危険な遊び 後編
「話って何? 怖いんだけど……」
誰もいない場所まで行くと、ヨシが不安げな顔で訊いてきた。
「……今は、あの子のそばにいない方がいいから、ここまで連れてきたんだよ」
私が小さな声で言うと、ヨシも何かを察したようで、顔を引きつらせた。彼は小学生の時に、得体の知れない大きな顔が部屋の中を覗いてくる、という恐ろしい体験をしているので、人ならざるものが存在することを知っているのだ。
ヨシはそれ以上は何も訊かずに、ただ黙って私のそばに立っていた。
時々同じクラスの人が声をかけてきても、彼は私から離れようとはしない。私も誰が聞いているか分からないので、詳しいことは言わなかったが、クラスの人たちの方へ戻れば怖いことが起こる、ということを、ヨシはちゃんと理解したのだろう。
その後、球技大会は何事もなく終わり、心配しすぎだったのかも知れない、と思い始めた頃だった。
ガシャーン! という大きな音と共に、女性の悲鳴が響き渡った。
みんなが驚いて一斉にそちらを向くと、ヨシに付き纏っていた女生徒が蹲っている。
——何があったんだろう……。
耳を澄ませていると、先生が周りにいた生徒たちと話す声が聞こえてきた。
どうやら、壁に立てかけてあったバレーボールの支柱が、彼女に向かって倒れたようだ。床には重そうな支柱が8本も転がっている。
先生に支えられて保健室に向かう彼女は、手を押さえて泣いている。支柱が手に当たって痛かった、というだけではなさそうだ。
そして横にいた女生徒も、腿と膝が真っ赤になり、友人に支えられながら、ひょこひょこと足を引きずって歩いている。短めのハーフパンツだったので、無防備な足に直接支柱が当たったのだろう。
足を怪我した女生徒は、巻き添えになってしまったようだ。
——あぁ、やっぱりヨシを引き離しておいてよかった。
安堵の吐息をついて、隣にいるヨシに目をやると、小学校の時に「妖怪が出る」と相談してきた時と同じように、青白い顔で呆然としている。
「大丈夫?」
私が声をかけると、ヨシは黙ったままで頷いた。口は硬く閉じたままで、小刻みに震えている。どう見ても大丈夫ではないような気がした。
もしかするとヨシは、大きな顔が部屋を覗いていた時のことを、思い出しているのかも知れない。
子供の頃に強い恐怖を感じると、それはトラウマとしてずっと残ってしまうことが多い。ヨシは、大きな顔に何度も部屋を覗かれて以来、人ならざるものは恐ろしいもので、自分に危害を加えるかも知れない存在だ、と思っている。
しかしヨシは霊感がないので、人ならざるもの達が視えないし、気配を感じることもできない。たとえ近寄ってきたとしても、ヨシにはそれを知る術がないのだ。
私は、恐ろしいものが視えるのが『イヤだ』と思うことが多いが、人ならざるものがいると分かっているのに、視えなかったらと思うと、たしかに、そちらの方が怖い気がする。すぐそばにいたとしても、逃げることができないのだ。
後で聞いた話では、取り憑かれていた女生徒は、人差し指と中指の骨に、ヒビが入っていたらしい。
それはもちろん可哀想だとは思うが、悪いものが3体も取り憑いていたのに、指の骨にヒビが入っただけで済んだのなら、まだ良かった方なのではないだろうか。
私が災いを呼ぶ男の子に取り憑かれた時のように、命が危なくなるような出来事が起こる可能性もあったのだから——。
数日後。ヨシは、怪我をした女生徒から告白されたようだが、断ったと言っていた。人の恋路に口を出す気はないけれど、私も彼女はやめておいた方がいいと思う。
私は廊下にいる女生徒に目をやった。
災いを受けたことで一度いなくなったはずなのに、彼女にはまた別の黒い影が憑いている。前よりもはっきりと視えるその影は、彼女の首に抱きついているように視えた。
「……好きだっ、て……好きなん、だってえぇ……」老婆のような、掠れた女性の声も聞こえる。
——また、コックリさんをやったのか。
彼女は、悪いものを集めるのをやめられない人なのだ。
人ならざるもの達が視えない彼女は、何度も取り憑かれると、取り憑かれやすくなってしまうということを知らない。それに、取り憑くのは悪意を持っているものが多い、ということも知らないのだろう。
霊感がない人は、悪いことが起こっても、それが災いだと気付くことはないのだ。だから、災いを招くようなことを何度も何度もやってしまう。
おそらく彼女は大人になっても、
『なんで、私ばかり不幸な目に遭うんだろう。私は悪いことなんて、何もしていないのに……』
自分のせいだとも知らずに、そう思いながら生きていくのだろう。
——次は、どんな災いが起こるんだろうね……。
私は女生徒に取り憑いている何かに気付かれないように、そっと目を逸らした——。
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