまだない。滅びた国のことは軍事力と対応力が足りなかったせいだと考えているようだ」


 怜司の質問に桜が答える。

 女剣士は世界の対応の悪さに呆れていた。リヴァイアサンの名とそのおぞましい活動は世界に広く知れ渡っている。

 だが生存者があまりにも少ないため、具体的な情報が出回っていないのが現状だった。リヴァイアサンが一体どういう力を持つのかを知らない各国は、国の防備を固めれば十分だと考えている。


「まぁ、直接戦ってないんじゃあいつらの恐ろしさは分からないよ」


 蒼麻の補足が桜に続く。数少ない生存者である怜司たちからすれば、愚策としかいいようがない。兵士や兵器をどれだけ多く揃えたところであの力の前では無意味であることを、三人は身をもって実感していた。


「それを打倒するために俺たちはここに来たんだ。彼女たちの約束が本当であることを祈っておこう」


 怜司に二人は沈黙で同意する。一行の歩みは大聖堂の正面で止まった。白亜の城を思わせる荘厳な聖堂の前には、純白の衣装に身を包んだ金髪の女性。清廉さと気品の漂う美しい風貌は聖女の気配さえ感じさせるものだった。両隣には鎧に身を包んだ槍兵を控えさせている。


「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」


 純白の女が衣装の裾を持ち上げて優雅に挨拶をすると、控えていた槍兵が大聖堂の門を開く。


「お元気そうで何よりです、聖女様」

「そちらもご壮健なようで。ですが聖女と呼ばれるのは畏れ多いです。私は単なる術者に過ぎません。マレナとお呼びくださいな」

「リガルド教国の指導者である方を呼び捨てにはできませんよ、マレナ様」


 怜司の挨拶にマレナが返し三人に背中を向けて先導する。マレナの後に続いて怜司たちが大聖堂に入り、扉が音を立てて閉められた。

 大聖堂の中は無人だった。普段ならば信者が行き交うこの場所も、今日このときにおいてはある理由で立ち入りを禁じられていた。


「儀式の準備自体はすでに整っています。残すはレイジ様のオリカルクムの剣だけです」


 怜司は腰にある剣の柄を握りしめる。オリカルクム──決して壊れることがないと言われる金属。それを精霊の神秘によって加工することで鋳造された、世界でただひとつの聖剣。

 長き旅路で怜司たちが追い求め、その果てに手に入れたものだった。全てはマレナの行う儀式のために。


「……リヴァイアサンに対抗できる力となる。本当だと信じて良いのですか?」

「少なくとも、私たちはそう信じています。他国はいずれも信用してはくれませんでしたが」

「必要性がないと考えているのだろう。まだ」


 桜の言葉にマレナが首肯する。

 四人は大聖堂の奥、開けた場所に辿り着いた。床には巨大な魔法陣が描かれており、中央には台座が設置されている。


「では、改めまして儀式の説明を」


 マレナが怜司たちへと振り返り、話し始める。


「といっても、レイジ様たちに行なっていただくことは特にありません。私が術者として、レイジ様に手に入れていただいたオリカルクムの剣に力を注ぎ込む。それだけです」

「ひとつ、儀式を行う前に確認をしたいのですが」

「なんなりと」

「本当に俺たちに預けてよろしいのですか? 別に卑下するつもりはありませんが、俺たちは単なる旅人に過ぎない。それを信用なさるので?」


 怜司の問いかけにマレナは微笑を浮かべる。


「卑下でなくともご謙遜ではあると思います。お三方の活躍はいくらでも聞こえてきました。マルグリス王国における第二王女救出作戦の助力に始まり、同国東部での盗賊団の討伐と困窮する人々への施しの数々」


 マレナの指がひとつ、ふたつと順番に怜司たちの活躍を数え上げていた。


「ペレン共和国では侵攻する蛮族に対して二度の防衛戦に参加、勝利を収め、共和国南部で暴れていた邪竜の討伐に成功。北東部に住んでいた新世代の亜人たちと、同地区の森林に住む精霊たちとの諍いを仲裁」

「精霊たちのおかげで僕の杖とか怜司の剣とか後から手に入ったよね」


 蒼麻が持っていた杖を軽く振るう。精霊たちが住まう森林の樹木から作られた杖は、それ単体が魔力を含有する極めて貴重なものだった。


「何よりも、蛮族に攫われそうになった私を助けてくださったのはあなたたちです。あなたたち以上に信頼できる相手は他にいません」

「……ん、まぁ、そこまで言っていただけるのなら」


 ぽりぽり、と怜司は頬をかいていた。自分たちのしてきたことを賞賛されるのはむず痒いものがあった。


「相変わらず照れ屋さんなのですね、レイジ様は」

「修行がてらやったことなので、そこまで言われると、やはり少し照れます」

「ふふ。十分に胸を張って良いことだと思いますよ」


 マレナの満面の笑みのせいで、余計に怜司は面映くなった。

「さて」と言いマレナが表情を真剣なものへと変える。


「先ほど申し上げたとおり、他国の方々は私たちの儀式を必要だと考えませんでした。リヴァイアサンの猛威を軽視していて、対岸の火事か何かだと思っているのです。なのでこちらからもお尋ねします。私たちに協力してくださいますか?」

「もちろん。止めねばならない厄災を止めるために」


 巫女の問いかけに、剣士が強い意思を携えて即座に応じる。


「では、剣を」


 怜司がマレナの前まで歩み寄り、片膝をついて剣を差し出す。その風景はまるで聖女に誓いを立てる騎士のようだった。

 剣を受け取ったマレナはそれを台座に置き、祈るように両手を合わせて目を閉じる。


「──始めます」

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