第35話 祖父の人形(ホラー)前編

 美しい顔をした日本人形が大好きな祖父。


 祖父の人形部屋には、80体以上の美しい人形たちがいる。ほとんどは舞妓さんや、芸妓さんのような姿をした日本人形だが、その中に、1体だけフランス人形があった。


 その人形は知人から譲り受けたものらしく、明るい茶色の髪はお姫様のように巻いてあり、青い目をしている。豪華なドレスも目の色に合わせた青だ。


 人形は、60センチほどのガラスケースの中に入っていて、棚の奥の方に飾ってあった。


 私は幼い頃から、フランス人形の中に何かの気配を感じていた。人形部屋に入ると物音がして、振り向くと、正面を向いているはずの人形がこちらを向いている。


 毎回、心臓の鼓動は大きくなるが、私は気付いているのを人形に悟られないように、目を合わせないようにして、急いで部屋を出た。




 小学6年生の頃、旅行に行った祖父がまた人形を買ってきた。


 しかし、大きめの人形だったので、人形部屋の棚にはもう置く場所がない。


 ——もう、買ってこなければいいのに。


 私はそう思ったが、祖父の考え方は違うようだ。祖父は、


「新しい棚を作らないといけないなぁ」


 とつぶやきながら、フランス人形を棚から下ろす。

 

 そして行き場のなくなったフランス人形は、本棚が置いてある部屋に移すことになった。


 我が家では、霊的なことに関しては、口にしてはいけない雰囲気がある。人形の中に何かがいると気付いても、言わないようにしていたが、本棚がある部屋は私もよく行く部屋だ。


「本を取りに行く時に、フランス人形が見えるのは、怖いから嫌だ」


 私は祖父に訴えた。しかし祖父も、


「でも、置く場所がないからなぁ」


 と粘る。それでも私は、どうしても我慢できなかったので必死に頼み込むと、押入れに片付けてしまうのは人形が可哀想なので、ケースに綺麗な布を被せて、部屋の中に置いておこう、という話になった。


 祖父が大好きな日本人形だったら、布を被せることすら無理だったかもしれないが、祖父はフランス人形にはあまり思い入れがなかったので、了承してくれた。


 ——まぁ、見えないから、大丈夫だよね。


 そう思ったが、私が人形のケースに布を被せようとすると、横を向いているはずの人形と目が合った。なんだか睨んでいるようにも見える。人形は、私のせいで目隠しをされると分かっているのではないか、と思い手が止まった。


 人形は、私をじっと見つめる。すると、人形の目がぼんやりと二重になって行き、私は思わず「うわっ!」と大きな声を上げてしまった。


「どうしたんだ?」


 そばにいた祖父が驚いて私を見たが、本当のことは言えない。


「……何でもないよ」


 私は人形を見ずに、布を被せた。




 人形の姿というよりは顔を見るのが怖くて、布で隠すことにしたが、本を取りに行く度に、布は床に落ちていた。


 ——また、落ちてる……。


 私は部屋に入るとすぐに布を手にとる。すると、やはり人形は私の目を見ているようで、ジリジリとするような視線を感じた。人形はどうしても、周りが見えなくなるのが嫌なのだと思う。


 ある時、布が落ちる音と共に、カタンと音がした。


 何の音だろうか、と振り返ると、ケースの中で人形が倒れて、ガラスにもたれ掛かっている。


 私はその人形を見た瞬間、違和感を覚えた——。


 人形はいつも、両手は体の横にあって、少しだけ広げている状態だったはずだ。それなのに、正面に向かって倒れた人形は、ガラスに手をついて倒れている。


 その姿はまるで、人間のようだ。


 人間なら倒れそうな体勢になれば、手を前に出すだろう。そして顔は、なぜか私の方を向いている。


 人形のパーツはバラバラに出来るはずなので、手でまわせば顔の向きは変えられる。しかし、狭いケースの中で倒れただけで、首がまわるだろうか。

 

 考えれば考える程、違和感が確信に近づいて行く。


 じっと私の目を見る人形は、私がどういう反応をするかを、観察しているように見えた。


 ——あれ? 人形の中に何かがいるのを知ってるって、……バレてる?


 そう気付いた瞬間、一気に全身の毛が逆立ち、心臓の鼓動が大きく早くなった。


 私は怖くなり、急いで祖父の元へ走って行って、フランス人形が倒れていると伝えた。


「おかしいな、固定してあったのに」


 祖父は首を傾げて、人形の様子を見に行った。




 しばらくすると、祖父は何事もなかったかのように戻ってきた。人形はあんなにおかしな体勢をしていたのに、祖父は、何も気付かなかったのだろうか?


 本当は人形に被せた布が落ちないように、紐か何かで縛って欲しい。でもそんなことをすると、フランス人形が怒りそうな気がして、言えなかった。動くだけでなく、悪いことが起こりそうな気がしたのだ——。



  

 ある日の夕方、読み終わった本を戻しに行くと、真後ろに大人が立っているような気配を感じた。


 嫌な予感がして、恐る恐る振り返ると、フランス人形のガラスケースに掛けられた布の端がめくれている。

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