廃神社 後編

 私は一度頭を下げてから、鳥居をくぐった。


 小さな山の頂上にある神社は、やはりとても小さな神社で、隣にあるイチョウの木の方が大きい。イチョウの木は、葉が綺麗な黄色に染まっているので、余計に大きく見えた。

 

 ——こんなに綺麗な木があるのに、誰も登ってこないなんて、もったいないよな。


 薄暗いはずなのに、黄色に輝く木が眩しくて、なんだか見ているだけで、ご利益がありそうな気がした。


 神社の柱は鮮やかな朱塗りで、屋根は薄い緑色だ。誰もいないので神社に近寄ってみると、一応手入れはされているようで、中は綺麗にしてあった。


 壁には木の札が掛けてある。朱色の文字が書かれていて、漢字のようにも、絵のようにも見える文字が書いてあった。


 そして他の神社には、大きな鈴や賽銭箱が置いてあるような気がするが、そういったものは見当たらない。お参りに来た時は、どうすれば良いのだろうか。


 ——あぁ、そうか。他の神社と見た目が違うから、お参りの仕方が違うのか。


 毎年祭りが行われるのは、徒歩5分くらいの場所にある、もっと大きな神社なのだ。すぐ近くに神社が2つもあるのはおかしいので、一般人がお参りに来るような場所ではなかったのかも知れない。


 その後も2人で境内けいだいを見てまわったが、小さな神社は敷地もそんなに広くないので、あっという間に見るものは無くなってしまった。


「特に変わったものはなかったね。そろそろ帰ろうよ」


 私が言うと、シンも満足そうな笑みを浮かべながら「そうだな」とうなずいた。


 ——それにしても、妙な感じがしたのは、一体なんだったんだろう。

 

 不意に、石段を登っている時に、空気が変わったことを思い出した。神社の境内も、湿り気を帯びた冷たい空気に包まれている。小さな山に登っているだけで、そんなに急に空気が変わるものだろうか。


 私は境内を見まわした。しかし、妙なものは視えないし、人ならざるものの気配も感じない。


 ——う〜ん。何だったんだろう……。


 何となく釈然としないまま、私はシンと一緒に石段へ向かった。何もないならそれが1番良いはずなのに、どうしても気になってしまう。




 そして鳥居までたどり着いて、石段の下を見た時——おかしなことに気が付いた。


 先程、苦労して登ってきたはずの長い石段。時計は持っていないが、30分くらいは登っていた気がする。その石段が、学校の大階段の2倍ほどしかないように見える。おそらく、70段ほどしかないだろう。


 下から上の鳥居を見上げた時は、随分遠くに感じたが、上に立って下の鳥居を見下ろすと、それほど遠くはないのだ。


 ——あれ……? おかしいよな……。


 そう思ってシンを見ると、彼も引きつった顔で私を見た。お互い何かを言おうとするが、言葉が出てこない。どうやら、同じことを考えているようだ。


 何となく嫌な予感がした私は、神社の方を振り返った。


 すると、そこにあったのは——屋根が半分朽ちて崩れてしまった神社と、黄色の葉なんてついていない、古くて大きな枯れ木だった。


「うわあぁあ!」


 私が叫ぶと、シンも同じように叫んで、2人で石段を駆け下りた。


 70段ほどしかないので、帰りはあっという間だ。下の鳥居に着き、立ち止まって振り返ると、そこには、ただ木漏れ日が差しているだけで、上にもあったはずの鳥居は無くなっていた——。


 私が頂上で見ていたものは、一体何だったのだろうか。




 後からシンと話した時に分かったことだが、私とシンでは、全く違うものが見えていたようだ。


 石段はたしかに私と同じように、長い長い石段を登っていたが、頂上だけは違っていて、シンには最初から朽ちた神社と、枯れてしまった大きな木しか見えていなかったらしい。


 それに、私は神社の中に飾ってあったものや、朱色の文字が書かれた木の札に興味を持ったが、シンはボロボロの神社の中に、幽霊の姿を探していたそうだ。


 石段の上にあった鳥居も、見えていたのは私だけだった。


 ——迂闊うかつなことを言わなくて、よかった……。

 

 私は胸をで下ろした。


 普段から、相手の出方をよく見てから話をするようにしていたので、霊感があるという秘密がバレずに済んだ。


 不思議な話が大好きなシンには、特に知られたくない。



 小さな山の上にある神社には、おそらく『何か』がいる。神社なので、やはり神様なのだろうか。別に嫌な感じはしていなかったし、怪我をさせられたわけでもない。ただ、長い長い階段を登ることになっただけだ。


「久しぶりにやってきた人間の子供たちを、揶揄からかってやろう」そんな、神様の悪戯心だったのだと思う——。

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