第38話 危険な遊び(ホラー)前編

 私が通っていた中学校では、コックリさんが流行っていた。


 コックリさんとは、鳥居と文字が書かれた紙の上にコインを置き、参加者全員の指を乗せて、コックリさんを呼ぶ。そして降霊が成功すれば、自分の聞きたいことを狐などの霊に教えてもらえる、という降霊術の一種だ。


 小学校の高学年辺りから、女生徒がコックリさんをやっているのを、やたらと見かけるようになった。


 ただ、私は狐などの霊が実際に来ているのは、視たことがない。誰かがコックリさんをやりだすと、学校の中をうろついているものが集まって行く。ただそれだけだ。


 人ならざるもの達は、自分に気付いて欲しいと思っているので、降霊術をやっている人間がいれば、喜んで集まってくるに決まっている。


 その中にもし悪いものがいれば、取り憑かれて災いを受けることになるが、それは、霊感がある人間しか知らないことだ。だから何も視えない人たちは、コックリさんを遊び半分でやってしまうのだろう。


 本当にコックリさんが来ていると信じている人もいるけれど、コインが動くのは、指を乗せている誰かが動かしているだけだ。


 それでもまだ「動いたよ」と言いたい人もいると思うが、狐などの動物に、人間の文字は分からないよ? と私は言い返したい。


 実際に呼んでしまったのはコックリさんではなく、得体の知れない『何か』だ。




 中学1年生の球技大会の日。体育館の中でクラスメイトと話をしていると、大人数で盛り上がっているグループに目が行った。


 よく見るとそのグループの中には、親友のヨシもいる。集まっているのはヨシと同じクラスの人達で、次の競技について話し合っているようだ。

 

 最初はただ、うるさいなと思って様子を見ていたが——しばらくすると、妙な気配に気が付いた。


 ——あぁ。うるさいから気になったわけじゃなかったのか。


 私は生きている人間よりも、人ならざるものに意識が向かいやすい。


 ヨシの隣にいたのは、彼によく付き纏っている女生徒で、ヨシのことが好きなんだろうな、というのは鈍い私でも分かっていた。その女生徒の周りが、妙に暗く視える。


 ——あの子は、何かに取り憑かれているみたいだな。


 そういったことには、かかわりたくないので、いつもなら放っておくが、今回は自分の友人がすぐ横にいる。


 私は暗く視える部分をじっと見つめた。女生徒の両隣には、大人の男性くらいの大きさの黒い影が2つある。それに彼女の腕には、暗い緑色の大きな塊のようなものがぶら下がっていて、ゆっくりと動いているように視えた。


 ——あの大きな2つの影よりも、腕に憑いている塊の方が気になるな……。


 生きている時と同じ姿でないものは、少々厄介なのだ。


 私は霊能者ではないので詳しくは分からないが、形が崩れているものは、災いを招くものが多い気がする。あれは、憎しみなどの負の感情が強く、自分の姿さえも忘れてしまったものの、成れの果てなのかも知れない。


 それにしても、一度に何体も取り憑くのは珍しい。


 私も災いを呼ぶ男の子に取り憑かれた時には、同じような状態になるが、あんな死神のような存在が他にもたくさんいるとは思えない。あの男の子は特別だ。取り憑かれると、悪いものが次々と寄ってきて、呪い殺されるのではないか、と恐怖を感じる。


 ただ、普通の家で、普通に生活をしている人が、そんな目に遭うことはないと思う。あるとすれば、自分で呼んでしまうような『何か』をやっているはずだ。


 おそらく彼女は、流行っているコックリさんをやったんだろうな、と思った。それも、何回も——。


 一度やっただけで、何体も取り憑くとは考えづらい。


 学校でコックリさんをやっているのを見かけると、必ずと言ってもいいほど聞こえてくるのは『自分の好きな人は、誰のことが好きなのか』という質問だった。


 ヨシのことが気になっている彼女は、彼が好きな人は誰なのか、ということをコックリさんに訊いていたのだろう。


 彼女に取り憑いているもの達からは、ピリピリとした嫌な気配を感じる。明確に、こう。とは言い表しづらいが、動物が獲物に襲いかかる前の、ピリッとした緊張感のようにも思える。


 ——なんか、イヤな予感がするな……。このまま放っておくと、ヨシが巻き込まれるかも知れない。

 

 始まってしまった災いは、誰かが受けないと終わらないということを、私は身をもって知っている。


 楽しそうにしているところに水を差すようだが、後で後悔したくないので、私はヨシを呼びに行った。


「ちょっと話があるんだけど、いい?」


 私が騒いでいるグループの外から声をかけると、ヨシは「何?」と、キョトンとした顔をした。


「ここじゃ話せないんだよね。向こうへ行こう」


 そう言って私がじっと目を見つめると、ヨシは何かを感じたのか、スッと輪から出てこちらへやってきた。右目の下が、引きつっているように見える。


 ヨシのことが好きな女生徒は、ヨシを連れて行こうとしている私のことを睨んでいるが、そんなのはどうでも良かった。


 ——自分が降霊術なんかやったせいで、悪いものに取り憑かれたんだから、ちゃんと反省しなよ。


 私は心の中で呟いた。


 彼女に取り憑いているもの達からは、禍々しく冷たい気配を感じる。近くにいるせいか、少し息苦しい。そして歩き出した瞬間——。


 ギリギリ、と歯軋りのような音が聞こえた。ボソボソと呟くような低い声も聞こえる。

 

 今にも悪いことが起こりそうな状態だ。段々と身体が重くなり、全身の肌が粟立つ。


 ——早く、離れないと……。


 私はヨシを女生徒から引き離す為に、体育館の端へ連れて行った。

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