守り神 後編

 ある日。私は朝から仕事が忙しくて、疲れていた。仕事が終わったのは22時頃で、車を運転していると、何度もあくびが出てしまう。


 本当なら、そんな時に車を運転してはいけないと分かっているが、どうしても家に帰って、布団で寝たかった。繁忙期だったので疲れが溜まっていて、そうしないと疲れが取れないと思ったからだ。


 ——あと、もう少しで、家に着く……。


 そう思って必死に目を開けていた。


 しかし、前を走っている車は制限速度よりも、20キロも遅く走っている。アクセルなんか全く踏んでいないような感じでノロノロと走っていて、前の車を見ていると、余計に眠気が増していく。


 なんとか頑張って目を開こうとしても、段々と何も考えられなくなり、いつの間にか意識が途切れてしまった——。その間、何秒寝てしまっていたかは分からないが、夢を見そうになっていた気がする。


 するとその時、急に頭の真ん中を掴まれて、勢いよく上にグイッと引っ張られた感じがした。


 ——えっ? 何?


 あまりの気持ち悪さに驚いた私が、パッと目を開けると、目の前には太い電信柱があった。


「うわぁっ!」


 反射的に、思いきり右へハンドルを切ると、車は道路の縁石に乗り上げて、ガリガリガリと、ものすごい音を立てた。


 なんとかぶつからずに止まることはできたが、車からは煙のようなものが上がっている。


 私が呆然としていると「大丈夫か?」と声が聞こえた。様子を見ていた対向車の男性が止まって、声をかけてくれたようだ。


 しかし心臓が、自分に聞こえるくらいの大きな音で早鐘を打っていて、頭の中は真っ白なので、声が出ない。ゆっくりと震える手で窓を開けて、大丈夫です。という意味で頷いた。


 もし、何かが頭を上に引っ張って起こしてくれなければ、私はそのまま電信柱に突っ込んで、死んでいたかも知れない。


 それに、目覚めた時に顔が真正面を向いていたから、ぶつからなかっただけで、目覚めても下を向いたままだったら、たぶん、避けることはできなかったと思う。


 それくらい、ギリギリのところで助かったのだ。


 よかった、と安堵あんどの吐息をついてハンドルにもたれかかると、両肩に、温かくて大きな手が乗っているような気がした。一応肩を見たが、やはり何も見えない。ただ、車の中は暗いはずなのに、肩の周りだけが明るく見えた——。




 大きな光のようなものの他にも、何かがいると感じたことがある。


 ある冬の寒い朝、友人宅へ行く為に車を運転していると、急に左腕が重くなった。肘の辺りに、猫くらいの大きさのものが乗っているような感じがして煩わしかったが、しばらくはそのまま運転をしていた。


 目に見えないそれは、別に何かをしてくるわけではない。ただ、少しずつ重くなっているような気がする。


 不気味に感じながら5分くらい走った頃、ふとバックミラーを見ると、後ろに黒い軽自動車がいることに気が付いた。


 腕に憑いているものが、どんなものなのかは分からない。もし、それが悪いもので自分が事故を起こしたら、後ろの車を巻き込んでしまうので、私はバス停に止まり、道を譲った。


 ——とりあえず、これで大丈夫か。


 何かが起こったとしても、被害に遭うのは自分だけだ。そう思った時、左腕の肘に乗っていた何かは、すぅっといなくなった。


「何だったんだよ、せっかく道を譲ったのに。遅刻したら、どうしてくれるんだよ」


 少し苛ついたが、いなくなったのなら、もうこれで安心だろうと思った。そして車のアクセルを踏んだ瞬間——ガシャーン! と大きな音が聞こえた。


「えっ、何?」


 どこかで事故でも起きたのか、と考えながらカーブを曲がると、何故か大きなトラックがこちらを向いて、道を塞いでいた。


 ——なんで対向車が、こっちの車線にいるんだろう。


 不思議に思いながらよく見ると、手前には黒い車がいて、トラックの運転手らしき男性が窓を叩いている。


 その様子を見て、先程聞こえた大きな音の原因が分かった。冬の早朝で道路は凍っている。反対側から走ってきてスリップしたトラックが、私が道を譲った黒い軽自動車に、真正面から突っ込んだ音だったようだ。


 もし、道を譲らずに進んでいたら、私がぶつかられていただろう。黒い軽自動車よりも前を走っていた私は、もっと強くぶつかられていたのかも知れない。


 左腕に乗っていた何かは、私に警告してくれていたのだ。


 落ち着いてよく考えてみると、私はあの猫くらいの大きさのものに、覚えがあった。いつもと場所が違っていたので気付かなかったが、よく頭の上や背中に感じる気配とよく似ていた。嫌な感じはしないので、私を守ってくれているのだと思う。


 ——苛ついたりして、ごめん……。


 助けてもらったことに気が付いた私は、心の中で謝って感謝した。




 私は幼い頃から数えきれない程、守り神たちに助けてもらっていて、そうでなければ、とっくに死んでいるような気がする。


 そして、私が単純に守護霊と言えないのには理由がある。


 初めて『何かに守ってもらっている』と気付いた頃、私は何度も同じような夢を見た。


 夢の中で私は何かと話をしているが、それは人間ではない。目の前にいるのは、日の出の光みたいな強い光の塊だ。一度も行ったことがない丘の上で、私は光の塊と一緒に遊んでいるようだった。


 そして、夢の中で私はその光のことを、お守りさまと呼んでいた。『様』を付けている割には、友達のような話し方をしていた気がする。


 それから目覚めた後、私はそのお守りさまと呼んでいたものを、今の自分を守ってくれているものだと認識していた。なぜか当然のこととして受け入れていたので、ただの夢だとは思えなかったのだ。


 それに、守ってもらった時は、いつも眩しく感じるので、あの光の塊が私を守っているものの姿なのだと思う。


 そういった出来事があったので、守ってくれているものが霊なのか、神様なのかが、よく分からなくなってしまっている。


 ただ、光の塊も、肩に乗っている小さなものも、いつも私の頭や背中に乗っている猫くらいの大きさのものも、私を守ってくれている大切な存在だということに変わりはない。


 人ならざるものが中途半端に視えるせいで、嫌な思いも怖い思いもするけれど、視えるおかげで、守ってくれるもの達がいることも知っている。


 だから私は怖くても、人ならざるものがいなくなればいい、とは思わない。


 そして守ってもらった時には守り神たちに、しっかりとお礼を言うようにしている——。

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