第37話 覗かれる部屋(不思議) 前編

 小学5年生で同じクラスになったヨシは、とても明るくて人懐こい性格だ。


 席が近かったことと、好きな漫画も一緒だということで、休みの日には2人きりで遊ぶほど仲良くなった。もっと幼い頃からの友達もいるが、ヨシと遊んでいる時の方が、気が楽だ。


 学校では他の友達も入れて、いつも5人で遊んでいて、その頃は七不思議にハマって調べている子の手伝いをすることが多かった。ヨシも不思議な話に興味があるようで、どちらかというと、積極的に参加していた。


 季節が夏になった頃。そんなヨシが、急に他の友達を避けるようになった。私が1人でヨシのところへ行くと、いつも通りに話をしてくれるが、他の友達が来ると、いつの間にか、どこかへ行ってしまうのだ。


 ただ、別に喧嘩をしたというわけではなさそうだった。学校では私とヨシはずっと一緒にいるし、他の友達からも、揉めたというような話は聞いていない。


 ——直接ヨシに、何かあったのかって、訊いてみた方がいいのかな……。


 そう思ったが、本人が言わないということは、聞かれたくないのかも知れない。私はしばらくの間、様子を見ることしかできなかった。


 そしてある金曜日の放課後。体育館の前で一緒に宿題をしていると、ヨシが「ねぇ、」と私に話しかけてきた。


「今日さぁ……俺の家に、泊まりに来ない……?」


 そう言ったヨシの声は、遊ぶために誘うにしては元気がない。それに、右の頬が引きつっている。私はなんとなく、他の友達を避けていることと、関係があるのかも知れないと思った。


「泊まりに行くのはいいんだけど、何かあったの?」


 私が訊くとヨシはうつむいて、しばらくの間、目を泳がせながら黙っていた。そんなに言いづらいことなのだろうか。


「誰にも言わないから、大丈夫だよ」


 私が言うと、ヨシはやっと顔を上げて、口を開いた。


「実はね……。家に、妖怪が来るんだ……」


 ——幽霊じゃなくて、妖怪……?


 私は、たまに人ならざるものが視えることがあるので、頭が2つある猫や、あまり可愛くない妖精のようなものが視えたことはある。でもそれが、妖怪と言えるようなものかどうかは、分からなかった。


 しかしヨシは、家に妖怪が来ると言っているのだ。もし本当に妖怪がいるのなら、私も見てみたいと思った。


「それって、どんな奴だった?」


 私が興味津々で訊くと、ヨシは眉間にしわを寄せて「信じるの……?」とつぶやいた。

 

 おそらくヨシは「妖怪が来る」と言ったときに、私がどんな反応をするのかを気にしていたのだと思う。私も霊感があることを隠しているので、その気持ちはよく分かる。


「うん、別にいてもおかしくはないと思うよ。妖怪はテレビや漫画でよく見るし」


 私は、表情を変えずに淡々と言った。相手が何とも思っていないと分かれば、ヨシも話しやすいだろうと考えたからだ。たしかに妖怪に興味はあるけれど、今にも泣き出しそうなヨシの話を、ちゃんと聞いてあげたい。


 するとヨシは、せきを切ったように話し出した。


「夜中にゴロゴロって音がして、窓のところに大きな顔が来るんだ。それで、部屋の中をのぞいてきて……たぶん、何かを探してるんだ。俺が隠れてたら、またどこかへ行くんだけど、毎日来るから怖くて眠れなくて。……七不思議なんか調べたから、あんなのが来るようになったのかな……」


 ヨシは、持っている帽子を握りしめた。


 頭の中でヨシが話したものを想像すると、たしかに幽霊というよりは妖怪の方がしっくり来るような気がする。


 私の家にも、目と手だけしかないご先祖がいるが、あの人は少しずつ暗闇と同化している感じなので、ヨシが言っているものとは、また種類が違うのだろう。


 ——それにしても、顔だけしかないなんて……。


 普通に考えると、そんな姿では動くことはできないような気がする。ゴロゴロと音がするということは、人間が車に乗るように、何かに乗って来るのだろうか。


 どちらにしろ、ヨシは怖がっている。このまま放っておくのは可哀想だと思った。


「分かった。ヨシの家に泊まりに行くよ」


「ありがとう。でも、実際に見たら結構怖いと思うけど、大丈夫?」


「うん。部屋の中を覗いて帰って行くだけなら、大丈夫だよ」


 肩をポン、と叩くと、ヨシは安心したように目を細めて微笑んだ。



 


 私は一度、自分の家へ帰ってから、ヨシの家へ行った。


 ヨシの家は、2階がリビングで、1階が寝室になっている。それが分かった私は、安堵あんど吐息といきをついた。


 ——だから、顔が窓の所に来るって言ったのか。


 私は、2階にヨシの部屋があると思い込んでいたので、家と同じくらいの大きさの顔が来るのかと思っていたのだ。もちろん、ヨシにとっては恐ろしいことだと分かっているが、想像していた半分の大きさだったので、私は少しホッとした。


 そしてもう1つ、安心したことがある。


 私は、もしかするとヨシは、私と一緒にいることで、人ならざるものが視えるようになったのかも知れない、と心配していた。しかし廊下にある大きな観葉植物に、何かが取り憑いていることには気付いていないようだ。


 おそらく、霊感が強くなったわけではなくて、夜中に来る大きな顔だけが視えているのだろう。


 人によって怪異の視え方は違う、と聞いたことはあるけれど、たった1種類の妖怪だけが視えるなんて珍しいな、と思った。


 詳しい話を聞くと大きな顔は、1週間ほど前から現れるようになったらしい。そして夜中の、同じくらいの時間になると来るようだ。


 ヨシは、外が暗くなってくると不安そうな顔をしたが、私は少しワクワクしながら眠りについた。

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