第33話 廃神社(不思議)前編

 私が通っていた小学校の近くには、小さな山がある。


 ただ、そこは正確には山ではない。鬱蒼うっそうと木々が繁り道路からは完全に山にしか見えないが、実は古い神社だ。


 山の下には、大きな化け物の口のように、暗い穴が、ぽっかりとあいている。神社があることを知らない人が見ると、かなり不気味に感じるだろう。




 私はある日、幼馴染のシンに誘われて小さな山へ行った。罰当たりな気もするが、神社へ肝試しに行くのだという。


 山の下にある真っ暗な穴に入っていくと、石で作られた鳥居が見えた。そして鳥居の上には、小石がたくさん乗っている。


「石を投げて鳥居の上に乗ったら、願いが叶うんだってさ」


 シンがそう言って小石を投げ始めたので、私も投げてみたが、乗る気配は全くない。それどころか、2人が石を投げる度に、元々上に乗っていた石が落ちていく。


「ねぇ。どんどん石が落ちていくけど、大丈夫かな。罰が当たったりしないよね……?」


 私が言うと、シンは「う〜ん」とうなりながら、顔をしかめた。


「罰が当たるとは聞いたことがないけど……。頑張っても石は乗りそうにないから、上の神社に行こうか」


「うん。そうだね」

  

 私とシンは、手に持っていた小石を捨てて、石段を登り始めた。

 

 手入れがされていない山は、大きな木が立ち並び、陽の光が入ってこない。そのせいか、神社へ続く石段には緑色の苔が生えていて、所々に枯れた草がある。とても寂しい雰囲気だ。


 それに、離れた場所から見た時は小さな山だと思ったが、登り始めて石段の上を見ると、頂上は随分と先にある。


 ——上まで行くのは時間がかかりそうだな。やっぱり、やめようって言った方がいいのかな……。


 そう思ったが、横を見ると、シンはやる気満々といった様子で石段を登っている。止めるのも、なんだか可哀想な気がして、私は何も言えなくなってしまった。

 

 もう乗りかかった船なので仕方ないが、神社へ続く長い石段を登りきるのは、思っていたよりも大変だ。登っても登っても、頂上へ近付いている気がしない。

 

 いくら友達と一緒に遊んでいて楽しいとはいっても、少し疲れてきた。そう思った時だった——。


 急に、空気が変わった気がした。まるで近くに滝でもあるかのように、冷たくて湿った空気が漂っている。


 人ならざるものが近付いてくると、空気が変わることもあるが、今は妙な気配は感じない。耳鳴りも頭痛もないし、何かに取り憑かれた感じもしない。


 ——神社に近付いているから、空気が変わったのかも知れないな。


 私は、気にしないことにした。それに、いちいち心霊的な厄介事に巻き込まれているとは考えたくない。友達と遊んでいる時くらい、他の人たちには視えない世界のことなど忘れていたい。


 ふぅっ、と大きく息を吐く音がしたのでシンを見ると、彼は立ち止まって、頂上を見ていた。


「どうしたの?」


「結構登ったような気がするんだけど、まだまだ遠いな……」


「そうなんだよね。いつになったら着くんだろう……」


 下から見上げた時の感覚では、もう着いていてもおかしくはないはずなのに、頂上はまだまだ先にある。


 最初は元気だったシンも、黙ったままで立ち尽くしていた。


「ねぇ。本当に上まで登るの?」


 私も疲れて足が重くなっていたので訊くと「兄ちゃんも登ったんだから、大丈夫」とシンは返した。


 ——ん? もしかして、お兄ちゃんの真似をするために、神社へ行くことにしたのかな。


 おそらく、兄が友達と肝試しに行った時に、シンは連れて行ってもらえなかったのだろう。そのせいで私が連れて来られて、長い階段を登らされているのだとしたら、本当に迷惑な話だ。


 私は肝試しなんてやりたくないし、身体を鍛えたいと思っているわけでもない。シンが「肝試しに行こう」と言った時に、他の子たちは断っていたので、なんだか可哀想になり、付いてきただけなのだ。


 それでも、今更もう引き返せないので、シンと一緒に階段を登り続けた。段々と呼吸は苦しくなり、足はだるく重くなっていく。


 そして、ふと顔を上げると、頂上にある鳥居の前に立っていた。


 下にあったのとそっくりな、石で作られている鳥居だ。しかし、上の鳥居には小石は乗っていない。

 

 ——長い石段を登るのが面倒だから、みんなは下の鳥居に石を乗せるんだろうな。


 それに、こんなに息を切らせてぐったりとしていては、願いなど思い浮かばない。

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