第36話 守り神(不思議)前編

 ふとした瞬間に『見えない何かが、守ってくれたのかも知れない』そう思うことはないだろうか。


 危うく事故に巻き込まれるところだったとか、なぜか、いつもと違う行動をしたことによって、大事にならずに済んだとか。


 話をすると「偶然でしょ」と言われることが多いけれど、偶然はそう何度も起こるものではない。偶然が重なることの方が、ありえないことなのだ。


 ただそれは、霊感がある人間にしか分からないことなのだと思う。私は、近くに人ならざるものがいれば気配を感じるし、たまに視えるから分かるのだ。


『守ってくれるもの』と言えば守護霊だが、私を守ってくれているものは、何となく霊とは違う存在のような気がするので、私は守り神と呼んでいる。


 他の話の中にも、何かが助けてくれたのだろうか、と不思議に思う部分があったと思うが、無事でいられたのは全部、私を守ってくれているもの達のおかげだ。いつも、死を感じるほどの危険な目にあった時だけ、助けてくれる。


 私が初めて守り神の存在を認識したのは、小学生の頃だった。




 私は、小学2年生の時に、誘拐されそうになったことがある。


 学校帰りに1人で歩いていると、何度も同じ白い乗用車が、私の横を通り過ぎた。


 その日は学校で、よその小学校の付近で白い車に乗った不審者が出た。というプリントをもらっていて、帰りには先生に「気をつけるように」と言われていたので、そのことが脳裏を過った。


 家と学校の真ん中あたりには、道が長いカーブになっていて見通しが悪く、民家もない場所があった。そこを通る時は、誰からも全く見えない状態になるのだ。


 そして、ちょうどその場所に差し掛かった時、何度も見かけた白い乗用車が、私の斜め前に止まった。


 ——やっぱり来た。


 そう思った私が、車の方を見ないようにして、そのまま通り過ぎようとすると、助手席の窓が開いて呼び止められた。


 ベージュの帽子を被ったおじさんは「道が分からないから、教えて欲しい」と言って、私に地図を見せる。しかし、小学2年生なので、地図を見ても分からない。


 私は「分かりません」と小さな声で答えて、立ち去ろうとした。


 するとおじさんは「じゃあ、案内して」と言い出した。おじさんは笑みを浮かべているが、なぜか、優しい人だとは思えない。


 ——絶対に、先生が言っていた不審者だ……。


 私は急に怖くなって、首を横に振った。


 おじさんは何度も「車に乗って」と言う。「案内をしてくれたら、好きなものを買ってあげる」と言われても、私が首を横に振り続けていると、そのおじさんは車から降りてきた。


 私は他の同い年の子達よりも、身体が小さい。もし、大人に持ち上げられたら、簡単に車に乗せられてしまう。それは自分でも理解できた。


 ——どうしよう、怖い……!


 早く逃げないといけない、と分かっていても、心臓の鼓動は大きく早くなり、全身が震え出して足が動かない。頭の中は真っ白になり、おじさんがスローモーションのように、ゆっくりと近づいてきているように見えた——。


 その時、突然。右頬に鋭い痛みが走った。


 おじさんはまだ私の近くまで来ていないので、おじさんに叩かれたわけではない。何もない場所から、頬に何かが当たってきたのだ。


 そして、痛みと同時に顔が左を向いた。


 誰の目も届かない、長いカーブになった道には、私とおじさんしかいないと思っていた。しかし、道の先には人影がある。それは、クラスで1番背が高くて柔道を習っている男の子と、同じ道場の2人だった。


 先程、頬に鋭い痛みが走ったおかげで、もう身体は震えていなかったので、私は自分でも驚くくらい大きな声で、そのクラスメイトの名前を叫んだ。


「けいすけ君!」


 私の叫び声に気付いた3人は、驚いた顔をして、こちらを向いた。助けて、と私がもう一度叫ぼうとした瞬間——


「何やってんだ!」


 と3人は声を上げながら走りだした。


 彼らも学校で言われたことを、思い出してくれたのだと思う。


 身体が大きな彼らは、走るのも早い。私に手を伸ばしかけていた白い乗用車のおじさんは、3人が到着する前に急いで車に乗って、逃げていった。


 もし、何かが頬を叩いて動けるようにしてくれなかったら、私はそのまま連れて行かれてしまっていただろう。


 その後がどうなっていたかなんて、考えたくもない。


「大丈夫か?」


 3人が私のそばへ来ると、安心したのか、身体の力が抜けた。


 ——さっき、ほっぺを叩かれたような気がしたのは、一体なんだったんだろう……。


 そう思って右側を向くと、私のすぐ横に誰かがいるような気がした。大きな大人が立っているような気配を感じる。そこには誰もいないが、見ているとなぜか眩しくなり、眉間に力が入った。


 そして、大きな温かい手が、頭の上に乗っているような気がして頭を触ってみたが、手に当たるものは何もない。


 ——もしかして、何かが守ってくれているのかな。


 私は、初めてそう思った——。

 



 大人になってからは、車に乗っている時に、何かが守ってくれていると感じることが多くなった。


 危険な目に遭うのは、ほとんどは災いを呼ぶ男の子のせいだが、もちろん自分の不注意の事故もある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る